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第二章 狩る者と狩られる者の探り合い
【第四話 約束】4-1 微妙にフォローになってない!
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とある日本家屋の屋敷の中。一般的な土間とは別の場所に、明り取りの窓さえない土間とよく似た空間がある。けれどそこには窓どころか竈も外への出入り口もない。あるのは屋敷内部に繋がる扉と、柔らかい光の間接照明だけ。
ここは吸血鬼の世界と人間の世界を繋ぐために作られた部屋だった。昼夜問わず来られるよう陽の光は全く入らず、土足でも問題ないように土間の形を取っている。
そんな土間もどきの空間に向かって、正座した私は一生懸命口を動かしていた。
「――というわけで、その捕縛道具一式持ってってもいいですか?」
私が事の経緯を話し終えると、向かい側の壁にもたれかかるようにして立っていた壱政様が嫌そうに顔を顰めた。
「まさかそれが俺を呼んだ理由じゃないだろうな」
「そうですよ! それにどっちにしろこの彼引き渡さなきゃでしたし」
そう言って壱政様の方に歩かせたのは昨日のモロイこと従属種の彼だ。一応まだ完全に無実だと確定したわけではないので腕には手錠を付けてもらっている。まあそれ以前に今は意識が朦朧としているはずだから逃亡の心配はないのだけれど。
「そんなの他の奴に言付ければいいだろ。俺がわざわざ来る必要なんてあるようには思えないが」
「でも壱政様、いつも大事なことは直接言いに来いって怒るじゃないですか。例えばこれでちゃらんぽらんな人が引き渡しを担当したらどうします? 壱政様に伝わらないかもしれないじゃないですか! そしたら怒られるのは私ですよ!」
「その場合は相手を見て判断しろ」
「二度手間ぁ……」
「お前の手間は大した問題じゃない、俺に手間を掛けさせるな」
あらやだ俺様。でも壱政様なので気にしない。むしろこのアンニュイ感じで言われるとなんかこうぐっと来るものがある。
それに盛大に溜息を吐きつつも持ってきていた捕縛道具を渡してくれるということは、私の考えを許可してもらえたということだ。他の人経由で確認を取ると本当かなと思ってしまうけれど、許可を取るべき相手から受け取るのはやっぱり安心。
壱政様から受け取った重みのある木製の箱の中には、中々ごついデザインの枷が入っている。手首用だけでなく首や足首用もあって、それぞれがそれなりの重さを持っていた。
この捕縛道具は対吸血鬼用に作られたものだ。何せ吸血鬼は影になれる。影となれば身体の形を手放せるから、普通の手錠や縄なんて意味はない。と言っても例外はあるものの、基本的に吸血鬼を捕縛するためにはこの専用のものを使った方が圧倒的に楽なのだ。
だから今回私はノストノクスに従属種の引き渡し連絡をした時に、これらを持ってくるよう壱政様に頼んだ。狙いは従属種をどんどん増やしてしまう吸血鬼、この枷があればこちらが格段に有利になる。
じゃあ何故今まで持っていなかったのか。そんなの簡単、この捕縛道具は吸血鬼に作用するからだ。つまり私も対象だから、こんなの持っていると吸血鬼同士の戦いでは逆に私が圧倒的不利になってしまう。だから通常これらの道具を使うのは罪人を連行した後。勾留とかそういう時に使うのだ。
「まあまあ、壱政。一葉なりによかれと思ってやったことなんだから」
廊下の奥からお茶を乗せたお盆を持ったレイフが姿を現す。今日は着物を着ているから、こうして見ると顔立ち以外は完全に日本人だ。持って来たお茶だって湯呑に入っているし。
「気を遣うなら頭も使えって話だ。仕事が雑な相手でも顔さえ好みだったら簡単に言いくるめられるんだよ、こいつは」
「わ、壱政様ってば人を馬鹿みたいに!」
「馬鹿だろ」
「酷い! レイフからも何か言ってやってください!」
「うーん、馬鹿な子ほど可愛い?」
「微妙にフォローになってない!」
よよよ、と泣き真似をしたのに近くから聞こえてきたのはお茶を啜る音。壱政様、人を無視してお茶飲んでる。
酷いと思ったけれど、これもまあ平常運転だ。レイフがいるからふざけてみたものの、壱政様からは罵倒され慣れているし、今回のは冗談に近いものだと分かっているので私もずずずとお茶を飲んだ。
「じゃあ、まだ話があるみたいだから僕は下がろうかな」
「え、別にいても良くないですか?」
「僕はもう執行官じゃないからね。あまり聞きすぎると後が面倒なんだよ」
そう言うと、レイフはこちらの返事を拒むように廊下の奥へと去ってしまった。別に今は違うのだとしても、元執行官ならそんなに聞いちゃいけない話もないと思うんだけどな。
特にレイフは自主的に執行官を辞した身だ。原因は右足の怪我。あまりに自然過ぎていつも忘れてしまうけれど、彼の右足は膝から下が義足なのだ。切り離されてしまった先が無事ならくっつけられるけれど、きっと彼の場合は駄目だったのだろう。そのあたりの事情は私もよく知らない。
レイフは義足でも普通に歩く分には問題ないし、なんだったら人間よりよっぽど速く走れるらしいのだけれど、それでも他の吸血鬼と同等に動くことができないからと言って身を引いたらしい。辞めた理由がそれなら尚更問題なさそうなものなのに、レイフは執行官の持つ権利の範囲には決して入ってこようとしない。
それがなんだか寂しいな思いながら壱政様を見れば、彼もまた少し厳しい目でレイフの去った後を見ているのが分かった。壱政様にとっては、付き合いの長さだけなら私とよりもレイフの方が長い。だから何か思うところがあるのかもしれない。
なんて、ちょっと気持ちを沈ませていたら壱政様がこちらに視線を移した。もうその目にさっきまでの厳しさはなくて、いつもどおりの不機嫌顔になっている。
「ところで一葉、さっき話してた奴のことは信用できるのか? 人間でも時間をかけて調べれば複製は無理でも加工は可能だぞ。それなのにハンターに持たせるだなんてあまりいい考えとは思えないが」
「多分彼の中の優先度的に大丈夫だと思いますよ。他のハンターとの協調よりも、自分の手柄を取りたいタイプですし」
そう、恐らくキョウは他のハンターと折り合いが悪い。だからこそ彼は手柄に拘っているのだろう。自分が周りよりも優れていると示すことで、折り合いの悪い者達を黙らせようとしてる――それが昨夜彼と話していて抱いた印象だった。
§ § §
ここは吸血鬼の世界と人間の世界を繋ぐために作られた部屋だった。昼夜問わず来られるよう陽の光は全く入らず、土足でも問題ないように土間の形を取っている。
そんな土間もどきの空間に向かって、正座した私は一生懸命口を動かしていた。
「――というわけで、その捕縛道具一式持ってってもいいですか?」
私が事の経緯を話し終えると、向かい側の壁にもたれかかるようにして立っていた壱政様が嫌そうに顔を顰めた。
「まさかそれが俺を呼んだ理由じゃないだろうな」
「そうですよ! それにどっちにしろこの彼引き渡さなきゃでしたし」
そう言って壱政様の方に歩かせたのは昨日のモロイこと従属種の彼だ。一応まだ完全に無実だと確定したわけではないので腕には手錠を付けてもらっている。まあそれ以前に今は意識が朦朧としているはずだから逃亡の心配はないのだけれど。
「そんなの他の奴に言付ければいいだろ。俺がわざわざ来る必要なんてあるようには思えないが」
「でも壱政様、いつも大事なことは直接言いに来いって怒るじゃないですか。例えばこれでちゃらんぽらんな人が引き渡しを担当したらどうします? 壱政様に伝わらないかもしれないじゃないですか! そしたら怒られるのは私ですよ!」
「その場合は相手を見て判断しろ」
「二度手間ぁ……」
「お前の手間は大した問題じゃない、俺に手間を掛けさせるな」
あらやだ俺様。でも壱政様なので気にしない。むしろこのアンニュイ感じで言われるとなんかこうぐっと来るものがある。
それに盛大に溜息を吐きつつも持ってきていた捕縛道具を渡してくれるということは、私の考えを許可してもらえたということだ。他の人経由で確認を取ると本当かなと思ってしまうけれど、許可を取るべき相手から受け取るのはやっぱり安心。
壱政様から受け取った重みのある木製の箱の中には、中々ごついデザインの枷が入っている。手首用だけでなく首や足首用もあって、それぞれがそれなりの重さを持っていた。
この捕縛道具は対吸血鬼用に作られたものだ。何せ吸血鬼は影になれる。影となれば身体の形を手放せるから、普通の手錠や縄なんて意味はない。と言っても例外はあるものの、基本的に吸血鬼を捕縛するためにはこの専用のものを使った方が圧倒的に楽なのだ。
だから今回私はノストノクスに従属種の引き渡し連絡をした時に、これらを持ってくるよう壱政様に頼んだ。狙いは従属種をどんどん増やしてしまう吸血鬼、この枷があればこちらが格段に有利になる。
じゃあ何故今まで持っていなかったのか。そんなの簡単、この捕縛道具は吸血鬼に作用するからだ。つまり私も対象だから、こんなの持っていると吸血鬼同士の戦いでは逆に私が圧倒的不利になってしまう。だから通常これらの道具を使うのは罪人を連行した後。勾留とかそういう時に使うのだ。
「まあまあ、壱政。一葉なりによかれと思ってやったことなんだから」
廊下の奥からお茶を乗せたお盆を持ったレイフが姿を現す。今日は着物を着ているから、こうして見ると顔立ち以外は完全に日本人だ。持って来たお茶だって湯呑に入っているし。
「気を遣うなら頭も使えって話だ。仕事が雑な相手でも顔さえ好みだったら簡単に言いくるめられるんだよ、こいつは」
「わ、壱政様ってば人を馬鹿みたいに!」
「馬鹿だろ」
「酷い! レイフからも何か言ってやってください!」
「うーん、馬鹿な子ほど可愛い?」
「微妙にフォローになってない!」
よよよ、と泣き真似をしたのに近くから聞こえてきたのはお茶を啜る音。壱政様、人を無視してお茶飲んでる。
酷いと思ったけれど、これもまあ平常運転だ。レイフがいるからふざけてみたものの、壱政様からは罵倒され慣れているし、今回のは冗談に近いものだと分かっているので私もずずずとお茶を飲んだ。
「じゃあ、まだ話があるみたいだから僕は下がろうかな」
「え、別にいても良くないですか?」
「僕はもう執行官じゃないからね。あまり聞きすぎると後が面倒なんだよ」
そう言うと、レイフはこちらの返事を拒むように廊下の奥へと去ってしまった。別に今は違うのだとしても、元執行官ならそんなに聞いちゃいけない話もないと思うんだけどな。
特にレイフは自主的に執行官を辞した身だ。原因は右足の怪我。あまりに自然過ぎていつも忘れてしまうけれど、彼の右足は膝から下が義足なのだ。切り離されてしまった先が無事ならくっつけられるけれど、きっと彼の場合は駄目だったのだろう。そのあたりの事情は私もよく知らない。
レイフは義足でも普通に歩く分には問題ないし、なんだったら人間よりよっぽど速く走れるらしいのだけれど、それでも他の吸血鬼と同等に動くことができないからと言って身を引いたらしい。辞めた理由がそれなら尚更問題なさそうなものなのに、レイフは執行官の持つ権利の範囲には決して入ってこようとしない。
それがなんだか寂しいな思いながら壱政様を見れば、彼もまた少し厳しい目でレイフの去った後を見ているのが分かった。壱政様にとっては、付き合いの長さだけなら私とよりもレイフの方が長い。だから何か思うところがあるのかもしれない。
なんて、ちょっと気持ちを沈ませていたら壱政様がこちらに視線を移した。もうその目にさっきまでの厳しさはなくて、いつもどおりの不機嫌顔になっている。
「ところで一葉、さっき話してた奴のことは信用できるのか? 人間でも時間をかけて調べれば複製は無理でも加工は可能だぞ。それなのにハンターに持たせるだなんてあまりいい考えとは思えないが」
「多分彼の中の優先度的に大丈夫だと思いますよ。他のハンターとの協調よりも、自分の手柄を取りたいタイプですし」
そう、恐らくキョウは他のハンターと折り合いが悪い。だからこそ彼は手柄に拘っているのだろう。自分が周りよりも優れていると示すことで、折り合いの悪い者達を黙らせようとしてる――それが昨夜彼と話していて抱いた印象だった。
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