15 / 182
第二章 氷の森
5 妖精の耳掃除※
しおりを挟む
5 妖精の耳掃除
「妖精の贈り物が欲しかったら、それなりの働きをしてもらわないと」
ピノの言葉に、僕はゴクリと唾を飲む。父さんのおとぎ話でよく出てきたやつだー。とちょっと興奮する。
「ん? 何いきなり百年前のルール持ち出してんの」
プリッツがきょとんとして言った。ピノはふいと目を泳がせる。
「いいだろ、別に……ルールはルールだ」
「わかった~。ピノはそうやってアリスちゃんの滞在を伸ばそうとしている~」
「ウルせんだよお前は!」
そんな二人のひそひそ話が少し聞こえた。僕は聞こえないふりをした。
「ねえ、アリス。僕たちのいうことを聞いてくれたら、この森から出る道を教えてあげる」
「本当?」
「もちろん。ただし、きちんと、僕らの頼みごとがきけたら、だよ?」
二人にせがまれて、鬘から靴下まで、女装をフルセットでしなおした僕は、言われるままに部屋を掃除し、お菓子を作り、洗濯物をし、繕いものをし、洗い物をこなした。なんのことはない。二人の頼み事とは、ごく基本的な家事だった。
ザクロさんにこき使われてきたから、家事ならなんでも、お茶の子さいさいだ。
ピノもプリッツも、僕が一つ仕事をこなすごとに、感心して心から喜んでくれる。ザクロさんとはそこが違う。やりがいがある。
そして最後に、風呂に入ってこのベッドに横たわるよう言われた時は、当然休んでいいということだと思い込んでいた。
でも、どうやらそうではなかったみたい。二人とも、当然のように僕のベッドに飛び込んできたのだ。
胸がバクバクしてきた。もしかしたら、本当に大変な「頼みごと」は、これからさせられることなんじゃないか。
外はしんしんと雪が降り積もっている。ぱちんとはぜる暖炉の灯影に照らされたピノとプリッツは、薄衣をまとい、透き通るようなバラ色の肌を惜しげもなくさらして、僕の両側に寝そべっている。
「最後の頼みごとだよ」
「な、何をするの?」
「僕たちの蜜を食べて。アリス」
「ま、まって…蜜って…?」
偽物の名前を教えたものの、ばれないようにするのも楽じゃない。名前付きで命じられたことに従わなくては、変に思われてしまうだろう。
「ほら、ここにあるでしょ?」
ピノが、にっこり笑いながら、僕の代わりにプリッツの「蜜」を「食べ」てみせる。
プリッツは気持ちよさそうに身体をしならせた。「蜜を食べろ」というのは、どうやら、「耳をなめろ」ということらしい。そんなの初めて知った。
どうしよう。別になめるのはいいんだけど、妙な反応されるとやりづらい。
「どうしたの?おいしいよ」
「お、おいしいったって……」
人様の身体の一部を美味しいなどと思ったことは生まれてこの方一度もない。僕は硬直する。贈り物はいらないから、逃げようか。
ピノはプリッツの耳をなめながら、僕に手招きする。その表情はあまりに無垢なので、意識しすぎている僕の方が汚らわしい気がしてくる。
耳掃除。耳掃除だと思えばいいのかもしれない。このテンションはそうだ。膝枕か耳掃除を頼んでるくらいの感覚なんだろう、妖精にとってみたら。文化の違いってやつだ。うん。虫を食べる国もあれば、タコを食べる国もあると聞いた。そうこれは、文化の違いなんだ。尊重し合うことが大切なんだ。
などと頭で自分にいい聞かせるのだけど、なかなか動けない。
「アリス、お願い」
名前を呼ばれてしまっちゃしょうがない。僕はのろのろと、プリッツの耳に顔を近づける。ピノがじーっと僕の顔を見ている。僕はおそるおそるプリッツの耳にふれ、呼吸を整える。
「初めて触ったみたいじゃん」
ピノがくすくす笑った。いや、ぜんぜん笑い事じゃないぞ。
「は、はじめてだもん」
「ホント?」
プリッツがうっすら目を開けて、ほほ笑んだのがわかった。
「ええ? 自分のあるでしょう?」
ピノはそういいながら、僕の耳の中を覗き込んでいる。
「いきます!」
観念して、えいっと咥えようとするのだが、僕の長いカツラの毛先がゆらゆらして、じゃま。片手で髪を抑えながら、尖った耳の先端を、ちょこっと咥えるのでやっとだった。すぐに口を離して、顔の周りの髪をかき分ける僕を、二人はじーっと見てる。
「髪の毛食べちゃった……」
ピノはベッドに突っ伏して脚をぱたぱたさせた。
プリッツは起き上がると、僕の髪をかき分けるのを辛抱強く手伝ってくれた。最初はあんなに抵抗があったのに、こう優しくされると、だんだん妙な使命感が湧いてくる。
「まってね、ちゃんとするから」
今度は、耳の中に舌を入れた。
「わあっ、ちがうよ!」
プリッツが真っ赤な顔で跳ね起きる。ピノはもはや爆笑している。
「もうちょっと、うえ、外側、あ、そのへん!吸ってみて」
頑張ってはみるけど、難しい。
「かしてみ?」
僕の舌とプリッツの耳の間にまだ透明な筋が伝っているのに、その傍から、ピノの舌が絡みついてきた。そのままピノが顔を上下させるようすに、僕は見入ってしまった。猫の毛繕いみたいだ。
「こうやんの。わかった?」
ちゅっと音を立てて、ピノの唇がプリッツの耳たぶから離れる。プリッツに急かされ、その濡れた耳をしゃぶる。見よう見まねで、一生懸命吸っていると、ふいに、口の中で耳が形を変え、筒のように丸まった。
「んっ?!」
びっくりして動きを止めた。プリッツの体が痙攣し、次の瞬間、口の中いっぱいに、甘い、本当に蜜としか言いようのないものが吹き出してきた。涙目になりながら、必死で飲み込む。甘い蜜をひとしきり味わった僕は、ようやく顔を上げた。
「どうだった?初めての蜜は」
「…おいしかった…」
二人は愉快そうに笑った。
多分、妖精の体は人間よりも植物に近い成分なんだろう。プリッツの蜜は、リンゴのように甘くて、シナモンみたいなピリッとした香りもしたんだ。
「妖精の贈り物が欲しかったら、それなりの働きをしてもらわないと」
ピノの言葉に、僕はゴクリと唾を飲む。父さんのおとぎ話でよく出てきたやつだー。とちょっと興奮する。
「ん? 何いきなり百年前のルール持ち出してんの」
プリッツがきょとんとして言った。ピノはふいと目を泳がせる。
「いいだろ、別に……ルールはルールだ」
「わかった~。ピノはそうやってアリスちゃんの滞在を伸ばそうとしている~」
「ウルせんだよお前は!」
そんな二人のひそひそ話が少し聞こえた。僕は聞こえないふりをした。
「ねえ、アリス。僕たちのいうことを聞いてくれたら、この森から出る道を教えてあげる」
「本当?」
「もちろん。ただし、きちんと、僕らの頼みごとがきけたら、だよ?」
二人にせがまれて、鬘から靴下まで、女装をフルセットでしなおした僕は、言われるままに部屋を掃除し、お菓子を作り、洗濯物をし、繕いものをし、洗い物をこなした。なんのことはない。二人の頼み事とは、ごく基本的な家事だった。
ザクロさんにこき使われてきたから、家事ならなんでも、お茶の子さいさいだ。
ピノもプリッツも、僕が一つ仕事をこなすごとに、感心して心から喜んでくれる。ザクロさんとはそこが違う。やりがいがある。
そして最後に、風呂に入ってこのベッドに横たわるよう言われた時は、当然休んでいいということだと思い込んでいた。
でも、どうやらそうではなかったみたい。二人とも、当然のように僕のベッドに飛び込んできたのだ。
胸がバクバクしてきた。もしかしたら、本当に大変な「頼みごと」は、これからさせられることなんじゃないか。
外はしんしんと雪が降り積もっている。ぱちんとはぜる暖炉の灯影に照らされたピノとプリッツは、薄衣をまとい、透き通るようなバラ色の肌を惜しげもなくさらして、僕の両側に寝そべっている。
「最後の頼みごとだよ」
「な、何をするの?」
「僕たちの蜜を食べて。アリス」
「ま、まって…蜜って…?」
偽物の名前を教えたものの、ばれないようにするのも楽じゃない。名前付きで命じられたことに従わなくては、変に思われてしまうだろう。
「ほら、ここにあるでしょ?」
ピノが、にっこり笑いながら、僕の代わりにプリッツの「蜜」を「食べ」てみせる。
プリッツは気持ちよさそうに身体をしならせた。「蜜を食べろ」というのは、どうやら、「耳をなめろ」ということらしい。そんなの初めて知った。
どうしよう。別になめるのはいいんだけど、妙な反応されるとやりづらい。
「どうしたの?おいしいよ」
「お、おいしいったって……」
人様の身体の一部を美味しいなどと思ったことは生まれてこの方一度もない。僕は硬直する。贈り物はいらないから、逃げようか。
ピノはプリッツの耳をなめながら、僕に手招きする。その表情はあまりに無垢なので、意識しすぎている僕の方が汚らわしい気がしてくる。
耳掃除。耳掃除だと思えばいいのかもしれない。このテンションはそうだ。膝枕か耳掃除を頼んでるくらいの感覚なんだろう、妖精にとってみたら。文化の違いってやつだ。うん。虫を食べる国もあれば、タコを食べる国もあると聞いた。そうこれは、文化の違いなんだ。尊重し合うことが大切なんだ。
などと頭で自分にいい聞かせるのだけど、なかなか動けない。
「アリス、お願い」
名前を呼ばれてしまっちゃしょうがない。僕はのろのろと、プリッツの耳に顔を近づける。ピノがじーっと僕の顔を見ている。僕はおそるおそるプリッツの耳にふれ、呼吸を整える。
「初めて触ったみたいじゃん」
ピノがくすくす笑った。いや、ぜんぜん笑い事じゃないぞ。
「は、はじめてだもん」
「ホント?」
プリッツがうっすら目を開けて、ほほ笑んだのがわかった。
「ええ? 自分のあるでしょう?」
ピノはそういいながら、僕の耳の中を覗き込んでいる。
「いきます!」
観念して、えいっと咥えようとするのだが、僕の長いカツラの毛先がゆらゆらして、じゃま。片手で髪を抑えながら、尖った耳の先端を、ちょこっと咥えるのでやっとだった。すぐに口を離して、顔の周りの髪をかき分ける僕を、二人はじーっと見てる。
「髪の毛食べちゃった……」
ピノはベッドに突っ伏して脚をぱたぱたさせた。
プリッツは起き上がると、僕の髪をかき分けるのを辛抱強く手伝ってくれた。最初はあんなに抵抗があったのに、こう優しくされると、だんだん妙な使命感が湧いてくる。
「まってね、ちゃんとするから」
今度は、耳の中に舌を入れた。
「わあっ、ちがうよ!」
プリッツが真っ赤な顔で跳ね起きる。ピノはもはや爆笑している。
「もうちょっと、うえ、外側、あ、そのへん!吸ってみて」
頑張ってはみるけど、難しい。
「かしてみ?」
僕の舌とプリッツの耳の間にまだ透明な筋が伝っているのに、その傍から、ピノの舌が絡みついてきた。そのままピノが顔を上下させるようすに、僕は見入ってしまった。猫の毛繕いみたいだ。
「こうやんの。わかった?」
ちゅっと音を立てて、ピノの唇がプリッツの耳たぶから離れる。プリッツに急かされ、その濡れた耳をしゃぶる。見よう見まねで、一生懸命吸っていると、ふいに、口の中で耳が形を変え、筒のように丸まった。
「んっ?!」
びっくりして動きを止めた。プリッツの体が痙攣し、次の瞬間、口の中いっぱいに、甘い、本当に蜜としか言いようのないものが吹き出してきた。涙目になりながら、必死で飲み込む。甘い蜜をひとしきり味わった僕は、ようやく顔を上げた。
「どうだった?初めての蜜は」
「…おいしかった…」
二人は愉快そうに笑った。
多分、妖精の体は人間よりも植物に近い成分なんだろう。プリッツの蜜は、リンゴのように甘くて、シナモンみたいなピリッとした香りもしたんだ。
35
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる