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第三章 グッバイ、ハロー

【第十話 秘密】10-1 偉いと思うよ!

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 それから一週間は平和な日々が続いた。
 先日キョウと共に捕まえた上位種の男の取り調べも終わり、色々と分かったことがあると報告を受けている。が、詳細は教えてもらえていない。私も執行官なのになんだかなぁと思うけれど、ノストノクスというのは結構隠し事の多い組織だから諦めている。これでも前よりは透明性が高まってきたしね、今後に期待だ。

 ということで今は東京の話。やはり時々モロイは出没するし、この一週間でキョウとも一人捕まえたけれど、それ以外は目立った事件は起こっていなかった。
 とはいえキョウからはやっとハンター達もモロイが思っていた以上に増えていると自覚してくれたようだと聞いているので、それは一歩前進と言えると思っている。見廻りも強化されたようだから、もしかしたら今後はもっとモロイが発見されるかもしれない。

 キョウを殺そうとしていた人達も、彼自身に釘を刺されたらしく何もしてきていないらしい。キョウの話では彼らは上位種に罪をなすりつけようとしていたから、それがバレると色々と都合が悪いのだそうだ。
 自分達末端には吸血鬼との協定内容が伝わっていないのをいいことに、キョウは彼らの行いは協定違反だと言って脅したんだって。しかも私をダシに使ったのだそう。悪い奴だ。

 だけどまた狙われるかもしれないから私は怪我が治るまでうちにいたらどうだと提案したのだけれど、それは違うとキョウに断られてしまった。だから彼はあの日以来毎日ちゃんと自分の家に帰っている。のだけれども、今日は特別。

「――何往復させる気だよ!」
「文句を言う暇があるならさっさと動け。貴重な日差しがなくなるだろ」

 ふんぞり返る壱政様と、こき使われるキョウ。まだ怪我も治りきっていないから手伝ってあげたいけれど、こればかりは私にもどうしようもない。

『喜べ小僧、お前に俺への借りを返させてやる』

 壱政様に言われて屋敷に連れてきたキョウに、彼が言った言葉。それは以前、キョウが自分の両親の過去の行動を壱政様に調べてもらった時に保留となっていたお返しの話だった。
 この台詞を放った壱政様の周りには人一人が簡単に入れるくらいの大きな箱が二つあって、それの中身を知っている私は驚いているだけのキョウに同情した。
 だってこれから彼が行うのはとても神経を使う苦行だから。少しでも気を抜こうものなら投げられる。この場合はぶった斬られることはないけれど、思い切りスパーンっと投げられる。もしくは吊るされる。一体何かって?

 虫干しだ。

 対象は箱の中身全部。詰まっているのは古い本。百冊なんてものじゃない、数えるのも嫌になるくらいの本が、この箱の中には詰まっているのだ。

「つーかこんなの一気に持ってけばいいだろ!」
「古いせいで脆いんだ。適当に重ねたらそれだけで破れかねない」
「ならプロにやってもらった方がいいんじゃないのか」
「懇意にしている業者の人間が入院しているらしくてな。回復を待っていたらこの季節を逃してしまうから仕方がないだろう。ほら、こっちも持っていけ」
「クソッ!」

 ちなみに壱政様は箱から出した本の状態を確認してからキョウに渡しているので、不手際があればすぐにバレてしまう。
 日光に当たれない壱政様はこれ以上外に近い場所に行くことができないから、実際に干しに行くのはもっぱらキョウの仕事だ。量が少なければ雨戸をしたまま縁側に並べて、後で雨戸だけキョウに開閉してもらうという方法もある。でもいくらこの屋敷の縁側が長いからって流石に一つ一つ並べられるわけもないし、通常のものより長い庇のせいで短時間しか日光が当たらない。
 というわけでだだっ広い庭にスペースを作って、そこにキョウが本を置きに行っているのだ。私も昔人間だった頃にやったな。雑に扱うと後が怖いからハラハラしていたっけ。

 でも今の私は人間ではなく吸血鬼。もう長いことこの作業をやっていないのは私もまた日光に当たることができないから。
 だから私は壱政様の作業を手伝いながら、ちまちま何往復もさせられるキョウを応援することしかできなかった。


 § § §


 一通り本を並べ終わった後、部屋に戻ってきたキョウは疲れ切ったような顔で畳にどっかりと腰掛けていた。この様子では体力的なものよりも精神的に来たのだろう。
 だるそうに首をゆるりと動かして、恨めしそうに壱政様の方へと視線を向けた。

「そういやアンタ、俺にこんなことさせていいのかよ。見られたらまずい資料とかあったんじゃないのか?」
「俺の私物だ。見られて困るものなんてない」
「私物……!?」

 これは私物に神経使わされたのかって顔かな。分かるよ、分かる。でも私は壱政様の私物よりどこかの資料の方がまだいい。
 何せ彼のこのコレクションは数百年かけて集めたもの。当時はそれほど珍しくなくても、現代においてはどれもこれも一点物ばかりなのだ。

「あのねキョウ、普通に文化財レベルのやつもあるから片付けも気を付けた方がいいよ。私も昔お茶溢しちゃった時は三日くらい蔵で生活させられたもん。お化け出るかと思って凄く怖かった……」
「それくらいで済むなら――」
「お前と一葉が同じ罰だと思うなよ。当時のこいつは人間の子供だ、取れる責任も限られる。お前にも二度とミスを犯したくなくなるような罰を考えてやるよ」
「……そりゃどうも」

 ヒク、とキョウが顔を引き攣らせる。私も自分に向けられた言葉ではないのに、同じような表情で自分の顔が固まるのを感じた。
 だって壱政様、罰の選定理由が怖い。確かに反省を促すのなら二度と同じミスをしなくなるような罰は有りだ。有りだけど、流石に個人専用にカスタマイズしているとは思っていなかった。

 前述のとおり三日間蔵に一人取り残された私は、みんなこの罰を受けているんだろうと思って耐え切った部分もある。たとえその少し前に周りから怖い話をたくさん聞かされていようが、暗い場所の危険性を説かれていようが、それは単なる偶然だと思っていた。
 が、この口振りから考えるとそれは違う。多分その頃の私がお化けや闇を酷く怖がっていると知っていて、壱政様は人を蔵にぶち込んだのだ。お陰で蔵から出された幼い私はぐちゃぐちゃに泣きじゃくり、もう二度としませんと壱政様に謝りまくった。あの時は壱政様が救世主に見えたけれど、その正体はとんだ悪魔だったのだ。……まあ実際は吸血鬼なんだけど。

「――お茶が入ったよ」

 過去の嫌な真実に気付いてしまった私の意識を、レイフののほほんとした声が現実に引き戻した。彼の仕事は屋敷の管理だけだから私達のことなんて放っておいてもいいのに、いつだってレイフは来た人をもてなしてくれる。他の同じような場所ではこうはいかないから、一度そういう事務所的な建物の管理人を全員集めてレイフに教育してもらってはどうだろう。
 と思いながらレイフを見ようとした時、動かした視界の中に微妙な表情を浮かべるキョウが映った。珍しいその顔は過去に一度だけ見たことがある――壱政様の怒りからレイフが一人颯爽と逃れていった時だ。ってことは、これは『あの時は逃げやがったくせに』って顔かな。あらやだキョウってばそんなこと根に持ってるの? 子供だなぁ……。

「あと亀ノ家かめのやのおだんごもあるよ。壱政好きだろ?」
「ああ」

 私が考えている間に全員にお茶を配り終えていたらしいレイフは、その次におだんごをお皿に乗せて各人の前に置いていった。ちなみに亀ノ家というのは近くにある和菓子屋さんで、江戸時代から続く創業二百年の老舗だ。
 壱政様は昔からここのおだんごが好きらしく、このあたりに来た時に時間があればよく買っている。本当は私も壱政様を呼び出した時に用意しておきたかったのだけど、このお方は前日に買ったものだと嫌な顔をするんだ。しかもあまり数を作らないせいで昼過ぎには売り切れてしまうから、それより前に買いに行かないと手に入らない。というわけで日除けになる洋服を持って来ていなかった私は毎回諦めてきた。

「レイフはいつ買ってきたんです?」
「さっきね。午前中だったし、この季節は日除けに厚着していても怪しまれないから」

 ああ、彼の管理人としての働きは完璧だ。午前中のおだんごなら壱政様は文句を言わない。

「……吸血鬼でも普通に昼間外に出るのか」

 私達の会話を聞いていたキョウが信じられないとでも言いたげに顔を顰める。この間出れるよって言ったはずだけど、実際に見ていなかったからまともに受け取ってなかったのかな。

「準備してれば結構大丈夫だよ! ま、夏は流石に厳しいけどね。日光強すぎて照り返しとかもやばいもん。厚着もしんどいし」
「それでも虫干しは自分でてきたんじゃないのか?」

 キョウは私の言葉に一瞬だけ納得したような顔をしたけれど、すぐにさっきよりも眉間の皺を深くしながら壱政様に視線を移した。

「わざわざお前が俺に返せるものを用意してやったんだ」
「……気遣いどうも」

 キョウの顔がまたしても引き攣っているのは壱政様の俺様っぷりが分かってきたからかな。と思っていると、レイフが「危険が全くないわけじゃないんだよ」と口を開いた。

「虫干しはともかく、一般人に紛れ込めるような服装ってそこまで重装備になれないからさ。外に出れるって行っても油断はできなくて、そのせいでわざわざ中途半端に身体を守って昼間に出ようと思う人は少ないんだよ。僕はほら、ずっとこっちで暮らしてるから」

 レイフの穏やかな声に、キョウも「まァ……だろうけど……」と渋々引き下がる。多分まだ納得していないんだろうけれど、知り合ったばかりのレイフ相手じゃ言い返すに言い返せないのだろう。
 吸血鬼に対する盲目的な敵意は改めるって言ったばかりだし、先日の治療はレイフのお陰ということも知っているから尚更だ。ついでにキョウ自身は人見知りの天の邪鬼っぽいから、うまい対話方法も知らなそうだしね。なかなか残念な子だな、キョウ。

「ほらほら、そんなことよりキョンもお食べ! 一番動いたんだからいっぱい食べていいんだよ!」

 そんな残念なキョウを救ってあげるため、私は空気を変えるように声を上げた。このおだんごは美味しいしね、食べたらきっと全部忘れるだろう。

「あ、ああ……いただきます」
「キョウって意外とそういうのちゃんと言えるよね。偉いと思うよ!」
「アンタは俺を何だと思ってるんだ」
「最近大人の階段を駆け上っている若人?」
「……まだ引きずってるのかよ、それ」

 引きずるよ、だって事実だもの。この間までのキョウならこんなふうに私達と一緒におだんごを食べるなんてなかっただろうし、壱政様もわざわざ虫干しなんてキョウにやらせなかっただろう。
 そんなことを考えながら壱政様を見ると、彼はおだんごをかじりながらどことなく不機嫌そうな顔をしていた。なんだろ、おだんごが思っていた味じゃなかったのかな。私はいつもと同じだと思うんだけど、野生児だった私と違って壱政様は武家のお坊ちゃま育ちだから舌が肥えているのかもしれない。

 なんて思いながらもおだんごを堪能していると、襖の向こうからトストスと軽快な足音が聞こえてきた。この一定のリズムを刻む心地良い音の主は一人しかいない――頭の中にある人物の姿を思い浮かべた時、スパーンッと勢い良く襖が開いた。
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