美麗な御曹司刑事はかく語らない~怪異刑事 宮橋雅兎の事件簿~

百門一新

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終章(上)~事件の終わり、微笑む少年~

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 携帯電話がけたたましく鳴ったのは、午前三時過ぎのことだった。真由は、小楠から緊急の知らせを受けてすぐ、化粧と身支度を大雑把に済ませて家を飛び出した。
 もつれそうになる足に苛立ち、少し高さのある革靴を脱いで、ストッキングのまま階段を駆け降りる。車に乗り込むと、静まり返った住宅街を飛ばし、ほとんど通行のない大通りを急いだ。

 与魄智久が、死んだ。

 それを伝えられた捜査一課のメンバーは、集まれる人間が、慌ただしくも続々と署へ駆け付けているらしい。真由は、車が雑に並んで停車されている中、同じく駐車ラインも見ずに自分の車を停めて、真っ先に智久がいる元へ走って向かった。

 白い廊下に、自分の靴音が反響する音を聞いた。新しく改装されたA室の廊下奥に、捜査一課の面々が集まっているのが見えた。

 真由は彼らの前に割り込んで、乱れた呼吸を整えるのも忘れて、すぐに顔を上げたところで――絶望を覚えて息を呑んだ。

 やや広さのある部屋の中には、鑑識を含めた死亡確認を進める班と、ジャケットもなく皺になったシャツ姿の三鬼、数時間前に別れたばかりの小楠と藤堂の姿があった。

 沈黙して全員が見守る中、三鬼が舌打ちをして踵を返し、こちらを見ることもなく大股で出ていった。ふと振り返った小楠が、目が合うなり苦しそうな表情で小さく首を横に振って「話した通りだ」と告げてきた。

 真由は、行き場のない気持ちの答えを求めるように、小楠の手前にいる藤堂へ目を向けた。

「藤堂さん……」

 状況を尋ねようとしたのに、声が掠れて、頼りなく震えて続かなかった。こちらを見た彼が、答える代わりに今にも泣き出しそうな顔を、簡易ベッドへと向ける。

 他の捜査員たちが、鉄格子から部屋の中を見つめたまま、黙祷するような沈黙を守って佇んでいる。真由はその中を、ふらりと進んでそこへ歩み寄った。

 藤堂と小楠の脇を通り過ぎて、細い鉄の骨組ベッドに置かれた分厚いマットの上に横たわる少年に、目を落とした。白いシーツが敷かれたその上には、与魄智久が横たわっている。

 智久は、整えられた毛布を身体の下に置いたまま、両足を揃えて腹部の上で指を組んでいる姿勢でいた。ベッドの脇には、彼が履いていた靴が並べられ、枕の横には、彼がかけていた丸い眼鏡がある。

 少年の頬は、まだ血の気があり、花弁のような小さな唇も薄く色が付いていた。幼い顔に浮かぶやすらかな微笑みは、ひどく穏やかで幸せそうで、今にも瞼を震わせ目を開けてくれそうなのに――

「死後一時間ほどです」

 鑑識の男が、気遣うようにしてそう囁く声を聞いて、真由は、つい「そんなの嘘よ」と震える声で呟いてしましまっていた。この場で唯一の女性捜査員の悲痛な声を聞いて、藤堂だけでなく、他の男達の何人かが顔を伏せる。

 真由は、震えそうになる足に力を入れた。「そんな」「嫌よ」「どうして」という言葉が、覚醒したばかりの頭をぐるぐると回っていた。

 眠っているだけのようにしか思えない智久の頬にそっと触れると、まだほんのりと暖かかった。まだ死んでない、と事実を否定したかったけれど、それは無理だった。
 その幼さが残る身体には、死後硬直の様子も見られた。彼の身体は、全ての活動を停止させて、ゆるやかに人間らしい温もりを失っていっているのだ。

「どうして……? なんで……?」

 崩れそうになる彼女の背中を、小楠が静かに受け止めた。鑑識の男、小森(こもり)が悲しそうに首を横に振って、視線を智久へと向ける。

「どこにも外傷は見られず、死因は不明です。午前二時半頃、宮橋さんが彼に会いにきて発覚しました」

 別れ際に、智久に美味しいものを食べさせてあげてくれと言っていた彼が、第一発見者となったのだ。真由は遅れてそれに気付き、自分だけが悲痛に暮れている場合でもないのだという気力を起こして、どうにか潤んだ瞳を持ち上げた。

「彼は、どこへ行ったんですか?」

 思わず、よく知っている小楠に尋ねると、彼はまたしても小さく首を横に振ってきた。

「あの後、そのまま署を出て行ったらしい。警備の者以外、誰も彼とは会っていない。三鬼がすぐ連絡を入れてみたが、勤務時間外だと言われて切られたそうだ。それからは、電話も留守電になっている」

 小楠はそこで、顔をそむけて肩を震わせる藤堂を見やった。共に食事をしたのも数時間前だ、それを知って悲しげに顔を歪めた。

「事件は、犯人が死亡して終わりか」

 彼は、つい、静かにそう口にしてしまっていた。

 その小楠の言葉を聞いた真由は、堪え切れなくなって泣き出した。辺りに響くか細い泣き声に、とうとう藤堂の涙腺も崩壊して、押し殺した泣き声をあとに続かせた。俯いて落ちた彼の髪と手の隙間から、涙が溢れてこぼれ落ちていく。

 小森が二人を気遣いつつ、廊下へと連れ出した。同僚たちは、みっともないほどよく泣く二年目の刑事と、新米の女刑事を迎え入れて「泣くなよ」と不器用に励ました。



 小楠は、ベッドに横たわる少年を見下ろした。死んだというよりも、本当に眠っているようだという印象が強かった。

 数時間前、靴のままベッドに上がっても問題ないと声を掛けたら、彼は笑顔で「靴はちゃんと脱ぎますよ」と返していた。寂しくないかと尋ねた藤堂に、「おやすみなさい、また明日」と返事をしたのも、数時間前のことだ。

 犯人とは思えない。大人の実行犯が別にいる。――そう抗議していた一部の捜査員たちも、数時間単位で起こっていた殺人事件がぴたりと止んで、口をつぐんでいる状態だった。後日にでも真相が明らかになると信じていた者たちにとっても、この密室で起こった少年の突然死の衝撃は大きい。

 幸せそうに微笑む智久を、しばらく見つめていた小楠は、ふと、今になって宮橋のある言葉を思い出した。
 

――ひどく、悲しい事件だ。


 彼は今日、何度かそう口にしていた。きっと、こうなる事も分かっていたのだろう。そう小楠は推測するものの、誰よりも彼の捜査や事件を見てきたとはいえ、全てを知ることは出来ないのも事実だった。

 宮橋が書類上で語る言葉は、「そう言われれば、そういう気がしてきた」というものだ。どこかあやふやで、それでも結果ばかりがはっきりと残る。

 これまでL事件特別捜査係で解決した事件は多々あり、現在刑に服している者もある。しかし捕まった人間は、どれもこちらとの話が噛み合わない。犯人たちは、誰もが独特の世界観を持っており、中には現在でもなお、自分の行為が正しいと主張する者までいた。

 家族、親戚を殺し続けた凶悪殺人犯もそうだった。『死してもなお共にある、これでもう輪廻から奪い取られないぞ』とよく分からない事を言って歓喜し、いつもニコニコと笑っていた。首だけを持ち帰って中身を丹念に食べつくしたその彼は、死刑が確定している。

「事件は犯人逮捕で終わって、語られる事もないまま死んで、何もかも謎のままか……」

 頭に包帯を巻いた田中が、廊下でポツリと言った。相棒である竹内の大きな腕に支えられながら、涙する真由を見やったあと、自分が引き受けた藤堂の頭を乱暴に撫でる。それから「泣くなよ藤堂。僕の涙腺だってゆるいんだからな」と、田中は鼻をすすった。

「お前たちを見ていると、余計に泣けてしまうよ。だから、頼むからそんなに素直に泣いてくれるなよ」

 その声を聞きながら、小楠は現場を小森たちに任せて廊下へ出た。

 また泣いてるのか、藤堂。新人時代から変わらないな、という普段の冗談一つも言えなかった。一同を見回して「行くぞ」と踵を返す。

 後ろから続いた足音と共に、どこからか「本当に彼が犯人だったんでしょうか」という言葉が上がった。小楠は、大きな背中の向こうに部下を引き連れたまま、正面を見据えた瞳をそっと歪めた。

「ああ。この件に関して、もう被害者は出ない。――これで、本当におしまいだ」

 長くも思える廊下を、一人の女と男たちの靴音が通り過ぎていった。
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