スキップドロップ

新菜いに/丹㑚仁戻

文字の大きさ
10 / 50
第二章 狩る者と狩られる者の探り合い

【第四話 約束】4-1 微妙にフォローになってない!

しおりを挟む
 とある日本家屋の屋敷の中。一般的な土間とは別の場所に、明り取りの窓さえない土間とよく似た空間がある。けれどそこには窓どころか竈も外への出入り口もない。あるのは屋敷内部に繋がる扉と、柔らかい光の間接照明だけ。
 ここは吸血鬼の世界と人間の世界を繋ぐために作られた部屋だった。昼夜問わず来られるよう陽の光は全く入らず、土足でも問題ないように土間の形を取っている。

 そんな土間もどきの空間に向かって、正座した私は一生懸命口を動かしていた。

「――というわけで、その捕縛道具一式持ってってもいいですか?」

 私が事の経緯を話し終えると、向かい側の壁にもたれかかるようにして立っていた壱政様が嫌そうに顔を顰めた。

「まさかそれが俺を呼んだ理由じゃないだろうな」
「そうですよ! それにどっちにしろこの彼引き渡さなきゃでしたし」

 そう言って壱政様の方に歩かせたのは昨日のモロイこと従属種の彼だ。一応まだ完全に無実だと確定したわけではないので腕には手錠を付けてもらっている。まあそれ以前に今は意識が朦朧としているはずだから逃亡の心配はないのだけれど。

「そんなの他の奴に言付ければいいだろ。俺がわざわざ来る必要なんてあるようには思えないが」
「でも壱政様、いつも大事なことは直接言いに来いって怒るじゃないですか。例えばこれでちゃらんぽらんな人が引き渡しを担当したらどうします? 壱政様に伝わらないかもしれないじゃないですか! そしたら怒られるのは私ですよ!」
「その場合は相手を見て判断しろ」
「二度手間ぁ……」
「お前の手間は大した問題じゃない、俺に手間を掛けさせるな」

 あらやだ俺様。でも壱政様なので気にしない。むしろこのアンニュイ感じで言われるとなんかこうぐっと来るものがある。
 それに盛大に溜息を吐きつつも持ってきていた捕縛道具を渡してくれるということは、私の考えを許可してもらえたということだ。他の人経由で確認を取ると本当かなと思ってしまうけれど、許可を取るべき相手から受け取るのはやっぱり安心。

 壱政様から受け取った重みのある木製の箱の中には、中々ごついデザインの枷が入っている。手首用だけでなく首や足首用もあって、それぞれがそれなりの重さを持っていた。
 この捕縛道具は対吸血鬼用に作られたものだ。何せ吸血鬼は影になれる。影となれば身体の形を手放せるから、普通の手錠や縄なんて意味はない。と言っても例外はあるものの、基本的に吸血鬼を捕縛するためにはこの専用のものを使った方が圧倒的に楽なのだ。

 だから今回私はノストノクスに従属種の引き渡し連絡をした時に、これらを持ってくるよう壱政様に頼んだ。狙いは従属種をどんどん増やしてしまう吸血鬼、この枷があればこちらが格段に有利になる。
 じゃあ何故今まで持っていなかったのか。そんなの簡単、この捕縛道具は吸血鬼に作用するからだ。つまり私も対象だから、こんなの持っていると吸血鬼同士の戦いでは逆に私が圧倒的不利になってしまう。だから通常これらの道具を使うのは罪人を連行した後。勾留とかそういう時に使うのだ。

「まあまあ、壱政。一葉なりによかれと思ってやったことなんだから」

 廊下の奥からお茶を乗せたお盆を持ったレイフが姿を現す。今日は着物を着ているから、こうして見ると顔立ち以外は完全に日本人だ。持って来たお茶だって湯呑に入っているし。

「気を遣うなら頭も使えって話だ。仕事が雑な相手でも顔さえ好みだったら簡単に言いくるめられるんだよ、こいつは」
「わ、壱政様ってば人を馬鹿みたいに!」
「馬鹿だろ」
「酷い! レイフからも何か言ってやってください!」
「うーん、馬鹿な子ほど可愛い?」
「微妙にフォローになってない!」

 よよよ、と泣き真似をしたのに近くから聞こえてきたのはお茶を啜る音。壱政様、人を無視してお茶飲んでる。
 酷いと思ったけれど、これもまあ平常運転だ。レイフがいるからふざけてみたものの、壱政様からは罵倒され慣れているし、今回のは冗談に近いものだと分かっているので私もずずずとお茶を飲んだ。

「じゃあ、まだ話があるみたいだから僕は下がろうかな」
「え、別にいても良くないですか?」
「僕はもう執行官じゃないからね。あまり聞きすぎると後が面倒なんだよ」

 そう言うと、レイフはこちらの返事を拒むように廊下の奥へと去ってしまった。別に今は違うのだとしても、元執行官ならそんなに聞いちゃいけない話もないと思うんだけどな。
 特にレイフは自主的に執行官を辞した身だ。原因は右足の怪我。あまりに自然過ぎていつも忘れてしまうけれど、彼の右足は膝から下が義足なのだ。切り離されてしまった先が無事ならくっつけられるけれど、きっと彼の場合は駄目だったのだろう。そのあたりの事情は私もよく知らない。
 レイフは義足でも普通に歩く分には問題ないし、なんだったら人間よりよっぽど速く走れるらしいのだけれど、それでも他の吸血鬼と同等に動くことができないからと言って身を引いたらしい。辞めた理由がそれなら尚更問題なさそうなものなのに、レイフは執行官の持つ権利の範囲には決して入ってこようとしない。

 それがなんだか寂しいな思いながら壱政様を見れば、彼もまた少し厳しい目でレイフの去った後を見ているのが分かった。壱政様にとっては、付き合いの長さだけなら私とよりもレイフの方が長い。だから何か思うところがあるのかもしれない。
 なんて、ちょっと気持ちを沈ませていたら壱政様がこちらに視線を移した。もうその目にさっきまでの厳しさはなくて、いつもどおりの不機嫌顔になっている。

「ところで一葉、さっき話してた奴のことは信用できるのか? 人間でも時間をかけて調べれば複製は無理でも加工は可能だぞ。それなのにハンターに持たせるだなんてあまりいい考えとは思えないが」
「多分彼の中の優先度的に大丈夫だと思いますよ。他のハンターとの協調よりも、自分の手柄を取りたいタイプですし」

 そう、恐らくキョウは他のハンターと折り合いが悪い。だからこそ彼は手柄に拘っているのだろう。自分が周りよりも優れていると示すことで、折り合いの悪い者達を黙らせようとしてる――それが昨夜彼と話していて抱いた印象だった。


 § § §
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...