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第一章 森のほとり
1 不幸の始まり
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1 不幸の始まり
「父さん」
空っぽの棺桶の前に一人残されて初めて、僕は泣いた。
父さんが、遠い東の海で死んだらしい。東の国から帰る途中、船と一緒に海の底に沈んでしまった。
幼いころに母を亡くした僕を、男手ひとつで可愛がってくれた。羽振りのいい貿易商だった。僕も、何不自由なく幸せだった。父さんの傍らに黒い花嫁、ザクロさんが来るまでは……。
カリスマ美容師という評判で、父さんのお抱え衣装係となったザクロさんは、いつのまにやら父と婚約。
父さん、悪い催眠でも掛けられたんじゃないかな。だってどう見ても彼女、いや彼はおっさ……。うぐぐ。
屋敷の皆にはおかしな呪いが掛けられていて、これ以上はどうしても口にできないようになっている。僕もそう。ザクロはおっss……うぐぐ、ほらね。
ザクロさんには連れ子がいた。ホクト君。ザクロさんとは似ても似つかぬ美青年。ちょっとおつむは弱いけど、単純で気のいい奴。
ザクロさんは、このホクトくんをめちゃくちゃ可愛がっていたけど、義理の息子である僕のことはお嫌いだった。
僕の言うことなすこと全てが、ザクロさんを苛立たせてしまうんだ。
ザクロさんは父さんに、始終僕の悪口を吹きこんでいた。
父さんにはザクロさんが影のように寄り添ってた。やけに忙しそうで、僕との会話はほとんどなかった。
ある日父さんは東の海に出かけて、そのまま帰らぬ人となった。きっと僕のことを、悪い子だって信じたまま。
ザクロさんは、我がもの顔で父さんの残した屋敷を取り仕切るようになった。
僕は屋根裏部屋に追いやられ、灰にまみれてこき使われている。
たくさんあったはずの財産も、ザクロさんの毎日の浪費で、最近はかなり減ってるみたい。召使い達は大半がお暇を出され、代わりに無償で働く僕は、ほとんど寝る暇もない。
**********
そんなある日。
突然、僕はザクロさんから破茶滅茶なお使いを言い渡された。
「さあさあ、今すぐシブヤの聖地イチマルキウに行くんだよ!本物のスケスケショウブシタギをとってきておくれ!」
なにを言っているのか分からなかった。
ザクロさんの命令は基本一回しか口にされない。質問をするだけで怒るんだ。そのぐらい察しろうすのろバカ!って言われる。かと言って実行せずに放置してると、後でその百倍怒られる。
僕は、おそるおそる、そのスケスケなんたらとは何かを尋ねた。
「あなたって本当に野暮! レディにそんなこと説明させないでちょうだい」
なるほどそれは、れでぃ……には口にできないようなものなのか。僕はごくりと唾を飲む。またザクロさんのむちゃぶりが始まった。
「何をしてるの。グズなんだから! さあ早く、行った行った! それが出来るまで食事は抜きだよ」
僕はとりあえず、出かけるフリをした。
ザクロさんのむちゃぶりは、今に始まったことでもない。諦めずによーく考えてると意味がわかる時もある。それにかけよう。だめなら鞭の折檻が待ってる。考えろ、考えろ。
外は一面の雪。川まで降りて行き、ツルハシで氷を割って、水を汲む。
スケスケ……何て言ったかな。スケスケ……。呪文みたいな名前だったな。植物だろうか。薬草だろうか。そんなもの、突然とりに行けと言われたって分からない。
馬小屋と鶏小屋を掃除しながら考える。調理場の手伝いでジャガイモの皮を剥いている時、ようやく名前が思い出せた。スケスケショウブシタギ、だ。
「ねえ、イチマルキウってどこにあるの?」
さあと首をすくめた料理番のマフに変わって、メイドのメアリが答えた。
「氷の森を抜けた先ですよ、坊っちゃん」
ふうんと僕は頷く。森の向こう、皇太子様の所領地か。あの恐ろしい森を抜けるなんて到底無理だ。迂回して行くとして、往復何日かかるだろう。
「スケスケショウブシタギってそこにしか生えてないの?」
僕の質問に、マフが吹いた。
「坊っちゃん、一体なんの話で?」
僕が事情を説明する。マフとメアリは顔を見合わせた。
「気になさいますな、坊っちゃん。流石のザクロ様も、本気のご命令ではないでしょうよ」
「そうですよ。また暇つぶしの意地悪に決まってます!」
そう言いながら、二人は僕にスケスケショウブシタギなるものの意味を教えてくれた。それは菖蒲でも低木でも薬草でもなかった。とってこいと言われた気がしたが、それは決して人様からとってはならず、買うべきものだった。
僕は驚いた。何が悲しくて義母、もといおっさ……mのためにすけすけパンツを買いに行かねばならないの。
第一、こんな僕みたいな煤だらけの男が、出かけて行けるはずない。イチマルキウとは貴族のお嬢様御用達の、一流衣料品店のことらしい。僕がのこのこ出かけて行って、スケスケシタギを下さいなんて言ったら、すぐにつまみ出されてしまうだろう。こっそり盗んでこいとでも言うのだろうか。
僕には出来るはずのない、無茶苦茶なお使いだった。どうやらマフの言う通り、本気の命令ではなかったんだろう。と、僕は思った。
「父さん」
空っぽの棺桶の前に一人残されて初めて、僕は泣いた。
父さんが、遠い東の海で死んだらしい。東の国から帰る途中、船と一緒に海の底に沈んでしまった。
幼いころに母を亡くした僕を、男手ひとつで可愛がってくれた。羽振りのいい貿易商だった。僕も、何不自由なく幸せだった。父さんの傍らに黒い花嫁、ザクロさんが来るまでは……。
カリスマ美容師という評判で、父さんのお抱え衣装係となったザクロさんは、いつのまにやら父と婚約。
父さん、悪い催眠でも掛けられたんじゃないかな。だってどう見ても彼女、いや彼はおっさ……。うぐぐ。
屋敷の皆にはおかしな呪いが掛けられていて、これ以上はどうしても口にできないようになっている。僕もそう。ザクロはおっss……うぐぐ、ほらね。
ザクロさんには連れ子がいた。ホクト君。ザクロさんとは似ても似つかぬ美青年。ちょっとおつむは弱いけど、単純で気のいい奴。
ザクロさんは、このホクトくんをめちゃくちゃ可愛がっていたけど、義理の息子である僕のことはお嫌いだった。
僕の言うことなすこと全てが、ザクロさんを苛立たせてしまうんだ。
ザクロさんは父さんに、始終僕の悪口を吹きこんでいた。
父さんにはザクロさんが影のように寄り添ってた。やけに忙しそうで、僕との会話はほとんどなかった。
ある日父さんは東の海に出かけて、そのまま帰らぬ人となった。きっと僕のことを、悪い子だって信じたまま。
ザクロさんは、我がもの顔で父さんの残した屋敷を取り仕切るようになった。
僕は屋根裏部屋に追いやられ、灰にまみれてこき使われている。
たくさんあったはずの財産も、ザクロさんの毎日の浪費で、最近はかなり減ってるみたい。召使い達は大半がお暇を出され、代わりに無償で働く僕は、ほとんど寝る暇もない。
**********
そんなある日。
突然、僕はザクロさんから破茶滅茶なお使いを言い渡された。
「さあさあ、今すぐシブヤの聖地イチマルキウに行くんだよ!本物のスケスケショウブシタギをとってきておくれ!」
なにを言っているのか分からなかった。
ザクロさんの命令は基本一回しか口にされない。質問をするだけで怒るんだ。そのぐらい察しろうすのろバカ!って言われる。かと言って実行せずに放置してると、後でその百倍怒られる。
僕は、おそるおそる、そのスケスケなんたらとは何かを尋ねた。
「あなたって本当に野暮! レディにそんなこと説明させないでちょうだい」
なるほどそれは、れでぃ……には口にできないようなものなのか。僕はごくりと唾を飲む。またザクロさんのむちゃぶりが始まった。
「何をしてるの。グズなんだから! さあ早く、行った行った! それが出来るまで食事は抜きだよ」
僕はとりあえず、出かけるフリをした。
ザクロさんのむちゃぶりは、今に始まったことでもない。諦めずによーく考えてると意味がわかる時もある。それにかけよう。だめなら鞭の折檻が待ってる。考えろ、考えろ。
外は一面の雪。川まで降りて行き、ツルハシで氷を割って、水を汲む。
スケスケ……何て言ったかな。スケスケ……。呪文みたいな名前だったな。植物だろうか。薬草だろうか。そんなもの、突然とりに行けと言われたって分からない。
馬小屋と鶏小屋を掃除しながら考える。調理場の手伝いでジャガイモの皮を剥いている時、ようやく名前が思い出せた。スケスケショウブシタギ、だ。
「ねえ、イチマルキウってどこにあるの?」
さあと首をすくめた料理番のマフに変わって、メイドのメアリが答えた。
「氷の森を抜けた先ですよ、坊っちゃん」
ふうんと僕は頷く。森の向こう、皇太子様の所領地か。あの恐ろしい森を抜けるなんて到底無理だ。迂回して行くとして、往復何日かかるだろう。
「スケスケショウブシタギってそこにしか生えてないの?」
僕の質問に、マフが吹いた。
「坊っちゃん、一体なんの話で?」
僕が事情を説明する。マフとメアリは顔を見合わせた。
「気になさいますな、坊っちゃん。流石のザクロ様も、本気のご命令ではないでしょうよ」
「そうですよ。また暇つぶしの意地悪に決まってます!」
そう言いながら、二人は僕にスケスケショウブシタギなるものの意味を教えてくれた。それは菖蒲でも低木でも薬草でもなかった。とってこいと言われた気がしたが、それは決して人様からとってはならず、買うべきものだった。
僕は驚いた。何が悲しくて義母、もといおっさ……mのためにすけすけパンツを買いに行かねばならないの。
第一、こんな僕みたいな煤だらけの男が、出かけて行けるはずない。イチマルキウとは貴族のお嬢様御用達の、一流衣料品店のことらしい。僕がのこのこ出かけて行って、スケスケシタギを下さいなんて言ったら、すぐにつまみ出されてしまうだろう。こっそり盗んでこいとでも言うのだろうか。
僕には出来るはずのない、無茶苦茶なお使いだった。どうやらマフの言う通り、本気の命令ではなかったんだろう。と、僕は思った。
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