マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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第七章

第49話 どんな気持ちで、私の傍にいたの?

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 ひんやりとした空気に身体がぶるっと震える。
 浮上しかけた意識の中、ああまた気絶させられたんだと悟った。

 ノエにお腹を殴られて、リード達に頭を殴られて、今度は首を締められた。これで次は薬でも盛られたら、ノエが言っていた気絶方法コンプリートだ。そういえば前に壱政さんに会った時には酸欠でも気絶したから、食後のデザートまでいただいた気分。嘘、そんな平和じゃない。
 ていうか首を締めるって、もっとこうヘッドロックというか、よく分からないけれど腕を首に回されるものだと思っていた。それなのに壱政さんはぐわっと私の首を掴んできたあたり、結構物騒な人だと思う。いや、気絶させようとする時点で物騒だけどさ、首掴むってなかなかやばくない? 日本人男性ってそんなことするタイプだっけ。ノエのようにか弱い人間の女の子を気絶させることに抵抗がないんだろうか。……ないんだろうなぁ。じゃなきゃ私は今ここにいない。

 色々考えているうちに頭がはっきりとしてきて、ようやっと私は起き上がって周りに目を配った。気絶を何回もさせられたせいか結構余裕が出てきたよ。だって気絶させるだけってことは、まだ殺す気はないってことだもの。その証拠に床板で切ったはずの太腿には包帯が巻かれているし。まあこれは親切というよりは、私の血が飛び散らないようにするためのものだろうけれど。
 んでもって、視界に飛び込んできた光景も割と想定内。そう、牢屋だ。今までで一番コンパクトで、壱政さんは資金力がないのかしらだなんてどうでもいいことを考えてしまう。
 っていうかどうしてどいつもこいつも私を牢屋に入れるわけ? 私なんてどこかの部屋に適当に放り込んで外から鍵掛けとけば逃げられやしないんだから、もうちょっといいお部屋を用意してもらいたい。そうでなくてもせめてブランケットくらい入れてくれないだろうか。石の床に直接というのは寒いし身体も痛い。

 なんて、現実逃避みたいなことを考えてしまうのはやっぱり不安だからだろう。いくら慣れたって言ったって、ノストノクスでの光景を見たばかりなんだから不安にならないはずがない。
 ノエはどうしているだろうか。逃がしたと思った私がまたいなくなっていたら驚くだろうな。前回はぐれた時はちょっと怒っていたけれど、今回は不可抗力だから許してくれるだろうか。

「――なんだ、目が覚めてたのか」
「ッ……!?」

 突然奥の明かりの届かない場所から声が聞こえてきて肩が跳ねる。これは壱政さんの声だ。
 そう分かると驚いたのを悟られたくなくて、私は声の方を睨みつけた。

「随分嫌われているな、壱政」

 次に聞こえた声は壱政さんのものではなかった。予想外の声に固まっていると、暗闇から二つ、人影が現れる。ああ、この先には通路があったのか――二人の声の近付き方で分かったものの、牢に入れられている身としては何の意味もない。
 それよりも今はこの声の主だ。この声を、私は知っている。

「クラトス……」
「おい、呼び方に気をつけろ」
「いい、私は気にしない。それにスヴァインの子なら私よりも序列が上だ。お前も今のうちから慣れておいた方がいい」

 余裕を顔に浮かべながらクラトスが笑う。以前見た時は裁判時の正装とやらで顔以外よく分からなかった。でも今はそんなもの着ていなくて、普通のスラックスにシャツという現代風とも言える格好をしている。その姿は笑みの影響もあってか少し色っぽくも見えたけれど、クラトスはすぐに表情を冷たくして私の目を見つめた。

「前置きは面倒だから単刀直入に聞こう――ソロモン達を皆殺しにしたのは、スヴァインではないな?」
「ッ……!?」

 どうしてそれを――思わず聞き返しそうになって慌てて口を噤む。そうしたのはノエが誰にも知られたくないと思っていそうだからだろうか。それとも事実を知った人を殺さなければならないと言った彼に、クラトス達を殺して欲しくないからだろうか。
 ふと考えて、気持ちが翳る。

「答える気はないのか?」
「……質問の意味が分からない。スヴァインじゃないなら誰だって言うの?」
「よく躾けられているじゃないか。なら話題を変えよう――そう、今日の出来事なんかが良いだろう」

 クラトスは相変わらず冷たい目のまま、けれど口元に薄い笑みを浮かべた。

「エルシーが死んだ。殺したのは恐らくノエだ」
「え……?」

 言っている意味が分からない。エルシーさんが死んだ? それもノエが殺したって?
 そんなはずはない。だってノエとエルシーさんは仲間のはずだ。ノストノクスに帰ってきて真っ先にノエが会いに行ったのがエルシーさんだし、なんだったら今朝も会っていたはず。そんな相手をノエが殺すわけがない。

「嘘言わないで! ノエがエルシーさんを殺す理由なんて……!」
「エルシーがアレサの子だからだろう?」
「アレサ……?」

 なんだろう、どこかで聞いたことがある気がする。一体どこで――。

『それより確認したいんだけど、この件に関わってるのはソロモン様とリロイ様――それから二人を繋いだアレサ。この三人の系譜全員ってことでいい?』

 ノエの声が脳裏を過ぎる。これはいつのことだっただろうか。ソロモンとリードの名前を出しているから、きっとあの時。ノエがソロモン達を殺した時。
 ソロモンとリロイ、そしてアレサ――この三人の系譜全員というのは、ノエが敵と見做した相手だろう。

 だとしたら、そのアレサの子であるというエルシーさんは?

 浮かんだ考えに、手のひらがじわっと湿った。

「なんだ、やはりそうか。あの件で殺された奴らの名前を確認したら、アレサあたりが関わっていないとおかしいと思っていたんだ。エルシーが死んだと聞いたからもしやと思ったが、お前の反応を見る限り正しかったようだな」
「なっ……適当に言ったの!?」
「適当という日本語は嫌いだ、当てずっぽうとも取れる。私は自分の知りうる情報を組み合わせた上で、エルシーがアレサの子だから殺されたのだろうと予測したんだ」

 そこで言葉を切って、クラトスは笑みを深めた。

「序列上、エルシーを殺せる者は少なくない。だが彼女は警戒心が強くてな、ただ序列で上回っているだけでは殺すことは難しい。エルシーの序列よりも上で、尚且つ彼女に警戒されない者――ノエがそうだ。ノエがアレサの子だからという理由でエルシーを殺したなら、ソロモン達もまたノエが始末したと考えるのが妥当だな」
「でも! ノエにはソロモンを殺せないでしょ!?」

 慌てて否定したのは、さっきとは違う理由。だってこれを肯定してしまったら、なんだかエルシーさんをノエが殺したということまで肯定してしまうように感じて。ソロモン達を殺したのがノエだと知っていても、否定しなければいけない気がした。

 けれどクラトスは私の言葉を聞いても笑みを崩さなかった。普通に考えたらノエにソロモン達を殺せるはずはないのに、気にした素振りすら見せなくて。
 殺意を持たず爆弾を使ったというなら別なのだろうけれど、そうじゃない。あの時のノエは明確に殺意を持って、ソロモン達を操った。その事実を知らずとも爆弾のような無差別に他人を殺傷する道具を使ったわけじゃないのは、あの現場を見れば誰でも分かるだろう。
 だから客観的な材料だけでは、ノエがソロモン達を殺すことなんてできるわけがない――そのはずなのに、クラトスはそんなことどうでもよさそうに笑ったままで。

「殺せるさ。奴がスヴァインと繋がっていればな」
「何言って……?」

 そんなこと有り得ない。そう言おうと思ったのに、クラトスが先に言葉を繋げる。

「私は、ノエはスヴァインの子だと考えている」

 何を馬鹿なことを――否定しようとして、頭の中を嫌な想像が駆け巡った。
 もし本当にノエがスヴァインの子なら、彼の序列は全体で第二位――ソロモン達を自由に操ることができるのだ。だってスヴァインの次に高いその序列を持つ人はもう存在しないと聞いているから。二位の人達は戦争で皆死んでしまっていて、今このノクステルナにいるのは存在の不確かな真祖を除けば三位以下の吸血鬼だけ。
 ノエがスヴァインの子なら、説明できなかったことの説明がついてしまう。

 でも、もしそうならスヴァインがノエも殺すと言ったのはどうして? ノエがあの時怒ってくれたのは何だったの?

 どんな気持ちで、私の傍にいたの?

「随分衝撃を受けているようだな。相当信用していたのか、あの男を」
「ッ当たり前でしょ!? だってノエは私の傍にいてくれた……仕事かもしれないけど、ちゃんといつも守ってくれた! アンタのせいで私の日常が壊されたようなものなのに、どうしてアンタなんかの言葉が信じられるの!? エルシーさんだって本当はアンタが殺したんでしょ!!」

 頭の中に浮かんだ考えを否定したくて必死に声を上げる。それでもクラトスの顔色はこれっぽっちも変わらなかった。

「拒絶するのはエルシーの件だけなんだな」
「えっ……?」
「そこまでノエを信用しているなら、ソロモンの件こそ人間の常識の中で生きてきたお前には受け入れがたいはずだろう。それなのにそこには触れずエルシーのことしか否定しない……自分であれはノエがやったと言っているようなものだ」
「ッ……!?」

 墓穴を掘った、というのはこういうことを言うのだろう。
 動揺したせいでそこまで考えられていなかった。クラトスのこの発言も、どうやって否定したらいいか分からない。
 私が何も言えないでいる間も、クラトスは話を続ける。

「エルシーの件に関しては、確かに私がやっていない証拠はない。だが彼女はラミアの系譜の第二位、ノエが本当にラミアの子であっても元より奴より下だ。ノエにもエルシーは殺せるし、奴が殺していない証拠もない」

 クラトスの言う通りだ、とどこかで自分が諦めたのが分かった。
 ノエのことは信じたい。けれど彼が仲間を殺せる人なのも知っている。だからこそこんなふうに否定する材料を潰されてしまえば、自分の考えがそちらに流されていってしまう。
 それじゃあ駄目だと分かっているのに。
 分かりやすい情報というのは怖い。不確定で不安なことを信じ続けることを、いとも簡単にやめさせてくる。

「だけど……エルシーさんはノエと同じ、ノストノクスの人なのに……」
「二人は仲間だと言いたいのか?」
「そうだよ! ……そうじゃ、ないの?」

 ああ、もう分からなくなってきた。ノエもエルシーさんもノストノクスの人だけれど、今目の前にいるクラトス達だってそうなんだ。
 だけど多分彼らは敵対している。そうなると、ノストノクスで働いているからという理由だけじゃ仲間だということにはならないのかもしれない。

「所属する組織が同じでも、腹の内では何を考えているかだなんて分からないだろう。まあ、私が言えたことではないがな」
「…………」
「だがノエに関して言えば、奴はノストノクスのためだけに動いているわけではないのは明らかだ」
「どうして……?」
「ソロモン達を殺しただろう。ノストノクスが関与していれば、奴らを裁くのはノエではなく法だったはず。しかもノエは自分の行為を報告してすらいないし、きっとお前にも口止めしているんだろう? ――一体、何のためだろうな?」

 やっぱりノエがソロモン達を殺したのはノストノクスの仕事ではなかったんだ。
 だからエルシーさんの言葉とノエの行動は矛盾していたんだ。

 その納得感が、私にクラトスの言葉を受け入れさせる。彼の言葉を鵜呑みにすべきではないとは思っているのに、既に疑っていたことに対して予想していたとおりの答えを与えられてしまえば否定することなんてできない。
 
 でも、ノエのその行動は何のため? ノストノクスのためでないのであれば、一体何のためにノエはあんなことをしたの?

 答えを求めるようにクラトスを見れば、彼は「分かることから考えよう」と言葉を続けた。

「ノエがソロモン達を殺せたということは、奴がスヴァインの子である何よりの証し。となると、ノストノクスとは関係のない奴の行動は全てスヴァインのためだと考えられる。勿論それにはお前を守ることも含まれるだろう。何故ならソロモン達を殺したのは、奴らが殺したがっていたお前を守るためでもあるからだ」
「嘘だ……! だって私は、スヴァインにとって……」

 いらない存在なのに――浮かんだ言葉は、何故か口にすることができなかった。

「そう振る舞った方が都合が良い場合もある」

 その言葉に俯きかけていた顔を上げてしまったのは、どうしてだろうか。

「スヴァインにとってお前に価値がないのであれば、お前を使って奴をおびき出そうとしているノストノクスにとってもそれは同じ。だがノエがスヴァインのためにお前を守っていたのだとすると、その情報は偽りだということになる――お前には、まだ価値がある。それもノストノクスを欺こうとするくらい、大きな価値が」
「そんな……」

 本当にそうなのだろうか。私は、いらない存在ではないのだろうか。

 スヴァインは私をいらないと言ったのに。そのせいで私にはノストノクスにとっても価値がなくなったと思っていたのに。
 スヴァインの言葉が嘘だったのだとしたら――こんなことを受け入れてしまったら駄目だと分かっているのに、縋りたくなる。

 ノエがスヴァインの子だと考えたら、私の存在には意味ができるんだろうか。
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