「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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富川学長、夜の学園で(1)

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 仲間に引き入れたい人間がいる、と富川が聞いたのは夕刻時だった。

 高等部校舎から尾崎が出でいったことを確認してずいぶん経った頃、前触れもなく常盤から電話が掛かってきたのだ。尾崎が留守の間に鍵を換えた放送室を使うと告げながら、常盤は興奮気味にまくしたてた。

 富川は大金と女、地位と権力以外には興味がなく「好きにしろ」と許可を出した。彼は今回の取引に対して円滑にサポートしている常盤を、尾賀から紹介された藤村たちよりも買っていた。

 わざと目の前で明美と身体を重ねたことがあったが、常盤は構わずに薬を教え込んだ女子大生を犯し始めた。優等生の皮下に強い悪意を秘めていることを知ってから、富川は常盤をひいきしていた。

 父が国会議員を勤めていた富川は、ろくな学生時代を送ってこなかった。中学生の頃に女と酒に溺れ、高校生になると集団で強姦を楽しんだ。盗撮、暴行、覚せい剤、麻薬に対して抵抗がない姿は、今の常盤と同じであったと富川は思っていた。

 富川は大学を出て教師の職に就いたが、少年を抱く楽しみも覚えていた。その行為は止まらず、性欲のためなら対象は少年少女と問わなかった。成長段階の子供から大人まで幅広く、ベッドで少年同士が戯れる様子を眺めて興奮することが一番のお気に入りだった。

 暴力団が経営していた売春店は、金を出せば富川の欲求をすべて満たしてくれた。常連となっていた富川は、そこで佐々木原という店主と顔見知りになり、彼の雇い主だった榎林と面識を持った。性癖が似ていた二人はすぐ意気投合し、共に肉欲を楽しむ仲となった。

 それから十二年の歳月が流れた今年の五月、富川は榎林の紹介で尾賀と出会った。大金と共に女と権力がついてくる榎林の誘いは魅力的だったが、尾賀とビジネスをすることに富川は賛成できなかった。高知市で顔を合わせた尾賀の、他人を見下す態度や物言いがひどく鼻についたのだ。

「部下として藤村組を用意してあるので、対応は彼らに任せたらいい」

 そう榎林に提案されたが、富川は渋った。尾賀と顔を会わせた二十分間、早口で一方的に自慢話やうんちくを聞かされて、彼はうんざりしていたのだ。傲慢ではあっても、榎林は礼儀を欠かない男だった。自分こそが偉いというような尾賀を、富川は人間的に好きになれなかった。

 富川が儲け話に乗り気になったのは、尾賀との連絡掛かりとして明美が送られてきてからだった。下心をくすぐる容姿もさながら、彼女は最高のテクニシャンであった。

 これまでに感じたこともない強い快楽を富川に与え、常に彼の性欲を満たして悦ばせた。明美に「あなたは顎で指示するだけでいいのよ、他は全部、尾賀たちがやってくれるんだから」と聞かされ、富川は今回の取引に協力することを決めた。

 誰かに従うことが嫌いな人間であったが、富川は大きな権力の前では腰を低く構えた。彼は「どうすれば自分が優位な位置にいられるのか」よく理解していた。場所を提供し、藤村と尾賀たちに全部任せていれば大きな利益を得られる。怖いほど良い条件だと富川は考えた。

 富川は、ヘロインを持ってくる李には「これからもいいビジネスをしましょう」と愛想を振ったが、鼻につく尾賀は出来るだけ藤村に押し付けていた。

 尾賀には大きな暴力団や他の権力者の後ろ盾があることを知っていたが、いつものように「親睦を深めて私に利益を」とすることも出来なかった。「分かっているのかね」「だから私は初めからそういっているね」「こうじゃないかね」と尾賀に意見を押し付けられるたび、富川は反吐が出そうなほどの嫌悪感を覚えた。


 午後十時を回った頃、覚せい剤パーティーが大学校舎二階で行われる中、富川は学長室で神妙な表情を浮かべていた。薄暗い照明ばかりがぼんやりと灯った室内では、秒針が刻む音が響き渡っている。


 港で会った李に「迎えなんぞ要らんわい!」と追い返された明美は、数十分前に一旦学園へと戻って来ていた。電話越しで事情を聞いた富川が「一度戻って来い」と指示したのだ。

 明美はどこか様子がおかしかった。いつもの気丈な表情は不安に曇り、学長室にやってくるなりこうこぼした。

「ねぇ、富川。本当に今夜は大丈夫なのよね?」

 今まで尾賀と売買していたお前なら分かるだろう、と富川は返したが、明美は納得しなかった。「そうだけど」と言葉を濁し、「嫌な予感が消えないのよ」と珍しく弱々しげだった。

「確かに鴨津原の件も、いつも通り報道規制もしっかりされているわ。尾賀の後ろに大きな権力が持った連中がいることも十分に分かってるけど、なんだか胸騒ぎが止まらないのよ」

 そのタイミングで学生を集め終わった常盤が戻って来て、「じゃあ念のために、俺がもう一度見てくるから」と提案しその話は終わった。戻って来る際には藤村と一緒であることを告げて常盤は出て行き、尾賀と合流予定の時間まで、明美が彼の代わりに覚せい剤パーティー会場に入ることになったのだ。


 そうやって大学の学長室に一人残された富川は、予約したホテルでの楽しい夜を期待して思い浮かべていたのだが、ふと、先程の明美の様子が思い起こされて小さな警戒心を覚えた。


 警察にマークされていないだろうな。

 富川は懸念したが、事件も起こらない茉莉海市でそれはないだろう、とすぐ冷静になった。この学園で取引が行われることは初めてなので、明美は少し神経質になっていて、きっとそれは自分も同じなのだ。

 そのとき、彼の携帯電話が細々と震えた。富川は常盤からの着信であることを確認すると、電話に出るやいなや「どうだ」と開口一番に尋ねた。危惧すべき事態はあまり想定していなかったが、念には念を、と彼はいつになく慎重になった。

『特に変わった様子はないよ。月末だからかな、金曜日の割に静かなものさ』

 常盤は先程、らしくない様子だった明美に、自分が町の様子を見て来てあげるよといって町に足を運んでいた。電話越しに聞こえる彼の声は、夕刻から変わらず浮わついている。仲間に引き入れる人間が「殺しも平気な奴さ」と語ったときと同じ口調だった。

 一体どんな奴なんだと富川は訝しがったが、藤村のように平気で暴力をふるい、常盤のように利口で賢い人材であれば構わないと思っていた。
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