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第二章

第11話 そこでお嬢さんの出番だよ

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 ノクステルナで千年続いている戦争――それが千年戦争。
 一時停戦という形で見た目だけは平和を取り戻しているけれど、長い期間敵同士だった吸血鬼たちがすぐに仲良しとなるわけがない。
 人間だったら時間の経過と共にある程度敵対心が薄れていくのかもしれないけれど、吸血鬼には寿命がないのだ。寿命がないということは、人が入れ替わらないということ。
 だから今も水面下で状況が刻一刻と変化している――のは、前にノエに教えてもらったのだけど。

「なんで戦争を止めた人が罪人なんですか?」

 私が問えば、エルシーさんは「まあ、そうなるよな」と小さく呟いた。

「千年戦争が赤軍と青軍に分かれていたという話は?」
「ノエに聞いた」
「俺言った」
「お前は黙れ」

 へっ、ノエってば怒られてやんの。

「赤軍と青軍、それぞれの軍を率いていたのがラーシュ様とオッド様だ。彼らは三人しかいないと言われる真祖アイリスの子――つまり、私やノエを含めたほぼ全ての吸血鬼が、この二人どちらかの系譜となる」

 うん、分かる。分かるぞぉ。

「例外となるのは真祖アイリスと、彼らと同じ序列の最後の一人。あとはその者によって吸血鬼となった者――まあ、それは記録上存在しないんだがな」

 ということは、その最後の一人とやらは自分の種子を誰にも与えなかったということだ。そんなことあるんだなぁと思ったものの、そもそもどういう時に吸血鬼を増やしたくなるのか分からないのでなんだかいまいち実感がない。
 ノエやエルシーさんには自分の子がいるのかな。エルシーさんはともかく、ノエはいない気がする。ちゃらんぽらんだし。

「千年戦争は、言ってしまえばラーシュ様とオッド様の戦いだ。だが、この二人はもういない」
「いない?」
「殺されたんだ。だから彼らの死をもって、戦争は停戦状態となった」

 なるほど。ボスがいなくなったから残された部下たちが宙に浮いちゃったわけだ。
 と納得できるものの、心のどこかでそわそわする。いや、なんでこの話をこのタイミングでするのかなぁってさ。

「二人を殺せるのは、真祖アイリスか同じ序列の者のみ。真祖アイリスは長年姿を消しているため、ノクステルナに住まう吸血鬼全てが、その同じ序列の者が二人を殺したのだと結論付けている」
「……その人が?」
「そう、スヴァインだ。ラーシュ様達の死の直後、スヴァインは行方をくらませている。以後百年、ノクステルナの総力をもって彼を捜索しているが、手がかりすらつかめていない」

 あれ、待って? なーんかこれは嫌な予感しかしないぞ?

「ま、手がかりすらないってのは今までの話。ほたるが本当にスヴァインの種子を持ってるなら、ほたる自体が手がかりみたいなもんだ」
「……ですよねー」

 ノエの言葉に顔が引き攣る。ああ、もしかしてノエはこの可能性を最初から視野に入れていたのかな? だから私の命が狙われるかもっていうのを心配してたんだ。
 だって、ほとんどの吸血鬼にとってスヴァインっていう人は自分たちにとって一番偉い人の仇。そんな人を捕まえる唯一の手がかりがこんな小娘なもんだから、捕まえたり勢い余って殺しちゃったりということもあるだろう。ノストノクスの法も、もしかしたら意味がないかもしれない。

「ノエの言ったとおり、お前がスヴァイン捜索の唯一の手がかりだ。そして全吸血鬼の敵でもある。我々ノストノクスは法を司るものとして、手がかりであるお前を失うわけにも、他の吸血鬼に法を犯させることもできない」

 遠回しに言ってるけれど、どっちも端的に言えば私に死なれちゃ困るということだ。

 ……うん、ノエやエルシーさんまで私を殺そうとするんじゃなくてよかった。
 良かったけれど、釈然としない。だって前より命の危険度が上がったわけじゃん? 吸血鬼に殺されるか、種子に殺されるか。結局のところ死を目の前にぶら下げられていることに変わりはない。

 それに、さ。死なないために誰が私に種子を植えたのかって答えが欲しかったわけだけど、今の話を聞いてると一番悪い答えな気がする。

「いくら手がかりができたって言っても、吸血鬼たちが百年探して見つけられなかった人を私は探さなきゃいけないんですか……?」

 というわけだよ。種子を取り除けるのは植えた親本人か、それより序列が上の人だけ――エルシーさんの話を聞く限り、スヴァインよりも序列が上の人は真祖しかいない。でもその真祖さんはいないも同然なので、スヴァインを見つけて種子を取り除いてもらわないと私は生き延びられないことになる。それなのにその当のスヴァインは百年見つかっていない。
 更に悪いことに、もし見つけられても彼(で、いいんだよね? 外国人の名前分かんないけど)が協力してくれる保証もない。序列が上の人に頼んで無理矢理言うことを聞かせることもできない。吸血鬼の序列による力関係は絶対、同じ序列の人すらもういないのに、どうやったって不利だ。

 ていうか、ちょっと待ってよ?

「もしスヴァインに会えたとしても、全員洗脳されちゃうかもしれないってこと……?」

 私が言うと、エルシーさんが苦々しい顔をした。

「……そうだ。だからこそ誰も彼を見つけられないとも考えられる。見つけたとしても、その記憶ごと書き換えられている可能性があるんだ」
「それって詰んでませんか……?」
「そこでお嬢さんの出番だよ」

 それまでエルシーさんの言いつけどおり黙っていたノエが口を開いた。でも神妙な感じで話す私達とは違っていつものへらへら顔。あのさ、緊張感って知ってるかな?

「スヴァインはまだほたるに催眠に対する抵抗力があることを知らない可能性がある。だから一発目はきっと弱い力で洗脳しようとするはずだ。それだったらほたるには効かないから、その時にどうにかして」
「いや、『どうにかして』って……! ていうか最初から強い力でやられたらどうすんの?」

 なんなんだよノエは! 「そこでお嬢さんの出番だよ」だなんて格好良く言ったくせに、その内容は適当もいいところ。穴だらけなんてもんじゃない、網目ガバッガバの網みたいなものだ。
 私の表情で言いたいことを察したのか、ノエは両手を前に出して私を落ち着けるような動作をした。その手首変な方向に曲げてやりたい。

「まあまあ、一応俺たちも対策は考えるから。それにスヴァインが自分でほたるを危険に晒すことはないんじゃねぇかな? 種子を与えたってことは、少なくともお嬢さんを嫌ってはない、と思う……?」
「なんで疑問形なの」
「だって俺誰かに種子やったことねーもんよ。そのへんどうなの、エルシーさん」

 ああ、やっぱりノエには自分の子はいないんだ。凄く納得感があるけれど、今はとても心許ない。
 ノエに尋ねられたエルシーさんは自分の子がいるのだろうか。彼女は少し考える素振りをした後、言葉を選ぶような様子で口を開いた。

「種子を与えた者は自分の配下になる。そうした方が都合がいいか、単純にそばに置きたい場合に種子を渡すことになるだろうな」
「ってわけ。ほたるに利用価値なんてないだろうから、まあ後者だろうな」

 まあ、そうでしょうともよ。エルシーさんがノエを睨んでいるのは、彼女が言い方に気を付けたのを無駄にしたからだろう。

「利用価値がなくてすみませんねー」
「気にすんなよ、人間の子供なんて皆そんなもんだから」

 ノエの死角でエルシーさんの目線がきつくなったのは黙っておこうと思う。
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