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新菜いに/丹㑚仁戻

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第二章 狩る者と狩られる者の探り合い

【第四話 約束】4-2 ひぇ……難しい……

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『――ということでキョンキョン、私と取引しない?』
『……は?』

 私の提案に、それまで険しい顔をしていたキョウはぽかんとした表情を浮かべた。うん、やっぱりこの顔可愛いな。と思っていたらすぐにまた難しい顔になってしまって、『どういうことだ』と低い声を出す。可愛くない。

『取引だよ、取引。私は効率良く上位種を捕まえたいんだけど、それには必要なことがあるんだ。で、その必要なことを満たそうとすると今度は効率を落とさなきゃいけなくて、はっきり言って非常に面倒臭い』
『……意味が分からないんだが』

 まあそうだよね、抽象的にしか言ってないし。でも取引成立前に詳細を話すのも壱政様にバレたら怒られそうなので仕方ない。

『細かいことは後で話すよ。何が言いたいかと言うと、効率良く上位種を捕まえるために、私じゃできない必須事項をキョウにやってもらいたいの』
『変なことじゃないだろうな』
『それは大丈夫! 簡単な荷物運びみたいなものだから。その荷物も人間には一切害はないよ』
『そんな内容で対等な取引になるのか? アンタの使いっぱしりみたいな立場なら断る。そんなの知られたら恥でしかない』
『君の能力の高さの証明にならないから?』

 私が問うと、キョウは動きを止めた。ああ、これは図星かな。カマをかけるというほどでもないけれど、なんとなく抱いていた彼の態度への違和感の正体を探ろうとして言ってみたのだ。さっきモロイを捕らえることによる手柄について話していたから、もしかして関係あるのかなと思って選んだ言葉は正解だったらしい。
 とはいえ彼が素直にそのあたりを話してくれるとは思えない。一瞬だけ固まったキョウは小声で『……それもある』と言うと、ぐいっと眉間に皺を寄せ厳しい表情を作った。

『俺はハンターだ。ハンターが狩るべき相手の子分みたいなことできないだろ』
『確かにそうだね。なら一度お試しでやってみる? それで上位種を捕まえた時、キョンの満足行く内容じゃなかったら私一人で捕まえたってことにするから』

 案の定話を逸らされたけれど、深追いするのはやめておいた。代わりに彼が受け入れやすい内容になるように提案し直せば、キョウは険しい顔のまま片方の口角だけにっと上げた。悪い顔だ、でも格好良いと思います。

『いいだろう。しょうもなかったら二度とやらないぞ』


 § § §


 昨夜のやり取りを思い出して、荷物持ちは彼のお眼鏡にかなうだろうかと今更だけどちょっと不安になった。
 キョウに持ってもらいたいのは対吸血鬼用の捕縛道具だ。これを持っていると私は影になれないから、相手がそうして逃げてしまったら追いかけることができない。だから彼に持っておいて欲しいのだ。重さは大したことないけれど、そのせいでキョウは自分が上位種の捕縛に貢献したと思えないかもしれない。
 でも使いっぱしりだと思われなければまだ望みはあるのかな? うーん、よく分かんないや。

「手枷を持たせることがそいつの手柄になるのか?」

 考え込んでいたら壱政様が呆れたように笑った。あ、もしかして客観的に見たらこれ駄目そうなのかな。

「でも人間じゃそれくらいしかできなくないです? あれ、でも壱政様って人間のままで戦争参加したんでしたっけ」

 戦争というのは百年前までやっていた吸血鬼同士の争いのことだ。あまり壱政様の人間時代には詳しくないけれど、確か彼は人間のままで吸血鬼を相手取って立ち回っていたと小耳に挟んだことがある。うん、化け物かな?

「ああ。だがあれは参加したというよりどうにか生き残っただけだ。周りは興奮状態で冷静さを失った連中だったのも助かった。だからまあ、人間でも相手が侮って油断している間なら一太刀くらいは入れられるぞ」
「……壱政様自身は舐めている人間からの不意打ち食らうと思います?」
「お前は人間の頃、俺への奇襲を成功させたことがあったか?」

 ないです。訓練がてら常に狙えって言われて数え切れないくらい狙ったけど一度も成功したことがなかったです。
 っていうか壱政様、私のこと舐めてたのか。……うん、全く意外じゃない。むしろ評価していたと言われた方がびっくりする。

「俺のことはともかく、そんな手練はこの辺にはいないだろ。年若い奴なら尚更だ、ハンターほどの能力があれば狙えるかもしれない」
「つまり荷物持ち以外もさせた方がいいってことですか?」
「そいつに実力があればな。荷物持ちが妥当かどうか自分で分かるなら、お前への信用がなくなるぞ」
「……私が相手によって行動を変えるべきだと」
「それが誰かと手を組むということだ。お前ばかりが得をしているように見えれば取引は成立しない」
「ひぇ……難しい……」

 私は人間と手を組むなんて今回が初めてた。吸血鬼同士でだって、基本的に周りの方が年上だから結構甘やかされてきた自覚もある。
 だから私の方が相手の力量等々を推し量って振る舞いを変えるというのはあまりしたことがないし、私自身のためじゃなくて相手のためにそれをしなければならないというのなんて初めての状況だ。しかもキョウは妙に鋭い上にこじらせた面倒臭い子だから、失敗すると後が大変そう。
 なんてことを考えながらうーんと唸っていると、「一葉」と私を呼ぶ壱政様の声が聞こえてきた。

「なんですか?」
「あまりそいつに肩入れするなよ」
「え? してませんよ?」

 何を言ってるんだろうと思っていたら、壱政様が大きな溜息を吐いた。

「してるだろ。別にお前一人で仕事したって何も問題はないはずだ。それなのに二人で仕事を続けようとしているし、どうにか相手のメリットまで提示しようとしているのは肩入れ以外何がある?」
「……あ、ほんとだ」
「馬鹿」

 壱政様の言うとおりだ。キョウとバディを組むことは元々の協定に含まれていないのだから、私がそれを受け入れる必要はない。
 私の顔を知らないハンターとの面倒事を避けるという意味では、短期間だけキョウと行動してその後は単独行動に戻っても何ら問題はないのだ。個人的にあの顔を近くで拝んでいたいという下心はあるけれど、だからと言ってキョウの満足度を高めてあげる必要だってない。あれ? 私なんで肩入れしてるの?
 と思って壱政様を見てみれば、俺に聞くなと言わんばかりに冷たい視線を返された。辛い。

「何にせよ、慣れないことをしてお前自身がやられるなり技術を盗まれるなりしたら俺がお前にトドメを刺してやる」
「そこは尻拭いするとこじゃ……」
「尻拭いは自分でしろ。だが介錯は自分じゃできないだろ」
「ひっ……そんなんだから切腹が趣味って言われるんですよ!」
「お前も趣味にしてみるか?」
「無理!!」

 あれ、これ壱政様怒ってるな? 子供の頃から壱政様の顔色を見て生きてきたからそのへんの感度は高いんだ。あ、顔色見るって言っても窺うわけじゃないよ。自分に対して怒ってるんじゃなければ安全だからね。壱政様は善悪観念ぶっ壊れ気味だけど、元々が立派な人だから八つ当たりはしないんだ。

 で、本題だ。壱政様は怒っている。ぶった斬るほどではないけどじわじわ怒っている。なんでかなと考えてみたら、心当たりしかなくてちょっと泣きたくなった。

「えっと……お忙しいところわたくしめの都合のせいでお手間をおかけしてしまいまして大変申し訳ございません?」
「聞くな。その謝罪も行動が伴わなければ相手を騙すのと同じだぞ。――俺を謀るなよ、一葉」

 つまり次はないということだ。私の手足、いつまで無事でいられるかな……。
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