氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第六章 娘の捜索

4 小姓の仕事※

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4 小姓の仕事



 夕暮れが近づく庭に出て、ぼんやり空を眺めた。

 さっき現れたのは、本当に領主様だったのだろうか。いまだに信じられない。一国の王子が城を抜け出して、こんなところまでやって来て、僕を見つけ出してくれたなんて。まるでおとぎ話だ。あの部屋で本に囲まれているうちに、僕は夢を見ていたんじゃないだろうか。

 群青の中に一番星が瞬く頃、ジュンが帰ってきた。

 僕は夕食の支度をしようとしたが、少し待つように言われた。ジュンは屋敷の周辺をしばらく調べていたが、戻ってくるなり僕にマントを手渡して、急いでここを発つと言う。僕は驚いたものの、言われるままにマントを羽織った。

 空には星が瞬いている。

 黒馬は一息ついていたところをまた駆り出されると知り、ええっという顔をした。が、ジュンが来るとそんなことお首にも出さずに姿勢を正した。よく調教されている。

「何処へ行くの?」
「私の家です。しばらく貴方と暮らす準備を整えておきましたから」

 ジュンと僕を乗せて、黒馬は勢いよく走り出した。僕は降り落とされないようにジュンにしがみつく。風がうなり、木々が飛び退っていく。振り返ると、一晩を過ごしただけですでに愛着の湧いていた夏の屋敷が遠ざかっていく。

 景色はいつしか、賑やかなシブヤの城下町に変わっていた。人気の多い通りを抜けて、街の中心部に向かっている気がする。ジュンの屋敷って、一体どこにあるんだろう。

「今更なんだけどさ……ジュンが暮らしてる館ってどこにあるの?」
「城壁内です」
「えっ?!」

 城壁内ということは、王宮の一角じゃないか。街一個分くらいの敷地があるとはいえ、その中の屋敷に僕が住むのは危ない気がする……。

 女装を解いていたにもかかわらず、ケイトは僕の正体を一発で見抜いてしまったんだ。他にも気がついてしまう人がいるかもしれない。

 不安に思っていると、ジュンは腰に巻きつけた僕の手を叩いた。

「あなたを探すおふれは、先ほど解かれました」
「そうなの?」

 領主様が去り際に、おふれは取り消すと仰っていたのを思い出す。

「そっか……僕は自由の身なんだね」
「ええ」

 僕はジュンの背中で揺られながらふと疑問を口にした。

「だったら、僕がジュンの小姓になる必要もないのでは?」

 ジュンはしばらく無言で馬を駆った。

「行先変更して、森の入り口まで送ってもらえないかな」

 返事を待つが答えがないので、僕はジュンのほっぺを突いた。

「そしたら僕、ケイトにかかった呪いを解いて……」

 あまりにも反応がないので耳に息をふっと吹きかけてやった。

「ちょ、危ない!」
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてますよ」
「僕は自由の身なんだって……」
「自由になった途端出ていくなんて、そう寂しいことをおっしゃらないでくださいよ」

 暗に、僕がいなくなると寂しいって言ってくれているのが嬉しかった。

「ありがとう……でも、行先変更だよ。森に行くか、無理ならここで降ろして」

 ジュンは急に馬を止めて、僕の方を振り返った。

「まだそんなことを言っているんですか。森に行くことは禁じます」

 ジュンはまるで母親のような口調で言った。

「お父様の件はどうするんです。遺書を探すなら、王都にいるのが好都合だと言ったでしょう?」
「僕のことはいいんだよ」
「よくありません」

 ジュンは僕の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「あなたに居てほしいと言っているのがわからないんですか」

 僕は顔を伏せた。ケイトがジュンの半分も強引だったらよかったのに、なんて最低なことを考える。そんな自分が嫌で、何だか泣きたくなった。

「冷えてきました。急ぎましょう」

 ジュンは馬を再び走らせた。スピードを上げた蹄と風の音で、それ以上話すのは難しかった。

 来た時とは少し違うルートを通っているらしい。でも確かに僕らの行く先には、紫の空を背景に、シブヤのお城のシルエットが見えて来た。馬は王宮へ続く坂道を登り、柳の揺れるお堀の橋を渡った。

 ジュンは今日は表門から入城した。

 正門からの王宮の眺めには遠近法が駆使されている。裏門から城内に直行した時とは大分印象が違い、奥にそびえる領主の城は威容を放っていた。

 中央に抜ける大道りを軸に、庭園と噴水、様々な建物がシンメトリーに配置されている。

 ジュンは城の敷地内を進んで行った。領主の城に至るまでの緩やかな丘にはいくつもの館が並び立っている。側近たちの住まいや、礼拝堂、賓客たちの宿泊する館、兵士たちの宿舎や修練場など。

 至る所で衛士たちが松明を灯し、見張り番をしている。燈篭に照らされた幻想的な庭や、彫刻の施された建物に僕は目を奪われた。

 近衛兵の宿舎に程近い館でジュンは馬を降りた。駆け寄ってきた下働きの男の人が、黒馬を引いて去っていく。

「どうぞ」

 ジュンは扉を開けてくれた。

 歳をとったメイドさんにマントを預ける。通された広間にはシャンデリアが輝き、暖炉が暖かく燃えていた。

 ジュンは暖炉の前の安楽椅子にどさりと腰掛けると、大きく息をついて髪をかき上げた。長い足を投げ出して、しばらく無言でゆらゆら揺れていた。

「疲れたの?」

 僕はソファに浅く腰掛けてジュンに尋ねた。

「少しね……あなたも疲れたでしょう」
「僕は大丈夫だよ」

 僕が微笑みかけると、ジュンは張り詰めていた表情を少し和らげてくれた。

「ジュンはここで暮らしてるの?」
「ええ、そうです。近衛兵の宿舎と修練場が見えるでしょう」

 ジュンが顔を向けた先にはバルコニー付きの大きな窓があり、そこから松明に照らされた宿舎が見えた。

「本当だ」

 僕は立ち上がって窓のそばまで行き、夕暮れの王宮を眺めた。

 するとジュンがやってきて、背後からもたれかかるようにして僕を抱きしめた。

「どうしたの?」

 ジュンは僕の首筋に顔を埋めたまま、固まってしまったように動かない。ただ深く息を吸い込む音だけが聞こえる。

 立ったまま寝ているのではないかと、顔を覗き込むと、ジュンはようやく目を上げた。

「今日からはここで暮らしてくれますね。私の小姓として」
「う、うん……小姓のお仕事、ちゃんと教えてね?」
「もちろん。そう気負うことはありませんよ」
「家の雑用なら得意だよ。家畜の世話とか、水汲みなんかも……」
「それは心強い」
 
 ジュンは笑った。

「でもそうしたことはメイドや下男がしてくれますから、大丈夫ですよ」

 じゃあ他に何をするんだろう。

「今夜、詳しく教えてくれるって言ってたよね」
「……全部教えてあげますから心配いりません」

 そういうと、ジュンはまた僕の髪に鼻を埋めて深く息を吸った。

「ねえ、何してるの?」
「心の癒しとなることも、大事なお仕事の一つですよ」
「……これが癒しなの?」

 ジュンは頷きながらまた僕の耳や首に顔を擦り寄せてくる。

 ザクロさんがよく溺愛していた猫を顔の上に乗せて息を吸っていたが、それと同じ感じだろうか。猫のもふもふと獣の香りが究極の癒しなんだとか。大人の世界には、僕には理解できない癒しが色々あるようだ。

 しばらくじっとしていたけれど、とうとう耐えられなくなって正直に言った。

「ねえいつまでそうしてるの……?」
「我慢してください」
「いや、結構我慢したよ?」

 僕がそう言うと、ジュンは苦笑しながら身を離した。

「あのさ、ジュン。癒しが欲しいなら、猫を飼いなよ」
「猫……?」
「僕、外で猫、探してくるよ……」

 そう言って僕はそろそろと距離を取るようにして後ずさった。

「猫なんかいりません。小姓として、可愛がってくれと言ったではないですか」

 ジュンは僕の手をとり、指先にキスしてきた。その目が怪しく光る。

「へ? そんなこと言ってな……」

 僕の背中は壁にぶつかった。ジュンは壁に手をついて、僕を腕の中に囲った。ひええと思っていると、今度は首筋にキスをしてきた。吸血鬼みたいで怖い。

「な、何してるの」
「教えて欲しいなんて、そう何度もねだられたら私だって……」

 ようやく、ジュンが言っている意味がわかった。

 僕は今朝、確かに「可愛がる」の意味を教えてくれって言った。だけど、ジュンは僕が「可愛がってくれ」って言ってると思ってる。そしてどうやら「可愛がる」ってことは、何やらえっちなことらしい。ここまでくれば、僕もさすがに察しがついた。

「ちょっと待ってジュン! 僕……よく分かってなかったんだ!」
「大丈夫、優しくしますから」

 するりとシャツが脱がされた。ジュンは僕の胸にちゅっと吸い付いてきた。

「ひゃあっ!!」

 僕は悲鳴をあげてしまった。同時に、もはや得意技となった蹴りを放つ。

 ジュンがうっとうずくまった隙に、僕は廊下に続くドアへとダッシュした。 

「オト!」
「ジュンのバカ! 僕は猫じゃ……ぶっ」

 廊下に出た途端、僕は何かボワボワしたものに激突して前に進めなくなった。

「あらあら、何ですか? 喧嘩でもなさったの?」

 さっきの歳をとったメイドさんだった。畳んだリネンを運ぶところにぶつかってしまったのだった。

「ごめんなさい!」

 僕は慌ててリネンを拾って畳み直すのを手伝った。

「まあ、ありがとう……ジュン様、お部屋の支度が整いましたよ」

 メイドさんは僕を追いかけてきたジュンに声をかけている。

 おへや。
 
 もうだめだ。ジュンと二人でお部屋なんかに入ったら何をされるか分かったものではない。

 僕はメイドさんにリネンを渡すと、また玄関の方へ走り出した。

「オト! 待って!」

 玄関の大きな扉には、鍵がかかっていた。もたついていたら、ジュンに捕まってしまった。

「は、離せー!」
「ごめん冗談だって」
「冗談であんなことする人とは笑いのセンスが合わないから出てく」

 ジュンはいきなり大笑いし始めた。

「何だよ……こっちは本気で言ってるのに!」

 ジュンはごめんごめんと実に軽い感じで謝りながら、ドアを押さえて僕を通れなくした。

「その服を着ているあなたの後ろ姿が、どうしても幼い頃のケイちゃんに重なってしまって……」

 また、ケイトか。ジュンの思考回路の中心には、常にケイトがある。このことを僕は肝に銘じておかないといけないようだ。

「ケイトにもあんな目で迫ったりしてたの?」
「あんな目って?」
「吸血鬼みたいなギラギラの目だよ」

 ジュンにせまられて、ケイトはどう応じていたのだろう……。

「自分がどんな目をしてたかはわかりませんが……まあ、ケイトも毎回、今の貴方みたいな反応でしたね」
「ふーん」

 ケイトがジュンに身を任せたりはしていないと分かって、僕はどこか安心している。

 何だか変だ。

 二人の恋を応援するべきなのに、親密な関係を知ってモヤモヤしたり、うまく行っていないことを知って安心したりするなんて。

「ひとまず部屋に入りましょう。あなたに色々と話さなくてはならないことが」
「……さっきみたいなことしない?」
「しません、しません」

 





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