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新菜いに/丹㑚仁戻

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最終章 転がり落ちていく先は

【第十四話 選択】14-1 アンタに何が分かる……!

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 子供の頃のことだった。珍しく両親が家にいる時に、見知らぬ男が尋ねてきたことがある。
 母さんは玄関先で応対していて、父さんは途中から話に加わっていた。俺はどういうわけかその男に近付くのが嫌で、母さんが玄関を開ける前から廊下の奥に隠れていた。

 だけど、彼らの話の内容は気になる。薄気味悪さを感じながらも、それを我慢して聞き耳を立てれば男の声が聞こえてきた。

『――それで…………から聞いて……』

 更によく聞くために、玄関からは見えないよう顔を出す。途切れ途切れだった声が明瞭になって、段々と言葉らしく繋がっていく。もっと、と近付くごとに音の連続だったそれはやがて単語を成し、複数の単語が組み合わさって文章になった。

『我々の中にも人間とは協調を選ぶべきだという意見を持つ者はいるんです。あなた方の意思の強さをお聞きしたい』

 当時の俺は小学生になったばかりだったから、声が全て聞き取れても結局話の内容はほとんど分からなかった。だけど不気味な雰囲気とは似合わない穏やかな声だと感じたことはよく覚えている。
 今にして思えば、相手は別に不気味さなど纏っていなかった。他の人間とは違う、真夜中の暗闇にも似た雰囲気が子供の俺には怖かっただけ。暗がりを怖がるほど子供だったから、男のそれを心底恐ろしく感じたのだ。

 ――あの、吸血鬼特有の気配が。

「お前……あの時の……!」

 一度理解してしまえば後は早かった。朧げだった記憶は鮮明に蘇り、バラバラだった情報がどんどん繋がっていく。

 あの時俺の家に来たのは目の前にいるレイフという男だ。この声も気配も、当時の記憶そのもの。
 記憶違いなんて疑えないほどの確信が俺の背中を押す。今確かめるべきだと、声を出すたびに走る身体中の痛みすら和らげてくれるかのようだった。

「あの時?」
「俺の家に来ただろ! もう十年以上だけど……父さんと母さんとうちの玄関で何か話してた……!」

 最初こそレイフは心当たりがないと言った様子だったが、付け足された情報に「……ああ!」と思い出したような表情を浮かべた。

「そういえば奥に子供が隠れてたかも。君、あの時の子なの? あの夫婦は探しても見つからなかったけど……もしかして捨てられちゃった?」
「なッ……!」

 まるで他人事のような物言いに不快感が湧き上がった。何故今の俺の言葉を肯定しておいてそんなことが言えるのか。俺の両親が消えたことにこの男は無関係とは言えないはずなのに、これっぽっちも後ろめたさを持っているようには見えない。

「あれ? 普通は捨てるよって言って捨てないのかな。でも君がここでハンターをやってるってことは置いてかれたのは間違いないんだよね?」
「好き勝手言いやがって……アンタに何が分かる!」
「分からないから聞いているんだよ。でも変な話だよね。あの時確かに二人はハンター上層部に狙われてたのに、息子の君がハンターをやってるって……――ああ、そうか! 君、周りに騙されてるんだ。君がいれば親は戻ってくるかもしれないから当たり前だよね。でもまだ彼らが見つかったとは聞いてないから……やっぱり捨てられたのかな?」
「ッてめェ!!」

 全身が熱くなった気がした。薄々感じていたことをはっきりと言われたからか、それとも相手の態度に抱いた嫌悪感のせいか、どちらなのか考える余裕すらない。
 さっき奴に殴られた腹は痛みと熱が強かったものの、それが霞んでしまうくらいの怒りが一瞬にして身体を包んでいた。隙を突くためにあらゆる動作に注意を払っていたのに、俺の右手が勝手に銃を取り出す。

 動きと同時に耳の奥で骨の軋む音がした。だけど刺すような痛みは遠いことのように感じて、立っているのもやっとだった脚にも力が入る。銃を右手に握り締め、気付いた時には床板を強く蹴り出していた。

「キョウ! 落ち着いて!」

 一葉の声には構っていられなかった。走り出すと共に銃を構え、距離を保ちながら何度も何度も引き金を引いてレイフに撃ち込む。

 だけど、当たらない。頭だろうが胴体だろうが、どこを狙っても最低限の動きだけで避けられてしまう。
 引き金を引くたびに衝撃で身体のどこかから悲鳴が上がるのが聞こえた。でも今はそんなこと気にしていられない。怒りに突き動かされているせいで冷静な思考は消え失せ、銃弾が当たらないならばと俺はレイフの眼前へと飛び出していた。

「ちょっと鬱陶しいかな」
「ッ――!?」

 右腕を掴まれる。かと思えばその手を強い力で叩かれて、銃の感触がどこかへ消えた。
 落としたんだ――理解すると同時に落下途中の銃を目で追おうとした時、掴まれた右腕に有り得ないほどの力がかかって俺の身体は宙を舞った。

 腕から嫌な音がした。それに気付いた瞬間背中が何かに打ち付けられ、鼓膜を突き破るような破壊音が頭の中を真っ白にする。
 だけどまだ、俺の身体は浮いたまま。着地したのは全身を強い衝撃に襲われた後。

「――…………?」

 頭の中に靄がかかったかのようだった。
 水の跳ねる音がする。地面に接した背中が急激に温度を下げていく。顔に何度も当たる雫が、ここが外だと俺に教える。

「キョウ!」

 一葉の声が遠い。何か返そうにも息がうまく吸えない。ひゅー、ひゅー……という空気が漏れるような音が自分の呼吸音だと分かったのは、雨に打たれて意識を繋ぎ止められたから。
 だけどそれも長くは持たなかった。まともにできない呼吸はあっという間に俺の脳から思考を奪っていく。くらんでいく視界と共に、自分の呼吸音すら聞こえなくなっていく。

 雨の感触も、もう感じない。

「――情けない」

 冷たい声に反論したくても、相手を睨むことすらできなかった。
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