マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

文字の大きさ
29 / 77
第五章

第29話 おいしい、おいしい。ありがとう、おいしい

しおりを挟む
「――ノエ、あれ!」

 馬車に揺られること二時間程、遠くの方に街らしき影が見えてきた。
 同じ頃から周りには大きな荷台の馬車がちらほらとし始め、見慣れない光景に私はそわそわとしてしまって落ち着かない。
 ノエはそんな私を微笑ましそうに見ていたけれど、急に少し真剣な表情になって荷物から黒っぽい布を取り出した。

「もうここからはあまり目立たないようにな。これ被って、俺の傍から絶対離れないこと」

 そう言ってノエが渡してきたのは頭からすっぽり被るタイプのマントだ。なんか映画で女の人がこういうの被ってるの見たことがあるぞ。

「まだ早くない?」
「早くない早くない。馬車で来てる連中は物を運んでる奴らか、従属種を連れている奴だから――勿論、マヤみたいには扱われてない」

 その言葉に、私の背筋がひやりとした。
 マヤさんとは違う扱いの従属種とは、今まで私を襲ってきたようなタイプの人たちのこと。物同然に扱われ、わざと食事を抜かれ、名前を呼んですらもらえないような――そんな人達が周りに何人もいるかもしれないと思うと、ノエに渡されたマントを慌てて被ってみても不安が拭えない。

「こっちにおいで」

 ノエに言われるまま、向かい合っていた席から彼の隣に腰掛ける。するとノエは私の肩に手を回して、「このくらいくっついとけば、まあ変に声をかけられることもないでしょ」と言いながらにっと口角を上げた。

「なんで?」
「俺の匂いでも誤魔化せるし、俺の遊び相手って思われるし?」

 遊び相手、ってつまりあれか。そういうことか。
 急に密着してちょっとドキッとしたけれど、そういうことなら平常心を保たなければならない。

「……でもノエの相手が従属種って変に思う人はいないの?」
「俺の博愛主義は有名よ」
「ノエってやっぱり遊び人なんだ」
「何その目。言っとくけど浮気はしないからな。正式にお付き合いもしないけど」
「それを遊び人って言うんじゃないの?」

 なんだろう、意外ではないけれどちょっとショック。このショックはあれだ、自分のお父さんが実はそういう人って知った時のあれ。うん、多分そう。

「吸血鬼じゃ普通だよ。結婚って概念もないから付き合うなんていう過程もいらないし。ペイズリーみたいに特定の相手を作る方が珍しいっていうか」
「……嘘教えてない?」
「本当だっつーの! 不老長寿な上に吸血鬼同士じゃ子供も作れない、その上序列と系譜もある。人間の結婚の目的が種の繁栄にしろ家の存続にしろ、どっちも意味ないから結婚なんてしたってしょうがないだろ?」
「それは古いよ、結婚は好きな人と一緒にいたいからするんだよ」
「そうなの? でもそれこそわざわざ結婚する意味なくない? 『一緒にいましょう、その間は浮気しちゃいけません』って約束でいいじゃん」
「ええ? でも……うーん?」

 あれ、よく分からなくなってきたぞ。ノエの言う通りなら確かに結婚する意味もない気がするけれど、でもそれだったら何故みんな結婚するんだろう。今まで結婚のことなんてしっかり考えたことないから分からない。これで私がもう少し大人だったら分かったのかもしれないけれど。

「さて、そろそろ本当に大人しくしとこうか。話してるのが日本語ってだけで注意引くかもしれないからな。勿論どこで誰が聞いてるか分からないから、俺たちがここに来た目的を示唆するものは全部言うの禁止」

 それって何も話せなくなるんじゃないかな。とは思うものの、ノエの言葉に身体がひんやりしたのは、彼の体温のせいだけではない気がした。


 § § §


 吸血鬼の街は思っていたよりも活気があった。
 人通りはそこまで多くはないけれど、別に寂しさは感じない。むしろ都会と違って人と人とがぶつかる心配がないから、このくらいでちょうど良い気がする。歩道と馬車の通る道が分かれていないせいか、道も広めで歩きやすい。地面は土のままだけれど、凸凹したところは全然ないのでちゃんと街という感じがする。

 その大きな道に沿って、建物が綺麗に並んでいた。ヨーロッパの町並みのイメージに近いだろうか、建物は木かレンガのようなものでできているものばかりで、コンクリートは見当たらない。ガラスの窓はあるけれど、プラスチックの看板や派手な色の装飾はないから、落ち着いていてお洒落にすら見えた。
 道行く人々は、ノエが言っていたとおり私達と雰囲気の近い格好をしている。時々スーツやパーカーの現代っぽい格好の人もいたけれど、ここではやけに目立って見えた。

 と、周りばかり見ていると、ノエが私の肩を抱いたまま道の端に逸れて行く。向かった先からは美味しそうな匂いが漂っていて、私のお腹がぐうと主張した。

「――――」

 ノエがおかしそうに笑いながら何かを言う。でもそれは日本語じゃないから聞き取ることができない。私は思わず聞き返そうとしたけれど、ノエが私に日本語を使わなかった理由に気が付いて口をきゅっと結んだ。
 するとノエはまた笑って何かを言った。あ、今のは分かった。「ごめんごめん」って言っている。と思う。

 本当は馬鹿にするなとか、何か言い返したいのに何も言えないのが悔しい。そういう言葉は習ってないもの。
 いい匂いを漂わせていたのはお店だったようで、ノエはそこに着くとワッフルのような食べ物をたくさん買って私に差し出した。

「あり、ありと」
「『ありがとう』?」

 そうそれ。うまく吸血鬼の言葉で「ありがとう」と言えなかった私の言葉を、ノエが訂正しつつ聞き返してくれる。
 一応覚えたんだけど、いざ使ってみると口からうまく出ないのだから外国語(と言っていいのか?)って難しい。
 私は改めてノエに「ありがとう」と言い直して、買ってもらったワッフルを思い切り頬張った。

「おしい!」
「『おいしい』」

 くそう、微妙に間違う。

「おいしい、おいしい。ありがとう、おいしい」

 ワッフルを食べながら、もう間違わないように何度も繰り返す。食べながらこんなことを言うと食いしん坊みたいだと思ったけれど、今の私はたくさん食べなきゃいけない子なので食いしん坊でいいだろう。

 ノエはワッフルをいくつも買ってくれていて、それを全部食べろということだと解釈した私は歩きながらひたすら頬張る。全て同じ味だったら地獄だと思ったけれども、そこは流石変なところに気を遣える男、ノエ。全部中身が違うものを買ってくれていたらしい。クリームの入ったお菓子系から、サラダっぽいお惣菜系まで。包み紙の文字が読めないせいで中身が分からないから順番がめちゃくちゃだけど、どれも美味しいので楽しんで食べることができる。

 そうやって食べることに夢中になって歩いていると、気付けばまた建物の中にいて、目の前にはカウンターがあった。その先にいた店員さんらしき人はノエと話していたけれど、私に気付くと数秒凝視。そしてうっと眉を顰めた。何故。

 理由を知りたかったけれど、今の私に問いかける方法はない。それにノエが咳払いをしたから、店員さんはすぐに顔を引きつらせながら私から目を逸らした。

「――――」

 店員さんが何か言いながら差し出した鍵を受け取ると、ノエは私の背を押して歩き出す。どうしたんだろうと思いながら押されるままに進んでいくと、洞窟っぽい雰囲気のある廊下に出た。
 照明が少ないせいでちょっと暗くて怖いのだけれど、ノエは気にせずどんどん進む。よく見ればここは洞窟ではなくて、床も壁も天井も石でできた空間だということは分かった。でもだからといって何の場所なのかは分からない。
 問いかけることもできないまま、迷路のように入り組んだ廊下をしばらく歩くと、分厚い木製の扉が姿を現した。ノエはその扉の鍵穴に店員さんから受け取った鍵を挿し、そのまま開けて私と二人、真っ暗な扉の先に入っていく。

 バタン、と大きな音を響かせて閉まった扉。すると完全な暗闇に包まれてしまって、私はノエの服をぎゅっと掴んだ。

「怖くないよ」

 今度は日本語でノエが言う。同時に明かりがついて、暗闇から解放された。

「もう普通に喋って大丈夫。ここはそういう宿だから」
「そういう宿?」

 残りの明かりを付けていくノエに聞き返す。室内がどんどん明るくなっていくと、暗闇だった場所からソファやテーブルなどの家具が現れた。ノエの言う通りここは宿らしい。ベッドがないけれど、奥にも部屋がありそうだから多分そっちにあるんだろう。

「戦争の名残でね。こういう防音のしっかりした宿が結構あるんだよ。勿論吸血鬼の耳でも外から中の音はほとんど聞こえない」
「へえ……」

 なるほど、そういう宿か。戦争の名残ということは密談用とか? なんか怖いな。

「だからもう俺にくっついてなくても平気よ? そのままがいいならそれでもいいけど」
「ッ離れます!」

 私が慌てて離れると、ノエは「そんなに嫌か」とじとっとした目で私を睨む。別に嫌ってわけじゃないけれども、くっついてるとか言われたら恥ずかしいんだよ。遊び人のおじいちゃんには分からないだろうけどさ。

 そんなことを考えていると、明かりを付け終わったノエはソファにどっと腰を下ろして大きな欠伸。
 珍しいな。ノエはちゃらんぽらんではあるけれど、あまり眠そうにしているところは見たことがないのに。

「そんなに疲れたの?」

 私もノエのすぐ隣に腰掛ける。ノエは「んー?」と言いながら私を見て、「ほたるは平気?」と聞いてきた。

「うん。見たことないものばっかだったから面白かったし、買ってもらったやつも美味しいし」
「そりゃよかった。嫌な感じとかはなかった?」
「ノエが分からない言葉で私をからかったことくらいかな」
「じゃあ平気か」
「こら」

 ノエは満足そうにしているけれど、結局ノエが疲れたかどうかは聞けていない。それに――。

「そういえば、なんかさっき店員さんが私のこと見て嫌そうな顔してたけど」
「ああ、従属種だと思ってるからだよ」
「……そっか」

 あの態度はそういう理由だったのか。なんか嫌だなと思ったものの、私を見て人間ではなく従属種だと思ったということは変装が成功している証拠だ。

「もしかしてノエが疲れてるのって、それが影響してる?」

 私が問うと、ノエが驚いたように目を丸めた。なんでだ。

「よく分かるな。まァそれが直接影響してるっていうか、聞き耳立てながら道を選んだりなんだりしてちょっと疲れたっていうか」
「道を選んだ?」
「ほたるが見なくていいものもあるからな」

 なんだろう、治安が悪いとかだろうか。
 聞き返そうとしたけれど、先に口を開いたのはノエだった。

「この後だけど、ちょっと休んだら色々見て回ろうか」
「スヴァイン探しだよね? 気になってたんだけど、ノエってスヴァインの顔分かるの?」
「昔ちらっと肖像画なら見たことある。まあそれとは多少違ってるかもしれないけど、スヴァインの方がほたるを知ってるしどうにかなるだろ」

 肖像画とか古風だな。まあスヴァインがいなくなった百年前っていったらカメラなんてあまり普及していなかっただろうし、昔は肖像画が主流だっただろうからそんなものなのかな。でも肖像画って結構美化されているって聞いたことがあるぞ。ノエが多少違ってるかもというのもそういうことだろう。

 なんだか不安が残るものの、今更どうすることもできないので私はノエの記憶力を信じるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

処理中です...