「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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屋上のこと、夜間の少年たち(1)

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 高知県警察本部刑事部捜査一課で、内田のもとに金島から電話連絡が入った頃。

 午後十時十二分、パチンコ店の屋上には二つの影があった。

 一人はすらっとした体格をした男で、顔には狐の面をかぶっていた。彼は直立不動しナンバー1に続く、直属の上司にしてはずいぶんと若い青年、ナンバー4を見つめている。

 ナンバー4である雪弥は、アンテナ上部を戻した携帯電話を耳に当てていた。力なく三日月を見上げる瞳は、殺気も感じないほど静まり返っている。

「ええ、殺しませんでしたよ」

 上司であるナンバー1に、雪弥は静かな口調で続けた。

 今、手頃な高さに腰かけている彼は、ゆっくりと視線を正面へ戻した。そこには、月明かりに振動する巨大な肉片がある。


「その代わり、邪魔だったので全ての四肢を切り落としましたが」


 告げる声は柔らかい。だが、その言葉は戦慄を覚えるほどに冷酷な内容だった。

 青年が腰かけているのは、胴体と首だけが残った巨体生物の上だった。既に人だった頃の形相をなくしてしまっているその口には、狐面の男によって猿ぐつわがされていた。辺りには切られた手足が四方に散らばり、血を吹き出すことなく振動を続けている。

「薬が利いている効果なんですかね? 切り口が一瞬で塞がって、びっくりしました。まぁ、おかげで返り血も浴びなかったし、出血死の恐れもなくなったんですけど」
『……適切な判断だったと思う。カメラで現場の様子はずっと見ていたが、あのままでは確実に、優秀な第四部隊の隊長を失っていただろう。だが、その里久とかいう青年の命も長くはない可能性がある。これまで東京で上がった筋組織が発達した薬物検挙者は、みな姿戻ることなく死んだからな』

 つい先程ゲームセンターで普通に言葉を交わした青年だったと聞いて、少し気遣うような声色で、ナンバー1は告げる。

「なるほど、こういう姿を見るのは、あなたは初めてではないんですね。――とはいえ、ここまで変容している状態で、尚且つ生きたまま確保出来たのも初めてで、今進めてる薬の件と併せて早急に調べるわけですね?」
『その通りだ。場合によっては、白鴎学園内の薬物使用者に関しての処置が変わる。先程手に入った情報では、赤い薬はレッドドリームと呼ばれ、麻薬でも覚せい剤でもない代物らしい』

 それを聞いて、雪弥は「ああ、だからか」と凪いだような心で思った。

 先程、まだ人の姿をしていた里久が赤い夢といっていたのは、レットドリームだと分かって、それをぼんやりと思い起こす。

『今回手に入れた二つの薬の現物についても、すぐ調べに当たらせる。どのような反応を引き起こすものかが分かれば、事の真相把握にも繋がるだろう。もしかしたら、青い方を継続して使用する事で、体内に何かしらの変化が起こり、そこに赤い方が加わってようやく反応が起きる――という線が強そうだけどな』

 実際の使用者たちを調べている中で、色々と判明し始めていることもあるようだ。必要になれば話をされるのだろうと察して、雪弥は一人頷く。

「なるほど、そっちもそっちで、結構調査に進展があるみたいですね? まぁ、あとは任せますよ。僕は引き続き、こっちでの現場調査を進めますんで」

 雪弥は電話を切ると立ち上がった。

 そのまま屋上から降りようとした彼に、狐面の彼がが歩み寄ってきて、すっと小さな物体を差し出した。それは、一瞬にして里久の四肢を切り落としたとき、雪弥の腹ポケットから飛び出したストラップ人形だった。


「白豆、無事保護しておりました」


 男が、報告時と変わらない様子で、抑揚なく真面目にそう告げる。

 雪弥は白豆を受け取り、彼をじっと見つめた。戸籍すら持っていない暗殺部隊は、ナンバーズとは別の組織と括られている。エージェントに素顔を見せることはなく、知っているのは彼らをまとめるナンバー1だけであった。性別も明らかにされてはおらず、彼らは男女問わずに変装するという特技を持っている。

「そういえば、君をなんて呼べばいいのか訊いてなかったね」

 ニックネームはあるの、と雪弥は囁くように尋ねた。向かい合う彼は一歩身を引いて、頭を下げながら「いいえ」と否定の言葉を述べる。

「ナンバー4の望むままに。昔からのように狐野郎と呼んでくださっても結構です」
「あ~、アレはただの行き当たりばったりというか八つ当たりというか……うん、じゃあ夜狐(やぎつね)って呼ぼうかな。こうして顔を合わせるときって、大抵夜だから」

 雪弥は語尾を弱めて言葉を切ると、ふと視線をそらせた。

「君は、まるで夜をまとった狐だ」

 夜風が彼の髪を柔らかに揺らし、しばらく風音が二人の耳もとで騒いだ。去ったあとの静寂には、肉片と里久が身をよじる音ばかりが残る。

 前触れもなく歩き出した雪弥に、第四暗殺部隊隊長、夜狐が深々と頭を下げた。「お見事な名、大事に致します。いってらっしゃいませ」という言葉に雪弥は答えず、陽気に笑む白豆を左手ごと腹ポケットに入れて、人通りのない裏手へと飛び降りた。

             ※※※

 何事もなかったかのように歩き出す雪弥の足取りは、非常にゆっくりとして力がない。路地をしばらく歩き進んだ後、明かりがまだある大通りに抜けようと方向を変えたのは、閉店した商店街の静けさに気付いた頃だった。

 一方通行の信号は、赤を点滅させていた。人の気配はまるでなく、シャッター通りとなった交差点まで薄暗い道が五メートルほど続く。

 そこにもみ合う三つの人影を見つけ、雪弥はようやく足を止めた。

「くそっ、この酔っぱらい親父が!」

 それは、学校ですっかり聞き慣れてしまった暁也の声だった。静寂に満ちていた雪弥は、そのただならぬ様子の声を聞いて我に返り、その光景を見入った。

 壁にもたれて座り込むスポーツウェアの修一の前に、黒い学ランを脱ぎ捨てた暁也が立っていた。彼が対峙しているスーツを着崩した中年男性は、頭にネクタイを巻いて「このクソガキどもめ、何時だと思ってる!」と喚き散らしている。

 男性はひどく酔っているようで、八つ当たりに似た罵声を二人の少年に浴びせていた。雪弥は大人げなさを感じながらも、二人の少年に「こんな時間に何をしているのだ」と思わずにはいられなかった。


 大人として対応するのも面倒になり、躊躇することなく彼らに歩み寄って、雪弥は男性の背後に立った。革の財布を振り上げる毛深い手首を軽く掴み、その動きを止める。


 次の瞬間、体重八十キロは越えているであろう小太りの男性が、巨人に振り上げられた小人のように、宙を一回転して地面に叩きつけられた。手加減されたため顔面骨折もしておらず、打撲だけで意識を飛ばして静かになる。
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