マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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最終章

第61話 ちびっこって言葉可愛くない?

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 エルシーさんに会いに行くというノエに連れられ、ノストノクスの中を歩いていく。
 ノエは内部の人達はてんやわんやだろうと言っていたけれど、意外と人影はない。不思議に思って聞いてみれば、このあたりは居住エリアだからだそうだ。ノストノクスで働く人達は今頃執務エリアに詰めっぱなしで、恐らく自室に戻る暇もないのだろうとノエはへらへらしながら教えてくれた。

「……自分も手伝おうとかっていう気にはならないの?」
「ならないなー。大変そうだなとは思うけど、俺の仕事じゃないし。手伝って良いことがあるなら考えるけどな」
「……冷たい」
「冷たくありませーん。自分だって大変なのに人のことばっか手伝ってたら、最初は良くてもすぐにしんどくなるよ」
「そうかもしれないけど、ノエって今大変なの?」
「大変だろ、殺されるかどうかって状況なんだから」
「……そう言えばそうか」

 言われてみれば納得できたものの、ノエがあまりにもいつもどおりなせいで緊張感というか切羽詰まった感というのが全くないからよく分からなくなるんだよな。
 そんなことを考えながらノエに着いていくと、やがて見覚えのある廊下に出た。ここは知っているぞ。

「図書館に行くの?」
「そうだよ。あそこには隠し部屋がたくさんあるから」

 たくさんあるんだ、隠し部屋。
 なんだかノストノクスって隠し通路とか隠し部屋があってわくわくする。今度探検してみたいな。まあ、今度があればだけど。

 少し歩いて図書館に着くと、ノエはその中をずいずい進んでいった。私はといえば未だにここの図書館の経路は日本コーナー以外全く分かっていないので、はぐれないように付いていく。
 隠し部屋ということは本棚に仕掛けがあるのかと思ったけれど、今のところそういうのは出てきていない。ただ既に何個も扉をくぐったり階段の上り下りをしたりしているせいで、自分がどの辺にいるのかすら分からなくなっていた。
 と思っていたら、いきなり図書館の天井のような場所に出た。眼下に見えるのはいつももっと近くで見ていた本棚達。これだったら自分の居場所は明確だと思ったけれど、かと言って飛び降りるには高すぎるので、もしここに置いて行かれたら帰り道も分からないし泣くしかない。

「ほたる、そこまで跳べる?」
「へ?」

 突然ノエが話しかけてきたと思ったら、彼の指す先には穴があった。穴と言っても、壁を装飾する凹みのような穴だ。まあ見た感じ高さだけでも二メートルはありそうだったけれど。

「跳ぶって、あそこに?」

 確認したのは、ここからその穴に続く道がないから。私達がいるのは壁と壁の間を繋ぐ梁のようになっている場所で、一応落下防止の手すりはあるけれど普通はメンテナンス以外で歩くような場所ではないことは明らか。そして目的の穴はここから四、五メートルくらい離れたところにあって、その間には掴まれるような物は何もないし、着地すべき場所も三メートルは低いところにあるように見える。
 更にさっき見た足元の本棚も凄く遠くて、学校の屋上からグラウンドを見ている時よりも高く感じた。
 ……うん、無理じゃないかな。

「今のほたるだったら普通に届くと思うけど、やっぱ怖い?」
「怖いよ! だって落ちたら死ぬじゃん」
「死なない死なない、ちょっと骨があちこち折れるだけだよ。すぐ治るしな」
「十分嫌だよ!」

 ノエは朗らかに言うけれど、そんな平和な話じゃないと思う。と思って別の道はないのか聞こうとしたら、不意に身体が浮いた。……ああ、そう。またこれね。

「あれ、文句言わないの?」
「……慣れた」
「えー、つまんない」

 つまんなくないよ、心を無にしているんだよ。だっていくら慣れてきたとはいえ、今の私にはノエの抱っこは攻撃力が高すぎる。
 でもそれをからかわれるともっと大変なことになるのは明らかなので、何か別のことでも考えよう。何がいいかな、ノエの髪色事情でも考えようか。青色が退色しているように見えなくても根元は地毛だろうから、髪の毛掘り進めてやろうかしら。……と思ったのに。

「――ッ!?」

 ノエ、前置きせず跳びやがった。
 急に襲った浮遊感に思わずノエにぎゅっとしがみつく。直後にトン、とほとんど衝撃を感じさせない着地音が響いたと思ったら、もうそこはさっき梁の上から見ていた穴の中。……うん、一瞬。

「よし、行こうか」
「先に下ろして!」
「しがみついてるのそっちじゃん」

 慌てて手を離せば、ノエはそっと私を下ろしてくれた。さっきはこの高さから落ちても大怪我するだけだと笑っていたくせに、こういう時の扱いは丁寧なままだから本当嫌になる。あとにやにやしているのは見なかったことにしよう。

「もうすぐだよ」

 その言葉に気持ちを落ち着けて、穴の奥を見る。そこには暗くて狭いけれど、確かに通路のような物があった。
 歩き出したノエの後について、狭い道を進む。真っ暗なのに見えるのは吸血鬼の目だからだろうか。
 そのまま少し歩くと、丸く開けた場所に出た。階段の踊り場のようなそこには三つの扉があって、そのうちの一つを視線で指したノエは「やっと着いた」と私に笑いかける。ということはこの先にエルシーさんがいるのだろう。

「入るぞー」

 ノエは例によってノックをすることなく、そのままその扉を開けた。今更だけど、これエルシーさんが着替え中だったらどうするんだろうね。

「なんだ、意外と早かったな」

 声の方を見れば、以前と変わらないエルシーさんの姿があった。勿論着替え中ではない。
 周りは隠し部屋とはいえ図書館らしく壁いっぱいの本に囲まれていて、奥にも部屋があるのか入ってきたのとは別の扉もある。部屋の真ん中にはローテーブルと、それを挟んで向かい合わせになるようにソファが置かれていて、エルシーさんはその燕尾色のソファに優雅に腰掛けていた。

「エルシーさん!」
「無事でよかった、ほたる。顔色も良くなったな。……こんなことになってすまない」

 こんなこと、というのはやっぱり私が吸血鬼になったことだろう。でもそれは私が選んだことだ、エルシーさんのせいじゃない。

「気にしないで下さい。私が自分で決めたことですから」
「ありがとう、そう言ってくれると楽になるよ」

 そう言ってエルシーさんは綺麗に微笑んでくれた。うん、美人は笑っている方がいい。

「エルシー、アレサは?」
「向こうの部屋に――」

 ノエの問いかけにエルシーさんが部屋の奥を見ながら答えようとした時、その視線の先にあった扉が静かに開いた。

 そこから現れたのは少女だった。肩にかからないくらいの長さの黒髪に、大きなアンバーの瞳。外国人の女の子の外見年齢は分からないけれど、身体の大きさから考えても十歳かそこらだろう。
 それなのに、その少女の存在感は大きかった。幼気な顔立ちには似合わない鋭い眼光は私達を品定めするようで。その存在感と外見の特徴がまるでラミア様のように感じられて、私は知らず識らずのうちに喉をゴクリと鳴らしていた。

「よ、アレサ。相変わらずちっこいな」
「え……この子が……!?」

 ノエの言葉に思わず声を上げてしまうと、アレサと呼ばれた少女が私に視線を向けた。それだけで私は緊張してしまって、「あ、いや、ごめんなさい……!」と慌てて謝罪を口にする。日本語伝わるかな。ノエが日本語で話しかけたってことは通じると信じたい。
 というか、こんな小さな子供は吸血鬼にしないんじゃなかったっけ? もしかして吸血鬼って姿を変えられたりするのだろうか。そんなの教えてもらったことないけれど。
 私があれこれ考えていると、少女は私に向けていた視線をノエに戻して思い切り顔を顰めた。

「お前はなんだ、その髪は。真っ黒にしたり金髪にしたり、忙しい頭だな。いっそ全部毟ってやろうか?」
「それはやめて」

 ノエがさっと頭を押さえる。珍しく真剣な顔なのは本気で警戒しているからだろうか。
 そして彼は結構髪色を変えているらしいということが分かったのだけれど、ちょっと見てみたいと思ったのは内緒だ。
 ノエは頭を押さえていた手を離すと、気を取り直すように私に向かって口を開いた。

「ほたる、こいつがアレサ。見たとおりちびっこだ」
「そんなに小さくなりたいんだったら、脚でも切り落として同じ身長にしてやるよ」
「本当にやりそうだからやめて」

 ノエが顔を引き攣らせる。うん、さっきからいらないことを言うからだと思うよ。アレサさん(ちゃん、はやめておこう)の発言も結構凶暴だけど。

「えっと、神納木ほたるです。アレサさんは……その……」
「なんでちっこいかって? 世にも貴重なちびっこ吸血鬼だからだよ」
「お前はいい加減言葉を選べ、ノエ。アレサ様がお前の何倍生きていると思っているんだ」
「えー、いいじゃん。ちびっこって言葉可愛くない?」
「何女子みたいなこと言ってんの」

 確かに可愛いけれども。でもそれをノエが言うとなんか嫌だ。

「でも子供って吸血鬼にできないんじゃ……?」
「失敗しやすいからしないだけで、できないわけじゃないよ。アレサは子供で病弱っていう条件の悪さで吸血鬼化できた物凄い稀有な例。ま、親が実の母親だから相性の良さもあったんだろうな」
「親……ってラミア様……? 実の……母親!?」
「お、いい反応」

 実の母親って、アレサさんを産んだ人ってことだよね。他に意味はないよね。
 吸血鬼として知っている人が子供を産むって話がなんだかうまく咀嚼できなくて、私はアレサさんから目が離せなくなった。ああでも、見れば見るほど顔立ちや雰囲気が似ている気がする。

「馬鹿だな、ノエ。後で言った方がもっといい反応だったと思うぞ」
「あ、本当? でもまァ十分でしょ」

 驚く私を置き去りに、アレサさんはノエとそんなことを話していた。もしかしてアレサさんって結構ノエタイプ? ちらりと見たエルシーさんは呆れたような顔をしていたから、アレサさんも人をおちょくることが多い人なのかもしれない。
 でもそれよりも、私はいまいち状況が飲み込めない。ラミア様の実の娘だっていうのは言葉で分かったのだけれど、吸血鬼って子供は産めないはずだ。

「えっと、どういうこと……?」
「ラミア様が吸血鬼になって初めて種子を与えたのが、実の娘のアレサなんだよ。当時から子供は吸血鬼にしない方がいいってなんとなく分かってたらしいんだけどな、まァその辺は親子の事情ってやつだ」
「そんなたいそうな事情はない。私は病弱でいつ死んでもおかしくなかったから、母さんが吸血鬼にしただけだ」
「へ、へえ……」

 つまりラミア様が人間の時に産んでいた子、ということだろう。実の子供を吸血鬼にすることってあるんだ。まあ私がそういうことはないだろうと勝手に考えていただけで、実際は結構あるのかもしれないけれど。

「――んで、俺と何を話したいって?」

 エルシーさんに促され、全員がソファに落ち着くとノエはアレサさんに静かに尋ねた。さっきまでのゆるい空気から一転して、その場が緊張に包まれる。無意識のうちに背筋を正してノエの正面に座るアレサさんを見れば、彼女は大人のようにふっと微笑み、ノエに視線を合わせた。

「お前、私を殺したいか?」

 突然のその言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。
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