男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新

文字の大きさ
7 / 27

一章 ホノワ村のラビィ(6)

 伯爵夫人に、ビアンカの件が解決したと手短に挨拶を済ませた後、ラビは、セドリックとユリシスに「仕事が残ってるから帰る」と強引に告げて別荘を出た。

 玄関にたむろする騎士達と鉢合わせしたが、驚くその三人を睨みつけて、道を開けさせた。

 朝に収集した薬草の一つに関しては、加工作業が残っていたので、手っ取り早く済ませて、少し休もうと考えていたのだが――

 
 何故かセドリックとユリシスがついて来たうえ、断りもなく家に上がってきた。


 小さな家は、奥に寝室への続き扉を置いて、キッチンと食卓と作業台が一つのスペースに詰められたような間取りをしていた。足場の踏み所を狭めるように、辺りには本やノートが積み重ねられている。

 そんな中、小さな食卓に二人の男が窮屈そうに腰かける事になった。

 元々三人家族で住んでいたので、どうにか椅子は足りたが、ラビとしては不服だった。

「このお茶、苦いですね」
「嫌なら帰れ」

 ユリシスが飲んで早々、感想を口にした。家に上がった当初、彼は整理整頓のなさを指摘してきし、人間が住む場所じゃないとまで言い放ったが、上司であるセドリックが腰を落ち着けているためか、出て行く気配は一向になかった。

 ラビは、苛々しながら作業台の上の支度を進めた。改めて室内の様子を見渡したセドリックが、「すごく狭くなりましたね」と驚いた様子で口にする。

 ここ数年、本や地図などの資料が増えていたから、ラビは彼を家に入れていなかった。何かと煩く言われるだろうとも想像が付いたし、一人と一匹で暮らしているのだから、大きな彼が入ると窮屈になってしまう。

「この大量の本は、一体なんです?」
「お客さんに譲ってもらった図鑑とか資料。欲しい薬の材料を頼まれるから、オレでも加工出来るものがあれば手伝ってるんだよ。父さんや母さんみたいに技術は持ってないけど、簡単なものだろうと、仕事だから失敗したものは渡せないだろ」
「相変わらず、そういったところはマメなんですね」

 ラビが加工台に向かって背を向けてしまうと、暇を持て余したユリシスが、早速近くに積み重なっていた古紙の束に目を向けた。

 つまんで広げてみて初めて、ユリシスは、そのほとんどが地図なのだと気付かされた。かなり書き込みがされており、国内ばかりではなく、大陸全土の地図が収集されているようだった。

 セドリックも近くから一冊の地図を拾い上げた、地図を黒く塗り潰すバツ印を見て眉を顰めた。どれも人里を中心に書き加えられ、ついでといった具合で、生息している動物や害獣の名前が走り書きされている。

 集められた地図は黄ばんで古びており、何度も広げては畳まれた跡が残されていた。

「ラビ、このバツ印はなんです?」
『仕分けてる地図を勝手に見てるけど、いいのか?』

 セドリックが華奢な背中に問い掛けた時、窮屈そうに床に寝そべっていたノエルが声を上げた。

 ノエルの言葉を聞いて、ラビは眉間に皺を刻み、自由すぎる二人の男を振り返った。彼女は、ノエルの尻尾を踏まないよう避けて通ると、セドリックとユリシスの手から地図を奪い返した。

「勝手に見るな、触るなッ、眺めるな!」
「だって暇なんですよ。副隊長も、私も」
「くっそ、この自由人どもが。もてなした覚えはないんだからとっとと帰れ! もしくは大人しくしてろッ」

 ラビは、反論したユリシスに怒鳴り返した。

 不意に、セドリックに腕を掴まれて、片手に取り返した地図をあっさりと奪われた。ラビが驚いて振り返ると、そこには、冷静ながらも強い眼差しをしたセドリックがいた。

「ラビ、答えて下さい。この大量の地図や、バツ印はなんですか? あなたの仕事に地図が必要だなんて聞いた事がありません」

 いつになく真剣な眼差しだったので、ラビはたじろいだ。

 掴まれた腕の力強さから、話すまで解放しないという空気も感じて戸惑う。

「……印は、印だよ。聞いたって面白くないよ」

 そう弱々しく反論しつつも、ラビは促す彼の腕に逆らえず、余っていた椅子の一つに腰かけた。

 セドリックの力が弱まったので、手を振り払って、自分の分として用意していたお茶を口にした。すぐそばで、ノエルの尻尾が振れている様子に気付いて目を向けると、彼の長く大きな尻尾が左右にゆっくりと振れて、柔らかそうな毛並みを動かせていた。

 どうして、誰も彼が見えないのだろうかと不思議になる光景だ。


「――ちょっと、旅に出ようと思って……そろそろいい加減、もういいかなって」


 みんなには秘密の、大事な友達。
 初めてラビの友達になってくれて、髪や目を好きだと言ってくれた。

 ノエルから話を聞かされるたび、ラビは、いつか自分の目で見てみたいと憧れた。だから、いつか一緒に、人の目も気にせず旅に出る事が夢になった。


「もういいかなとは、どういう事ですか」


 ラビは、ハッと我に返った。つい口が滑ったと後悔したが、セドリックの探るような眼差しは更に鋭くなっており、誤魔化すのは難しそうだと悟る。セドリックは昔から、世話焼きで心配性という面倒な性格をしているのだ。

 ノエルの尻尾の動きが優雅過ぎるせいだと、ラビは内心八つ当たり気味に舌打ちした。

『なんだよ、俺なんも言ってねぇだろ』

 視線に含まれる言葉を察したノエルが、床に伏せたまま、呆れたようにラビを見つめ返した。

 ラビは、一番落ち着ける自分の家の中でありながら、彼と言葉を交わせない状況をもどかしく思い、コップをテーブルの上に戻した。ノエルと目を合わせたまま頬杖をつくと、ノエルも、ラビの不貞腐れた視線を受け止めた。

『俺のせいじゃねぇからな?』

 分かってるよ、とノエルは目で答えながら、セドリックが納得してくれるような説明を考えた。

「――昔から考えてはいたんだ、自由気ままな旅もいいよなって。ずっとタイミングが掴めなかったけど、ちょうど一段落出来そうだから、近いうちに出ようかと思って」
「誰かに相談したんですか?」
「相談なんていらないよ。残る家に関しては村の連中に全部譲るし、オレがどいたら有効活用出来ると思う」
「僕は反対です」

 セドリックが立ち上がった。眉を潜め、非難するような眼差しでラビを見降ろす。その視線を横目に見やり、ラビは面倒な説教が始まる事を予感して、そっぽを向いた。

「あなたは何を考えているんですか。いくら喧嘩が強いからって、まぁ確かに剣の腕もありますけど、無謀です。害獣の他にも山賊もいて、特にこの時期は被害が多いんですよ。何もこのタイミングで出て行かなくても――」
「だから、以前からずっと考えてたんだってば」
 
 ラビは鬱陶しくなって、幼馴染の言葉を強く遮った。

「獣師の勉強がてら、いろんな土地を渡るのだって悪くないだろ。オレはずっと独学で――……それに、ここに閉じこもっているよりは、ずっと面白いと思う」

 思わず本音をこぼすと、セドリックが急に真面目な顔で考え始めた。
 
 ようやく納得してくれただろうかと思いながら、ラビは喉の渇きを覚えて、コップを持ち上げた。しかし、沈黙を守っていたセドリックが、ふと、血の気を引かせた面持ちを彼女へと向けてこう言った。


「――まさか、僕がいない間に、誰かに何か、ひどい事をされたんですか……?」


 何故か心配するような声で、全く予想もしてないかった問い掛けをされた。

 ラビは、口に含んだお茶を、もう少しで噴き出すところだった。
感想 3

あなたにおすすめの小説

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!? 「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」 総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも! そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます

鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。 そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。 そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。 ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。 「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」 聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。