マリオネットララバイ 〜がらくたの葬送曲〜

新菜いに/丹㑚仁戻

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最終章

第60話 ノエが悪い人で良かった

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『アレサと話したいからだよ』

 アレサという名前を聞いた瞬間、忘れていたはずの緊張が急に戻ってきた。だってアレサというのは、ノエが命を奪ったソロモン達の仲間だ。そしてクラトスの話ではエルシーさんの親でもある。
 そのせいで私はエルシーさんがノエに殺されたと聞いて信じてしまいそうになったのだ。アレサだけでなく、その系譜の吸血鬼達も全てソロモン達と同じようにノエが狙うかもしれないと思ったから。

 でも結局、エルシーさんがノエに殺されたというのはクラトスの嘘だった。だからエルシーさんの親の話も無意識のうちに嘘だと思っていたのに、この感じはそういうわけでもなさそうで。
 クラトス達のことでさえ殺すことを避けようとしている今のノエがどうするかは分からないけれど、でももしかしたらそこは別なのかもしれない。そう思うと、ノエが何のためにアレサという人に会いたいのか聞くのが怖い気がした。

「そんな顔しない」

 ノエが苦笑しながら私の頭を撫でる。ああ、これ久しぶりだ。こうしてくれる時のノエは、私に決して嫌なことを言わない。

「まずは本当に話すだけ。アレサの目的が分からないから絶対に敵に回らないとは限らないけど、そもそも向こうが俺と話したいって言ってるんだからそんな物騒なことにはならないと思うよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。一昨日ここに来た時、俺エルシーと話しに行っただろ? その時にあいつからアレサの伝言聞いたんだよ。そうじゃなかったらいくらエルシーでもほたるとは会わせない」

 ノエの言っていることは割と平和なはずなのに、ちょっとだけ胸がざわざわする。

「一昨日真っ先にエルシーさんに会いに行ったのは、エルシーさんを殺すため……?」

 アレサという人の関与が分かったから、その子であるエルシーさんをノエが疑うのは当然だ。そういえばあの時のノエは、ノストノクスに戻る理由の一つに『確認したいことがある』とも言っていた。もしそれがエルシーさんに対する疑念だったのであれば、彼女に会いに行ったノエの目的は、きっとそういうことなんだろう。
 眉間に力が入るのを感じながらノエを見上げれば、その顔にはやはり困ったような表情を浮かべていた。

「まー……そうだな。エルシーがどの程度アレサのやっていることに関わっているか分からなければ信用できないし、場合によってはその場で……ってこともあったと思う」
「記憶を書き換えるんじゃ駄目なの……?」
「駄目だよ。一度そういう考えを持ったら、記憶を書き換えたところでまた同じことを考える可能性があるから。だから誰であれ殺さなきゃいけない――それがアイリスの考え方だよ」
「……エルシーさんはノエの親友なのに?」

 私が聞くと、ノエは居心地悪そうに顔を顰めた。

「親友って言われるとなんかむず痒いんだけど。あいつはほら、俺としては口うるさい姉ちゃんって感じ? それに『親友なのに』じゃなくて、『親友だから』の方が正しいかな」
「……どうして?」
「うーん……俺は吸血鬼になった後すぐノストノクスに放り込まれたんだけど、エルシーはその時の教育係的なやつで……吸血鬼のこともノストノクスのことも、全部あいつに教えてもらったわけ。法を犯した奴を裁くのに私情を挟むなって俺に教えたのもあいつ。だからそんなエルシーに対してこそ、そういう時は私情を挟むべきじゃないなって」

 思っていたよりノエとエルシーさんって仲が良いんだ。ちょっと寂しい気もするけれど、それよりも安心感が勝るのは今の話をしていたノエの表情のせいだろう。
 いつもどおりのへらっとした顔だけど、少し子供っぽい。ノエがこういう顔をする時はなんだか本心を話してくれている気がするから、だからエルシーさんとの関係も本物なんだなと思えて安心できる。……でも。

「エルシーさんは、ノエのこと知らないんだよね? その、本当の親が誰かって」
「知らないよ。アイリスがそのへんの認識は全員分いじってるから、疑ってすらいないと思う」
「うわ……。でもさ、今までノエが仕事で自分より序列が上の人のことを処分してたっていうのは知ってるんでしょ? だったら有り得ないとか思わないのかな? それにノエがそういうことしてたの、ラミア様の命令だと思ってるみたいだし……そう、思わせてるの……?」

 ノエに問いかけながら、クラトスのところでエルシーさんが言っていたことが頭に浮かんだ。

『……ラミア様の決められたことなら口出しはしないさ』

 ノエが裏切り者の処分をしているという話になった時、エルシーさんはそう自分を納得させているようだった。
 エルシーさんにとってラミア様は同じ系譜の一番偉い人。実際にノエに仲間を処分させているのはアイリスなのに、ラミア様のことをそういう人だと思わなくちゃいけないのはいい気分じゃないだろう。
 それにいくらノエの親が誰かという疑問を持たなかったとしても、限界があるはずだ。通常、吸血鬼は自分より上の序列の相手の命を奪うことができない。無差別に殺傷する方法を使えばできそうではあるものの、毎回そういうわけにもいかないだろう。となると、この矛盾はエルシーさんにとって無視できるものとは思えなかった。

「俺に指示出してんのがラミア様だと思ってるのは、エルシーが自分でそう推測したからだよ。まァその方が都合が良いから、ラミア様には絶対に悟られるなとだけ言って訂正はしてないけどな」
「……酷い」
「そうだけど、下手に騒いでアイリスに気付かれる方がまずい。面倒だって消されるか、そうじゃなかったらあいつまで俺と同じことをしなくちゃいけなくなるかもしれない」

 そう言ったノエは苦々しい顔をしていて、その表情で彼なりにエルシーさんのことを守ろうとしているのだと分かった。

「なんかごめん……」
「気にしなくていいよ、ほたるがそう思うのも当然だから。あと序列の話だけど、そのへんも俺だからってことでエルシーは納得してると思うよ。前にそんな感じの話になった時、『どうせお前は変な抜け道でも使ってるんだろ』みたいなこと言われたし」
「抜け道?」
「ルールの穴ってやつだよ。殺意を持ってなきゃ序列が上の奴相手でも攻撃はできるしね。まァ、それで確実に命を奪うにはそこそこ難しいコツがいるわけだけど。――あ、普通は無理だからそこは安心していいよ」

 ノエは私に不安を抱かせないように付け加えたのだろうけれど、今気になっているのはそこじゃない。
 そういうふうにエルシーさんを納得させてしまうノエという人柄だ。だってこの口振りじゃあ、その難しいコツっていうのもノエは知っているのだろう。今までそんなものに頼る必要はなかったはずなのにできるってことは、なんだかノエって――。

「……ノエって、実は結構悪い人?」

 私が恐る恐る問うと、一瞬きょとんとしたノエはすぐに「悪い人って!」と噴き出した。いや、笑うところじゃないよ空気読んで。
 と視線で訴えかければ、何故かツボに入ったらしいノエは目に溜まった涙を拭いながら口を開いた。

「まー、俺はどう考えても良い人じゃないだろ。良い人だったらとっくに死んでるような生き方だし」

 そんなことないと否定したかったけれど、うまく言葉が浮かばなかった。だって言われてみれば確かにそうだ。今まで仕事であっても仲間を処分してきたのだから、分類的には悪い人にあたるだろう。私はノエのそういうところをあまり見てこなかったけれど、一度ソロモン達の件を目の当たりにしただけでしばらく彼への不信感が拭えなかったくらいだ。
 だからノエの言うことは正しい。真面目に考えてそんな結論になるのはちょっとさみしいけれど。それにそういうことをし続けるって、割と普通の神経じゃできないと思うんだよな。その普通の神経を持つ人を良い人とするのなら、やっぱりノエは悪い人なのだろう。だけど。

「……そうすると、ノエが悪い人で良かった、ってことになるのかな?」

 少なくともノエが普通の神経を持つ人であれば、今こうしているのは有り得ないだろうから。
 そう思って呟いたのだけれど、ノエから特に返事はない。
 何か悪いことを言ってしまっただろうかと思ってその顔を見ようとしたら、急にガバっと視界が塞がれた。え、何?

「ほたるは悪い人に騙されそうだなー」

 機嫌の良さそうな声が頭のすぐ上から降ってくる。けれど上を向くことができない、というか動けない。そして頭がなんかぐりぐりされている気がする。
 なるほど、これはあれか。ノエにぎゅっとされているのか。いや待ってくれ。

「――ちょ、離して! 何急に!」

 状況を理解した途端羞恥が襲う。慌てて逃げようとしても、ノエは結構力を込めているらしく全く逃げられない。
 なんだこれ、いきなりどうした。一体どういう仕打ちなんだ。

「っていうか息しづらいんだけど!」
「それだけ大声出せてるんだからちゃんと息できてるでしょ」
「そういう問題じゃ……! もうやだ! 離して!」

 強めに言えば、ノエの動きが止まる。相変わらず動けないけれど、少なくとも頭のぐりぐりは止まった。ああ、これはノエが人の頭に頬ずりか何かしていたのか。

「本当に嫌?」

 そしてそう聞いてくるノエの声にはなんだか元気がなかった。え、何これ私が悪いの?
 と不服に思うものの、勢いで結構きつい言葉で拒絶してしまったような気もするから、やっぱり私が悪いのかもしれない。急にこんなことをしてきたノエが悪いんじゃんとは思うものの、彼を傷つけるような物言いをしてしまったのならやはり罪悪感はあって。

「……ちょ、ちょっとだけだからね」
「お、簡単に許可出た」
「ッ演技か!!」

 私が力いっぱい怒鳴ると、身体を離したノエはおかしそうにお腹を抱えて笑い出した。あー……うん、むかつく。すっごいむかつく。
 そのまましばらくの間笑い続けていたノエは落ち着こうとしているのか、ふうと大きく深呼吸を繰り返し始めた。

 なんだかな、家での一悶着があってからノエの沸点が低くなった気がする。楽しそうで何よりだけど、彼を笑わせているのは私の反応だ。ノエが変に私をからかうから、いろんな羞恥が混ざって前以上に過剰に反応してしまう。ある意味では自分のせいではあるのだけれど、ノエだって多分私の気持ちに気付いた上でそういうからかい方をしてきているので相当性格が悪い。うん、やっぱりノエは悪い人だ。

「――とりあえず、エルシーのとこ行こうか」

 そう言って私の方を見るノエはすっかりいつもどおりで、私はまだちょっと不満があったけれど頑張って引っ込める。エルシーさんに会うのは真面目な用事だし、それにいつまでも不満を引きずっていたら子供っぽい気がした。

「エルシーさんって何処にいるの? ここの人がエルシーさんは生きてるって知らないならどこか別の場所?」
「いや、ノストノクスにいるよ。いくら死んだふりしてるって言っても、その間完全に空けちゃうのも落ち着かないみたいで」
「エルシーさんは真面目だなぁ」
「確かになー。あいつはかなり出来た奴だと思うよ」
「……そのエルシーさんに教育されたのに、なんでノエはこんなんなの?」
「こんなんってなんだよ」

 こんなんはこんなんだよ。言わせないでよ。
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