次の派遣先は"知らない世界"でした

turugi

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量は質を凌駕する

算数は学問の基本です

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 ザマ領

 王都から約500km、第二の都市と呼ばれる公爵領から約200kmの場所に位置する歪な蝶の形をした領地である。東側に沿って伸びる崖と西側に流れる大河。南北の山を境にした地方領である。領内の東半分には山林台地が広がり、西半分は広大な平地が広がっている。

 自然豊かなザマ領は王国内でも指折りの難治の領である。「水源豊かなけれど畑なし」と老若男女が共通認識を持つほど土地を耕すことに向いていない。東部は鍬を数回入れれば石や岩がゴロゴロと出てくる。では鉱脈があるのかというとそうでもない。西部の平原はこれまた一癖ある。

 過去、このザマ領は隣国との最前線であった。この辺りは平原が少なく、自然と戦場はザマ領内にある平地が選ばれた。数年間続いていた戦場としての平原は血にまみれ、踏み固められ、植物の姿はなくなり、今では砂地のように枯れた土地だけが残っている。土壌改善の取り組みは行っているが、ようやく放牧ができる程度の雑草が生えてきたくらいで、食物を育てるには向かない地である。

 ザマ領での一般的な食事と言えば、芋と豆、少しの粟とあれば山の恵みを頂く程度が常識である。やりたくても食物の生産が出来ないザマ領では王国内でも珍しい正式な統治貴族のない領地であり、先日に一代限りの爵位である準男爵が授けられたバタール=バロネット=ザマが臨時的に治めている。


 そんな中でのエコノリハ地。
 ザマ領の東北部に構えるこの地は山岳地帯である。ザマ領内に流れる最大河川の水源のある地と言えば聞こえはいいが、山肌から湧き出ているため領内でも辺鄙な場所に川は流れている。水源はあるが決して水を十分には使えない。何とも我慢が続く地である。

 水源があるのであれば掘り井戸を作ろうとしたことが何度もあるが、岩盤に阻まれ、泣く泣く辺鄙な地まで水を汲みに行く生活を続けていた。



「わからない」


 エイトは独り言ちる。
 『時空間体験システム』の誤作動?から幾日か経った今でさえもシステムの終了をする兆しが見えないのである。そして自分で創ったシステムであるが、想定の数倍の不自然のなさ。本来、人が意図的に作り出す映像や物体は「不気味の谷」と呼ばれる超えられない壁が存在する。

 少しの違和感であったり、本能的な恐怖を感じるものであるが、今現在、自分の感情で引っかかるところはない。そして何よりエイトとしての生を受け入れてしまっている自分がいる。これが人工的に創られた脳波なのか?それとも実際に起きていることなのか?それさえも判別できなくなっていることに恐怖を感じている。そもそも自分がこの”知らない世界”についてのデータを作成した記憶がないことが最も不安を煽っている。



 ゴーンゴーンと起床の鐘がなる。
 おおよそ朝7時くらいだろうか。今までの習慣か6時ころには目が覚めてしまうので、毎朝現在の状況を考察している。


 「体感時間と実時間のズレが原因か、はたまたシステムのエラーか」


 『時空間体験システム』の設定では人口脳波が身体に影響を及ぼすのを防ぐため、最長起動時間を12時間に設定していた。健康状況に左右することゆえに、ここのテストは十二分に終わっているので間違いはない。しかし、明らかに体験時間が12時間を超えた。楽観的に12時間経てば、この現象が終わると思いながら各種検証をしていた先日までの感情が焦りに替わってきている。


 「エイト。 テン様がお呼びだ」

 「すぐに参ります!」


 離れから本殿に向かう。距離にして数mの道だが小走りできることに幸福感を感じる。55歳を超えてから膝をかばいながら歩くのが癖になり、走ることなどは出来ないものと考えていたのだから。本殿に入った後も旦那様の執務室の部屋の隣にある小部屋まで小走りで向かった。


 「テン様 エイトです。 お呼びとのことで参りました」


 「はよ入れ!」


 無精髭を立派に生やした賊。
 いや、エコノリハ家の従士長であるテンから入室の許可が下りた。
 ドアを開けると髭に寝癖のついたテンが机に向かって座っていた。


 「おめえ数字が得意だって?」


 「高等数学でなければ修めております」


 このシステムの世界は文化の発展がチグハグである。当初はタイムスリップ物であるのかと想定をしていたが、よく見るとそうではない。兵士と思われる武具にはしっかりと冶金した鉄が使われていると思えば、服は粗末な麻織の上下。そして教育レベルは限りなく低い。読み書きできれば優秀。足し引き算が出来れば食うには困らず、掛け割り算などできた日には天才とされるレベルである。その他、農業商業工業なども見てみたが何とも文化レベルを捉えにくい。まるで中学生が落書き帖に書いたファンタジー小説の設定のような不思議さがある。

 「高等数学なんぞ使う機会なんてねえから大丈夫だ。 ちっとこの数字が合ってるか見てくんねえか」


 この数字とはエコノリハ地の年間収支である。当然のように複式簿記の文化はない。ボコボコした植物性と思われる紙に雑に記録されているメモを一枚ずつ足し引きをしていき、黒字赤字を判明させるものである。


 「拝見いたします」


 数百枚のメモと同じだけの計算をしていくのは手間だが、なんてことはない。数字の桁で言えばほとんどが1桁2桁なのだから。強いていうのであれば現代通貨のように数字と通貨名での計算ではなく、金貨、銀貨、銅貨とそれぞれで勘定しなければならないのが難しさだろうか。数分間の間で全ての計算が終わった。


 「間違っていました。 銀貨6枚と銅貨42枚の黒字ですね」

 「それは不味いな。 金庫に銀貨が3枚足んねえ」


 計算ができないことによるデメリットは大きい。日本では当たり前にできる会計ができないのであるから、しばしば金勘定が合わなくなることがある。どこかの誰かにボッタクられていても気が付かなければ適正金額になってしまうのが当たり前の世界。知識が強い武器になり、知識を持たないものは食い物にされる世界である。


 「エイト 助かった。 見落とした紙がねえか見てくるわ。 これで何かうまいもんでも食ってこい」

 「ありがとうございます」


 テンは徐に革袋から銅貨を1枚放りだした。銅貨1枚あれば簡単な食事を食べることが出来る。こんな些細な会話もまた懐かしく楽しい。自分が上に立っていたころは、小遣いを渡す側だったのだから。そういえば定年間近には若手に壁を作られてしまっていて、こんなコミュニケーションを取れていなかったなと自責しながら部屋を後にした。
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