美麗な御曹司刑事はかく語らない~怪異刑事 宮橋雅兎の事件簿~

百門一新

文字の大きさ
28 / 28

終章(下)最終話

しおりを挟む
 結局、帰宅する事なく迎えた翌日の朝。

「…………」
「…………」

 まだ自分の机もない真由は、椅子に腰かけた三鬼と目が合ったところで、唖然とした表情をされて、しばしじっと見つめ合っていた。

 先程まで、そこには勝手に先輩の椅子を使っていた藤堂がいた。目覚めに効く珈琲を買ってきます、と彼が席を立っていったのは、数分前の事である。そうしたら、三鬼が肩にジャケットを引っ掛けて出勤してきたのだ。

「……なんか、ひでぇ顔してんな」
「もともとブサイクで可愛くないし、気にしていません」

 泣き腫らした目に濡れたタオルは押し当てていたし、早朝に比べれば随分マシになって、むくれだって取れてはいた。さっき、もう一回顔だって洗ってきたのだ。もう何十人という同僚に見られてしまっていたので、真由は開き直って顰め面で構える。

 その時、戻ってきた藤堂が「先輩」と呼んだ。

「女の子に向かって『ひどい顔』という言い方は、よくないですよ」
「うるせーな、どうせ俺はモテない組だよ」

 三鬼は頬杖をついて、ブラックの缶珈琲を真由に手渡す藤堂を見やった。彼の泣き跡は、ほとんど落ち着いていて、泣いた事で返ってすっきりとしている。

「んじゃ、お前は指摘してやらなかったのか?」
「『ちょっとひどい顔してますし、一度洗ってきます?』と、タオルを渡しました」
「ざけんな、俺と同レベルじゃねぇか!」

 途端に三鬼が立ち上がり、胸倉を掴んで揺らした。藤堂が「ちょ、今開けたばっかりなのに、珈琲がこぼれちゃいますからッ」と言うそばで、真由は受け取った缶珈琲がホットである事に衝撃を受けて少しじっとしてしまっていた。

 夏の気候のせいで、明るくなった外はすっかり蒸し暑くなっているのに、ホットかぁ……。

 とはいえ、気遣いは有り難いので、しみじみと思いながらも缶珈琲を開けて口にした。出来ればキンキンに冷えた炭酸飲料が良かったな、と先程遠慮して本音を伝えなかったことを少し反省した。正直に言うと、甘くない珈琲は今でも苦手である。

「んで、なんでこんなとこに座ってんだ? お前の部屋はあっちだろ」

 椅子に座り直した三鬼が、こちらから見える『L事件特別捜査係』の表札がかかった扉の方に親指を向けた。まだ誰も座っていない向かいの席から、勝手に椅子を拝借した藤堂が「宮橋さんが、まだ出勤していないからですよ」と言う。

「鍵はかかっていないんですけど、勝手に入るのも悪いからって、こうやって待機しているわけです。昨日は結局、少し話しただけですぐに捜査に入ってしまって、机と椅子もまだないみたいなんですよ」
「別に、勝手に入ったって問題ねぇだろ。物に埋もれて見えにくいけど、二人掛けソファとテーブルだってあるぞ。そっちに配属されてんだから、堂々としてりゃいいんだよ」

 その時、真由はぽつりと口を開いた。小さな声が聞き取れなくて、顔を顰めた三鬼が手を添えて頭を傾ける。

「…………だって私、まだ正式な配属じゃないもん……」

 彼女は足の上に置いた缶珈琲を握り締めて、もう一度そう言った。
 勝手に入って当然のように居座っているとは何事だ、と指摘されて追い出されるのではないか、と嫌な方に想像が向いて勝手に落ち込んでしまう。

 実はその件に関して、同じように帰宅しなかった小楠が、先に確認してくれるとのことで、一緒にいた早朝時に宮橋に電話を掛けてくれたのだ。そうしたら、留守電は解除されていたものの、話しを切り出す前に「朝食中だ」と切られてしまった。
 それはタイミングが悪くて窘めるような声にも感じたし、不機嫌そうにも感じた。小楠は推測がつかない様子ながら、もしかしたら厳しいかもしれないなぁ……と悩ましげに口にしていたのだ。大抵の人は事件後に、相棒を外されているらしい。

 三鬼が、ふと、気付いた様子で藤堂に視線を戻した。

「お前、なんか知ってるって顔だな?」
「実はですね、相棒をクビにされるんじゃないかって、気にしているみたいなんです」
「クビって……初日から睨み合ってる感じはなかったし、一日、二日でそれはないんじゃね? つか、あいつは元から空気を読まねぇ奴だから、いきなりコンビ解消されても悩む必要もねぇだろ、内部評価にかかわるわけでもないし」
「外聞を気にしているんじゃなくて、彼女は宮橋さんのところで成長したいんだそうです」

 その藤堂の回答を聞いて、三鬼が顔を顰め、深刻そうな雰囲気でこう尋ね返した。

「あいつに、刑事として見習うべきところって、あるのか?」
「三鬼さん、疑いもない目で、ストレーにそんなこと言わないでくださいよ……」

 宮橋がそろそろ出勤するのではないかと考えたら、余計にそわそわしてしまって、真由は熱い珈琲を一気に喉に流し込んだ。こちらを見た三鬼が「なんだか男らしいな」と言って、藤堂が「突っ込むべきところ、そこなんですね」と困ったように呟いた。

 彼のところで頑張りたいのだ。どうしてか時間が経つごとに、その気持ちは強くなって、まるで初めての受験の結果を待つレベルで落ち着かない。

「お前らは、一体何をやっているんだ?」

 ふっと馴染んだ『小楠のおじさん』の声が聞こえて、真由は椅子を少し回しつつ振り返った。

「小楠警部、お疲れ様です。あれ? その大量のサンドイッチ、どうしたんです?」
「朝メシらしいものを、きちんと食べていなかっただろうと思ってな」

 ほれ、と小楠に手渡されて、真由は藤堂の机に空缶を置いて、それを両手で受け取った。いつも好んで食べている野菜たっぷりのものだと気付いて、つい「わぁ」と瞳を輝かせていた。

 反射的にガバリと立ち上がった三鬼と、遅れて立ち上がった藤堂が、小楠に挨拶をした。彼は「お前らも食うか?」と尋ねて、袋から好きに取らせた。

「小楠警部に朝からサンドイッチをもらえるとか、昨日の疲れが全部飛んだ……」
「先輩、顔を押さえてどうしたんです?」

 近くからその様子を見ていた田中達が、ちらっと苦笑を浮かべて「あの人、昔から尊敬しすぎだよなぁ」と言葉を交わす。藤堂は気付かず「疲れているのかな」と気を遣って、彼を椅子に座らせた。

「ところで、宮橋はまだか?」
「あいつの事だから、今日は何もないと踏んで『ゆとり出勤』でもして来るんじゃないすかね」

 片足を軽く組んだ三鬼が、サンドイッチの袋の開封に取りかかりながら言う。椅子に座った藤堂が、慣れたように袋を開けて、早速サンドイッチを口に放り込んだ。
 その回答で察した小楠が、「ふうむ」と悩ましげに眉を寄せて、こちらを見下ろしてきた。

 真由は小腹が空いていたけれど、すぐに食べられそうにもなくて、サンドイッチを足の上に置いて、気になった様子で目を合わせる。小楠の思案するような沈黙を見て取り、三鬼と藤堂もそちらにチラリと目を向けた。

「三鬼と藤堂とは、随分打ち解けているようだしなぁ。もしもの時は、しばらく慣れるまで三人コンビで面倒を見てもらって――」


「勝手な事をされたら困るな。彼女は僕の相棒だぞ、小楠警部」


 不意に、この場にはいなかったはずの声が聞こえて、小楠が言葉を切った。三鬼が「ごほっ」とサンドイッチに咽て、二個目に手を伸ばしていた藤堂が「またいつの間に!?」と驚いたように振り返る。

 真後ろからした美声を聞いて、真由もびっくりしてしまった。けれど、振り返ろうとした矢先、後ろから伸びてきた白い手に、何故かガシリと顎を掴まれていた。

 ぐいっと横を向かされ、思わず「ぐぇっ」と色気のない声がでた直後、眼前に美麗な男性の顔があって目を丸くした。そこにいたのは宮橋で、彼は初対面時と変わらない自信たっぷりの笑みを浮かべて、鼻先の距離からこちらを覗き込んでいる。

 触れられた手が熱くて、前触れもなく視界をいっぱいにした美しい顔は威力抜群で、乙女心とは程遠いと自負している真由でも、知らず体温が上がるのを感じた。

 彼は子供みたいに上機嫌そうな笑みを浮かべていて、明るい鳶色の瞳は、こちらを目に留めて改めて感じる物があったようにして、輝きを増したようにも見えた。

「橋端真由、君は僕の相棒だ」
「へ?」
「昨日はバタバタしていたからな、まずは机を探しに行こうか」
「え。ちょっと待って、机……?」

 腕を取られて立ち上がるそばで、小楠が「そもそも、またうちの備品を使わないつもりか」と頭の中で状況を整理しつつ、茫然とした調子で呟く。頼むから、勝手に買ってきて持ちこむなよ、という個人的な意見も口にしていた。

 しかし、宮橋は聞いていない様子で、ふと気付いたように顎に手をあて、

「ああ、そうか。忘れていたな――おはよう、真由君」

 当然のように陽気に挨拶をされて、真由は呆気に取られたまま「えぇと、宮橋さん、おはようございます?」と答えていた。

 すると、彼が「ははっ」と、また良く分からな上機嫌さで笑った。

「やっぱり君は、僕を真っ直ぐ見るんだな」
「はい……?」
「そのサンドイッチ、僕も半分もらっていいか」
「いや別に構わないですけど、さっき朝ごはんたべてきたんじゃ? ――って、ちょっと待って。なんで腕をぐいぐい引っ張るんですか。というか、この流れってもしや」
「僕の車で行った方が早いだろう」


 途端に真由が両足を踏ん張って、「んな荒い運転されたら、サンドイッチ食べられないですよッ」と騒ぎだした。女性とも思わない様子で、宮橋が持ち前の馬鹿力で彼女をずるずると引っ張っていき、その声が離れて行くのを、三鬼たちが口を開けたまま見送った。

 遅れて小楠が、ひとまずは問題解決らしいと察して、小さく息をついたのだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

蒼緋蔵家の番犬 3~現代の魔術師、宮橋雅兎~

百門一新
ミステリー
雪弥は、異常な戦闘能力を持つ「エージェントナンバー4」だ。里帰りしたものの、蒼緋蔵の屋敷から出ていってしまうことになった。思い悩んでいると、突然、次の任務として彼に「宮橋雅兎」という男のもとに行けという命令が出て……? 雪弥は、ただ一人の『L事件特別捜査係』の刑事である宮橋雅兎とバディを組むことになり、現代の「魔術師」と現代の「鬼」にかかわっていく――。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新
ミステリー
 雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。  彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!? 日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。 『蒼緋蔵家の番犬』 彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

処理中です...