マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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第七章

第43話 ……女の子のお腹をそんな何回も殴らないで欲しい

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「――ご飯買ってきたよ」
「ありがとう」

 お礼を言いながらノエの差し出した紙袋を丁寧に受け取る。中には彼の言葉通り食べ物が入っていて、いい匂いに私のお腹がぐうと鳴った。

 偶然見つけた民家は、服が乾いたらすぐに後にした。できるだけ片付けたけれど、ノエの服やお金など少々拝借してしまって非常に申し訳ない。ノエは後からノストノクスが対応すると言っていたけれど、何も知らずに帰ってきた家主の人が困るんじゃないかと思うとやっぱり落ち着かなかった。

 民家を出た私達は近くにある街を目指した。最初に滞在していたのとは違う街だったけれど、雰囲気は結構似ている。そこで同じように宿を取って早二日、私は一歩も外に出られない生活を送っていた。
 というのも、街中がある噂でもちきりだったからだ。

「どうだった?」
「俺の関与はまだバレてなさそうだけど、やっぱほたるは外出たらまずいな。スヴァインがほたるを守るためにソロモン様達を皆殺しにしたって誰も疑ってねぇもん。今見つかったら何されるか分かったもんじゃないわ」
「そう……」

 ソロモン達に起こった異変は、翌日にはそこら中に広まっていた。けれど正しいのは彼らが殺されたところまで。噂では『ソロモン達がスヴァインの子を捕らえたが、子を助けるためにノクステルナに帰ってきたスヴァインに報復された』となっている。
 元々ノストノクスがスヴァインをおびき寄せるために流していた私の処刑情報もあったから、彼が現れても不思議じゃないと皆考えているらしい。しかもソロモンの序列を考えれば、彼を殺せるのは同じ序列の人かスヴァインしかいない。ノクステルナの吸血鬼たちがこの噂を信じるのは無理もなかった。

「でもどうして私が捕まったって皆知ってるんだろう」
「あの場にいなかった仲間が知ってたんだろ。スヴァインの子を捕まえただなんて、たとえ口止めされてもあの手の連中には黙ってるなんて無理だろうし」

 私からちょっと間隔を空けてソファに腰を下ろしたノエが答える。
 前よりも遠いその距離に胸がちくりと痛んだけれど、誤魔化すようにしてノエが買ってきてくれたご飯を頬張った。

 ノエは私に気を遣ってくれている。以前と同じように話しかけてくるし、なんだったらからかってもくるけれど、私がまだ自分からはノエに話しかけづらいと気付いているから、こうして距離を置く。前はしょっちゅう触られていた頭も、あの日から触れられていない。
 そう実感すると、どうしても自分が情けなく感じてしまう。
 私がまだ自分の中でいろんなものに折り合いを付けられていないから、ノエは私との距離を測りかねている。気になることは私から聞くと言ったのに、聞く勇気すら出ないことを知っているから、不用意に近付こうとしないでくれている。
 こうして私に留守番させて一人で外に行くのも、最初の時みたいにくっついて歩くのを私が嫌がると思っているんだろう。でもそうしないと今は外を歩けないから、だからノエは私を置いていくしかない。

「……ごめん」

 気付けば口からは謝罪が零れていた。ノエは怪訝そうにこちらを見ていたけれど、「気にしなくていいよ」と私がなんで謝ったかは聞かなかった。

「ノエは……」
「うん?」
「ノエはどうして……ソロモン達を、その……洗脳できたの……?」

 本当に聞きたいのはこれではなかったけれど。
 それでも、ずっと気になっていたのは事実。ソロモンはノエより序列が高いはずなのに、どうしてノエは彼を自死させることができたのか。無意識のうちに私の知らない吸血鬼のルールみたいなものがあるんだって納得しようとしていたけれど、吸血鬼達があれをスヴァインの仕業と信じて疑わないのは、そんなルールなんてないってことを意味しているとしか思えない。

 ノエは私の質問にほんの少しだけ眉を顰めたけれど、すぐに「内緒」と言ってへらりと笑った。

「内緒って……言えないの?」
「言えないよ。それにあれを俺がやったって、ほたるが誰かに言うのも駄目」
「なんで?」

 どうせはぐらかされるんだろう、と答えは期待していない。けれど次にノエの口から出たのは、そういう言葉じゃなかった。

「ほたるが誰かに言えば、その教えた相手のことも殺さなきゃいけなくなるから」
「え……」

 思ってもいなかったノエの言葉に頭が真っ白になる。なんでそんなことしなきゃいけないんだろう、とか、ならなんで私は生きているんだ、とか。そんな疑問が浮かんでは消えて、その答えを考えることができない。

「とにかく、あの時見たことは誰にも言っちゃ駄目。分かった?」

 そんなふうに言われてしまえば、私は頷くことしかできなかった。


 § § §


 そのまま街にはもう一日滞在していたけれど、噂は風化するどころか広まる一方。そして同じように、吸血鬼達のスヴァインに対する怒りも膨れ上がっていった。
 かつて自分たちの一番の親を殺したスヴァインが、百年ぶりに戻ってきてまた同胞をたくさん殺したと思っているのだ。彼らが怒りに震えるのも当然で、私は身を隠しているしかなかった。

「一度ノストノクスに戻ろうか」

 難しい顔をしたノエが言う。今はまだ宿に隠れていられるけれど、吸血鬼達の行動が過激になっていったらそれもいつまでもつか分からない。でもノストノクスであれば街よりは安全なはずだから、動けるうちに動いてしまおう、というのがノエの考えらしい。

「ノストノクスは本当に安全なの? それに私が行ったら迷惑になるんじゃ……」
「安全とは言い切れないけど、まあその辺ふらついてるよりマシだろ。俺もちょっと確認したいことあるしね。っていうかノストノクスがほたるをここに留めてるんだから迷惑かかるとか考えない」
「でも……もう私に囮としての価値もないし……」
「それはほたるが決めることじゃない。ノストノクスが判断する」
「けど……!」
「聞き分けなさい。じゃなきゃ気絶させて連れて行くよ」

 不機嫌そうに鋭くなったノエの視線に、私はうっと目を逸らした。気絶させるって、多分お腹殴られるってことだよね。もしくは頭か。なんでみんな人のことぽかすか殴るんだろう。
 そういえば前の街で私が取り乱してしまった時もノエにはお腹を殴られた気がする。ってことはノエにだけでも私は二発も殴られているわけで。

「……女の子のお腹をそんな何回も殴らないで欲しい」
「それは悪いと思ってるけど、一応毎回謝ってんじゃん」
「いつ? 私は謝ってもらった記憶ないよ」
「殴る前に謝ってますー。俺だって人間の子ども殴ることには結構抵抗あるんですー」
「うっわ言い方……!」

 物凄く腹が立つ感じに言うノエの言葉に記憶を辿ると、確かに殴られる前に謝られていたような気もする。でも気絶直前の記憶なんて当てにならないんだから、やっぱり後からちゃんと言うべきだと私は思うわけで。
 と考えながら睨みつければ、ノエは「はいはい、ごめんなさいねー」と投げやりに返してきた。だから言い方よ。

「でも他に気絶させようと思うと、頭殴るか首締めるかしかないんだけど」
「……なんで?」
「何、薬でも盛って欲しいの?」
「……いいです。っていうか気絶しない方向でお願いします」
「なら大人しく付いてきなさい」

 私が渋々頷くと、ノエは満足そうに笑った。
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