「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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三者それぞれの午後四時~転がり始めた石のように動きだし加速する事態~(3)

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 昼に理事長兼校長室でエージェントたちの話し合いをした後、雪弥はいつもと変わらぬ時間を学校で送った。放課後になると修一と暁也が矢部に呼び出され、彼らを見送ってなにくわぬ顔で学校を出て帰宅したのは、午後四時を少し過ぎた時刻だった。

 部屋は相変わらず殺風景としていた。一つ違っていたのは、枕元に残したままの見慣れた自分の携帯電話の横に、火曜日の夜クレーンゲームで取った人形「白(しら)豆(まめ)」がひょうきんな顔で座っていることだ。

 ストラップなのでどこかにつけるべきかと、この二日間彼は悩んでいたが、普段持ち歩くものは携帯電話か財布しか思い浮かばなかった。やはり携帯電話しかないか……そう思って仕方なくそれを取り上げたとき、ナンバー1から緊急の着信が入った。


「二次被害、ですか?」


 時刻は四時二十分。

 通報を受けた交番から三人の警察官が出向き負傷、容疑者逃走中という内容を聞いた雪弥は、素早くカーテンを閉じ直してナンバー1に尋ねた。話すナンバー1の声は急いていた。

『今大急ぎで調べている。通報したのはパチンコ店の客だ。若い青年に因縁をふっかけられて殴られたそうでな、唐突に激怒されたうえ会話が噛み合わなかったという証言から、我々は例の薬をやっている大学生じゃないかと勘ぐっている』

 ナンバー1は、明日が取引だという直前の急な展開に、かなり苛立っているようだった。電話越しに短い舌打ちが聞こえ、雪弥は鬼の形相をした彼を思い浮かべた。

『それと、マークしている丸咲金融会社第一支店の尾賀が首謀者だと推測していたが、社長をやっている榎林政徳自身が主犯格だと分かった。奴がレッドドリームを持ち出して、茉莉海市に入ったぞ』
「なんでこっちに入ってんですか」

 なんで一気に集中していろいろ起こるんだよ、と思わず雪弥は口を挟んだが、間髪入れず『知らん』と怒号した上司の声を聞いて、煩いなぁといわんばかりに携帯電話を耳から離した。

『レッドドリーム関連の取引があると危惧しているが、明日デカい取引のはずだろう。潜入していたナンバー四十二も行き先しか分かっとらんし――』

 ナンバー1の言葉が不意に途切れ、遠くで『なんだこのクソ忙しいときに』という一喝が聞こえた。

 特殊機関が管轄している茉莉海市では、警察の機能が抑えられている状況だ。負傷した三人の警察官は近くの病院へと運ばれていたが、署への連絡要請は電波をジャックした潜入エージェントが取っている。容疑者がブルードリームの使用者でないと分かれば、警察が動く手筈だった。

「ナンバー1、榎林容疑者は僕が――」

 考えて、そう告げかけた雪弥の言葉を遮るように、上司の声が重なった。

『今、そっちで問題を起こして逃走している人間が割れたぞ。白鴎学園大学部所属の鴨津原健、半ば錯乱していたという報告からしてもブルードリームを摂取している可能性が非常に高い。もしかしたら前回の被害者同様に、レッドドリームも所持している恐れもある』

 知った名を耳にし、雪弥はゲームセンターで出会った大学生を思い起こした。彼の目の前でレッドドリームを服用した里久の友人、鴨津原健である。

 雪弥は一瞬「まさか」と疑ったが、友人である里久から誘われたのだろうと考えれば不自然ではなく、その事実を否定出来る強い言葉も言えず口を閉じた。先日に、ゲームセンターで接触していた人間の名であることを報告で聞かされていたナンバー1の声も、まさか最悪の予想が的中するとは、と言わんばかりに重い。


「――彼は、僕が当たります」


 場所は、と続けて雪弥は銃をブレザーの下に押しやった。着替える時間も惜しく、そのまま玄関へと向かう。

『二組の方向はどちらも南方面だ、お前に任せよう。学生の方は、里久と同じ状況でなければ、見つけ次第潜伏しているエージェントに委託してすぐに榎林の捜査に当たれ。レッドドリームを確保し、奴から情報を引き出せ、その際の手段は問わん』
「了解。処分が決まっていない青年は、――保護ですよね?」
『……状況によっては、情報を持っていない連中もろとも処分することになるかもしれんがな』

 ナンバー1は重々しく告げた。

 特殊機関総本部では、薬を服用した人間の検査と調査が進められている。その状況が思わしくないことを、雪弥は上司の口ぶりから静かに悟った。もしかしたら、ブルードリームだけでも何かしら引き起こっている事でも判明したのか――

「…………なんのために、うちに精鋭揃いの研究班がいると思ってんですか。治療法と対策について急ピッチでやらせてください」

 だって、まだ鴨津原健は、里久のように化け物化はしていないのでしょう?

 雪弥は続く言葉を呑み込み、電話を切って部屋を出た。

             ※※※

 人や車の行き交いが多い茉莉海市から南側へ、雪弥は人の目を避けるようにして移動を開始した。建物の屋上へと跳躍し、遠くに海を眺めて次々に各建物へと飛び移る。

 途中ナンバー1から『南の旧市街地方面だ』と続けて連絡を受け、真っ直ぐにそちらへ足を進めた。横断するため一度信号機や電柱に着地したが、一瞬でその場を離れたので、彼の姿が人の目に止まる事はなかった。

 茉莉海市にある第二住宅街を更に南へ下ると、旧帆堀町市街地が残っている。まだ老朽化の残る建物があり、隣接する農地を越えると生い茂った荒ら地が隣町まで続く。静まり返った整備工場や鉄筋コンクリートのアパートには人の気配はなく、開拓前の手つかず状態で細い路地や車のない道路が点在していた。

 雪弥は、一階にシャッターが降りる、細い二階建てのアパート屋上で足を止めた。信号機や人の絶えた道路は荒れ、港へと行き交うはずのトラックは特殊機関によって封鎖されているため通行はない。

 雪弥は辺りを見回し、動く人影や車を探した。

「そんなに遠くへは行っていないと思うんだけど……」

 追い越した可能性も考慮しながら、雪弥はちらりと携帯電話を見て、現在の時刻が四時二十七分であることを確認した。

 港まで三百メートル続く建物の半分は取り壊されており、左右には緑地帯が広がっている。茉莉海氏を取り囲むように連なる農地と荒ら地は、ゆるやかな山地へと続いていた。

 雪弥は地上と建物へ足を運びながら、辺りに目を配った。港入口まで来て引き返したとき、ふと、細い路地に一台のバンが斜め向きに止まっていることに気付いた。

 黒のアルフォードは運転席と後部座席の左右が開かれたままで、すぐそばには、別の車の新しいタイヤ痕が残っていた。それはバンの手前で急カーブを切っており、路地を真っ直ぐ進んでいる。

 車のナンバーが東京であることに目を止め、榎林一行のことが脳裏を過ぎった。彼らの車なのか、今から会う取引先の組織のものなのかは判断し難いが、偶然にも逃走中の鴨津原が、取引に踏み込むような事があったら最悪の鉢合わせだ。

 多くのレッドドリームを所持しているのは榎林一行であり、そこには銃を所持した人間も付いている事だろう。学生である鴨津原が、もし彼らと遭遇した場合は、口封じのために殺される展開しか浮かばない。


 雪弥は「ちッ、なかなかタイミングが悪いな」と舌打ちし、走り出そうとした。しかし、不意にその停められている車のある部分に目が留まり、顔を顰める。


 車体の左側面部に、大きな凹み傷があった。まるで同じ大きさの車に衝突させられたような、ひどい損傷である。近寄って細部を調べると、剥き出しになったアルミに少量の血痕が残っていた。血液は冷え切ってはおらず、まだ固まってもいない。

「何かが起こったのか……?」

 嫌な予感がして素早く踵を返した時、雪弥は微動するような低いトルク音を聞いた。こちらに向かってくる何者かの気配を覚え、ひとまず様子を見るべきかと、咄嗟に地面を蹴り上げて高く跳躍し、古びたアパートの屋上に飛び移った。

 雪弥は、屋上で身を屈めるように膝を折ると、気配を殺して先程までいた地上を見下ろした。

 一台の白いBMXが、こちら向けに路地が連なる細道を猛スピードで走行していた。茉莉海市では見掛けない高級車である。それは、人の少ない方向へ向かうように、荒々しく進行方向を変える。

 その車が古びた建物の向こうの角を曲がっていく直前、雪弥は車のナンバーへと目を走らせた。光を帯びた彼の瞳孔が収縮し、1.5キロ離れている先の車のナンバープレートに『東京』の文字を見つける。

 榎林たちと、何かしら関係がありそうだ。

 続けて東京方面から車が入ってくると言うのも珍しい。雪弥は、地面へと向かって飛び降りた。走り去ったその車の方角が、損傷し停車しているアルフォードの横を走る新しいタイヤ痕が伸びている方角と一致しているのを見て、迷わず駆け出す。


 逃走中の鴨津原も気になるが、まるで襲撃を受けたような車や、そばに残る別の車のタイヤ痕、新たに登場した東京ナンバーの車と、頭の中は忙しない。


 茉莉海市一帯の地図を頭に浮かべてみると、向かう先は人の少ない土地であると分かった。以前頭に叩き込んだ地理資料を記憶から引っ張り出すと、この方角に位置していて、尚且つ取引に使えそうな無人廃墟には一軒心当たりがある。

 耳を済ませると、先程覚えた車の走行音もそちらに向かっているようだった。

 雪弥はまるで廃墟外と化したような、古い時代を思わせる人も車もないそこを猛全と駆けた。
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