「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

文字の大きさ
17 / 110

~ひっそりと行われる悪の会合~(2)

しおりを挟む
「蒼緋蔵の先代に、番犬と呼ばれていた副当主がいたらしいが、何か知っているか、榎林さん」
「私より小野坂さんのほうが詳しいぞ、爬寺利(はじり)さん。彼が若い頃にその席が埋まっていたらしいからな」

 視線も合わさずぶっきらぼうに述べた榎林に何も言わず、爬寺利は分厚い唇の隙間から金の歯を覗かせて、尾野坂へと視線を向けた。

 尾野坂老人は、あきらかに怪訝そうな表情を浮かべたが、白く垂れ下がった眉の間から視線を返した。榎林と朴馬の間にいる、その爬寺利のサイズが小さいゴールド交じりのスーツからは、身体を覆っている厚い脂肪が浮き上がっているように見える。

 先日門舞が食事会に着ていた、身体のラインが際立つスーツに似ている事を思いながら、尾野坂は忌々しげに目を細めた。知らない振りをした門舞が今にも笑い出しそうな隣で、咳払いを一つして口を開く。

「私がまだ学生時代だった頃の話だ、よくは知らん。急激な経済成長の中で競争や争論の絶えない忙しい時代、若くして早死にしたと聞いただけで、特に目を引くような情報もないぞ」
「一つだけためになる情報と言えば、これまでの『蒼緋蔵家の番犬』同様に早死にしたというくらいかな」

 ワイングラスを下げた夜蜘羅がそう口を挟み、一同の視線を集めた。門舞と朴馬以外の三人は、緊張と恐怖に身をすくめ、静まり返った室内で男の話を待つ。

 夜蜘羅は肘掛けに置いた手に頬を乗せ、面白そうに一同を見回した。

「蒼緋蔵家は他の特殊筋一族と同様、血筋で決まる。本家の男子は家名の蒼、女子は緋の文字が名前に込められる。当主は決まって蒼の名を持った男子だが、副当主は一族の中で一番の腕を持った人間なら誰でもいいらしい。――とはいえ『蒼緋蔵家の番犬』は別だ、それもまた蒼の字を持った男子がその席についた。今回蒼緋蔵家の本家には、男子と女子が一人ずつで、副当主に就くのは分家の誰かだろう……と思っていたのだけれど」

 違っていたみたいだね、と夜蜘羅は、ゆっくりとした動きで榎林を見やった。その瞳には、ぞっとするほど無垢な笑みが浮かんでいる。

 榎林は緊張し、報告のために持ってきた新たな情報を、早口に切り出した。

「そうです、蒼緋蔵本家にはもう一人男子がいます。蒼緋蔵の当主が愛人に産ませた男子らしく、雪弥、というそうです。名前に蒼の文字も入っておらず……」
「あらゆる手段で調べたが、それ以上の情報が全く見つからないそうだ」

 言葉に詰まった榎林に続き、尾野坂が若輩者を助けるべく口を挟んだ。

 数秒の沈黙の後に、門舞が「どうします?」といって、ようやくソファから身を起こした。彼の顔は、夜蜘羅の愉快そうな表情とどこか似た雰囲気がある。尋ねているのは上辺だけで、すでに答えを知っているかのような落ち着きだった。

「勿論、それは私がやるよ。あの方は計画に差し支えなければいいわけだし、私は蒼緋蔵家の特殊筋に興味がある。あの方は、友人である私にも多くを語らないからねぇ……ようはその愛人の子が、番犬の座につかなければいいんだろう?」

 とはいえ私としては、こちらに害がなければどっちでもいいと思うんだけどねぇ……と少々面倒くさそうに夜蜘羅は肩をすくめた。

「まぁ、君たちはそれぞれの仕事をすすめたまえ。彼が表十三家や三大大家の動きに敏感なのはもともとだし、今は新しい手駒を増やす事に興味を持っている。特に、榎林君は蒼緋蔵の事よりも自分の事に専念したほうがいい。最近、少し荒が出始めているからね」
「それは、儲けに眩んだバイヤーが、勝手に…………」

 口ごもったが、榎林はそれ以上言い訳を続けなかった。「確かに、最近管理が甘かった」と認めて、代わりに自分がどれだけ有能なのかをアピールするように夜蜘羅に主張した。

「手駒を入れ変え、新しい卸し場も確保できた。それに、実験も順調に進んで十分あのお方の役に立てている。あなたが、あのお方のために紹介してくださった李(り)という方も、少々癖があるが今までの連中と違って非常にいい腕をしていて……私が任された計画は、二段階目に突入している」

 滞りなくスムーズだ、と榎林が言うなり、門舞が美麗な顔でにっこりとした。

「僕が言った通り、前もって足手まといになる業者を潰しておいて正解だっただろう? さすがにあそこまで派手にやったら、ルール違反だよ。まぁ新しい場所を探して自分で動くっていうんだから、ミスはしないようにね」

 これ以上フォローは出来ないよ、と門舞は悠々と続けて、頭の後ろで腕を組んでソファに身を沈めた。彼と夜蜘羅以外の顔には笑顔はなく、沈黙を合図にそれぞれが部屋を出ていった。


 最後に爬寺利が、門舞に視線を送って出ていったあと、彼は「ねぇ、夜蜘羅さん」と楽しげに声を掛けた。


「言わなくて良かったのかい? そろそろ、榎林さんのところが危ないってこと。夜蜘羅さんが手下を入りこませている大きい組織が、動き出しそうなんだろう?」
「まぁね」

 夜蜘羅は含み笑いをした。量が少なくなったワイングラスを口元で傾け、喉の奥に流し込む。

「本当はあの方の計画よりも、自分の楽しみを優先にしているだけなのにねぇ」
「門舞君もそうだろう? 君だって、面白い物見たさにここにいる。つまらない日常や世間よりも、隠された存在や秘密に翻弄されるのが好きでたまらないんだ」

 どうでしょうねぇ、と微笑をたたえて門舞は目を閉じた。

「僕は楽しければどっちでもいいんですよ」

 そう続ける彼に、夜蜘羅がワイングラスを下ろしながら「私もだよ」と低く言って、空になったグラスを手で握り割った。

 大きな手に押し潰されたワイングラスは、砕け散る音を静寂に響かせて落ちていった。バラバラとそれがテーブルの上に広がるようにこぼれ落ちて、もとの器よりも壊れた方が美しいと、二つ分の楽しそうな笑みが上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...