氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第四章 舞踏会

7 待ち人の正体(領主視点)

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7 待ち人の正体 (領主視点)


「ところでケイちゃん。ここで何してたの?」
「ああ! そうだ!」

 小生ははっとして立ち上がる。

「ここに、男が来てるはずなんだけど、見てないかな?」
「は、男?」

 従順な子犬のようだったジュンの表情が、一瞬にして狂暴な野犬になる。

「はっ、何? ケイちゃんはそんなエロ可愛な恰好で、男に会いに来たわけ?」
「ち、ちがうちがう!」
「何が違うんだよ!? そんな格好で一人で暗闇に立ってたりしてたらダメじゃん。襲われに来たも同然だよ?」

 まあ、確かに襲われましたさ。身に染みて学びましたさ。

「頼まれたんだよ! その男を呼んできてほしいって」
「誰に?」
「……とある方に」
「はあ? そのとある方って何様? 領主をパシるとかありえない」
「いや、俺が領主とは気づいてないと思う。メイドだと思って頼んだんだろう」
「でええっ!?  そんなことあるわけなくない?」

 ジュンの目が見開かれすぎて、こぼれ落ちそうだ。

「正直、バレバレだと思うな。顔も、骨格も、どう見てもショウちゃんだもん。しかもしゃべったんでしょ。声で絶対気付くって……」

 ジュンは小生ももっともだと思うことを次々に述べ立てた。

「しかし、現にこうして頼みごとをするくらいだし……気づいてないんだろうな。彼女は」
「彼女? 女なの? その、とある方って」

 ジュンの険しい眉間がまたさらに険しくなる。

「そうだよ。あの方が、天使でなければの話だが……」

 彼女が初めて小生を見上げてほほ笑んだ瞬間が、脳裏で再生される。

「な……うそでしょ?! にへにへして気持ち悪いんだけど。そんなケイちゃん嫌なんだけど!」

 ジュンの叫びがアリスさんの面影を打ち壊した。僕は咳払いをする。

「とにかく! その子の待ち人がここにいるはずなの。それを呼んでくるように仰せつかったわけで!」
「ちょっと待って。つまりさ、現在、ケイちゃんは、その子の逢引を手伝わされてるわけ」
「……悪いか」
「なにやってんだよ、領主さまぁ……」

 ジュンは手で顔を覆った。

「大切な祝典を女装までしてエスケープして? 何をするかと思えば女の子のお使い?」

 ジュン……おまえは知らないだろうが、小生がお仕えしているのは、ただの女の子じゃないのだよ。この世で一番可愛らしい天使なのだよ。小生はもう、彼女の奴隷なのだ。

 などと考え、一人にやけてしまう小生は確かに領主の器ではない。

「僕は情けないよ。僕はどうしてこんな人が好きなんだろう」
「だから一刻も早く目を覚まして卒業しろと言っている」
「で? 探してる人の名前は?」
「本当の名前はわからないらしい。それを聞いてくるようにとも、言付かっている」
「なんだかよくわかんないなあ。じゃあ、その男の特徴は?」
「あ、何も聞いてないな、そういえば」

 呆然とする小生の顔を見て、ジュンもぽかーんとしている。同時に吹き出した。

「ケイト、マジでしっかりして。何考えてんの? 狐にでもつままれたんじゃないの?」
「いや、狐じゃない。天使だ」
「てか、そもそもなんで、そんなことになったの」

 小生は、アリスさんとの出会いをかいつまんで説明した。

「え……その子もしかして金髪で青いドレス着てた?」
「そうだけど。何……おまえまさか……知り合い?」
「アリスさんだ!」

 度肝を抜かれた。どうしてジュンが、アリスさんの名前を知っているんだ……? そうたずねかけて、はっとする。

「もしかして、アリスさんの待ち人って……」

 目の前の見慣れた近衛隊長の姿が、一瞬にして、この世で一番すっとこどっこいのうらやましすぎる男に変貌した。

「違う、僕はケイちゃんを連れていくって約束してあったんだ!」

 ……は?……

「ケイちゃんがなかなか見つからないから! アリスさんをずうっと待たせっぱなしにしちゃったんだよ!」
「ま、待って待って、話が見えない!」

 こうして小生は、忠実な部下にして愛する義理の弟から、アリスさんとの計画を聞いたのである。

「アリスさんには、ケイトを見つけ次第、連れていくって言ってある」
「じゃ、じゃあ、待って。アリスさんが連れてきて欲しいって言ったのは誰のことなんだ?」
「領主様のことだよ。しかも『本当の名前教えて』って、言ってたんでしょ? 多分ケイちゃんの正体に気が付いてたんだよ」
「嘘だろ……」

 どうしよう! 恥ずかしいやら幸せなのやら、頭がのぼせて何も考えられない!!

「とにかく、早くアリスさんのところに戻ろう!」
「こ、このカッコで?」
「そっか、待てよ……」

 ジュンは、一点を見つめたまま、何やらぶつぶつつぶやいていたかと思うと、突然、手をたたいて、髪をかき上げた。

「わかった! ケイちゃん、これ着て!」

 そういって投げてよこしたのは、さっき見つけたスーツである。

「これは?」
「本当は、最後に使うはずだったんだけど。計画変更みたいだ。アリスさんは、ケイちゃんにそれを着て、戻ってきてほしかったんだよ」

 ジュンの話に付いていけない。最後に使うとは、どういうことだろう。スーツと一緒に置いてあった短刀はジュンのものに違いない。あんな物騒なもの、何に使う気なのだろう。

 聞きたいことはたくさんあった。だが時間がない。舞踏会は12時で終わる。小生は急いでメイド服を脱ぎ捨てて、スーツを身にまとう。

「いい? ケイちゃんは急いでバルコニーに戻って。アリスさんを見染めたフリをする。二人の姿を、できるだけ多くの人に見せるんだ」
「あのさ、そこなんだけど、フリじゃなくてもいいよね?」
「は?」
「本当に求婚しようかなって思ってるんだけ……」
「そっ、それはダメ!」
「え。なんでだよ……」

 うぬぼれでなければ、アリスさんも、小生のことを好きでいてくれているはずだ。彼女の目を見ればわかる。手を取り合った瞬間のことを思い出せば、わかる。初めて会った気がしなかった。探していたのはこの人だと感じたのは、小生だけではなかったはずだ。

「やきもちとか、そういうことじゃないよ? でも、本当に、アリスさんにはケイトと結婚できない事情が」
「事情って、どんな?」
「それは……まあいろいろと……」

 なんだと言うのか。アリスさんは人妻か、それとも生き別れの兄妹だとでもいうのか。小生が問い詰めるものの、ジュンは「知らない方が幸せだと思う」だのなんだのごにょごにょいって、まったくらちが明かない。

「複雑な事情があるんだよ……」

 アリスさんはジュンにどんな話をしたのだろう。僕には教えられないようなことまで、二人は話していたのだろうか。

「いいよ。自分で聞く。プロポーズだって、僕がしたいと思ったらする」

 ジュンは困ったように首をさすったきり、何も言わなかった。

「とにかく、舞踏会が終わったら、アリスさんを一人でこのあずまやまで行かせてあげて」
「そんな危ないことさせられるか」
「大丈夫。僕がここで待ってる。誰にも後を付けられない場所まで送っていくから」
「だ、大丈夫なのか?」

 アリスさんを前にしてもさっきみたいに理性がぶっ飛ぶことはないと保証してほしい。

「ううぁ……ケイちゃん、なんで……」

 ジュンが目を潤ませる。

「どこにでもあるような地味スーツなのに……なんでケイちゃんが着るとそんなにカッコいいんだろう」
「……」

 まだまだジュンの目は小生に向いているようなので……アリスさんのことは、任せても大丈夫だろう。

「行ってくる」
「うん」

 最後にジュンは真剣な顔で小生に言った。

「必ずここへ来させてやって。それが二人のためだから」

 つまらぬ嫉妬などから言っているのでないことは、小生にもわかった。

 でも、これは小生とアリスさんの問題だ。彼女さえ、僕のそばにいることを選んでくれたなら、誰にも何も言わせないつもりだ。




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