マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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第七章

第47話 ふーってしたでしょ

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 突然の振動に驚いて、私は思わずノエにしがみついた。
 なんだろう、この揺れは地震じゃない。日本という土地で何度も体験したものとは全く異なる揺れ方と轟音に、頭の中が真っ白になる。

「うっわ、誰だよ爆薬隠し持ってたの」

 ノエの言葉に彼の顔を見上げれば、物凄く嫌そうな表情をしているのが目に入った。

「ば、爆薬……?」
「そ、戦争に使ってたやつだと思うんだけど。でも全部停戦時にノストノクスが没収したはずなのに」

 そういえばノクステルナは百年前まで戦争をしていたのだ。今よりも武器の質は悪いだろうけれど、爆薬や銃はあったはず。
 背筋を嫌な汗が伝う。吸血鬼は爪で相手を襲うのだとばかり思っていたのだけれど、別に銃火器を扱えないわけじゃない。どこかで姿が見えなければ安全と考えていた自分がいたことに気が付いて、なんでそんな暢気でいたんだと舌打ちをしたくなった。

「あーもう、これじゃあ時間稼ぎなんて意味ないじゃん。とりあえず急ごうか。爆弾なんて相手を殺すためには使ってこないはずだけど、今のは挨拶みたいなものだろうから壊した場所から一気に入ってくるかもしれない」
「本当に殺すのには使わないの? もしかしたらもう中にも仕掛けてあるかも……!」
「それはないよ。派手にふっ飛ばせば序列関係なく相手を殺せるけど、だからこそ序列を逸脱する行為として本能的に避ける。ていうかそういう意思を持った時点でできなくなるはずだよ。向こうがほたるみたいな種子持ちを使ってくれば別だけど、人間の身体能力じゃ簡単には忍び込めない」

 ノエの言葉に、序列は覆せないという吸血鬼のルールが思っていたよりも厳しいことを知った。血が毒になるとか、催眠への抵抗力の問題とかで上位の吸血鬼には逆らえないと思っていたのだけれど、そういう話じゃないんだ。序列を覆そうという行為自体を彼らはすることができない。

 けれどそれは、今この場では完全に安心できる材料とはならなかった。たとえ本能により吸血鬼達は自分よりも序列の高い者を殺すことはできないのだとしても、それは絶対ではないから。
 ノエの言うとおりであれば、殺そうという意思を持っていなければ殺すことができてしまうのだろう。爆弾であれば全く別の物を破壊しようとして、偶然近くにいた高い序列の吸血鬼が巻き込まれてしまうとか。吸血鬼は身体の欠損部位までは修復できないから、強い爆弾を使えば簡単に相手を殺すことができるはずだ。
 そこまで考えた時、一瞬だけノエのことが脳裏を過ぎった。もしかしたらノエが自分より上であるソロモンを殺せた理由を説明できるんじゃないかって。でもそれは無理だとすぐに悟った。ノエはあの時明確に殺意を口にしていたし、上位であるソロモンを洗脳することで命を奪っていたから。

 脱線してしまった思考を追い払うように慌てて首を左右に振る。今はこんなことを考えている場合じゃない。だって、ここはもう安全じゃない。
 確かにノエの言うとおり、爆弾を相手を殺すために使う可能性は人間同士のそれよりもよっぽど低いのかもしれない。でもゼロではないんだ。吸血鬼同士でも僅かに可能性が残っているのに、私のような種子持ちの存在だってある。
 種子持ちはほぼ人間だから、吸血鬼のように無差別に相手を殺すような爆薬の使い方を避ける本能がない。だから彼ら自身の意思でそうしようと思えばできてしまうんだ。それにいくら人間の身体能力じゃ簡単には忍び込めないって言ったって、同じ種子持ちである私がここにいる時点で絶対にないとは言い切れない。

 考えれば考えるほど、自分の中の恐怖がどんどん膨らんでいくのを感じた。

 でもいくら怖くても、足を止めることはできなかった。
 広いノストノクスの建物を、ノエに手を引かれながら走っていく。ノエは最初私が自分に付いてこられるか気にするように後ろをちらちら見ていたけれど、やがて問題ないと判断したらしくその視線を前に固定した。ノエの走る速度は結構速いものの、私だって元運動部だ、それなりに走るくらいはできる。

「げ、あそこ壊されたのか」

 廊下を走りながら窓から見えた景色にノエが顔を顰める。爆発で壊されていたのは恐らくノストノクスの中央部分で、私達が向かっていた方向だった。
 その崩れた瓦礫の上を大勢の人達が走っている。そして彼らの隙間を縫うように、黒い影が物凄い速さですり抜けていった。
 前に経験したことから考えれば、走っているのは従属種の人達だろう。あんなにいるだなんて思わなかった。それに黒い影は吸血鬼だとして、あんなに速く動ける存在が自分を追いかけてくるのだと思うと、いよいよ身体が動かなくなってくる。

「こっちだよ」

 窓の外に気を取られていた私の手をノエが引っ張る。けれど私は恐怖で足がもつれてしまって、その場で転びそうになった。

「失礼しますよー」

 その暢気な声と同時に、転びかけていた身体がふわっと浮いた。ノエが私を抱えているのだとすぐに分かったけれど、今は文句を言う気にならない。むしろノエの首に手を回してぎゅっと掴まる。
 久々にノエにちゃんと触れて少し安心したものの、それでも恐怖は消え去らない。できれば怖がっていることは気付かれたくなかったけれど、手が震えてしまっているから隠せていないかもしれない。

「ちょっとほたるさん、耳に息かけないで」
「かっ……けてない!」
「えー? ふーってしたでしょ」
「してない!」
「ちょ、声でかい」

 そう言いながらも、ノエが笑っているのは振動で分かった。ああもう、すぐまたこういうことをする。私の恐怖を解そうとしてくれているんだって、考えなくても分かってしまう。
 ノエは私をからかっている間にも、どこかの部屋に入ってクローゼットを足で器用に開けていた。今クローゼットになんて用はないだろうとか、人のクローゼットを勝手に足なんかで開けちゃ駄目だろうとか、色々思ってどれを言うか迷っているうちに、ノエは突然クローゼットの中を思い切り蹴飛ばした。

「何やってんの!?」

 一瞬呆気に取られてしまったものの、乾いた激しい音が私の意識を引き戻す。一方でノエはクローゼットのから脚を引き抜くと、軽く中を覗き込んだ。

「あれ、意外と狭い。ほたるもう歩ける? 思ったより狭かった」
「何……?」

 クローゼットの中を蹴飛ばしたところで、そこにあるのは背面部分に接した壁だけだ。そう思ったのに、ノエが指す方には空洞が見える。
 その空洞はノエの言葉通り、人一人くらいが歩ける幅しかない。っていうか普通壁の裏ってこうなっているもの? 見たことが無いから分からないけれど、構造上の隙間というよりは通路に見えた。

「抜け道だよ。一応こういう場合に備えてこの建物の中はあちこちにあるんだよ」
「そうなんだ……でも真っ暗じゃない?」
「あー、そっか。ほたる見えないのか」

 そう言ってノエは私を下ろすと、通路に入りながら後ろにいる私の手を握った。

「転ばないようについておいで。あ、そこ閉めるのよろしく」
「えっ、あ、はいっ!」

 遅れて私も通路に入り、ノエに言われたとおり空いているもう片方の手でクローゼットの扉を閉める。すると部屋の窓から入っていた僅かな明かりがなくなり、周囲は完全な闇に包まれた。
 何も見えないのに閉塞感を感じるのは、事前にここが狭いことを見て知っていたからだろうか。少し怖いと思ったけれど、ノエが手をしっかりと握ってくれているから安心感がある。ノエは小声で「行くよ、一応静かにね」と言うと、私の手を引いて歩き出した。

 静かにと言われたので、なるべく足音を立てないように進む。進行方向は迷わないけれど、ここって天井が低いところはあるのだろうか。もしあればノエは避けられても、私には見えないから盛大に顔面をぶつける未来しか待っていない。
 足元も特に何かが落ちていたり段差があったりするような感触はないけれど、ノエのようにクローゼットごと破壊してこの通路に入った人がいればその破片が落ちているかもしれない。……って考えると、ノエはもう少しここに入る時に気を遣うべきだったのでは? 吸血鬼には見えるのだろうけれど、視力的に見えるのと視界に入るのとは別だ。急いでいたら足元をよく見ていないかもしれない。

 そんなことを考えながら早歩きでしばらく進むと、前方からミシ、と嫌な音が聞こえた気がした。何の音だろうと考えるより先に足は進んでいて、するとまた同じ音が、今度は私の足元から鳴った。――直後。

「なッ――!?」

 バリバリッ、と派手な音を立てて床が抜けた。宙に投げ出された私の身体は抜けた床板に引っかかれながらも、ノエが手を掴んでいてくれたお陰でなんとか落ちずに済んだ。
 ああ、でも物凄く痛い。太腿あたりが切れてしまったみたいで、じくじくとした痛みが私を襲う。
 けれど痛いと嘆いている暇はなかった。床が抜けてその場が明るくなったのだ。しかもたくさんの声が聞こえてきて、それが意味するところに気付いた私は恐怖で身が竦むのを感じた。

「ノエッ……!」
「くそ、なんでここまで壊れてるんだよ……!」

 忌々しげに言ったノエは私を引き上げて、それまでの進行方向に立たせる。

「この先真っ直ぐ。突き当たりまで進んだら、正面の壁を思い切り壊せ。その後は傷口の血を拭いて近くに隠れてて。俺以外の誰にも付いて行っちゃ駄目だよ」
「どういうこと……!? ノエは!?」
「今のでほたるがここを通ってるのがバレた。ちょっと誤魔化してから行くから先に行ってて。壁に触ってれば見えなくても分かる」
「でも……!」
「行きなさい。流石に二度も見せられないでしょ」
「ッ……!」

 頭から冷水を浴びせられた気がした。
 あんなの――それが指しているのはあの時のことだろう。

 ノエがまた仲間を殺してしまう。そう思っただけで、やりきれない気持ちが胸を襲う。

「行け、ほたる!」
「ッ……!」

 貫くようなノエの怒声。睨みつける、綺麗な青い瞳。
 私は顔を歪めると、逃げるようにしてその先へと向かった。
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