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五章 ラビィと妖獣と氷狼(2)
セドリックとユリシスは、ラビがテーブルに伏せている間も、次々に質問や指摘をして来た。
くそッ、なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
ラビは、心が折れそうになった。理不尽にも思える状況に沸々と怒りが込み上げた時、ふと、変に言い訳するから事がややこしくなっているのだと気付いた。
もう我慢は限界を超えており、どうにでもなれという気までして来た。
「ノエルは人間じゃなくて狼!」
追い込まれたラビは、顔を上げて言い放った。しかし、言ってすぐに後悔した。「誰にも見えない親友……だもん…………」と続けたが、馬鹿にされるのが容易に想像できて、一瞬にして背筋が冷えた。
ああ、しまったな、と思った。
二人の顔が見られず、ラビは再度テーブルに突っ伏した。セドリックが「どういう事ですか」としつこく訊いてくるので、そのまま喉から声を絞り出すように答えた。
「……ノエルは、お話が出来る狼だもん。いつだってずっとそばにいてくれる、一番の親友なんだ」
ノエルがいれば寂しくなかった。毎日話をして、二人で温もりを分けあった。彼がいれば何も怖くはないのだ。
死んだ両親と、ラビだけの秘密の親友。
口に出したらいなくなってしまいそうで、そうなったら嫌だなと思った途端に、涙が溢れてきた。自分のエゴだけで信じて欲しいとは言えないけれど、真っ向から彼の存在を否定されたら、立ち直れないような気もした。
二人の視線を覚えながら、ラビは泣き顔を見られないよう袖で涙を拭った。まるで言い負かされたようで悔しくて、テーブルの上を睨みつける。
「……もう放っておいてよ。ノエルがいれば平気だもん。誰にも見えなくったって、オレはノエルが存在しているって知ってるからッ」
その時、ラビは人混みの中から『ラビィ!』と上がる声を聞いた。
驚いて立ち上がると、漆黒の毛並みを乱して駆け寄ってくるノエルの姿があった。彼がラビの名前をきちんと呼ぶのは珍しく、大抵はひどく動揺している事が多い。
ラビは気付いて、慌てて人混みをかき分け、ノエルに駆け寄った。
『ちょっとヤバい事が――、おい、どうした? また人間に泣かされたのか? それとも、どこか痛いのか?』
「えッ。いやいや、違うよ。ちょっと目に埃が入っただけ」
ラビが咄嗟に言い訳すると、彼は『ふうん?』と不可解そうに首を捻ったが、すぐにハッとして捲くし立てた。
『ッじゃなくてだな。氷狼が群れで向かって来る! とりあえず【月の石】の在り処が分かったから、それを人間に任せたら、俺達はすぐにでも氷狼のところに向かおうッ』
ノエルは言い終わらないうちに、ラビの服の袖を噛むと、強引に引っ張り始めた。
「ちょッ、待ってよノエル! どこへ行くのさッ?」
『ちょうど、お前の幼馴染と眼鏡もいる事だし、誘導してあの二人に【月の石】預けよう。氷狼は、すぐにでも町に到着するだろうから、全部の石を無効化にしている時間はねぇ。悪鬼を潰さない限り氷狼の暴動は止まらねぇし、悪鬼が見えない人間だけで氷狼を対応するのは無理だ』
二、三匹でも苦戦するという氷狼が、数十の群れで突入してきたらどうなるのだろうと考え、ラビは青ざめた。氷狼は悪鬼に操られているから、ユリシスが言っていたように、死ぬまで止まらない。
ラビはノエルと共に駆け出しながら、こちらに駆け寄るセドリックとユリシスに気付いて、肩越しに「ついて来て!」と告げた。
ノエルは後方の人間を何度か確認しながら、人混みをかき分けて町中を疾走した。ラビは必死で彼の後を追いかけ、セドリックとユリシスも、ラビの姿を見失うまいと後に続いた。
※※※
町の中心地にある大きな商店の一角で、ノエルはようやく足を止めた。
並べられた荷車の中に、黄色い石が多く混ざった石炭が乗せられた荷車があった。黄色い石は大小様々で、まるで石の中に月光が入っているように鈍く光って見えた。
「ノエル、こんなところに堂々と黄色い石が置かれてるッ」
『落ち着けよ、普通の人間にはただの石にしか見えねぇんだ。【月の石】はこれだけみてぇだから、ひとまず隔離させとけば問題ない。このままここに置いて、最悪の展開で、氷狼を操っている悪鬼にみすみす取られる事態だけは避けたい』
セドリックとユリシスが、一足遅れてラビ達に追い付いた。
彼らは息を切らせつつ、石炭が詰められた荷車の前で佇むラビを不思議そうに見た。
「ラビ、一体何が――」
「この荷車に混ざっている石が、氷狼を凶暴化させているんだ」
ラビが早口で説明を始めた時、ノエルが両耳を立てて警戒の声上げた。
『おいおいッ、氷狼が人間とおっぱじめやがったぞ! あいつらは今回で決着をつける気だ、あの群れの数じゃ、腕っ節がある人間だろうと厳しいぜ――くそッ、時間がねぇな』
ノエルは大きく舌打ちすると、『非常事態だ、ルール違反だが使わせてもらうぜ』と呟き、【月の石】を一つくわえて、自身の強靭な歯で噛み砕いた。
石の中から月光が弾け飛んだ瞬間、ノエルの身体が一瞬青白い光を発した。
ノエルの漆黒の身体が一回り大きくなり、尾が二つに別れ、大地を踏みしめる足先から鋭利な爪が伸びた。艶やかな漆黒の毛並みが大きく揺らぎ、毛先から細かな光りがこぼれ落ちる。
一瞬の空白の直後、人々の悲鳴が上がった。
ラビたちを中心に、「化け物が出た!」と周りの人々が騒いで逃げ出した。地面にはノエルの影がハッキリと映り込み、ユリシスが驚いた拍子に尻餅をついて、セドリックが反射的に抜刀した。
ラビは、【月の石】を使った事で、ノエルの姿が他人の目にもハッキリと映っているのだと遅れて気付いた。
セドリックが素早く剣を構えたのが見えて、ラビは、咄嗟にノエルの前に立ち塞がり、「ノエルを切らないで!」と叫んだ。
「時間がないからあんまり説明してやれないけど、警備棟が氷狼に襲撃されてる。オレは先にノエルと一緒に行くから、とにかくこの荷車を丸ごとお願い!」
「ちょっと待って下さいラビッ、僕には何がなんだか……ノエルって、コレが狼のノエルだというんですか!? それにあの石は一体――」
セドリックが剣をしまいつつ、早口に畳みかけた。ユリシスが立ち上がり、ノエルを警戒するように見つめる。
すると、ノエルが地面を強く踏みつけて『ごちゃごちゃうるせぇ!』と怒号した。
『そんな暇ねぇっつってんだろ! お前らは見分けがつかねぇんだから、【月の石】が混じっちまってる荷車ごと隔離しとけってんだよ! 氷狼を誘導している悪鬼は人間を食うんだ。あいつらが、もしそれを使って完全に実体化しちまったら、町の人間はたちどころに餌になっちまうし、食われた人間の腹からは厄介な別の鬼が産まれるんだぞ!』
ユリシスが「化け狼が喋ってる……」と茫然と呟いた。自分の目と耳が信じられないのか、落ち着きなく眼鏡を掛け直す。
ラビは、後ろのノエルを振り返った。
「えッ、鬼? というか人間食べるの? そんなの聞いてないよ!」
『言わなかったんだよ、そんな知識いらないだろ――いいから俺の背に乗れ!』
ラビは「うんッ」と答えてノエルの背に飛び乗った。一回り大きくなったノエルの背は、昔乗せてもらった時の事を思い起こさせた。
彼の太い首周りに腕を回し、しっかりしがみ付くと、ノエルが頭を起こした。
『しっかり掴まってろよ、飛ばすぜ!』
「わかった!」
ノエルは一度、四肢を地面に踏み込ませると、爆発的な瞬発力で疾走を始めた。
彼は逃げ惑う人間を避けながら、大地の上を風のように駆け抜けた。避けられないほどごった返した馬車や人の群れがあると、大きく跳躍し、彼らの頭上を飛び越える。
ラビは、ノエルの背から振り落とされないよう、両手足でノエルの背にしがみ付いていた。彼が勢いよく駆ける周りで、馬が警戒して嘶き、犬と猫が身体を震わせて路地に逃げ込み、人々は阿鼻叫喚して逃げ惑った。
町がパニック状態になっているのを見て、ラビは、彼が誰にでも見えた場合の反応を改めて考えさせられ、「そうなるよなぁ」とぼやいてしまった。
誰にも見えないのは寂しいけれど、人間は小型の狼だけでも、害獣が出たと大騒ぎするのだ。
そう考えると、もし彼ほど大きな狼がいたとしたら、驚くのは当然の反応なのかもしれないとも思った。
※※※
大きな黒大狼の姿が見えなくなってすぐ、セドリックは辺りに素早く目を走らせた。
ちょうど見回りにあたっていたらしい二人の部下をみつけると、荷車を差して「これを頼む!」とだけ告げて走り出した。
上司が駆け出す姿を見て、ユリシスも駆けた。後方から若い騎士の「これ一体どうすればいいんですか!」という声が聞こえ、ユリシスは一度だけ振り返り「氷狼の一件の重要参考品です!」と叫び返した。
二人は、全力疾走で警備棟に向かって駆け続けた。
ユリシスはすぐに息が上がるのを覚えながら、少し前を走る上司の背中に向かって叫んだ。
「副隊長ッ、これは一体どうなっているのでしょうかッ。私にはさっぱりなのですが!」
「鬼や石や、喋る狼と気になる点は多々あるが――今は警備棟がピンチだという事でしょう。とにかく、考えるのは後で、今は走る!」
「くそッ、あの小娘! 後でみっちり取り締まってやりますよ!」
ユリシスは、自分に品のない悪態を吐かせた少女に怒りを膨らませながら、慣れない体力戦を強いられる状況を、恨めしく思った。
くそッ、なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
ラビは、心が折れそうになった。理不尽にも思える状況に沸々と怒りが込み上げた時、ふと、変に言い訳するから事がややこしくなっているのだと気付いた。
もう我慢は限界を超えており、どうにでもなれという気までして来た。
「ノエルは人間じゃなくて狼!」
追い込まれたラビは、顔を上げて言い放った。しかし、言ってすぐに後悔した。「誰にも見えない親友……だもん…………」と続けたが、馬鹿にされるのが容易に想像できて、一瞬にして背筋が冷えた。
ああ、しまったな、と思った。
二人の顔が見られず、ラビは再度テーブルに突っ伏した。セドリックが「どういう事ですか」としつこく訊いてくるので、そのまま喉から声を絞り出すように答えた。
「……ノエルは、お話が出来る狼だもん。いつだってずっとそばにいてくれる、一番の親友なんだ」
ノエルがいれば寂しくなかった。毎日話をして、二人で温もりを分けあった。彼がいれば何も怖くはないのだ。
死んだ両親と、ラビだけの秘密の親友。
口に出したらいなくなってしまいそうで、そうなったら嫌だなと思った途端に、涙が溢れてきた。自分のエゴだけで信じて欲しいとは言えないけれど、真っ向から彼の存在を否定されたら、立ち直れないような気もした。
二人の視線を覚えながら、ラビは泣き顔を見られないよう袖で涙を拭った。まるで言い負かされたようで悔しくて、テーブルの上を睨みつける。
「……もう放っておいてよ。ノエルがいれば平気だもん。誰にも見えなくったって、オレはノエルが存在しているって知ってるからッ」
その時、ラビは人混みの中から『ラビィ!』と上がる声を聞いた。
驚いて立ち上がると、漆黒の毛並みを乱して駆け寄ってくるノエルの姿があった。彼がラビの名前をきちんと呼ぶのは珍しく、大抵はひどく動揺している事が多い。
ラビは気付いて、慌てて人混みをかき分け、ノエルに駆け寄った。
『ちょっとヤバい事が――、おい、どうした? また人間に泣かされたのか? それとも、どこか痛いのか?』
「えッ。いやいや、違うよ。ちょっと目に埃が入っただけ」
ラビが咄嗟に言い訳すると、彼は『ふうん?』と不可解そうに首を捻ったが、すぐにハッとして捲くし立てた。
『ッじゃなくてだな。氷狼が群れで向かって来る! とりあえず【月の石】の在り処が分かったから、それを人間に任せたら、俺達はすぐにでも氷狼のところに向かおうッ』
ノエルは言い終わらないうちに、ラビの服の袖を噛むと、強引に引っ張り始めた。
「ちょッ、待ってよノエル! どこへ行くのさッ?」
『ちょうど、お前の幼馴染と眼鏡もいる事だし、誘導してあの二人に【月の石】預けよう。氷狼は、すぐにでも町に到着するだろうから、全部の石を無効化にしている時間はねぇ。悪鬼を潰さない限り氷狼の暴動は止まらねぇし、悪鬼が見えない人間だけで氷狼を対応するのは無理だ』
二、三匹でも苦戦するという氷狼が、数十の群れで突入してきたらどうなるのだろうと考え、ラビは青ざめた。氷狼は悪鬼に操られているから、ユリシスが言っていたように、死ぬまで止まらない。
ラビはノエルと共に駆け出しながら、こちらに駆け寄るセドリックとユリシスに気付いて、肩越しに「ついて来て!」と告げた。
ノエルは後方の人間を何度か確認しながら、人混みをかき分けて町中を疾走した。ラビは必死で彼の後を追いかけ、セドリックとユリシスも、ラビの姿を見失うまいと後に続いた。
※※※
町の中心地にある大きな商店の一角で、ノエルはようやく足を止めた。
並べられた荷車の中に、黄色い石が多く混ざった石炭が乗せられた荷車があった。黄色い石は大小様々で、まるで石の中に月光が入っているように鈍く光って見えた。
「ノエル、こんなところに堂々と黄色い石が置かれてるッ」
『落ち着けよ、普通の人間にはただの石にしか見えねぇんだ。【月の石】はこれだけみてぇだから、ひとまず隔離させとけば問題ない。このままここに置いて、最悪の展開で、氷狼を操っている悪鬼にみすみす取られる事態だけは避けたい』
セドリックとユリシスが、一足遅れてラビ達に追い付いた。
彼らは息を切らせつつ、石炭が詰められた荷車の前で佇むラビを不思議そうに見た。
「ラビ、一体何が――」
「この荷車に混ざっている石が、氷狼を凶暴化させているんだ」
ラビが早口で説明を始めた時、ノエルが両耳を立てて警戒の声上げた。
『おいおいッ、氷狼が人間とおっぱじめやがったぞ! あいつらは今回で決着をつける気だ、あの群れの数じゃ、腕っ節がある人間だろうと厳しいぜ――くそッ、時間がねぇな』
ノエルは大きく舌打ちすると、『非常事態だ、ルール違反だが使わせてもらうぜ』と呟き、【月の石】を一つくわえて、自身の強靭な歯で噛み砕いた。
石の中から月光が弾け飛んだ瞬間、ノエルの身体が一瞬青白い光を発した。
ノエルの漆黒の身体が一回り大きくなり、尾が二つに別れ、大地を踏みしめる足先から鋭利な爪が伸びた。艶やかな漆黒の毛並みが大きく揺らぎ、毛先から細かな光りがこぼれ落ちる。
一瞬の空白の直後、人々の悲鳴が上がった。
ラビたちを中心に、「化け物が出た!」と周りの人々が騒いで逃げ出した。地面にはノエルの影がハッキリと映り込み、ユリシスが驚いた拍子に尻餅をついて、セドリックが反射的に抜刀した。
ラビは、【月の石】を使った事で、ノエルの姿が他人の目にもハッキリと映っているのだと遅れて気付いた。
セドリックが素早く剣を構えたのが見えて、ラビは、咄嗟にノエルの前に立ち塞がり、「ノエルを切らないで!」と叫んだ。
「時間がないからあんまり説明してやれないけど、警備棟が氷狼に襲撃されてる。オレは先にノエルと一緒に行くから、とにかくこの荷車を丸ごとお願い!」
「ちょっと待って下さいラビッ、僕には何がなんだか……ノエルって、コレが狼のノエルだというんですか!? それにあの石は一体――」
セドリックが剣をしまいつつ、早口に畳みかけた。ユリシスが立ち上がり、ノエルを警戒するように見つめる。
すると、ノエルが地面を強く踏みつけて『ごちゃごちゃうるせぇ!』と怒号した。
『そんな暇ねぇっつってんだろ! お前らは見分けがつかねぇんだから、【月の石】が混じっちまってる荷車ごと隔離しとけってんだよ! 氷狼を誘導している悪鬼は人間を食うんだ。あいつらが、もしそれを使って完全に実体化しちまったら、町の人間はたちどころに餌になっちまうし、食われた人間の腹からは厄介な別の鬼が産まれるんだぞ!』
ユリシスが「化け狼が喋ってる……」と茫然と呟いた。自分の目と耳が信じられないのか、落ち着きなく眼鏡を掛け直す。
ラビは、後ろのノエルを振り返った。
「えッ、鬼? というか人間食べるの? そんなの聞いてないよ!」
『言わなかったんだよ、そんな知識いらないだろ――いいから俺の背に乗れ!』
ラビは「うんッ」と答えてノエルの背に飛び乗った。一回り大きくなったノエルの背は、昔乗せてもらった時の事を思い起こさせた。
彼の太い首周りに腕を回し、しっかりしがみ付くと、ノエルが頭を起こした。
『しっかり掴まってろよ、飛ばすぜ!』
「わかった!」
ノエルは一度、四肢を地面に踏み込ませると、爆発的な瞬発力で疾走を始めた。
彼は逃げ惑う人間を避けながら、大地の上を風のように駆け抜けた。避けられないほどごった返した馬車や人の群れがあると、大きく跳躍し、彼らの頭上を飛び越える。
ラビは、ノエルの背から振り落とされないよう、両手足でノエルの背にしがみ付いていた。彼が勢いよく駆ける周りで、馬が警戒して嘶き、犬と猫が身体を震わせて路地に逃げ込み、人々は阿鼻叫喚して逃げ惑った。
町がパニック状態になっているのを見て、ラビは、彼が誰にでも見えた場合の反応を改めて考えさせられ、「そうなるよなぁ」とぼやいてしまった。
誰にも見えないのは寂しいけれど、人間は小型の狼だけでも、害獣が出たと大騒ぎするのだ。
そう考えると、もし彼ほど大きな狼がいたとしたら、驚くのは当然の反応なのかもしれないとも思った。
※※※
大きな黒大狼の姿が見えなくなってすぐ、セドリックは辺りに素早く目を走らせた。
ちょうど見回りにあたっていたらしい二人の部下をみつけると、荷車を差して「これを頼む!」とだけ告げて走り出した。
上司が駆け出す姿を見て、ユリシスも駆けた。後方から若い騎士の「これ一体どうすればいいんですか!」という声が聞こえ、ユリシスは一度だけ振り返り「氷狼の一件の重要参考品です!」と叫び返した。
二人は、全力疾走で警備棟に向かって駆け続けた。
ユリシスはすぐに息が上がるのを覚えながら、少し前を走る上司の背中に向かって叫んだ。
「副隊長ッ、これは一体どうなっているのでしょうかッ。私にはさっぱりなのですが!」
「鬼や石や、喋る狼と気になる点は多々あるが――今は警備棟がピンチだという事でしょう。とにかく、考えるのは後で、今は走る!」
「くそッ、あの小娘! 後でみっちり取り締まってやりますよ!」
ユリシスは、自分に品のない悪態を吐かせた少女に怒りを膨らませながら、慣れない体力戦を強いられる状況を、恨めしく思った。
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