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第七章
第41話 大丈夫、ここでは誰も死んでないよ
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ノエに手を引かれ、私は薄暗い建物の中を歩いていた。
さっき通ったばかりの廊下だったけれど、殺されに行くと思って歩いていた時よりも今の方がずっと不安で。
力強く私の手を握っている冷たい感触が、心臓をひりひりさせた。
§ § §
「――何……これ……」
突然起こったそれに、私は言葉を失っていた。
『だからほたる以外全員――今ここで死ね』
信じられないようなノエの言葉。そして直後に広がった光景。
少し前まで私達を見て笑い声を上げていた吸血鬼達は、今はもうどこにもいない。代わりにそこには黒い霧のようなものがかかっていて、それが彼らだったものだと理解するのに時間はかからなかった。
命を落とした人数が多いからか、それとも風通しが悪いからか、部屋の中は明かりがあるはずなのに真っ黒になっている。けれど私の脳裏にはその直前の光景がこびりついて離れなかった――吸血鬼達が、自らの爪で一斉に自死した光景が。
どうして? ――ノエがそう言ったから。
どうして? ――ノエはもう、彼らには用がなかったから。
起こったことはノエの言葉どおり。それなのに、どうしてこんなことになっているのか理解できない。
だってノエがこんなことをするはずがない。ここにいたのは吸血鬼で、ノエにとっては同胞で、仲間で。
それにノエにこんなことができるはずがない。自死を強制したということは、その力で彼らを洗脳したということ。序列があるから少なくともソロモンやリードにはできないはずなのに、その二人の姿も消えてしまっている。
第一、ノエが生きているはずがない。生きていてくれて嬉しいけれど、彼にとって私の血は猛毒だったはずだ。
どうして。なんで。おかしい。
目の前で起こったことを受け入れられない。いつの間にかノエの支えを失っていた私の身体は地面にへたり込んでいた。動けないのは、多分毒のせいじゃない。
そのままそこに座り尽くしてると、ノエが「ほたる」と呼ぶ声が聞こえた。
「……ノエ?」
「ちょっと髪上げてて。それ外してあげるから」
そう言うノエの手にはいつの間にか枷の鍵があった。ずっとリードが持っていたはずなのに、ノエが持っているのはどうしてだろう。
「それ……どうして……」
「炎輝石の欠片が混ざってるからな、触れていた吸血鬼が死んでも消えないんだよ」
言っている意味はよく分からなかったけれど、リードが死んだから今ここにあるということだけはなんとか理解できた。
カチャ、と小さい音と共に私の首が冷たい重さから解放される。ノエがその枷を無造作に放り投げると、周りの黒がぶわっと舞った。
けれどノエはそれを一瞥することもなく鍵を咥えて、自分の手枷の鍵穴に挿す。口を使って器用に外した手枷をその場にゴトリと落とすと、心配そうな面持ちで私の方へと向き直った。
「まだ身体痺れる? ほたるだったら牙の毒にも結構耐性はあると思うんだけど」
もう、痺れてはいないと思う。けれど私はそこから動けなくて、ノエは困ったように眉根を寄せると、私の身体に手を回して立ち上がらせた。
「うん、一人で立ってられるな。――じゃあ行こうか。まだ外に生き残りがいるから、いつここに来るか分からない」
ノエの表情はいつもと同じはずなのに、私はすぐに頷くことができなかった。
「……怖い?」
私の様子から何かを察したのか、ノエが苦笑を浮かべる。けれど私はなんて言ったらいいのか分からなくて、ノエの視線から逃げるように顔を背けた。
「……嫌なもの見せてごめんね。これが俺だよ」
そう言ってノエは私の手を掴むと、それ以上何も言わずに歩き出した。
§ § §
広い建物の中を歩いた先にあった扉を開けて、外に出る。真っ暗の中に浮かぶ青い月は、今が夜だということを示していた。
「良かった、近くに家がある」
ノエの言い方は私の返事を求めていなかったけれど、私に行き先を教えようとしてくれているのは雰囲気で分かる。いつもなら私に不安を与えないためだと思うのに、今はそれを素直に受け取ることができない。
でもきっと、ノエはそれすら分かっているんだろう。こちらを向いていないノエの顔は見えなかったけれど、困っているような雰囲気は伝わってくる。けれど何も言わずに、ノエは再び私の手を引いて歩き出した。
ざくざくと地面を踏みしめる音だけが鼓膜を揺らす。地面に落ちる二つの影は、なんだか余所余所しくて。
いつもは自然と弾むはずの会話もない。沈黙が苦しいけれど、何か言おうと思うともっと苦しかった。
そのまま少し歩くと、ノエの言ったとおり家が見えてきた。そんなに大きくない木製の家で、留守なのか中は真っ暗だ。
「ちょっとここで待ってて」
ノエはそう言うと、私を外に残して一人で家の中に入っていった。
私はといえば、どうしたらいいか分からずその場に立ち尽くしている。逃げるなら今しかない――そう思うのに、なんで逃げる必要があるんだとノエを信じる私が問いかける。
ノエのしたことは信じられない。けれど、だからもう嫌だと言ってその手を振り払うこともできない。ノエが私を一人でここに残せたのも、きっと私のそんな迷いが分かっているからだ。どうせ一人にしたってこいつは逃げ出さないと、分かっているんだ。
情けない。ノエを信じる勇気も、嫌う強さもない。
目に熱さを感じた時、ノエが家の中から顔を出した。
「大丈夫、中に入っておいで」
「ッ……!」
手を引かれたわけじゃないのに、無意識のうちに足がノエの元へと向かう。
なんなんだ、私は。ノエのことを信じきれないくせに、どうして彼の言う通りにしてしまうんだ。
のろのろとした足取りで近くまでやって来た私を、ノエはやはり困ったように見ていた。けれどすぐに私の背中を押して、「中で休もう」と薄暗い室内へと促す。
そこは普通の民家のような場所だった。扉を入ってすぐに台所のような場所があって、その前にはテーブルがある。テーブルの上に置かれたランプにはノエが付けたのか、すでに火が灯っていた。その淡い光が照らす家の奥には微かにソファと暖炉が見える。考えなくても、誰かが住んでいるということは明らかだった。
「留守だったから、ちょっと借りようか」
本当に? ノエの言葉に顔が歪む。
本当に留守だったの? そんな都合の良いことある? 証拠を探そうにも、吸血鬼は死んだら何も残らない。私が悩んでいる間にすべて消えてしまったなら――そう考えていた私の前に、台所を漁っていたノエが包み紙に入ったパンを差し出した。
「大丈夫、ここでは誰も死んでないよ」
「……そう」
「これ食べな。本当はもっと血になるものがいいけど今は見当たらないし、お腹空いてるだろ? ああ、その前に着替えたいか。それに手もそこで洗っちゃいな」
ノエは私にパンを持たせて、今度はクローゼットの中を物色し始めた。何着か服を取り出したけれど、顔の前に広げて何やら難しそうな顔をしている。
どうしたのだろう、と見ていると、ノエが困ったように私に視線を移した。
「女物ないや。後で今着てるやつ洗ってみるけど、時間経ってるし血は取れないかも」
「……着れればなんでもいいよ」
私の服に付いているのはノエの血だ。だから洗ったなら、ノエの血だし別にこの服でもいいと思ってしまって。そんな自分に気付くと同時に頭がこんがらがった。
ああもう、困ったな。私は多分ノエを嫌いになれない。ノエが何を考えているか分からなくて不安なのに。大勢の人を躊躇いなく殺してしまう彼の行動が恐ろしいとすら思うのに。
じゃあ近寄らないでと突き放すこともできなければ、ノエ自身に嫌悪感を抱くことすらできない。
だって知っているんだ、ノエは優しいって。たとえ仕事でもノエは私にいつも気を遣ってくれているって。
さっきだって結果的に私はノエに守られたじゃないか。血を飲まれはしたけれど、それはノエが回復するためで。回復しなければ私を守れなかったのなら、それは仕方のないことで。
それに私だって、あげられるなら血をあげたいって思っていた。毒だと信じていたから拒否しただけ。ノエが大丈夫だという言葉を嘘だと決めつけて、私があげようとしなかっただけだ。
『一応、さっき言うは言ったからな』
そういえば、あの言葉。私の首に噛み付く直前の、ノエの言葉。言われた時には意味が分からなかったけれど、なんだか急に分かった気がする。
『でもこのままだとどうしようもないから、本当にまずくなったら勝手にもらうと思う』
檻の中で私の血を求めたノエ。あの時に言っていたことを指していたのだと考えると、『さっき言った』という彼の言葉の意味が通じる。
なんで――その問いに思い当たる答えは一つしかなかった。
「ノエ、もしかしてさっき――……ってなんで裸なの!?」
「ん?」
「『ん?』じゃなくて! なんで服脱いで……!」
「なんでって、着替えてるだけだけど」
「向こうでやって!」
私が家の奥を指差しながら言うと、上半身裸のノエは「えー」と面倒臭そうな声を出しながら顔を顰めた。しかもすぐに動こうとはせず、何やらこちらを見て考えるような雰囲気。ああ、これは。
「何、ほたる照れてんの?」
「ない! 血まみれの身体見せるなって言ってんの!」
「ふうん? ま、ついでだし身体洗ってくるか」
「さっさと行って!」
なんでだ。さっきまでちゃんと距離を保っていたはずなのに、何故急にノエは馴れ馴れしい感じに戻ったんだ。びっくりしすぎたせいで、ついいつものように返してしまったじゃないか。
しかも私がこれだけ怒鳴っているのにノエはいつもよりもにんまりと笑っているし。自分が相手に全く配慮していないという事実に気付いていないのだろうか。
「ほたる」
家の奥に向かっていたノエは不意に足を止めて、こちらを見ながら思い出したように口を開いた。
「ちゃんと食べとけよ?」
「……分かった!」
もったいぶったような雰囲気を出すから何かと思ったのに、ノエが言ったのはそんなことで。
浴室があるらしい方にノエが消えていくのを見送ると、私はパンにかじりつきながらさっき彼に聞こうとしたことを思い出す。
『なら私を裏切る時は予め言ってね』
前にノエに告げた、その言葉。ノエはもしかしたら、この言葉をちゃんと守ってくれたのではないだろうか。
私の血を飲むことを私は拒絶したけれど、ノエはその上で『勝手にもらう』と言った。それが、ノエなりに私の言葉を守ろうとしてくれたものなのだとしたら。
「……ノエは、私には何もしてないじゃん」
たとえ他の吸血鬼をたくさん殺めたとしても。
ノエはまだ私のことを裏切ってはいない、ノエは今までと何も変わっていない――そう思うのは、私の願望だろうか。
さっき通ったばかりの廊下だったけれど、殺されに行くと思って歩いていた時よりも今の方がずっと不安で。
力強く私の手を握っている冷たい感触が、心臓をひりひりさせた。
§ § §
「――何……これ……」
突然起こったそれに、私は言葉を失っていた。
『だからほたる以外全員――今ここで死ね』
信じられないようなノエの言葉。そして直後に広がった光景。
少し前まで私達を見て笑い声を上げていた吸血鬼達は、今はもうどこにもいない。代わりにそこには黒い霧のようなものがかかっていて、それが彼らだったものだと理解するのに時間はかからなかった。
命を落とした人数が多いからか、それとも風通しが悪いからか、部屋の中は明かりがあるはずなのに真っ黒になっている。けれど私の脳裏にはその直前の光景がこびりついて離れなかった――吸血鬼達が、自らの爪で一斉に自死した光景が。
どうして? ――ノエがそう言ったから。
どうして? ――ノエはもう、彼らには用がなかったから。
起こったことはノエの言葉どおり。それなのに、どうしてこんなことになっているのか理解できない。
だってノエがこんなことをするはずがない。ここにいたのは吸血鬼で、ノエにとっては同胞で、仲間で。
それにノエにこんなことができるはずがない。自死を強制したということは、その力で彼らを洗脳したということ。序列があるから少なくともソロモンやリードにはできないはずなのに、その二人の姿も消えてしまっている。
第一、ノエが生きているはずがない。生きていてくれて嬉しいけれど、彼にとって私の血は猛毒だったはずだ。
どうして。なんで。おかしい。
目の前で起こったことを受け入れられない。いつの間にかノエの支えを失っていた私の身体は地面にへたり込んでいた。動けないのは、多分毒のせいじゃない。
そのままそこに座り尽くしてると、ノエが「ほたる」と呼ぶ声が聞こえた。
「……ノエ?」
「ちょっと髪上げてて。それ外してあげるから」
そう言うノエの手にはいつの間にか枷の鍵があった。ずっとリードが持っていたはずなのに、ノエが持っているのはどうしてだろう。
「それ……どうして……」
「炎輝石の欠片が混ざってるからな、触れていた吸血鬼が死んでも消えないんだよ」
言っている意味はよく分からなかったけれど、リードが死んだから今ここにあるということだけはなんとか理解できた。
カチャ、と小さい音と共に私の首が冷たい重さから解放される。ノエがその枷を無造作に放り投げると、周りの黒がぶわっと舞った。
けれどノエはそれを一瞥することもなく鍵を咥えて、自分の手枷の鍵穴に挿す。口を使って器用に外した手枷をその場にゴトリと落とすと、心配そうな面持ちで私の方へと向き直った。
「まだ身体痺れる? ほたるだったら牙の毒にも結構耐性はあると思うんだけど」
もう、痺れてはいないと思う。けれど私はそこから動けなくて、ノエは困ったように眉根を寄せると、私の身体に手を回して立ち上がらせた。
「うん、一人で立ってられるな。――じゃあ行こうか。まだ外に生き残りがいるから、いつここに来るか分からない」
ノエの表情はいつもと同じはずなのに、私はすぐに頷くことができなかった。
「……怖い?」
私の様子から何かを察したのか、ノエが苦笑を浮かべる。けれど私はなんて言ったらいいのか分からなくて、ノエの視線から逃げるように顔を背けた。
「……嫌なもの見せてごめんね。これが俺だよ」
そう言ってノエは私の手を掴むと、それ以上何も言わずに歩き出した。
§ § §
広い建物の中を歩いた先にあった扉を開けて、外に出る。真っ暗の中に浮かぶ青い月は、今が夜だということを示していた。
「良かった、近くに家がある」
ノエの言い方は私の返事を求めていなかったけれど、私に行き先を教えようとしてくれているのは雰囲気で分かる。いつもなら私に不安を与えないためだと思うのに、今はそれを素直に受け取ることができない。
でもきっと、ノエはそれすら分かっているんだろう。こちらを向いていないノエの顔は見えなかったけれど、困っているような雰囲気は伝わってくる。けれど何も言わずに、ノエは再び私の手を引いて歩き出した。
ざくざくと地面を踏みしめる音だけが鼓膜を揺らす。地面に落ちる二つの影は、なんだか余所余所しくて。
いつもは自然と弾むはずの会話もない。沈黙が苦しいけれど、何か言おうと思うともっと苦しかった。
そのまま少し歩くと、ノエの言ったとおり家が見えてきた。そんなに大きくない木製の家で、留守なのか中は真っ暗だ。
「ちょっとここで待ってて」
ノエはそう言うと、私を外に残して一人で家の中に入っていった。
私はといえば、どうしたらいいか分からずその場に立ち尽くしている。逃げるなら今しかない――そう思うのに、なんで逃げる必要があるんだとノエを信じる私が問いかける。
ノエのしたことは信じられない。けれど、だからもう嫌だと言ってその手を振り払うこともできない。ノエが私を一人でここに残せたのも、きっと私のそんな迷いが分かっているからだ。どうせ一人にしたってこいつは逃げ出さないと、分かっているんだ。
情けない。ノエを信じる勇気も、嫌う強さもない。
目に熱さを感じた時、ノエが家の中から顔を出した。
「大丈夫、中に入っておいで」
「ッ……!」
手を引かれたわけじゃないのに、無意識のうちに足がノエの元へと向かう。
なんなんだ、私は。ノエのことを信じきれないくせに、どうして彼の言う通りにしてしまうんだ。
のろのろとした足取りで近くまでやって来た私を、ノエはやはり困ったように見ていた。けれどすぐに私の背中を押して、「中で休もう」と薄暗い室内へと促す。
そこは普通の民家のような場所だった。扉を入ってすぐに台所のような場所があって、その前にはテーブルがある。テーブルの上に置かれたランプにはノエが付けたのか、すでに火が灯っていた。その淡い光が照らす家の奥には微かにソファと暖炉が見える。考えなくても、誰かが住んでいるということは明らかだった。
「留守だったから、ちょっと借りようか」
本当に? ノエの言葉に顔が歪む。
本当に留守だったの? そんな都合の良いことある? 証拠を探そうにも、吸血鬼は死んだら何も残らない。私が悩んでいる間にすべて消えてしまったなら――そう考えていた私の前に、台所を漁っていたノエが包み紙に入ったパンを差し出した。
「大丈夫、ここでは誰も死んでないよ」
「……そう」
「これ食べな。本当はもっと血になるものがいいけど今は見当たらないし、お腹空いてるだろ? ああ、その前に着替えたいか。それに手もそこで洗っちゃいな」
ノエは私にパンを持たせて、今度はクローゼットの中を物色し始めた。何着か服を取り出したけれど、顔の前に広げて何やら難しそうな顔をしている。
どうしたのだろう、と見ていると、ノエが困ったように私に視線を移した。
「女物ないや。後で今着てるやつ洗ってみるけど、時間経ってるし血は取れないかも」
「……着れればなんでもいいよ」
私の服に付いているのはノエの血だ。だから洗ったなら、ノエの血だし別にこの服でもいいと思ってしまって。そんな自分に気付くと同時に頭がこんがらがった。
ああもう、困ったな。私は多分ノエを嫌いになれない。ノエが何を考えているか分からなくて不安なのに。大勢の人を躊躇いなく殺してしまう彼の行動が恐ろしいとすら思うのに。
じゃあ近寄らないでと突き放すこともできなければ、ノエ自身に嫌悪感を抱くことすらできない。
だって知っているんだ、ノエは優しいって。たとえ仕事でもノエは私にいつも気を遣ってくれているって。
さっきだって結果的に私はノエに守られたじゃないか。血を飲まれはしたけれど、それはノエが回復するためで。回復しなければ私を守れなかったのなら、それは仕方のないことで。
それに私だって、あげられるなら血をあげたいって思っていた。毒だと信じていたから拒否しただけ。ノエが大丈夫だという言葉を嘘だと決めつけて、私があげようとしなかっただけだ。
『一応、さっき言うは言ったからな』
そういえば、あの言葉。私の首に噛み付く直前の、ノエの言葉。言われた時には意味が分からなかったけれど、なんだか急に分かった気がする。
『でもこのままだとどうしようもないから、本当にまずくなったら勝手にもらうと思う』
檻の中で私の血を求めたノエ。あの時に言っていたことを指していたのだと考えると、『さっき言った』という彼の言葉の意味が通じる。
なんで――その問いに思い当たる答えは一つしかなかった。
「ノエ、もしかしてさっき――……ってなんで裸なの!?」
「ん?」
「『ん?』じゃなくて! なんで服脱いで……!」
「なんでって、着替えてるだけだけど」
「向こうでやって!」
私が家の奥を指差しながら言うと、上半身裸のノエは「えー」と面倒臭そうな声を出しながら顔を顰めた。しかもすぐに動こうとはせず、何やらこちらを見て考えるような雰囲気。ああ、これは。
「何、ほたる照れてんの?」
「ない! 血まみれの身体見せるなって言ってんの!」
「ふうん? ま、ついでだし身体洗ってくるか」
「さっさと行って!」
なんでだ。さっきまでちゃんと距離を保っていたはずなのに、何故急にノエは馴れ馴れしい感じに戻ったんだ。びっくりしすぎたせいで、ついいつものように返してしまったじゃないか。
しかも私がこれだけ怒鳴っているのにノエはいつもよりもにんまりと笑っているし。自分が相手に全く配慮していないという事実に気付いていないのだろうか。
「ほたる」
家の奥に向かっていたノエは不意に足を止めて、こちらを見ながら思い出したように口を開いた。
「ちゃんと食べとけよ?」
「……分かった!」
もったいぶったような雰囲気を出すから何かと思ったのに、ノエが言ったのはそんなことで。
浴室があるらしい方にノエが消えていくのを見送ると、私はパンにかじりつきながらさっき彼に聞こうとしたことを思い出す。
『なら私を裏切る時は予め言ってね』
前にノエに告げた、その言葉。ノエはもしかしたら、この言葉をちゃんと守ってくれたのではないだろうか。
私の血を飲むことを私は拒絶したけれど、ノエはその上で『勝手にもらう』と言った。それが、ノエなりに私の言葉を守ろうとしてくれたものなのだとしたら。
「……ノエは、私には何もしてないじゃん」
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