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新菜いに/丹㑚仁戻

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第二章 狩る者と狩られる者の探り合い

【第五話 習性】5-3 そういう生き物なの、吸血鬼って

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 キョウが驚いた顔でこちらを見ている。それはそうだ、人の目の色が突然変わったんだから。
 しかもそれは現実では滅多にお目にかかれない色。人間がこの色を持つことは非常に稀だけれど、私達吸血鬼は全員持っている。つまり私が吸血鬼である何よりの証だ。
 キョウも知識としては知っていたのか、驚きの中に納得のようなものが見えた気がした。

「……なんで今それを使う?」
「あ、やっぱ知ってるんだ。どう聞いてるの?」
「操れるんだろ? 他人を。おとぎ話だと思ってたけどな」

 まあ平たく言えば間違っていない。私達のこの紫眼は相手の意思を操り、記憶をも改竄できる。
 キョウがおとぎ話と言ったのは、これは従属種にはない力だからだろう。吸血鬼はモロイしかいないと思っていたハンターが上位種の存在をしっかりと認知したのがここ百年の話だし、一般のハンターが上位種と出会う機会はない。
 〝何か不思議な力を使う者がいる〟と伝え聞いていても、実際に見たことのあるハンターはいるかどうかすら怪しい。いたとしてもごく少数のはずだから、血を飲むとか身体能力が高いとか、そういうのとはちょっと毛色の違うこの力を信じていなくたっておかしくない。

「知ってるくせに目を逸らさないの?」
「対策してるからな」
「対策?」

 そんなことできないけどなと思いながらキョウを見れば、彼は少し得意げな雰囲気を出しながら薄く笑った。

「アンタだって言ってただろ、ハンターはみんな目の色が黒すぎるって。俺達は上位種への対策として、活動中は常にサングラスと同じ効果のあるコンタクトを入れてるんだよ」
「あー、なるほど! そういうことね!」

 だからみんな目の色おかしかったのか。やっと納得、すっきりした。
 私は放置していた従属種の彼に「しばらく動かないでね」と告げると、瞳の色を元に戻してキョウの方へと向き直った。

「ご自慢の品っぽいところ悪いんだけど、正直それ全く意味ないよ」
「は?」

 キョウが黒い目をまんまると見開く。と言っても彼は割と切れ長の目だからそこまで大きくはならないのだけど、冷たい感じが緩和されるからこの表情は何度見ても幼くて可愛い。うん、可愛い。大事なことなので二回言う。なんだったらもう一回言ってもいいぞ。

「サングラスだってさ、蛍光灯と日光じゃ見た時に全然違うでしょ? そういうことだよ」
「信じられると思うか? 昔からずっとこれなんだぞ。形は変わってるだろうが効果があるからこうして続いてるに決まってるだろ」
「人間相手には基本出力弱めでやってるんだよ、これ。今まで防げてたのはその弱い力だけだと思うよ」

 だって人間はこの眼の力に対して抵抗力を全く持たないもの。それなのにわざわざ強い力を使う必要はないから、人間相手に使う時は原則省エネなんだ。あとあまり強くやりすぎると良くないっていう理由もある。
 キョウの言う昔がどれくらい昔かは分からないけれど、ここ数百年であれば人間を保護する動きがあるからきっと弱くやっているはずだ。それより前だと私にはちょっと分からないものの、それでも手軽さを考えたらわざわざ強めでやる必要はない。

 私の言葉を聞いたキョウは未だ信じられない様子だったけれど、確認するような表情で「なら……」と口を開いた。

「本気でやったら違うってことか?」
「うん、試す?」
「ッ嫌に決まってんだろ!」

 強く拒否するということは、きっとキョウは私の話を信じ始めているのだろう。そこまで拒否されちゃうと証拠を提示することができないものの、別にキョウに信じてもらえなくても何の問題もないのでどうでもいいや。

「まあ嘘だけどね。今って人間相手にそれやるの結構規制が厳しいんだ」
「ちゃんとルールがあるのか」

 あ、意外そうな顔。なんだかな、私結構キョウに対しては役人っぽいこと言ってるはずなんだけどな。

「あるに決まってんじゃん。私達吸血鬼は別に獣じゃないの、理性ある生き物なの。モロイだってそうだよ、正しくケアしてあげれば本来精神面は人間の頃と変わらない。この彼みたく理性がぶっ飛んじゃうのはそういう扱いをされるからだよ」
「……もしかしてこいつ、治るのか?」

 私の言葉にキョウが表情を曇らせる。この間別のモロイを捕まえた時も、彼が人間を襲わないようにしていたと知って少し複雑そうだった。あの時はまだ転化したばかりだからって納得できたかもしれないけれど、時間が経ったモロイでも人間と変わらないと断言されてしまえば色々と思うところがあるのだろう。

「どうだろうね、一度壊れちゃった心は治るか分からない。そのへんは人間と一緒だよ。理性を取り戻したとしても、それによって自分のしたことに向き合えば押しつぶされちゃう可能性もある。罪を犯していれば尚更ね。その状況にもよるけど、まだ理性のある頃にやってしまったことなら記憶を消すわけにはいかないから、本人が乗り越えるしかない。罪は償わなくちゃ」
「……人間みたいなこと言うんだな」
「どっちも社会的動物だしね。元が人間なんだから考え方やルールのベースになってて当然でしょ?」

 私の言葉にキョウが表情を和らげることはなかった。
 その理由は分からない。吸血鬼を敵とみなして生きてきた人間の気持ちを私は全く知らないから、何を考えているのか察することもできない。
 何も言ってこないところを見ると単純にまだ飲み込めていないだけなのかもしれないけれど、キョウはこじらせ気味だから変に考え込んじゃっている可能性もある。まあどっちでもいいんだけど、間違った方向に理解されちゃうと困るので少しだけ情報を付け足すことにした。

「でも忘れないで、キョウ。そのルールを守るのは私みたいな体制側だけ。ここで好き勝手やってる吸血鬼達にはそれを期待しちゃ駄目。人間を操ることも、その場合には弱い力でやらなきゃいけないってことも、そういう奴らは守らないって考えといて」

 そう、これは覚えていてもらわないと今後の彼の安全に関わるだろう。そんな私の意図が伝わったのか、ずっと黙っていたキョウはゆっくりと視線をこちらに向けた。

「見分けはつくのか?」
「普通にしてたらつかないよ。相手の顔を知ってれば別だけど」

 執行官であるかどうかなんて、吸血鬼の外見には何も影響しない。目立つ外見にしたり、気持ちを切り替えるためにしっかりとした服装にしたりする人もいるけれど、私みたいにパーカーにショートパンツっていう、動きやすさと可愛さ重視の人だっている。

「ならどうやって防げばいいんだよ。どうせ吸血鬼相手でもできるんだろ? お前達はどうやって避けてるんだ?」
「避けられない」
「は?」

 あ、また可愛い顔。でもそれはみるみるうちに険しい顔に変わっていく。その反応は当然だろう、操られてしまうのに防ぎようがないだなんて困っちゃうしね。
 でも事実なんだ。防げたらいいけれど、私達にだってあれを防ぐ手段はない。

「私達には転化した時点で決まる序列があってね、自分より上の吸血鬼には逆らえないの。まあそれって不自由だよねってことで、上の吸血鬼が逆らえない命令を出すのは原則禁止になってるんだけど」
「でもここにいる奴らはその禁止を守らないんだろ?」
「そう。で、私の序列もそこまで高くない。だから最悪私も操られる」
「なんでそんな奴が執行官なんてやってるんだ。お前じゃ不利なんだろ?」
「あのねぇ、そんなこと言ったら序列最上位の人しか執行官になれないでしょうが。そういう人は少ないの、人手が足りないの」

 そしてそういう人は大体千年以上平気で生きてるから、執行官みたくあちこち出かけずに高いところにどっしり座っている。というのは私の偏見だけど、序列最上位で執行官やっている人達はただの変わり者だ。

「なら操られたらどうする?」
「どうしようもない。だけど対策はしてる。私の命を守るものじゃないけどね」
「……それでいいのか?」
「いい、悪いの問題じゃないの。そういう生き物なの、吸血鬼って」

 私が言うと、キョウは少し難しい顔をした。でもそれはどこか安堵のようなものが含まれている気がして、私はその表情の意味を聞くことはできなかった。
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