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量は質を凌駕する
プロジェクトは成功?失敗?
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≪SYSTEM MESSAGE.. TRIP FOR___error__e;e/..≫
生暖かい風が頬を撫でる。ジメジメとした湿度を感じるが不快感はない。乾燥しきっていた自分の肌が不思議なくらい瑞々しく、常に感じていた肌の突っ張りを感じなくなっていた。朧げで曇り掛かった視界の焦点が徐々に合ってきた。
「成功したのか…?」
最近は仕事として既にあるプロジェクトを熟すのがメインだった自分が、余生を注ぎ込んで『本当に創りたいもの』を五年の歳月のほとんどを費やして創り上げた製品。
時空間体験システム
エンジニアの醍醐味である『無から有を生み出す』を最後にもう一度体験したかった。このシステムを作るにあたって14件の特許も取れた。社会人だった40年間の間に取得した総数を上回ったのは皮肉である。
さて、この時空間体験システムはVRゲームシステムのその先にある。脳信号に直接五感を感じさせ、事前に登録してあるデータをリアルとして感じることが出来るシステムである。登録データ量が莫大になることが欠点だが、1度登録すればいつでもどこにでも“行ったような気がする“ことを体験できる。まさに旅行革命である。
あくまでデータのため人との会話などは実装できていない。今後AIを組み込むことで会話をさせるデータの作成を検討しているが、AIの分野は恥ずかしながら専門外だ。今回の技術も専門外であるのは間違いないのだが。
「おい!エイト! なにボケっと突っ立ってるんだ!小便が終わったなら早く戻ってこい!」
頭がフリーズした。
今までもこんなことは稀にあった。自分の想定を遥かに超える成果を知らぬ間に出してしまった時である。恐らく、不足していたと感じていたAIの機能を脳が情報の補完するために過去の記憶から最適な状況を“あたかも夢のよう”に感じさせているのだろう。現実でも白昼夢という現象は多々報告されている。
一刻の感動を噛みしめていると頭に鈍痛が走った。
「おい!聞いてんのか! サボってんじゃねえよ!」
大男の拳が脳天に振り下ろされた。つい先ほど焦点の合った視界が徐々にボヤケていくのを感じながら、私の意識は遠のいていった。
◇◇◇
「旦那様、申し訳ございやせん。ちっと躾のつもりでぶん殴ったら飛んじまいやして…薬師に見せたら頭揺れというので、安静にしていたら治るとのことでした。」
「まったく、お前のすぐに手を出す癖も薬師に見てもらえ。直し方が分かったなら、それに専念しても良い」
「そんな、ひでえこと言わねえでくだせえ。俺の取り柄の一つなんですから」
「最近来たばかりの丁稚を早々に使いものにならなくした結果を見れば不要な取り柄だな。戦時であれば取り柄になるやもしれんが当面はその取り柄を使わんようにしておけ」
「努力はしておきやす」
旦那と呼ばれる壮年の男と無精ひげを携えた賊のような見た目の大男の仲良さげな会話が部屋から漏れてきていた。そんな部屋のドアの前で私の頭の中はパニックが続いている。
「旦那様、カンドです。エイトが目を覚ましましたので連れてまいりました。」
「入りなさい。」
カンドと名乗る小綺麗な服を着た若い男に連れられ、私は声の漏れ続ける部屋に通された。
「テンに殴られた頭の痛みは引いたか?初日から災難だったな。」
「エイト悪かったな。そんな簡単に飛んじまうとは思わなくてよ。」
「はい。大丈夫です。こちらこそ仕事を全うできず申し訳ありませんでした。」
『時空間体験システム』の製作は失敗だったのだろう。見方によれば大成功なのかもしれない。
上手い表現ができないが、先ほど目を覚ました時に知らない記憶が自分の中に流れ込んできていた。前に見たことがあるけど、何だったか覚えていないような不思議な感じだった。
私の名前はエイト。この地で商家の次男に生まれ十歳を節目に豪族のエコノリハ家に丁稚に出された。実際にこの地で過ごした10年分の記憶はある。そして神城修としての70年分の記憶もあるのだ。共存してはならない2つの記憶を持つこの奇妙さが何とも気持ち悪い。
「挨拶が遅れたが、私が当家の家主をしているオウト=ナイト=エコノリハである。そなたの名は何ぞ」
「屋号ソロバを商うソロバの子。名をエイトと申します。本日より丁稚としてお館様にご指導をいただきたく存じます」
数か月この文言を空で言えるように特訓された言葉を淀みなく言う。ここにいる全員がそれぞれの身元を分かっていながらも形式として名を確認し、要件を確認して初めて身元の確認ができるのだ。
「ふむ。ソロバとな。その者の商いは何をしているのだ。」
「はい。ソロバは行商を行っております。エコノリハ地を始めとする東西四方のバタール領全域において馬車3台を牽いております」
「相分かった。そなたエイトを本日付けてエコノリハの丁稚をすることを許す。良き働きを心得よ」
「ありがたき幸せ」
オウト=エコノリハはエコノリハ地を治める豪族の主である。
ソロバ家が何をしているのか既に知っている。丁稚とは豪族に奉仕する最下級の役職であるが、情報伝達役という上役にも正確な情報伝達をする一面も持つ。小間使いという言い方もあるが。そのためオウトはエイトに向けて自身の出家が何をしているかの情報伝達をさせたのである。
しばしの間をあけてオウト=エコノリハは徐に椅子に掛けてある装飾剣を抜き、エイトの前に歩み寄り、エイトの頭上に剣を突き立てた。
「今よりエコノリハ地の地神の代理人として宣言する。汝、エイトをエコノリハに仕えることを許し、エイト=エコと名乗ることを許す。」
晴れてエコノリハの丁稚として認められた瞬間だった。本来のエイトの記憶だけであれば心躍る瞬間に間違いはないのだが、齢70を超える記憶に邪魔をされ何とも心の晴れないイベントになったのだった。
生暖かい風が頬を撫でる。ジメジメとした湿度を感じるが不快感はない。乾燥しきっていた自分の肌が不思議なくらい瑞々しく、常に感じていた肌の突っ張りを感じなくなっていた。朧げで曇り掛かった視界の焦点が徐々に合ってきた。
「成功したのか…?」
最近は仕事として既にあるプロジェクトを熟すのがメインだった自分が、余生を注ぎ込んで『本当に創りたいもの』を五年の歳月のほとんどを費やして創り上げた製品。
時空間体験システム
エンジニアの醍醐味である『無から有を生み出す』を最後にもう一度体験したかった。このシステムを作るにあたって14件の特許も取れた。社会人だった40年間の間に取得した総数を上回ったのは皮肉である。
さて、この時空間体験システムはVRゲームシステムのその先にある。脳信号に直接五感を感じさせ、事前に登録してあるデータをリアルとして感じることが出来るシステムである。登録データ量が莫大になることが欠点だが、1度登録すればいつでもどこにでも“行ったような気がする“ことを体験できる。まさに旅行革命である。
あくまでデータのため人との会話などは実装できていない。今後AIを組み込むことで会話をさせるデータの作成を検討しているが、AIの分野は恥ずかしながら専門外だ。今回の技術も専門外であるのは間違いないのだが。
「おい!エイト! なにボケっと突っ立ってるんだ!小便が終わったなら早く戻ってこい!」
頭がフリーズした。
今までもこんなことは稀にあった。自分の想定を遥かに超える成果を知らぬ間に出してしまった時である。恐らく、不足していたと感じていたAIの機能を脳が情報の補完するために過去の記憶から最適な状況を“あたかも夢のよう”に感じさせているのだろう。現実でも白昼夢という現象は多々報告されている。
一刻の感動を噛みしめていると頭に鈍痛が走った。
「おい!聞いてんのか! サボってんじゃねえよ!」
大男の拳が脳天に振り下ろされた。つい先ほど焦点の合った視界が徐々にボヤケていくのを感じながら、私の意識は遠のいていった。
◇◇◇
「旦那様、申し訳ございやせん。ちっと躾のつもりでぶん殴ったら飛んじまいやして…薬師に見せたら頭揺れというので、安静にしていたら治るとのことでした。」
「まったく、お前のすぐに手を出す癖も薬師に見てもらえ。直し方が分かったなら、それに専念しても良い」
「そんな、ひでえこと言わねえでくだせえ。俺の取り柄の一つなんですから」
「最近来たばかりの丁稚を早々に使いものにならなくした結果を見れば不要な取り柄だな。戦時であれば取り柄になるやもしれんが当面はその取り柄を使わんようにしておけ」
「努力はしておきやす」
旦那と呼ばれる壮年の男と無精ひげを携えた賊のような見た目の大男の仲良さげな会話が部屋から漏れてきていた。そんな部屋のドアの前で私の頭の中はパニックが続いている。
「旦那様、カンドです。エイトが目を覚ましましたので連れてまいりました。」
「入りなさい。」
カンドと名乗る小綺麗な服を着た若い男に連れられ、私は声の漏れ続ける部屋に通された。
「テンに殴られた頭の痛みは引いたか?初日から災難だったな。」
「エイト悪かったな。そんな簡単に飛んじまうとは思わなくてよ。」
「はい。大丈夫です。こちらこそ仕事を全うできず申し訳ありませんでした。」
『時空間体験システム』の製作は失敗だったのだろう。見方によれば大成功なのかもしれない。
上手い表現ができないが、先ほど目を覚ました時に知らない記憶が自分の中に流れ込んできていた。前に見たことがあるけど、何だったか覚えていないような不思議な感じだった。
私の名前はエイト。この地で商家の次男に生まれ十歳を節目に豪族のエコノリハ家に丁稚に出された。実際にこの地で過ごした10年分の記憶はある。そして神城修としての70年分の記憶もあるのだ。共存してはならない2つの記憶を持つこの奇妙さが何とも気持ち悪い。
「挨拶が遅れたが、私が当家の家主をしているオウト=ナイト=エコノリハである。そなたの名は何ぞ」
「屋号ソロバを商うソロバの子。名をエイトと申します。本日より丁稚としてお館様にご指導をいただきたく存じます」
数か月この文言を空で言えるように特訓された言葉を淀みなく言う。ここにいる全員がそれぞれの身元を分かっていながらも形式として名を確認し、要件を確認して初めて身元の確認ができるのだ。
「ふむ。ソロバとな。その者の商いは何をしているのだ。」
「はい。ソロバは行商を行っております。エコノリハ地を始めとする東西四方のバタール領全域において馬車3台を牽いております」
「相分かった。そなたエイトを本日付けてエコノリハの丁稚をすることを許す。良き働きを心得よ」
「ありがたき幸せ」
オウト=エコノリハはエコノリハ地を治める豪族の主である。
ソロバ家が何をしているのか既に知っている。丁稚とは豪族に奉仕する最下級の役職であるが、情報伝達役という上役にも正確な情報伝達をする一面も持つ。小間使いという言い方もあるが。そのためオウトはエイトに向けて自身の出家が何をしているかの情報伝達をさせたのである。
しばしの間をあけてオウト=エコノリハは徐に椅子に掛けてある装飾剣を抜き、エイトの前に歩み寄り、エイトの頭上に剣を突き立てた。
「今よりエコノリハ地の地神の代理人として宣言する。汝、エイトをエコノリハに仕えることを許し、エイト=エコと名乗ることを許す。」
晴れてエコノリハの丁稚として認められた瞬間だった。本来のエイトの記憶だけであれば心躍る瞬間に間違いはないのだが、齢70を超える記憶に邪魔をされ何とも心の晴れないイベントになったのだった。
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