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第六章
第40話 ……そんなくだらないことはしないよ
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『さて、スヴァインの子。お前には死んでもらおうか』
自分に向けられた悪意の言葉にほっとしたのは、ソロモン達の目的がノエから私に移ったと分かったからだ。
ノエは何か知りたいことがあるらしいけれど、これ以上はもう耐えられそうにない。でも彼らの狙いが私なら、ノエにはもう危害を加えられないかもしれない。それに私が死ねば、ノエが私を守る必要だってなくなる。
多分、これで全部うまく行く――そう思うと、気持ちがすっと楽になっていくようで。
私に死ぬことを考えるなと言ってくれたノエには申し訳ないけれど。
このままずっとお荷物でい続けられるほど、私は強くはなれない。
「私が死ん――」
「ここで?」
私が死んだらノエを解放してくれるか――そう聞こうと思ったのに、その言葉は他でもないノエに遮られた。
邪魔をされたこともそうだけど、それよりも彼の言った内容がよく分からない。ここで、と聞いたのだろうか。だとしたら本当に意味が分からない。それではまるでノエが私を殺すことを否定していないみたいじゃないか。いや、そんなはず――。
「折角ならお仲間に見てもらえばいいじゃないっすか。どうせ俺を殺す時のために集めてあるんでしょ? リードの――いや、その親のリロイ様の系譜の連中にも、アンタ自身のいい宣伝になる。アンタが手を組んだのがリードじゃなくてリロイ様なら、の話っすけど」
「ノエ……?」
予想外のノエの言葉に思わず彼の顔を見る。そこにあるのはいつもどおりのへらりとした笑顔で、その視線はソロモンに向いていた。
私は馬鹿だ。ノエに自分を差し出せと言ったくせに、いざ庇ってもらえないとこんなにも動揺している。
でもこれが正しいんだ。私だって死ぬ気だったじゃないか――それなのに、ノエの手を握る指先は小さく震えていた。
「それもそうだな、皆の前で痛めつけてから殺してやろう。お前にはそれを間近で見せてやる」
「そりゃどうも。つってもどうせこの子の後で俺のことも殺すからでしょ」
「ああ、執行官を殺せる機会はそうそうないからな。特に嫌な噂のあるお前の死を喜ぶ者は多いだろう」
ソロモンが言うと、檻の扉が開けられた。そしてリード達が鎖を手にこちらに歩いてきて、私の頭を乱暴に掴むと髪を巻き込むのも気にせず首に重い枷をガチャリとはめる。
「どうせもうろくに動けないんだろう? 今のお前には手枷だけでも十分そうだ」
「おかげさまでー」
男達が残った手枷を手に取りながらノエに言うと、ノエはふざけたように笑う。そして自分からその手を差し出せば、血まみれの手に手枷がはめられた。
「ノエ……?」
繋いでいた手を離す時、ノエは少しだけ力を入れて私の手を握ってくれた。
その意味を聞きたかったのに、ノエが私の声に答えることはなかった。
§ § §
連れてこられたのは、さっきまでの部屋の倍はありそうな広い部屋だった。
でもそこにはたくさんの人達がいて、部屋は広くなったはずなのに圧迫感を覚える。彼らは手にグラスを持ち談笑していたようだったけれど、私達が現れるとしんと静まり返った。
「――――」
部屋の前方に歩いていったソロモンが何かを言うと、室内がどっと歓喜に沸いた。彼らの視線はソロモンのすぐ隣にいる私とノエに向いていて、その場は喜びの声に溢れているはずなのに、何故か背筋をぞっとしたものが這う。
「これで全員? 意外と少ないっすねー」
ノエは何も感じないのか、いつもの調子でへらりと笑う。
なんでそんなに普通にしていられるの? 立っているのも辛いということは、ここまで歩いてきたノエの足取りを見ていれば嫌でも分かる。顔色だって悪いままだし、さっきのソロモンとの会話を聞く限りノエだって殺されてしまうかもしれないのだ。
ノエは目的を果たせればいつでも逃げ出せるみたいなことを言っていたけれど、今の彼はとてもそうは見えない。ここにいる全員がはいどうぞとノエを解放してくれたとしても、出口までちゃんと歩けるのかすら不安なくらいなのに。
「流石に全員がいるはずないだろう? ここにいるのは上位の者達だけだ。下位の者はただの手足、宴に参加させる必要もない」
「やだやだ、もう俺たちを殺せた気でいるんすか? どう見てもお祝い始まってるじゃないっすか」
「それだけ待ちわびていたということだ」
ソロモンは上機嫌なのか、ノエの嫌味にも気付いているはずなのに笑っている。
二人が日本語で会話するせいか、周りからのやじのような声にはいつの間にか日本語が混じり始めていて、時折「早く殺せ」だとか、「手足を切り落とせ」だとか、それ以外にもとても聞くに堪えない言葉が聞こえるようになっていた。
まさか彼らの言っていることを全て実行するわけじゃないよね、と私の額に冷や汗が滲む。私が受け入れているのは自分が死ぬところまでだ。彼らが望んでいるように私を痛めつけてからというのなら――その未来を想像して身体がぶるっと震えた。
「本当はお前の目を隠してやった方が我々の安全は確保されるんだが、肩入れしている娘が死ぬところを見ることができないのは嫌だろう?」
ソロモンがノエに言う。確かにここにいる人たちは全員顔を隠していない。リードと一緒にいた二人だって、この部屋に入ったタイミングで顔を覆う布を外していた。
これまでは多分、ノエが怖いから目を隠していたんだろう。けれどこのソロモンという人をノエはソロモン様と呼ぶし、ソロモンはラミア様を呼び捨てにしていた。つまり彼はノエより序列が上なんだ。となるとソロモンよりも上の人は今ここにいない――それがあり得るのはスヴァインだけだから。
だから、もうノエを警戒する必要がない。たとえノエに操られる人が出たって、その人達はソロモンには逆らえない。
「お気遣いどーも。ってことはソロモン様自らスヴァインの子を手に掛けるんすか?」
「ああ、その娘も名誉だろう」
ノエの問いににやりと笑ったソロモンは自分の手を前に出した。そしてその手はみるみるうちに長い鉤爪を持った凶暴な形になり、私の脳裏にはスヴァインに殺されそうになった時のことが蘇る。
あの時はノエが助けてくれた。でも今のノエにはもうそんな力は残っていない。
怖い。
死ぬことを受け入れたはずなのに、この爪を見たら急に恐怖が足元から私を飲み込んでくるようだった。カタカタと身体が震える。震えたらノエに死にたくないってバレてしまうのに、この震えは止められない。
それどころか震えを止めようとすればするほど、また頭の奥が熱くなってくる。
この感覚はもう覚えてしまった。種子が私を生かそうとしている時の感覚だ。スヴァインに殺されそうになった時は何もしてこなかったくせに、今になって私を生かそうとするなんて――引き攣った苦笑いが零れる。
それでも、できるなら助けて欲しかった。だけど助かる気がしないのも感じていて。
仮に種子の力でソロモンの爪を避けることができたとして、一体それが何になるんだろう。この場にはたくさんの吸血鬼がいるのに、彼らが私に一斉に襲いかかったら流石に逃げ切れるとは思えない。
それにこの首にずしんと巻き付く枷は、私が避けることを許さないだろう。どうやったって私は助からない。
ああ、もう本当に駄目なんだ。
「ノエ……」
気付いたらノエの名を呼んでいた。けれどそれは、助けを求めるためじゃなくて。
「……ちゃんと逃げてね」
小さい声でなんとか伝えると、ノエが驚いたように目を丸める。私はと言えば、生きることを放棄したと種子に伝わったのか、もう頭の熱は治まっていて。
「そういうところはちょっと良くないな」
ぼそりと呟くと、ノエはソロモンに目を向けた。
「情が移っちゃったんでお別れくらいさせてもらえませんかね?」
「お前が? まあ、余興としてはいいだろう」
「どうもー」
この期に及んで全く緊張感を持っていないノエは、ソロモンに向けていた目線を私に戻した。
「一応、さっき言うは言ったからな」
「え……?」
何のことだろう――私が記憶を辿るよりも早く、ノエが顔を私に近付ける。
綺麗なサファイアの瞳に見惚れていると、ノエは私の首元に顔を埋め、そして。
「ノエ――!?」
首元に走った、ちくりとした痛み。それに何が起こったのか悟った私は慌てて声を上げる。それでもノエは口を私の首から離そうとはしない。それどころか首を伝って何かを啜るような音が頭の中に響いていた。
私の血は飲んじゃいけない。
そう言いたいのに、頭がどんどんぼんやりしていってうまく言葉にできない。身体まで痺れていって、そう言えば牙には毒があると、最初に会った時にノエが言っていたなと思い出した。
「なんだ、自死を選ぶのか!」
おかしそうにソロモンが笑う。それに釣られるようにして、周りの人たちも大きな笑い声を上げていた。
「――……そんなくだらないことはしないよ」
私の首から口を離してノエが言う。口についた鮮やかな赤を舌で舐め取る様子はとても綺麗で、頭がぼうっとするのもあって状況を理解するのに時間がかかった。でもすぐに一つだけ、確かなそれが頭に浮かぶ。
ノエが、まだ生きている。
「ノエ……無事で……――ッ」
ノエに話しかけようとしたのに、痺れた身体が崩れ落ちた。けれど床に落ちる前にノエが支えてくれたお陰で、まだなんとか立っていられる。その力強い腕からはさっきまで弱りきっていたという事実はまるで感じられなくて、本当にノエが無事なのだと実感して余計に身体の力が抜けそうになる。
「何故生きて……!?」
信じられないとでも言いたげな声色でソロモンが言うのが聞こえる。ゆっくりと周りに視線を配れば、どの吸血鬼も皆一様に驚愕の面持ちでノエを見ていた。
「どうでもいいだろ。それより確認したいんだけど、この件に関わってるのはソロモン様とリロイ様――それから二人を繋いだアレサ。この三人の系譜全員ってことでいい?」
「何を急に――」
「聞いてるんだから答えろよ」
声を低くしたノエの目が紫色に変わった。でもソロモンには通用しないはずだから、彼がそうする理由が分からない。
それなのにノエに睨まれたソロモンは動きを止めていた。まるで人形のように表情まで失くしてしまっていて、「そうだ」とノエの問いへの答えを口にする。
すると周りは口々に有り得ないと言いながらざわつき始めたけれど、ノエが彼らの方を見たらそれは不自然なくらいぴたりと収まった。
「もうお前らに用はないよ」
言いながら、ノエが私の目元を手で覆い隠す。
「だからほたる以外全員――今ここで死ね」
とてもノエの口から出たとは思えない言葉に驚くよりも早く。
隠された視界の隙間から、吸血鬼達が自らの胸をその鉤爪で貫くのが見えた。
自分に向けられた悪意の言葉にほっとしたのは、ソロモン達の目的がノエから私に移ったと分かったからだ。
ノエは何か知りたいことがあるらしいけれど、これ以上はもう耐えられそうにない。でも彼らの狙いが私なら、ノエにはもう危害を加えられないかもしれない。それに私が死ねば、ノエが私を守る必要だってなくなる。
多分、これで全部うまく行く――そう思うと、気持ちがすっと楽になっていくようで。
私に死ぬことを考えるなと言ってくれたノエには申し訳ないけれど。
このままずっとお荷物でい続けられるほど、私は強くはなれない。
「私が死ん――」
「ここで?」
私が死んだらノエを解放してくれるか――そう聞こうと思ったのに、その言葉は他でもないノエに遮られた。
邪魔をされたこともそうだけど、それよりも彼の言った内容がよく分からない。ここで、と聞いたのだろうか。だとしたら本当に意味が分からない。それではまるでノエが私を殺すことを否定していないみたいじゃないか。いや、そんなはず――。
「折角ならお仲間に見てもらえばいいじゃないっすか。どうせ俺を殺す時のために集めてあるんでしょ? リードの――いや、その親のリロイ様の系譜の連中にも、アンタ自身のいい宣伝になる。アンタが手を組んだのがリードじゃなくてリロイ様なら、の話っすけど」
「ノエ……?」
予想外のノエの言葉に思わず彼の顔を見る。そこにあるのはいつもどおりのへらりとした笑顔で、その視線はソロモンに向いていた。
私は馬鹿だ。ノエに自分を差し出せと言ったくせに、いざ庇ってもらえないとこんなにも動揺している。
でもこれが正しいんだ。私だって死ぬ気だったじゃないか――それなのに、ノエの手を握る指先は小さく震えていた。
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「そりゃどうも。つってもどうせこの子の後で俺のことも殺すからでしょ」
「ああ、執行官を殺せる機会はそうそうないからな。特に嫌な噂のあるお前の死を喜ぶ者は多いだろう」
ソロモンが言うと、檻の扉が開けられた。そしてリード達が鎖を手にこちらに歩いてきて、私の頭を乱暴に掴むと髪を巻き込むのも気にせず首に重い枷をガチャリとはめる。
「どうせもうろくに動けないんだろう? 今のお前には手枷だけでも十分そうだ」
「おかげさまでー」
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「ノエ……?」
繋いでいた手を離す時、ノエは少しだけ力を入れて私の手を握ってくれた。
その意味を聞きたかったのに、ノエが私の声に答えることはなかった。
§ § §
連れてこられたのは、さっきまでの部屋の倍はありそうな広い部屋だった。
でもそこにはたくさんの人達がいて、部屋は広くなったはずなのに圧迫感を覚える。彼らは手にグラスを持ち談笑していたようだったけれど、私達が現れるとしんと静まり返った。
「――――」
部屋の前方に歩いていったソロモンが何かを言うと、室内がどっと歓喜に沸いた。彼らの視線はソロモンのすぐ隣にいる私とノエに向いていて、その場は喜びの声に溢れているはずなのに、何故か背筋をぞっとしたものが這う。
「これで全員? 意外と少ないっすねー」
ノエは何も感じないのか、いつもの調子でへらりと笑う。
なんでそんなに普通にしていられるの? 立っているのも辛いということは、ここまで歩いてきたノエの足取りを見ていれば嫌でも分かる。顔色だって悪いままだし、さっきのソロモンとの会話を聞く限りノエだって殺されてしまうかもしれないのだ。
ノエは目的を果たせればいつでも逃げ出せるみたいなことを言っていたけれど、今の彼はとてもそうは見えない。ここにいる全員がはいどうぞとノエを解放してくれたとしても、出口までちゃんと歩けるのかすら不安なくらいなのに。
「流石に全員がいるはずないだろう? ここにいるのは上位の者達だけだ。下位の者はただの手足、宴に参加させる必要もない」
「やだやだ、もう俺たちを殺せた気でいるんすか? どう見てもお祝い始まってるじゃないっすか」
「それだけ待ちわびていたということだ」
ソロモンは上機嫌なのか、ノエの嫌味にも気付いているはずなのに笑っている。
二人が日本語で会話するせいか、周りからのやじのような声にはいつの間にか日本語が混じり始めていて、時折「早く殺せ」だとか、「手足を切り落とせ」だとか、それ以外にもとても聞くに堪えない言葉が聞こえるようになっていた。
まさか彼らの言っていることを全て実行するわけじゃないよね、と私の額に冷や汗が滲む。私が受け入れているのは自分が死ぬところまでだ。彼らが望んでいるように私を痛めつけてからというのなら――その未来を想像して身体がぶるっと震えた。
「本当はお前の目を隠してやった方が我々の安全は確保されるんだが、肩入れしている娘が死ぬところを見ることができないのは嫌だろう?」
ソロモンがノエに言う。確かにここにいる人たちは全員顔を隠していない。リードと一緒にいた二人だって、この部屋に入ったタイミングで顔を覆う布を外していた。
これまでは多分、ノエが怖いから目を隠していたんだろう。けれどこのソロモンという人をノエはソロモン様と呼ぶし、ソロモンはラミア様を呼び捨てにしていた。つまり彼はノエより序列が上なんだ。となるとソロモンよりも上の人は今ここにいない――それがあり得るのはスヴァインだけだから。
だから、もうノエを警戒する必要がない。たとえノエに操られる人が出たって、その人達はソロモンには逆らえない。
「お気遣いどーも。ってことはソロモン様自らスヴァインの子を手に掛けるんすか?」
「ああ、その娘も名誉だろう」
ノエの問いににやりと笑ったソロモンは自分の手を前に出した。そしてその手はみるみるうちに長い鉤爪を持った凶暴な形になり、私の脳裏にはスヴァインに殺されそうになった時のことが蘇る。
あの時はノエが助けてくれた。でも今のノエにはもうそんな力は残っていない。
怖い。
死ぬことを受け入れたはずなのに、この爪を見たら急に恐怖が足元から私を飲み込んでくるようだった。カタカタと身体が震える。震えたらノエに死にたくないってバレてしまうのに、この震えは止められない。
それどころか震えを止めようとすればするほど、また頭の奥が熱くなってくる。
この感覚はもう覚えてしまった。種子が私を生かそうとしている時の感覚だ。スヴァインに殺されそうになった時は何もしてこなかったくせに、今になって私を生かそうとするなんて――引き攣った苦笑いが零れる。
それでも、できるなら助けて欲しかった。だけど助かる気がしないのも感じていて。
仮に種子の力でソロモンの爪を避けることができたとして、一体それが何になるんだろう。この場にはたくさんの吸血鬼がいるのに、彼らが私に一斉に襲いかかったら流石に逃げ切れるとは思えない。
それにこの首にずしんと巻き付く枷は、私が避けることを許さないだろう。どうやったって私は助からない。
ああ、もう本当に駄目なんだ。
「ノエ……」
気付いたらノエの名を呼んでいた。けれどそれは、助けを求めるためじゃなくて。
「……ちゃんと逃げてね」
小さい声でなんとか伝えると、ノエが驚いたように目を丸める。私はと言えば、生きることを放棄したと種子に伝わったのか、もう頭の熱は治まっていて。
「そういうところはちょっと良くないな」
ぼそりと呟くと、ノエはソロモンに目を向けた。
「情が移っちゃったんでお別れくらいさせてもらえませんかね?」
「お前が? まあ、余興としてはいいだろう」
「どうもー」
この期に及んで全く緊張感を持っていないノエは、ソロモンに向けていた目線を私に戻した。
「一応、さっき言うは言ったからな」
「え……?」
何のことだろう――私が記憶を辿るよりも早く、ノエが顔を私に近付ける。
綺麗なサファイアの瞳に見惚れていると、ノエは私の首元に顔を埋め、そして。
「ノエ――!?」
首元に走った、ちくりとした痛み。それに何が起こったのか悟った私は慌てて声を上げる。それでもノエは口を私の首から離そうとはしない。それどころか首を伝って何かを啜るような音が頭の中に響いていた。
私の血は飲んじゃいけない。
そう言いたいのに、頭がどんどんぼんやりしていってうまく言葉にできない。身体まで痺れていって、そう言えば牙には毒があると、最初に会った時にノエが言っていたなと思い出した。
「なんだ、自死を選ぶのか!」
おかしそうにソロモンが笑う。それに釣られるようにして、周りの人たちも大きな笑い声を上げていた。
「――……そんなくだらないことはしないよ」
私の首から口を離してノエが言う。口についた鮮やかな赤を舌で舐め取る様子はとても綺麗で、頭がぼうっとするのもあって状況を理解するのに時間がかかった。でもすぐに一つだけ、確かなそれが頭に浮かぶ。
ノエが、まだ生きている。
「ノエ……無事で……――ッ」
ノエに話しかけようとしたのに、痺れた身体が崩れ落ちた。けれど床に落ちる前にノエが支えてくれたお陰で、まだなんとか立っていられる。その力強い腕からはさっきまで弱りきっていたという事実はまるで感じられなくて、本当にノエが無事なのだと実感して余計に身体の力が抜けそうになる。
「何故生きて……!?」
信じられないとでも言いたげな声色でソロモンが言うのが聞こえる。ゆっくりと周りに視線を配れば、どの吸血鬼も皆一様に驚愕の面持ちでノエを見ていた。
「どうでもいいだろ。それより確認したいんだけど、この件に関わってるのはソロモン様とリロイ様――それから二人を繋いだアレサ。この三人の系譜全員ってことでいい?」
「何を急に――」
「聞いてるんだから答えろよ」
声を低くしたノエの目が紫色に変わった。でもソロモンには通用しないはずだから、彼がそうする理由が分からない。
それなのにノエに睨まれたソロモンは動きを止めていた。まるで人形のように表情まで失くしてしまっていて、「そうだ」とノエの問いへの答えを口にする。
すると周りは口々に有り得ないと言いながらざわつき始めたけれど、ノエが彼らの方を見たらそれは不自然なくらいぴたりと収まった。
「もうお前らに用はないよ」
言いながら、ノエが私の目元を手で覆い隠す。
「だからほたる以外全員――今ここで死ね」
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