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第四章
第21話 だから誰がお父さんよ
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「ニッキー! 何か縛る物!」
ノエの声が聞こえる。遅れてやってきたニックさんが男を縛る。
「ほたる、大丈――」
慌てたように振り返ったノエが、私を見て固まった。
§ § §
目を開けると、見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
するとお母さんがひょっこりと顔を出して、安心したように笑う。
『あら、目が覚めたのね。ほたるってばはしゃぎすぎるから』
そう言ってお母さんは、自分の手のひらを私のおでこに乗せた。
『うん、熱もだいぶ下がった。折角パパがいるのに、寝ちゃってたらもったいないよ?』
『ねえ?』と、お母さんが振り返った先にはお父さんの姿。
『寝かせたいなら寝かせておけばいい』
『そうだけど、普段滅多に会えないんだからほたるパパのこと忘れちゃうよ?』
『……それでも仕方がない』
『もう、そんなこと言わない!』
不満そうにしたお母さんは、お父さんの手を取って私のベッドに座らせた。
『こうやって手を乗せてあげるの。子供の頃にこうしてもらった記憶って、案外大人になっても忘れないものよ』
お母さんに促され、今度はお父さんが私のおでこに手を乗せる。お母さんのものよりも随分冷たい手は、ひんやりしていてとても気持ち良かった。
§ § §
「――……お父さん?」
ぼんやりと目を開ける。それなのに視界は暗いまま。だけど不思議と怖くはなくて、額にある冷たい感触に気付けばお父さんを呼んでいた。
「だから誰がお父さんよ」
暗かった視界が開ける。するとそこには私の顔近くに手を伸ばすノエの姿。それを見て、またノエとお父さんを間違えたのだと悟った。
「……なんだ、ノエか」
「俺じゃ不満か」
「ううん、そうじゃないけど……」
なんだか頭が働かない。それでも周りを見渡すと、ここがラミア様のお城にある私の部屋だということはなんとか分かった。
えっと、なんでこうなったんだっけ? 記憶を辿りながら起きようとすると、背中に引き裂くような痛みが走る。
「痛った……!」
「そりゃそうよ、がっつり裂けてるんだから」
「裂けっ……!?」
ああそうだ、背中に怪我をしたんだ。その瞬間、それまでの記憶が一気に蘇る。私はまた勢い良く起き上がろうとして、痛みに撃沈され布団に沈んだ。うん、布団に当たるのも痛い。
「ねえ、馬鹿なの? 今言ったとこじゃん」
「だっ、て……リリが……リリは大丈夫……!?」
私が尋ねると、ノエは「ああ、そういうこと」と微笑んだ。
「リリは大丈夫だよ。誰かさんが庇ってくれたからかすり傷一つありません」
「良かった……」
ノエの言葉で身体から力が抜ける。そうしたら痛みは少しマシになったものの、何故か身体が凄く重く感じた。
「近くにいなくてごめんな」
「本当だよ。死ぬかと思った」
「面目ないです。まさかここに乗り込んでくるとは思わなくて」
ノエが珍しくしょげている。ちゃんとした丁寧語を使うあたり、それなりにダメージがあったのだろう。
「乗り込んできたってことは、誰かが私を襲わせたの?」
「そういうこと。あれがどこの従属種かは今ノストノクスに照会中」
ああ、やっぱり従属種だったのか。私を襲いに来たということは――。
「……あの人、私を殺そうとしてたの?」
恐る恐る聞くと、ノエは首を横に振った。
「命令は攫って来いってことだったらしい。でもまあ、だいぶ食事抜かれてたらしくてな。ほたるの血の匂いに興奮して命令忘れてたっぽいけど――ああでも、ほたるの血は飲むなっていうのはちゃんと刷り込まれて覚えてたみたいだな」
じゃなきゃ死んでるし、と言うノエの言葉を聞きながら、それは結構まずいんじゃないんだろうかと思った。だって――。
「――リリは殺されてたかもしれないってこと?」
飢えた状態で私の血の匂いに興奮して、仕事を忘れて。でも私の血は飲んじゃいけないなら、他に飲めるのはリリの血だけ。
「そ、だから間に合ってよかったよ。身体が大人のほたると違って、子供のリリは勢い良く血を飲まれたらすぐに死んじゃうから」
「私が……巻き込んだんだよね……?」
その問いに、ノエはゆっくりと視線を落とした。
「……考え方によってはな。でも俺たちもまさかこんな早く来るなんてって油断してたのは事実。ほたるをここに匿うリスクを承知してたのにこんなことになったのは、完全に俺たちの落ち度だよ。だからほたるはそんなに気にすることない。でもふらふら外歩いたら危ないっていうのは肝に命じてくれな」
「……うん」
ノエは気にするなと言ってくれるけれど、できるわけがない。確かにノエの言う通り彼らにもミスはあったのかもしれない。それでも私がここに来なければ、リリを危険に晒すことはなかったのだ。
あんな小さい子に、また怖い想いをさせてしまった。リリがノクステルナに来るまでのことをどのくらい覚えているかは分からないけれど、あんなに楽しそうに笑う子の笑顔を奪ってしまったらどうしよう――そう考えると、早くここから去らなければと思ってしまう。ここの人たちは皆優しいけれど、それにいつまでも甘えていたらいけない。
「怪我しちゃったから出発遅くなるかな……? 動けるなら私は治りきってなくても行けるけど」
「そんな直接血の匂いぶちまけてたらラミア様が用意してくれる匂い玉も意味ないって。大人しく治るまで寝てなさい。熱だってあるんだから」
ああ、そうか。熱があるからこんなに身体がだるいんだ。
「……どのくらいかかるの?」
こんな怪我はしたことないけれど、一週間かそこらで治るとは思えなかった。だけどそんなに長くここにいたらまた襲われてしまうかもしれない。またリリを巻き込んでしまうかもしれない。
私が不安に思いながらノエの答えを待っていると、彼の口からは想定外の言葉が発せられた。
「うーん、二日?」
「二日!? え、待ってどういうこと? まさか私、結構寝てたの……?」
「いや、まだ半日くらい」
「ええええ?」
わけが分からない。するとノエは急に真剣な顔をして私を見てきた。
「手当てはしたけど、その時点で既に治り始めてたんだよ」
「……は?」
「種子の力。多分宿主の命が危険に晒されて、種子の影響が強くなったんだと思う」
「……それは、寿命が縮むということでは?」
「そうとも言う」
「ちょっ」
それはかなり問題があるんじゃないか? 怪我が早く治ることは結構だけれど、元々一年は確実になかったであろう寿命が縮むってまずすぎる。
それなのにノエはさっきまでの真剣な顔をもう崩して、いつものへらっとした顔に戻ってしまった。いや待って、もう少し頑張って。
「それに……――まァ、これはいいか」
「待ってやめて、そういうのやめて」
「いーのいーの、分かったってどうしようもないし」
「私のことなのに!」
「はいはい、後で気が向いたらね。今はとりあえず寝なさい。ほうら、眠くなるー」
ふざけたように言いながら、ノエは私の目元に手を当てて無理矢理眠らせようとしてくる。抗議しようとしたけれど、その手がひんやりしていてとても気持ち良いせいか、どんどん思考が鈍っていくのを感じた。
私の熱がそれだけ高いのか、それともノエの体温が低いのか。そういえばノエに抱っこされている時に温かいって思ったことはないから、もしかしてノエって相当体温が低いのかもしれない。
「ノエ、平熱いくつ?」
目元をノエの手に覆われたまま尋ねてみる。ノエはどんな顔をしているか分からないけれど、「いきなりどうした」って言っているから怪訝そうな顔でもしているのだろう。
「だってノエの手、すごく冷たい」
「やだ?」
「ううん、気持ち良い」
「そりゃ良かった。まァ凄くって言われるほど冷たいわけでもないと思うけど」
「普通の平熱?」
「いや、それより二、三度低いよ」
「それ死んでない?」
「失礼な。吸血鬼は皆そんなもんだよ」
「ふうん」
なるほど、そうだったのか。でもまあ食事の量も少ないし、それだけ燃費が良ければ熱量も少ないのかもしれない。
それに今は、この温度がとても心地良い。目元にあったノエの手を取って、額や頬に当ててみる。冷たいけれど冷たすぎなくて、さっきよりもさらに眠くなっていく。
「お嬢さん、それ俺の手なんだけど」とかなんとか言うノエの声が聞こえた気がしたけれど、私は眠気に耐えられなくてそのまま意識を手放した。
ノエの声が聞こえる。遅れてやってきたニックさんが男を縛る。
「ほたる、大丈――」
慌てたように振り返ったノエが、私を見て固まった。
§ § §
目を開けると、見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
するとお母さんがひょっこりと顔を出して、安心したように笑う。
『あら、目が覚めたのね。ほたるってばはしゃぎすぎるから』
そう言ってお母さんは、自分の手のひらを私のおでこに乗せた。
『うん、熱もだいぶ下がった。折角パパがいるのに、寝ちゃってたらもったいないよ?』
『ねえ?』と、お母さんが振り返った先にはお父さんの姿。
『寝かせたいなら寝かせておけばいい』
『そうだけど、普段滅多に会えないんだからほたるパパのこと忘れちゃうよ?』
『……それでも仕方がない』
『もう、そんなこと言わない!』
不満そうにしたお母さんは、お父さんの手を取って私のベッドに座らせた。
『こうやって手を乗せてあげるの。子供の頃にこうしてもらった記憶って、案外大人になっても忘れないものよ』
お母さんに促され、今度はお父さんが私のおでこに手を乗せる。お母さんのものよりも随分冷たい手は、ひんやりしていてとても気持ち良かった。
§ § §
「――……お父さん?」
ぼんやりと目を開ける。それなのに視界は暗いまま。だけど不思議と怖くはなくて、額にある冷たい感触に気付けばお父さんを呼んでいた。
「だから誰がお父さんよ」
暗かった視界が開ける。するとそこには私の顔近くに手を伸ばすノエの姿。それを見て、またノエとお父さんを間違えたのだと悟った。
「……なんだ、ノエか」
「俺じゃ不満か」
「ううん、そうじゃないけど……」
なんだか頭が働かない。それでも周りを見渡すと、ここがラミア様のお城にある私の部屋だということはなんとか分かった。
えっと、なんでこうなったんだっけ? 記憶を辿りながら起きようとすると、背中に引き裂くような痛みが走る。
「痛った……!」
「そりゃそうよ、がっつり裂けてるんだから」
「裂けっ……!?」
ああそうだ、背中に怪我をしたんだ。その瞬間、それまでの記憶が一気に蘇る。私はまた勢い良く起き上がろうとして、痛みに撃沈され布団に沈んだ。うん、布団に当たるのも痛い。
「ねえ、馬鹿なの? 今言ったとこじゃん」
「だっ、て……リリが……リリは大丈夫……!?」
私が尋ねると、ノエは「ああ、そういうこと」と微笑んだ。
「リリは大丈夫だよ。誰かさんが庇ってくれたからかすり傷一つありません」
「良かった……」
ノエの言葉で身体から力が抜ける。そうしたら痛みは少しマシになったものの、何故か身体が凄く重く感じた。
「近くにいなくてごめんな」
「本当だよ。死ぬかと思った」
「面目ないです。まさかここに乗り込んでくるとは思わなくて」
ノエが珍しくしょげている。ちゃんとした丁寧語を使うあたり、それなりにダメージがあったのだろう。
「乗り込んできたってことは、誰かが私を襲わせたの?」
「そういうこと。あれがどこの従属種かは今ノストノクスに照会中」
ああ、やっぱり従属種だったのか。私を襲いに来たということは――。
「……あの人、私を殺そうとしてたの?」
恐る恐る聞くと、ノエは首を横に振った。
「命令は攫って来いってことだったらしい。でもまあ、だいぶ食事抜かれてたらしくてな。ほたるの血の匂いに興奮して命令忘れてたっぽいけど――ああでも、ほたるの血は飲むなっていうのはちゃんと刷り込まれて覚えてたみたいだな」
じゃなきゃ死んでるし、と言うノエの言葉を聞きながら、それは結構まずいんじゃないんだろうかと思った。だって――。
「――リリは殺されてたかもしれないってこと?」
飢えた状態で私の血の匂いに興奮して、仕事を忘れて。でも私の血は飲んじゃいけないなら、他に飲めるのはリリの血だけ。
「そ、だから間に合ってよかったよ。身体が大人のほたると違って、子供のリリは勢い良く血を飲まれたらすぐに死んじゃうから」
「私が……巻き込んだんだよね……?」
その問いに、ノエはゆっくりと視線を落とした。
「……考え方によってはな。でも俺たちもまさかこんな早く来るなんてって油断してたのは事実。ほたるをここに匿うリスクを承知してたのにこんなことになったのは、完全に俺たちの落ち度だよ。だからほたるはそんなに気にすることない。でもふらふら外歩いたら危ないっていうのは肝に命じてくれな」
「……うん」
ノエは気にするなと言ってくれるけれど、できるわけがない。確かにノエの言う通り彼らにもミスはあったのかもしれない。それでも私がここに来なければ、リリを危険に晒すことはなかったのだ。
あんな小さい子に、また怖い想いをさせてしまった。リリがノクステルナに来るまでのことをどのくらい覚えているかは分からないけれど、あんなに楽しそうに笑う子の笑顔を奪ってしまったらどうしよう――そう考えると、早くここから去らなければと思ってしまう。ここの人たちは皆優しいけれど、それにいつまでも甘えていたらいけない。
「怪我しちゃったから出発遅くなるかな……? 動けるなら私は治りきってなくても行けるけど」
「そんな直接血の匂いぶちまけてたらラミア様が用意してくれる匂い玉も意味ないって。大人しく治るまで寝てなさい。熱だってあるんだから」
ああ、そうか。熱があるからこんなに身体がだるいんだ。
「……どのくらいかかるの?」
こんな怪我はしたことないけれど、一週間かそこらで治るとは思えなかった。だけどそんなに長くここにいたらまた襲われてしまうかもしれない。またリリを巻き込んでしまうかもしれない。
私が不安に思いながらノエの答えを待っていると、彼の口からは想定外の言葉が発せられた。
「うーん、二日?」
「二日!? え、待ってどういうこと? まさか私、結構寝てたの……?」
「いや、まだ半日くらい」
「ええええ?」
わけが分からない。するとノエは急に真剣な顔をして私を見てきた。
「手当てはしたけど、その時点で既に治り始めてたんだよ」
「……は?」
「種子の力。多分宿主の命が危険に晒されて、種子の影響が強くなったんだと思う」
「……それは、寿命が縮むということでは?」
「そうとも言う」
「ちょっ」
それはかなり問題があるんじゃないか? 怪我が早く治ることは結構だけれど、元々一年は確実になかったであろう寿命が縮むってまずすぎる。
それなのにノエはさっきまでの真剣な顔をもう崩して、いつものへらっとした顔に戻ってしまった。いや待って、もう少し頑張って。
「それに……――まァ、これはいいか」
「待ってやめて、そういうのやめて」
「いーのいーの、分かったってどうしようもないし」
「私のことなのに!」
「はいはい、後で気が向いたらね。今はとりあえず寝なさい。ほうら、眠くなるー」
ふざけたように言いながら、ノエは私の目元に手を当てて無理矢理眠らせようとしてくる。抗議しようとしたけれど、その手がひんやりしていてとても気持ち良いせいか、どんどん思考が鈍っていくのを感じた。
私の熱がそれだけ高いのか、それともノエの体温が低いのか。そういえばノエに抱っこされている時に温かいって思ったことはないから、もしかしてノエって相当体温が低いのかもしれない。
「ノエ、平熱いくつ?」
目元をノエの手に覆われたまま尋ねてみる。ノエはどんな顔をしているか分からないけれど、「いきなりどうした」って言っているから怪訝そうな顔でもしているのだろう。
「だってノエの手、すごく冷たい」
「やだ?」
「ううん、気持ち良い」
「そりゃ良かった。まァ凄くって言われるほど冷たいわけでもないと思うけど」
「普通の平熱?」
「いや、それより二、三度低いよ」
「それ死んでない?」
「失礼な。吸血鬼は皆そんなもんだよ」
「ふうん」
なるほど、そうだったのか。でもまあ食事の量も少ないし、それだけ燃費が良ければ熱量も少ないのかもしれない。
それに今は、この温度がとても心地良い。目元にあったノエの手を取って、額や頬に当ててみる。冷たいけれど冷たすぎなくて、さっきよりもさらに眠くなっていく。
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