氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第四章 舞踏会

2 アリスとメイド

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2 アリスとメイド



……領主様、やるなあ……

 ジュンには悪いけど、思わず感心してしまった。だって、なんだかかっこいい。

 見た目と違って、領主様はけっこうな反逆児みたいだ。僕たちが助けてやるまでもない。ちゃんと一人で逃げられそう。意にそまぬ結婚なんて、絶対しなさそう。

 うんうん、ありがたいことだ。これなら僕も、晴れてお役ごめんになるわけだ。

「とにかく領主様をお探ししよう。見つけたらすぐ私へ知らせろ。お戻りになるよう説得するから。王様と王妃様には、ご安心なさるようお伝えしておけ」
「かしこまりました」

 家臣たちが一斉に散らばる。せっかく逃げてくれたんだからほっときゃいいのに。ジュンときたら、捜索の指示なんか出しちゃってる。ジュンは僕の傍にやってきて、小声でささやいた。

「あなたはここにいてください」
「え……なんで?」

 僕は走り出そうとするジュンの袖を掴んだ。

「ねえ、作戦は中止でしょ? 領主様が逃げたってことは、まだまだ結婚する気ないんだよ。よかったね」
「そ、そういう問題ではないんです……」

 ジュンはあたりを気にしながら、僕を広間の片隅に引っ張っていく。

 バルコニーの柱の陰にカーテンが揺れている。僕はその中に連れ込まれた。

「領主としての務めは形だけでも果たしていただかなくては……あの方の評判にかかわります」

 このままでは大妃様の祝典に穴をあけたとして、領主の評判がさがるというのだ。ジュンはあくまで計画通り事を運び、領主が舞踏会にきちんと参加し、美しい娘を見つけて親しくなった様子を、城の者たちに見せておきたいらしい。

「僕はおきゃまだけどいいの? おきゃまとエスケープする方がよっぽど評判下がると思う」
「あなたが『おきゃま』だとはだれも思いませんよ、アリスさん」

 そう言うと、ジュンは僕の髪を一房指に絡めとって、香りをかぐ仕草をした。

「で、でも、アリスは今夜限りで消えちゃうわけだし。王様や王妃様は、がっかりすることになるよ」
「がっかりさせておけばいいんです。それは、ケイトの非ではありません」

 結局、彼の頭にはケイトのことしかないらしい。いとしの領主様に害が及ばなければ、何だっていいときてる。

「……わかったよ。ここでぼーっとして君たちを待っとけばいいんだね?」
「ええ。すぐにあの方を連れて戻りますから!」

 ジュンはそう言うと、僕をぎゅっと抱きしめた。

「なるべく人目につかないように。ナンパされてもついて行ったらだめですよ?」
「されるか、バカ」

 賑やかな舞踏会の片隅に僕を置きざりにして、ジュンは広間を出て行ってしまった。


********


 取り残されて、不安だったのも始めだけ。ワルツと夕暮れの風が心地よくて、僕は壁にもたれたまま、うとうとしていた。

 屋敷では休む間もなくこき使われることもざらだった。僕はそこが馬小屋であろうが調理場であろうが、立ったままでノンレム睡眠できる技を身につけていた。

 ふわふわと雲に包まれるみたいに、体が軽くなる。空気が甘い。眠りにおちてく。上も下も分からない無重力状態。カーテンが揺れてる。身体は壁に溶け込んでいく。

 一瞬、不思議な夢を見た。

 ふわふわのドレスを着た女の子が、吹雪の舞う窓から裸足で飛び降りる。

 僕は、それを、さっき見た領主様だって思った。領主様が、夜空にたった一人で投げ出されるのを、僕は、受け止めなきゃって思ってる。

 でも、違った。それは、領主様じゃない。僕だ。アリスだ。僕は、空から落ちてくるアリスを抱きとめようとして、雪の中を右往左往してる。

「……!!」

 ガクッと膝が折れて、目が覚めた。

 目を開けると、鼻の先に、誰かの後頭部がふわふわ揺れてる。

「えっ……?!」

 死ぬほどびっくりした。誰、何なの!

「あ、あの?」
「……?!」

 栗色の髪が振り返る。うわ、おっきな眼。

「しっ!」

 いきなり口をふさがれた。

 な、なんなんだこの子! 先にカーテンの中に隠れてたのは僕なのに。後から飛び込んできて「しっ」とは。ちょっとムッとしたけど……。

 その子は走ってきたのか息を切らしてて、よく見たら、震えてる。

「……ごめんなさい」

 僕が抗議するように唇を突き出すと、あわてて指をはずして、かすれた声で謝ってきた。

 黒ずくめの衣装に白いエプロン。格好からして、メイドさん。ヒールを履いた僕より少し背が高い。この狭い空間で身を固くして、絶対に僕の身体に触れないようにしてる。

 賢そうな、でもちょっと不安げな眉。ふわっと上気していく薔薇色の頬。なめらかな白い首筋からはユリの花みたいな、苦くて甘い匂いがする。

 カーテンの外に誰かの足音がした。その気配に気付いたメイドさんは、息を殺して肩をすくめる。

「大丈夫……?」

 僕は彼女の顔を覗き込む。

 冬の夜空みたいな黒い瞳が、僕を映して瞬いた。ぬばたまの宝石を手のひらで温めて、胸に押し付けられたような気がした。

 僕の視線はそのまま、吸い込まれてしまった。雪の舞う夜空に、落ちていく。

 ……どうしちゃったんだろう。この子につられてる。呼吸が止まり、僕の身体にまで、震えが走った。






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