可愛いあの子の継母になるなら、獣人大公の嫌われ妻でも構いませんわ!〜どうやら私は侯爵家の悪女のようです〜

百門一新

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「夫人も、いいだろうか?」
「え?」
「親子の時間なのだろう? なら、『母』も加わらないと。そうだろうアリム?」
「うんっ、アイリスも来て! 三人で一緒にしよう!」

 アイリスは『畏れ多くも失礼します』と内心呟きながら、アリムの身長に合わせて腰を屈め、彼とヴァンレックとハイタッチした。

 見守っていたブロンズたちが小さく拍手を贈ってくる。

(こ、これは恥ずかしいわね)

 大人になってまで、雪だるまを作って褒められるとは思っていなかった。

「アイリス、もう一つ作っちゃう?」
「アリムが風邪を引いてしまっては大変だわ」
「僕は平気だよ」
「アリム、鼻が赤くなっているぞ。屋敷に戻ろう」

 ヴァンレックが軽くアリムの鼻をつまむ。

 アリムが怒って、吹き出したヴァンレックにつられて、アイリスも笑った。

(楽しいわ)

 ヴァンレックも笑うんだなと思った。

「さあアリム、パパの言うことを聞いて、屋内に戻るわよ」

 ひとまずアリムを回収しよう。そう考えて一歩を踏み出したアイリスは、膝から力が抜けたみたいにかくんっときた。

「アイリス!」

 アリムの悲鳴が聞こえる。

「あらっ?」

 え、なんで。そう思った次の瞬間、アイリスは、柔らかな雪の上に両膝と両手をついていた。

「夫人っ?」

 ヴァンレックが慌てて駆け寄り、片膝をついてアイリスの肩を支える。

「まさか持病でもっ?」
「ち、違います」

 アイリスも、何がどうなっているのか分からない。

 自分がこんな体勢になっていて、しかも姿勢を直せないことに、疑問符がいっぱい浮かんでいた。

 ブロンズが、ハッとしてヴァンレックに声をかける。

「旦那様、奥様は人族であらせられます。もともとかなり細いですし、わたくしが見ていた限り通常の人族令嬢よりも体力はないほうかと――」
「なんだとっ? それなのにこれまであんなにアリムの世話を――」

 二人の会話を聞きながら、アイリスはハッと思い出す。

(し、しまったー! 体力が激弱なの忘れてたわっ)

 中身が『有栖』に入れ替わったとはいえ、肉体は『アイリス』だ。

 アリムの相手をしながら、毎日の散歩などでも密かに体力を少しずつ上げていく――そんな計画を立てていたが、無理があったらしい。

(この身体、なんて体力不足なのっ)

 雪だるま一体を作っただけで、寒さと労働力に耐えられなかったようだ。

「旦那様、実はご報告したいことが。奥様は日頃――」

 メイドが許可をもらって近付く。アリムを気にして何やら手短にヴァンレックへ告げ、あとで詳細を報告したいと告げている。

 もちろんアイリスは大人だから、内容を察せてしまった。

(あ、あぁ~っ。私が日頃それとなく限界が来てケア入れてるの、気付かれてたっ)

 座っておもちゃで遊ぶ時は休憩代わりになるし、アイリスはうまいこと自分の体力配分を調整して、アリムに付き合っていた。

 アリムが一日に何度かお昼寝を入れる年頃なのも助かっている。

 足に限界が来た時には、メイドたちからマッサージを受けてどうにか次の子供相手に挑んでいたが、どうやらその無理もメイドには知られていたようだ。

「アイリスっ」

 目を潤ませたアリムが心配したように駆け寄ってくる。

 その姿へ目を向けたアイリスは、不意にぐんっと持ち上げられた。

「きゃっ」

 驚いて目を向けると、そこには自分を両腕で抱き上げたヴァンレックがいた。

「だ、旦那様っ?」
「君は黙って運ばれなさい」

 彼が、軽々とアイリスを抱えて歩き始める。

 先頭を慌てたようブロンズが案内し、数人のメイドがエプロンスカートを両手で持ち上げて駆けていく。

「旦那様っ、こんなことしなくていいですからっ。少し休めば歩けるはずですっ」
「それまで雪の中に君を放っておけと?」
「アイリス、パパに運ばれて―っ」

 かなり心配だったようで、下からアリムが駆けながら言ってきた。

 それだけヴァンレックはツカツカとはやく歩いていた。

「うっ、心配をかけてごめんね。ただの体力不足なの」
「アリム、女性の体力は男とは違う。心配しなくてもいい」

 歩みを止めずにヴァンレックがアリムを見る。

(子供なんだから速度を落としてあげても)

 アイリスはそれを伝えるべく、ヴァンレックの軍服をぐいぐい引っ張る。

 彼は気付いた癖に、ふいっと視線をアリムに戻した。

「パパがちゃんと連れて行ってくれる?」
「ああ。メイドの言うことを聞いて、部屋に戻っていてくれるか?」
「うん! 任せてっ」

 アリムは言うことを聞いて、自分付きのメイドのもとに駆けていく。

(ア、アリムーっ)

 今は彼の存在が有難かった。男の人に抱き上げられている状況が落ち着かないし、感じるたくましい両腕にアイリスは身体が縮こまる。

「だ、旦那様――」
「まだ逃げる算段でも?」
「わざわざ旦那様にさせているのが申し訳なくっ」
「自分で歩く案はなしだ。君の体力が、そうはやく戻るとは思えない」

 アイリスの身体がかすかに震えているのが、寒さだけではないと彼は感じ取っているようだ。

「で、ですが大公様に」

 居候の一人であると意識して『旦那様』と呼んでいるが、アイリスにとって、ヴァンレックは『ヴァルトクス大公』だ。

(そんな人に騎士みたいに運ばせるなんてっ)

 玄関に上がるまであと少し。アイリスは大急ぎで考える。

「……私が自分で歩くのがだめというお話ですよね、それなら……あっ、他の騎士に頼みますからっ」
「何?」
「大公様のお手をわずらわせないで済みますし――ひぇ」

 アイリスは言葉を切った。心配してそばに集まった騎士たちも動きを止める。

 開いた玄関の前、振り返ったブロンズも『いったい何をやらかしたんだ』という青ざめた顔だ。

 ヴァンレックがようやく足を止めてくれた。

 だが、見つめ返してきた彼は、殺気をまとっているように感じる。

「アイリス」
「ふぁい!?」

 噛んだ。初めて名前を呼ばれて、動揺したのも理由にある。

(そこまで不機嫌にっ?)

 彼の金色の瞳は圧がすごかった。確かに『狼』の獣人だと言われると、狼大公と呼んでもよさそうだと納得す――。

「君は『夫人』だ」
「え、夫人?」
「まさか忘れてはいないよな?」

 ヴァンレックがずいっと顔を寄せてくる。

「わ、忘れてはいませんが」
「君は、ヴァルトクス大公妃であり、ヴァルトクス大公夫人だ」
「そ、そうです」
「書類上は俺の妻だ。それなのに他の男に抱き上げるのを許すのは、変だと思わないか?」
「思います、思いますからっ」

 彼の顔がぐんぐん迫ってくるので、アイリスは慌てて強く返事をした。

「こういうことがあったら、夫の俺が運ぶ。いいな?」
「はいっ」
「そして今回みたいに体力が要る遊びに関しては、俺を同行させること」
「分かりましたっ」

 どこまでその体力の範囲にかかってくるんですか? なんて軽々しく質問できる雰囲気ではなかった。

 そもそも早く顔を離してほしい。

(彼は、自分の顔が美しいことを自覚したほうがいいわっ)

 アイリスは両手で自分の顔を覆った。

「あっ」

 なんてヴァンレックの声が聞こえた。

 まるでアリムが『隠しちゃったっ』と残念がった時の声に聞こえたが、きっとアイリスの勘違いだろう。

 彼みたいなお人に、目の前で真っ赤になった女性の顔を見て楽しむ趣味なんて、ないだろうから。

 ◇∞◇∞◇
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