次の派遣先は"知らない世界"でした

turugi

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量は質を凌駕する

高い音は耳に響き、低い音は腹に響く

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 宛もなく、館のある村を歩く。喫茶店や公園があるわけでもなければ、吹かす煙草を持っているわけではない。ただ何となく行きたい方向に向かって歩いている。館がある村は〈本村〉と呼ばれるエコノリハ地で最も大きい村である。
 全64世帯326人が暮らしている。他の村にはない商店、宿屋兼食堂、野鍛冶屋があるが、今までの日本での暮らしを経験した者としては寂しさを隠せない。如何に裕福な生活をしており、恵まれていたかを認識できるのは、当たり前が当たり前でなくなった時なのであろう。

 エンジニアの ”さが” だろうか。今日も気が付けば野鍛冶の鍛冶場で歩みを留めていた。


 「坊主。また来やがったのかい」


 「ここが好きでして。 また見せていただいても良いでしょうか?」


 鹿の革を前掛けにした線の細い若い男が話しかけてきてくれたのを良いことに、仕事場を見たいと訴えかけた。製品の出来上がる過程はどんな物でも神秘的であり抗えない魅力があるのである。


 「見てて面白いもんだとは思えないけどな。 俺も長男でなけりゃ地主様の館で勤めたかったぜ 今からでも親父に頼んで俺と交代してくれるように言っとくか」


 カカカと軽く笑いながら男は作業場に入るようにエイトに向かって手招きをする。作業場の周りには修理依頼を受けているであろう鍬の刃や草刈り用の鎌、無造作に置かれたナイフが数本転がっていた。


 「今日は何をされるのでしょう?」

 「いつも通りだよ。 刃物類は砥石で研ぐ。今日はそんな量がないからすぐ終わっちまうだろう。 時間があれば屑鉄を溶かして鏃でも作ろうと思うが、おめえさんこの後はどんくらい時間あんだ?」

 「この後は何もないです。旦那様は他村に行かれていますし、従士長は探し物をされてますので、緊急なことが起きない限りは暇をもらえます」

 「よっしゃ! じゃあ鏃作りを手伝っていけ! 火の調整しながら鉄を見るのは一人だと難しいんでな」

 「是非ともさせていただきたいですが、火加減は秘伝では? 親父さんが知ったら怒りませんか?」

 「俺も歳だから隠居する。あとはアーペンに任せたって言ったんだから任されてやるんだよ。 あと、エイトは鉄の溶かし方知ってるだろ? そもそも商人の出の癖になんでこんなこと知ってんだ?」


 まだ出会って数回ではあるが、アーペンという若者とは馬が合った。嫌々言ってはいるが、鍛冶が好きなのが伝わってきた。鍛冶を見たいと10歳の少年が言ってきて事前に予習をしてきたらしいとくれば、嫌な気はしないだろう。


 「これが反射炉ですよね? 炉床はここで合っていますか?」

 「そんなこと良く知ってんな。 ああ。合ってる。デカい鉄くずを火室側にずらしておいてくれ。その方がムラなく溶けてくれる」


 アーペンの教え方は親切丁寧である。きっと弟子をとればそれぞれが一人前になるまでしっかりと教えることが出来るだろう。現代日本でも希少な人材である。


 「燃料は何でしょうか? 竹炭が良いのでしょうが、この辺では割高ですけど……」

 「炭なんか使わねえよ。 時間がかかって仕方ねえ。 その年じゃ見たことねえかもしれないが、この魔石を使ってやるんだ」


 アーペンの手元でキラリと光る玉から目が離せない。無色透明のその玉は綺麗な球体をしていた。自然界で出来るものではないと断言できる完全な球体。そして炭の代用となるこの魔石という名の玉がエンジニアとしての知的好奇心を揺さぶった。


 「勉強不足で申し訳ないのですが、魔石とは何ですか?」

 「ほんとに10歳かよ。 知らないことの方が多いもんだ。 知らねえもんは何でも教えてやるから聞いてこい。 魔石ってのは簡単に言うと燃料だな。 こいつを燃やすことで熱を出す。 ただし驚くほど熱くなるんで煮炊きでは使えねえ、鍋が真っ赤になって中身が干からびちまう」

 「原料は何でできてるんでしょう?」

 「原料? そんなの知らねえよ。 魔石って名前で昔から売ってるからな。中央に行った時に聞いたのは魔力?だかの塊って言ってたような…… 気になるなら地主様に聞いてみれば知ってんじゃねえか?」

 「そうですか……」


 分からない物質。しかも新エネルギー源として定着している物の出現に興奮と驚きを隠せない。特に思考の時間を待ってもらうこともできずアーペンは火室に魔石を一粒投げ入れた。

 ボン!と音としては高いが腹に響く音を立てた後、周辺の温度が一気に上昇した。熔解した鉄がトロトロと流れ、鏃の砂型に流し込むアーペンの手先を呆然と見ながら時間だけが経過していった。
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