13 / 182
第二章 氷の森
3 食卓
しおりを挟む
3 食卓
苗字も家もバレていたとは。
「ビョルンの娘なの?」
「息子、ね」
力なく訂正する。プリッツくんの顔がぱあっと輝いた。
「へえ息子? 使用人じゃなくて?」
しまったと顔を上げる。使用人てことにすればよかったー! でももう、後の祭りだ。
「じゃあ、アリス=ビョルン! 僕にキスして」
はあ?!と呆れたが、拒否すれば、名前をちゃんと教えていないことがバレてしまうかも知れない。しかたない、と腹を括って、プリッツの顎に手をかけたその時。
「あ”---っ!!」
ドアが勢いよく開いて、ピノが飛び込んできた。僕たちの間に割り込むと、プリッツをベッドから突き落した。扉があいてからわずか数秒。突風みたいだった。
「人が飯作ってる間になにやってんだよ! おまえはっ!」
「ご、ごめ……」
「手伝いもせずに抜け駆けしてんじゃないよ!」
「べつに抜けがけしてた訳ぢゃ……」
「ぬけがけ以外の何物でもないだろ! 二人でチューしやがって!」
「だから、ぬけがけじゃないって言ってるだろっ! 未遂だって!」
「なに、未遂だ? そいつぁますます聞き捨てなんねえ」
べらんめえ口調が飛び交って、まるで下町の兄弟げんか……。
なんてぼんやり見ていたのもつかの間、僕の右腕をプリッツが、左腕はピノが、がっしり掴んで引っ張り合いを始めたのには閉口した。クマのぬいぐるみじゃあるまいし。
「ちょっ、やめ……お、落ち着いて……」
だめだ、完全にこの二人、熱くなっちゃってる。
「プリッツ! ピノ! 止まれ!」
「ひきっ!?」
名前を呼んだとたん、二人してピタッと動きを止めた。なんじゃこれ。おもしろい。
「くっそー」
「くっそーってあのね、そもそもお前が名前教えちゃうからぁ……」
僕は堪えきれずに笑いだしてしまった。
「ひどい! 爆笑してるんだけど!」
「く……くっそー」
こんなに、腹を抱えて笑ったのは久しぶりだった。最初は腹を立てていたピノとプリッツも、つられて薄ら笑いをうかべている。
「そんな面白い?」
ぼろぼろ、涙が出てた。
「うあ、ごめ……」
なんとか息が整うと、みだりに名前を呼んだことは謝っておいた。妖精の恨みは買いたくない。
「まあいいや。とりあえず、ごはんにしよ」
ピノが何気なく言った言葉に、一瞬、胸が震えた。
「わーい! おいで、一緒に食べよう」
プリッツが僕の手を取った。
「お前は食う資格ないから」
「えーもー、ごめんって言ってるでしょー」
そして、僕はにぎやかな森の住人達と、『ごはん』を食べた。おしゃべりを聞きながらテーブルに着いたとき、ここに来たのは初めてなのに、懐かしい気がしたのは……こんなあったかいやさしいものが、昔はきっと、僕の家にもあったからなんだろう。
***********
食事の間、僕は女装して森に迷い込むことになった顛末を二人に語った。自分の名前だけは、仮名のままだけど。聞かれたことは何でも話してしまった。
「……で、森に入ったはいいけど、道に迷っちゃったんだ」
「それで倒れてたところに、僕らが登場ってわけね」
「待って。じゃああんた、一晩で二回も気絶したってこと?」
ピノの冷静なツッコミに、僕はちょっと赤くなった。
「向こう見ずにも程があるでしょ……」
「それだけ追い詰められて、必死だったってことだよ! ねえ、アリスちゃん?」
プリッツがピノをひじで小突いて、僕の頭をなでる。次の瞬間、がちゃんとテーブルが揺れ、プリッツがいてっと叫んだ。ピノがプリッツのすねを蹴ったらしい。
「何すんだよ、ピノ~」
「お前がまた抜けがけしたからだ!」
「はあ?」
「自分だけアリスの味方~、みたいな言い方した!」
「してない!」
「いや、したね」
ややこしい話は続きそうだったけど、僕は割って入った。
「というわけでさ、イチマルキウに行く道を知ってたら、教えて欲しいんだ」
2人は喧嘩をやめて顔を見合わせた。
「アリスちゃん、本当に行く気なの?」
「やめときな。行き倒れがオチだよ」
「そうだよ。ずーっとここで、僕たちと暮らせばいいじゃない」
「いいの?」
「「もちろん!」」
二人の声が揃う。僕も思わず、頷いてしまいそうになる。だってここは楽しいし、二人とならきっとうまくやって行けそうだし。
「君の命をくれるなら、僕らの仲間にしてあげる」
って、いきなり物騒な話に。なんでそうなる。
「お気付きだろうけど、僕たち、妖精だかんね?」
プリッツがふわっと宙に浮いた。
「うわあ……本当にいたんだ」
「そういう発言のたびに妖精は一人死んでいきます」
「あっごめん! 信じるよ。ていうか、屋敷の人もみんな、見たことはないけど信じてたよ……」
「そりゃそうさ。森に入った人間は分け隔てなく迷わせて遊んであげてるんだから」
ピノがプリッツのベルトを掴んで椅子に座らせた。
「話がずれてんだよ」
僕とプリッツはハッとしてピノを見る。そうだった、命がどうのっていう大事な話をしてたんだった。
「あのさ、命をあげるって、それって……死ぬってこと?」
「違う。永遠に生きるってこと。僕たちみたいに」
「そう。有限の命を捨てて、妖精のいのちで生きるってこと」
簡単だよ。そう、簡単だよなー。と二人はなんでもないことのように話す。雰囲気的には、そっかーじゃあお願いしますと言いそうになる。
母さんも父さんも死んで、悪くなる一方の僕の人生。命が重荷だと思ったことも、正直、一度ではなかった。
なのにどうしてだろう。いざ、それを捨てるかと迫られてみると、頷くのはすごく難しかった。
「妖精のいのちは、楽しい?」
「まあ、それなりに」
ピノは子犬みたいな童顔で頬杖をつき、おじいさんみたいなことを言う。
「退屈凌ぎの方法なら、僕らといれば尽せぬ泉の如し。だから安心して」
プリッツは天真爛漫。無邪気な子供のように笑う。
「君の美しさも、永遠のものにしてあげられる」
ピノはそういうと、その小さくて冷たい手を僕の頬に当てた。
「ピノ……?」
毎日が楽しいのなら、ピノは、どうしてそんな寂しそうな目で僕を見るんだろう。まるで、縋るような目だった。
僕はピノの手を握った。雪を掬ったような手ごたえがする。
苗字も家もバレていたとは。
「ビョルンの娘なの?」
「息子、ね」
力なく訂正する。プリッツくんの顔がぱあっと輝いた。
「へえ息子? 使用人じゃなくて?」
しまったと顔を上げる。使用人てことにすればよかったー! でももう、後の祭りだ。
「じゃあ、アリス=ビョルン! 僕にキスして」
はあ?!と呆れたが、拒否すれば、名前をちゃんと教えていないことがバレてしまうかも知れない。しかたない、と腹を括って、プリッツの顎に手をかけたその時。
「あ”---っ!!」
ドアが勢いよく開いて、ピノが飛び込んできた。僕たちの間に割り込むと、プリッツをベッドから突き落した。扉があいてからわずか数秒。突風みたいだった。
「人が飯作ってる間になにやってんだよ! おまえはっ!」
「ご、ごめ……」
「手伝いもせずに抜け駆けしてんじゃないよ!」
「べつに抜けがけしてた訳ぢゃ……」
「ぬけがけ以外の何物でもないだろ! 二人でチューしやがって!」
「だから、ぬけがけじゃないって言ってるだろっ! 未遂だって!」
「なに、未遂だ? そいつぁますます聞き捨てなんねえ」
べらんめえ口調が飛び交って、まるで下町の兄弟げんか……。
なんてぼんやり見ていたのもつかの間、僕の右腕をプリッツが、左腕はピノが、がっしり掴んで引っ張り合いを始めたのには閉口した。クマのぬいぐるみじゃあるまいし。
「ちょっ、やめ……お、落ち着いて……」
だめだ、完全にこの二人、熱くなっちゃってる。
「プリッツ! ピノ! 止まれ!」
「ひきっ!?」
名前を呼んだとたん、二人してピタッと動きを止めた。なんじゃこれ。おもしろい。
「くっそー」
「くっそーってあのね、そもそもお前が名前教えちゃうからぁ……」
僕は堪えきれずに笑いだしてしまった。
「ひどい! 爆笑してるんだけど!」
「く……くっそー」
こんなに、腹を抱えて笑ったのは久しぶりだった。最初は腹を立てていたピノとプリッツも、つられて薄ら笑いをうかべている。
「そんな面白い?」
ぼろぼろ、涙が出てた。
「うあ、ごめ……」
なんとか息が整うと、みだりに名前を呼んだことは謝っておいた。妖精の恨みは買いたくない。
「まあいいや。とりあえず、ごはんにしよ」
ピノが何気なく言った言葉に、一瞬、胸が震えた。
「わーい! おいで、一緒に食べよう」
プリッツが僕の手を取った。
「お前は食う資格ないから」
「えーもー、ごめんって言ってるでしょー」
そして、僕はにぎやかな森の住人達と、『ごはん』を食べた。おしゃべりを聞きながらテーブルに着いたとき、ここに来たのは初めてなのに、懐かしい気がしたのは……こんなあったかいやさしいものが、昔はきっと、僕の家にもあったからなんだろう。
***********
食事の間、僕は女装して森に迷い込むことになった顛末を二人に語った。自分の名前だけは、仮名のままだけど。聞かれたことは何でも話してしまった。
「……で、森に入ったはいいけど、道に迷っちゃったんだ」
「それで倒れてたところに、僕らが登場ってわけね」
「待って。じゃああんた、一晩で二回も気絶したってこと?」
ピノの冷静なツッコミに、僕はちょっと赤くなった。
「向こう見ずにも程があるでしょ……」
「それだけ追い詰められて、必死だったってことだよ! ねえ、アリスちゃん?」
プリッツがピノをひじで小突いて、僕の頭をなでる。次の瞬間、がちゃんとテーブルが揺れ、プリッツがいてっと叫んだ。ピノがプリッツのすねを蹴ったらしい。
「何すんだよ、ピノ~」
「お前がまた抜けがけしたからだ!」
「はあ?」
「自分だけアリスの味方~、みたいな言い方した!」
「してない!」
「いや、したね」
ややこしい話は続きそうだったけど、僕は割って入った。
「というわけでさ、イチマルキウに行く道を知ってたら、教えて欲しいんだ」
2人は喧嘩をやめて顔を見合わせた。
「アリスちゃん、本当に行く気なの?」
「やめときな。行き倒れがオチだよ」
「そうだよ。ずーっとここで、僕たちと暮らせばいいじゃない」
「いいの?」
「「もちろん!」」
二人の声が揃う。僕も思わず、頷いてしまいそうになる。だってここは楽しいし、二人とならきっとうまくやって行けそうだし。
「君の命をくれるなら、僕らの仲間にしてあげる」
って、いきなり物騒な話に。なんでそうなる。
「お気付きだろうけど、僕たち、妖精だかんね?」
プリッツがふわっと宙に浮いた。
「うわあ……本当にいたんだ」
「そういう発言のたびに妖精は一人死んでいきます」
「あっごめん! 信じるよ。ていうか、屋敷の人もみんな、見たことはないけど信じてたよ……」
「そりゃそうさ。森に入った人間は分け隔てなく迷わせて遊んであげてるんだから」
ピノがプリッツのベルトを掴んで椅子に座らせた。
「話がずれてんだよ」
僕とプリッツはハッとしてピノを見る。そうだった、命がどうのっていう大事な話をしてたんだった。
「あのさ、命をあげるって、それって……死ぬってこと?」
「違う。永遠に生きるってこと。僕たちみたいに」
「そう。有限の命を捨てて、妖精のいのちで生きるってこと」
簡単だよ。そう、簡単だよなー。と二人はなんでもないことのように話す。雰囲気的には、そっかーじゃあお願いしますと言いそうになる。
母さんも父さんも死んで、悪くなる一方の僕の人生。命が重荷だと思ったことも、正直、一度ではなかった。
なのにどうしてだろう。いざ、それを捨てるかと迫られてみると、頷くのはすごく難しかった。
「妖精のいのちは、楽しい?」
「まあ、それなりに」
ピノは子犬みたいな童顔で頬杖をつき、おじいさんみたいなことを言う。
「退屈凌ぎの方法なら、僕らといれば尽せぬ泉の如し。だから安心して」
プリッツは天真爛漫。無邪気な子供のように笑う。
「君の美しさも、永遠のものにしてあげられる」
ピノはそういうと、その小さくて冷たい手を僕の頬に当てた。
「ピノ……?」
毎日が楽しいのなら、ピノは、どうしてそんな寂しそうな目で僕を見るんだろう。まるで、縋るような目だった。
僕はピノの手を握った。雪を掬ったような手ごたえがする。
35
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる