マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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第一章

第3話 ……結構雑なドッキリだなって

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『――お前には殺しの嫌疑がかけられている』

 殺しの嫌疑。
 いやいやいや。そんな疑い、今まで真面目に生きてきた女子高生の私にかかるはずがない。

 と言おうと思ったのに、私は口を開くことができなかった。私の口を止めているのは勿論、三日前のこと。
 私が殺したつもりはないけれど、あの男が本当に存在していたかすらも怪しいけれど。もしあれを人の死とするならば、私は完全に無関係と言い切れるだろうか――そんな疑問が、胸の奥で膨らんでいて。
 私としてはただ見ていただけだし、急に噛まれたんだからむしろ被害者だって言いたい。だけど私を噛んだことであの男が死んだのならば、私の何かがあの男を殺してしまったんじゃないかって。……いや、何かってなんだよ。無意識でも何かしらの行動が原因ならともかく、そうじゃないで人が死ぬとか有り得ないし。

 ああ、ダメだ。わけが分からない。

「あ、あの……殺しって……?」

 私がおずおずと尋ねると、裁判長は淡々と語りだした。

「三日前、クラトスの従属種が外界げかいで何者かに殺された。調査の結果、その者が死んだ場所にお前の血痕があったことから事情を聞くことになった」

 また分からない単語ばかり。意味が分からないと突っぱねたかったけれど、今回はそうもいかない。

 三日前。私の血。
 ああ、これはきっとあの日のことを言っている。血はきっと噛まれた時にどこかに付いたのかな。すぐに血も止まったし大した怪我じゃないと思っていたけれど、このかさぶたの下はそこそこの傷なのかもしれない。
 頭の芯が冷たくなる。頬がぴくぴくして、顔が引き攣っているんだろうなって思った。

「本来であればお前は今ここにいるはずがない。何故ならば先程言ったとおり、お前には事情を聞きたかっただけだ。しかし現場に向かった執行官の判断でお前はここに連行されてきた」

 現場に向かった執行官――どこのどいつだと思ったけれど、きっと私の貧弱なお腹を殴ってくれたあの誘拐犯の男のことだろう。面倒臭いと連呼していたくせに、何余計な判断をしてくれているんだ。

「あの、どういう判断で私はここに連れられてきたんですか……? 流石にわけが分からなすぎて色々と納得できないんですが……」

 私が問えば、裁判長はゆっくりと顔を少し斜めに向けた。そこに何かあるのかもしれないけれど、暗がりになっていてよく分からない。

「だそうだ、執行官。貴官が下した判断とその理由を説明してくれ」

 裁判長が言うと、彼女が声をかけた方からぬっと人が現れた。
 第一印象は青。染めているのだろう、くすんだ青い髪がまず最初に目に入る。
 そして……ああ、なんとなく見覚えのあるシルエット。他の人とは違って、大きな布で身体を覆っていない。代わりにごく普通の黒いジャケットとスラックスを身に纏っていて、ここではやけに浮いて見えた。
 襲われた時は流暢な日本語を話していたけれど、見た目は完全に外国人。しかも顔が良い。なんだこれ、腹立つ。

「あー、このお嬢さんには洗脳が効かなかったっす。以上」

 なんだ洗脳って。ていうか適当すぎない?
 そう思って私が顔を歪めるよりも早く、それまで静かだった場内が一気にどよめいた。完全に忘れていたけれど、ここには私達以外にたくさんの人がいたんだった。
 彼らは口々に何か文句のようなものを言っているようだけれど、生憎私には意味が分からない。多分裁判長が最初に使っていた言葉と一緒なんじゃないかな。だいぶ荒々しいけれど。

 その裁判長が軽く片手を上げると、どよめいていた場内がしんと静かになった。何これ、裁判長凄いな。

「執行官。貴官の序列は?」
「アイリスの系譜、第四位」

 誘拐犯が答えた瞬間、静かになっていたはずの空間がまた騒がしくなった。それはさっきよりも激しく、言葉の意味は分からなくても怒声のように聞こえる。
 え、何言ったのこの人。なんでたった一言でここまで大勢を怒らせられるんだ。

「静粛に。意見のある者は被告人に分かる言葉で順番に発言を」

 裁判長が言えばやはりまた静かになって、大勢の中の一人がすっと立ち上がった。

「発言の許可を」
「いいだろう、許可する」

 なんだか不思議だ。あれだけ皆騒ぎ立てていたのに、実際に発言しようとするのはあの人だけ。普通はこれだけいれば何人か手を挙げそうなものなのに。
 しかもあの人もそれが分かっていたかのように、それが当然のような振る舞いで立ち上がった。

「執行官殿の洗脳に打ち勝つには、その娘は執行官殿と同等以上の序列に相当する者でなければなりません。しかしそれほど高位な者であれば、我々がこの娘の存在を知らないはずがない!」

 男の人の怒声が場内に響く。この人は日本人なのかな? 日本語が凄くお上手。まあ言葉が分かっても言っている意味は相変わらず分からないのだけど。

「まあまあ、今は知ってるかどうかっていうのは置いといて。とはいえ序列の件はそのとおりで、だから俺はこのお嬢さんがクラトス様んとこの奴の死に直接関わってる可能性が高いって判断したんだよ」

 誘拐犯は「ってことっす」と付け加えて裁判長を見る。さっきからこいつ裁判長に対して軽いな。裁判長は凄いんだぞ。
 それなのに裁判長は気にした素振りも見せず、小さく頷いて言葉を繋ぐ。

「しかし高位といえどこの娘はまだ人間――シュシ持ちではあるが、従属種相手に力で勝てるはずもない」

 またシュシ持ちだ。分からない単語だらけなのに、これだけは覚えてしまった。

「娘よ、何があった?」

 裁判長にそう聞かれたけれど、何を説明していいか分からない。
 死んだのはあの時の人ってことは間違いないのだろうけれど、そこに自分がどう関わっているのか全く分からないのだ。分かっているのは私がシュシ持ちで、あの時死んだ人はそれが予想外だったんだろうってことだけ。でもその肝心のシュシ持ちの意味が分からないのだから、どう整理していいのか分からない。

 そんな私に助け舟を出してくれたのは裁判長――ではなく、意外にも面倒臭がりの誘拐犯だった。

「吸血鬼に会ったかって聞かれてんだよ」

 訂正、助け舟は出してくれていない。

 吸血鬼に会ったかだって? イエス・ノーではなく馬鹿にしているのかと言いたい。だって、吸血鬼って吸血鬼でしょ?
 日常では使わない言葉だけど、キュウケツキと言われれば予測変換の一番上に来るのが吸血鬼だ。つまりヴァンパイア。ドラキュラはイコール吸血鬼ではなくて、確か吸血鬼の名前だったかな。

 とまあ、そんなことは置いといて。
 改めて言うけど、馬鹿にしてるのか。吸血鬼なんていうのはファンタジーの中でのみ生きていて、現代日本においてそんなものに会ったかという問いはナンセンスだ。……いや、日本なら吸血鬼コスプレイヤーもいるかもしれないから逆にありえるのかも?
 とかなんとか考えてはみたものの、周りの雰囲気は真剣そのもの。これはもう一般人向けの大掛かりなドッキリを疑うしかなくて、でもそれすらもまだ半信半疑な私は眉を顰めて「吸血鬼……?」と誘拐犯に聞き返すのがやっとだった。

「そ、吸血鬼。もしかして知らない?」
「いや、吸血鬼ってものは知ってるんですけど……冗談ですよね? そんなのいるわけないし……」

 なんだろう、この気まずさは。常識的に考えて私が正しいはずなのに、何故だか自分が間違っているように思えてくる。だから自然と尻すぼみになって誘拐犯の問いに答えれば、彼はへらっと笑いながらとんでもないことを言い放った。

「いるよ。ってか今ここにいる奴ら、お嬢さん以外全員吸血鬼」

 なるほど、これはドッキリ確定だ。
 正直私なんかドッキリさせておもしろいのかという疑問は残るものの、これだけ大勢のエキストラがいるのだからどこかにカメラが仕掛けられているのだろう。そう思ってきょろきょろしながらカメラを探したけれど、最近のカメラは小さいのか見つけられなかった。

「あー、信じてないだろ」
「……結構雑なドッキリだなって」
「ドッキリ? ああ、てってれーってやつか。プラカードで発表して欲しかった?」

 誘拐犯、ノリが良い。その整ったお顔でてってれーとか言われるとなんだかギャップに萌えそう。まあドッキリとはいえ殴られた恨みは忘れていないけれども。

「――執行官、話を進めてくれないか?」

 コホン、という咳払いとともに裁判長が誘拐犯を諌める。いや、もうドッキリだってバレてんだから役柄に徹しなくてもいいんだけどな。

「そうは言われましてもねぇ……。このお嬢さん、もう完全にドッキリってやつで納得しちゃってますもん。まずは吸血鬼の存在を信じさせないと――」

 誘拐犯はそこで言葉を切って、何故かにっこりと私に微笑みかける。
 一体なんだろうと思って首を傾げると、屋内のはずなのに私の髪がぶわっと風に煽られた。

「――どう?」
「ッひゃ!?」

 耳元で低い声。
 驚きながら声の方を見ると、誘拐犯が私のにっこりと笑っていた。

「え? あれ? さっきまであっちに……」

 そう、さっきまで誘拐犯は少し離れたところにいた。数歩歩けばいい距離だけど、予備動作なしに一瞬で来られるはずはない。もしジャンプしてきたのだとしても、私は彼から目を離していないのだ。あんなふうに突然耳元で話しかけられるなんて有り得ない。

「本当は血でも飲んでやろうかと思ったけど、でそれはルール違反だからな。ていうか最悪俺死ぬし」
「血……? 死ぬ……?」

 相変わらずにっこにっこしている誘拐犯は、私が混乱して見えるのがさぞおかしいらしい。

「これで信じてもらえないなら今簡単にできることだと……あ、牙見る?」

 にっと口を横に開いて、犬歯のあたりを指差す。歯並び良いですね。顔も良ければ歯並びもいいってか?

 まあ、そんな文句は置いといて。
 なんでこれを見せたんだろう。歯並びがいい以外、特に何の変哲もない歯――と思ったのも束の間、指差されていた犬歯がにゅっと長くなった。

「はあ!?」

 いや待て、それはないだろう。猫の爪じゃないんだからそんな急に伸びるわけがない。そもそもあれだって急に伸びているわけじゃなくて、隠れていた分が出てきているだけだ。
 それなのに今目の前で歯が伸びた。歯茎に長い歯をしまっておけないことなど常識、となるとやはり伸びたのだ。しかも形はもはや人間の犬歯ではなく、犬や猫の牙そのもの。咀嚼に特化した歯ではなく、食いちぎるための形。

ははるさわる?」

 口を開いたままだから、ちょっと間抜けな発音で誘拐犯が聞いてくる。

「さ、触らない……」

 何を普通に答えてるんだ私。
 誘拐犯は私の答えに「だよねー」と言いながら、口を普通の形に戻した。

「ま、毒あるから触ったら危ないんだけどな」
「毒!?」
「そ。飛べるよ?」

 どこに、とは聞かないでおこう。なんだかもう凄く疲れた。だってほら。

「吸血鬼って信じてもらえた?」

 これだよ。今見たものが自分の常識を超えたものだっていうのは、もうなんとなく理解していた。だけどこの流れでそれを受け入れてしまうと、今度は吸血鬼を信じることになってしまう。
 とはいえ信じないことには、この誘拐犯はあの手この手で信じさせようとしてくるのだろう。それを考えると一層疲れそうで憂鬱になる。

「……人間じゃないかもしれない、とは」

 まだ逃げる余地を残して私が答えれば、誘拐犯は満足そうに笑った。
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