氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十二章 深夜の王宮

5 多忙な一日 中編(メイド視点)

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5 多忙な一日 中編 (メイド視点)



 巡回に出ていたジュン殿がお戻りになった。

「えっ、もうそんな時間……」

 陽はとっぷりと暮れていた。レース刺繍に夢中になって、すっかり遅くなってしまった。

 最後の仕上げをして、ジュン殿にお目通しいただく。さっきの倍の報酬を渡される。これ以上は畏れ多くてもらえない。私はいいから母にと言うと、ジュン殿はようやく頷いてくれた。報酬によらずとも私の口が堅いことは、長年の関係で分かってくださっているはずだ。

 厨房に夕食を食べにいくと、さっきの天使がいた。オトと言うらしい。何を仕立てたのか知りたがっているが、私の口からは言えないのだ。

 ジュン殿はやはりオトに言い寄っているらしい。噂では領主様一筋の隊長だが、ついに鞍替えをなさるのだろうか。最愛の領主様も身を固められるとのことだし、ジュン殿もお寂しいのだろう。

 この少年の愛らしい笑顔や純粋なもの言いは、どこか領主様に似ている。ジュン殿にとってこの少年は、昔話で言うところの、ムラサキノウエなのだろうと勝手に解釈した。愛しいけれど届かない領主様の代わりに、その面影を宿す少年をそばに置くことで、心を慰めていらっしゃるのではないか……。

 とは言え、何も知らずに着せ替え人形にさせられるオトが気の毒な気もする。嫌だったら着なくていいと思うとだけ伝えて屋敷を辞した。

 表にはオトを慕う騎士たちがたむろしているのだと、ジュン殿はため息をついていた。裏口から出る私をオトは最後まで見送ってくれた。オトが、これからあの下着を見せられてどうするのかが心配だ。オトも、この後何を着させられるのかと不安に思うらしい。誰にも言わないでねと念を押された。私はもちろん、誰にも言わないと誓った。

 厨房のみんなが興奮するネタなのは間違いないけど。BL好きの私だけど。オトの名誉のために、それを着た姿は妄想しない。きっと拒んだことと思うことにした。


**********
 

 さて、細かい作業で肩がものすごく凝った。厨房はもう晩餐の片付けも済んで静かだった。お菓子をつまんでいたフアナに、ちょっとでいいから肩を叩いてとお願いする。優しいフアナは私の背中をマッサージしてくれる。

 だが周りのメイドたちが私を見つけるなり、すぐに王妃の部屋に行けとうるさく言うのだった。侍女のローザが、私のことをずっと探し回っていたらしいのだ。

「今夜は仕立ての仕事が入ってるって言ってくれた?」
「言ったわよ。でも、あなたじゃないとダメなんだって聞かないのよ」
「私たちが持って行くって言うのに、自分で料理を運んで行ったわ」
「それも、なぜかお夜食二人分」

 まずい……。私は青ざめた。給仕の仕事をローザに肩代わりさせてしまったようだ。コカブ夫人はまだ滞在を周囲に隠しているらしい。王妃の部屋に自分の夕食を運ばせたのに違いない。

 皆の勧めに従って、ご機嫌取りのお菓子とお茶を用意してローザに謝りに行くことにした。

「トーマといいローザといい、あなた、探されてばっかりね」
「ちなみにトーマもさっき、あなたに小姓を寄越したわよ。いないって言っておいたけど」

 ああ、そうだった……トーマのところにも行くって言ってしまったのだ。私は天を仰ぐ。

「トーマには悪いけど、それどころじゃないわ……私これから、ローザに無茶苦茶に叱られてくるんだから」
「モテる女は大変ね」

 ローザが癇癪を起こしたらものすごいということは意外と知られていない。ごく少数の事情を知るメイドが、励ますように私の肩を叩いた。


***************


 ローザの元に向かう途中、トーマの部屋の前を通った。一度は素通りするも、さすがに完全に無視することもできなくて戻った。お盆を持ったまま廊下を行ったり来たりして、自分でもバカみたいだった。迷った挙句、胸元に忍ばせていた手紙を取り出して、ドア前にしゃがみ込む。

ーー仕事から戻りました。お互い今夜はよく寝ましょう。ではまた明日!

 ドアの下から音を立てないように手紙を滑り込ませた。馬鹿馬鹿しい手紙だけど、ないよりマシでしょう。夜這いをするつもりなんてハナからない。待ちぼうけして夜更かししたりしないで済むように気を使ってやっているのだ。感謝してほしい。

 やれやれとため息をついて立ち上がる。振り返った瞬間、目に入った燃えるような赤毛。

「そんなところで、何をしてるの」
「ローザ様……」

 どこから見られていただろうか。侍従の部屋の前でしゃがみ込む姿なんて見られたら、何を言われるかわかったものじゃない。

「トーマに何か用? ウロウロして、隙間から覗き込んだりして……」

 うわ、最っ悪だ。ダサい姿を全部見られてた。言い訳不能と判断して私は目をつむる。
 
「何そのお菓子。それで男の気でも引くつもり?」

 幸いにも、手に持っていたトレイの方にローザの関心が向いてくれた。バラジャムのクッキーと紅茶。ローザの好物だったはずだ。

「……いえ、これはローザ様に差し上げようと」
「わ、私に?」

 その勢いで、ローザに王妃への給仕をお手伝いできなかったことを詫びた。ローザは意外そうに目をぱちくりさせた。呆気に取られた顔が面白くて、思わず笑ってしまった。

「部屋までお持ちします」

 私が微笑みかけたのが気に食わなかったのだろうか。ローザは顔を真っ赤にして怒り出した。生意気だの、嘘つきだの、女狐だの、訳のわからない言いがかりをつけて、私をなじりはじめた。

「私のことを想っているフリをされるのが一番嫌!」
「フリなんかじゃ……」
「どうせそれだって、トーマにあげるつもりだったんでしょ? ドアの前に居たじゃない。逢引きする気だったんだわ」
「それは違いますって」

 夜の寝静まった城内であまり興奮しないでほしい。この廊下にあるのは侍従の部屋だけではない、奥には領主様の部屋だってあるのだから。

「二人して私をバカにしてるんだわ」

 実にわかりやすく、ローザのヒステリーと被害妄想のスイッチが入っていく。宥めようにもメイドが侍女の肩をさするわけにもいかないし。言葉で謝るしかないのだが、私の方が背が高いせいで、どうしても見下ろす形になってしまう。頭が高いだの、太々しい態度が気に入らないだの、いちゃもんをつけてくる。

「そんなことは絶対にございません」

 私はひざまずいて銀盆を脇に置き、ローザの目を見上げながら言った。ローザは顔を真っ赤にして涙目になった。

「その目で見つめれば誰でも言うことを聞くとでも思っているの?」
「は?」
「白状なさい、トーマと逢引きするつもりだったんでしょう?!」

 私は首を振る。まじで違うから。そういう妄想はやめてほしい。相手がメイドだったら揺さぶって落ち着かせてやるのに。

「穢らわしい女がウロウロしているって執事に言いつけてやる!」

 いや執事はまずいでしょう……。あのおじさん、すぐにローザの言うことを信じてしまいそう。そうなれば私はクビを覚悟するしかない。

「本当に、これをお届けに来ただけで……」
「誰が口を聞いていいと言ったかしら!」

 大人しく黙る。私の分まで働いてくれたお礼とお詫びがしたかっただけなのに。バラの香りのするお茶でも飲めば、ヒステリーも疲れも癒やされるはずだ。

 しかし私の願いも虚しく、お湯を淹れた温かなポットは、ローザの小さい靴で蹴倒されてしまった。

「無い頭で拵えた言い訳はおやめくださる?」

 こんな可憐なレディから蹴りが繰り出されるとは思わなかった。さすがの私も、ひええと息を呑む。

「なあに今度は悲劇のヒロインぶる気?! あんたなんかに振り回されて、泣きたいのはこっちなのよ!」

 自分で暴れておきながら、ローザはシクシク泣き始めた。もはや訳がわからない。私にはお手上げかもしれんと天を仰いだ。

 その時だった。廊下の奥で、バタンとドアの開く音がした。

「いっ……いけません領主様っ……!」







 











 
   







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