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三章 幼馴染の副隊長は
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治安局に三人の盗賊を預けた騎士団一行は、ユリシスが手続きを済ませるまで建物の外で待っていた。
街の中心地近くにある役場内に設けられたそこは、大人数で入るには広さがなく、防犯のためローブや顔を隠すような帽子等を外す決まりも設けられているので、この人数だと騎士服姿もあって目立ってしまう事も避けたい考えがあった。
セドリックは、この知らせが後日届くであろう事を想像して、深々と溜息をこぼした。
第三騎士団の隊長は、グリセン・ハイマーズといい、セドリックよりも一回り年上の侯爵家の人間だった。軍人家系ではない学問肌の一族から異例の入隊を果たした彼は、特に軍事戦略に長けていた事で最年少で隊長の地位に就いた男だ。
軍人として高い評価を得ている傍ら、グリセンはかなり胃が弱い事でも知られていた。先日に起こった氷狼の件では、何度か意識を飛ばしていたし、王都に帰還した直後には重なった精神的な苦労がぶり返して、三日間寝こんだのである。おかげで、書類仕事が溜まって大変な事になった。
今回の騒ぎに関しては、たまたま居合わせた第三騎士団の臨時班が、窃盗の現行犯確保に協力した事になっている。これで上司の胃へのダメージが、少しでも減ってくれるといいのだが……。
とはいえ、セドリックは別件の事で頭がいっぱいにもなっていた。上司であるグリセンの事を考えてすぐ、またしても悩ましげな思考が戻ってきて、鈍い頭痛まで覚えて額を押さえ小さく項垂れた。
「間接的とはいえ、まさかヴァンに先を越されるとは……」
自分だって、ラビの頭をぐりぐりしてみたい。
改めて口にすると、どこか変態チックにも聞こえる。セドリックは口の中で呟いた直後、なんて女々しいんだ、と両手で顔を覆って静かに震えた。
これまで、こうして共に行動出来る機会は滅多になかった。だから本当は、ザイードの町を歩きがてら、ラビと二人きりで少しだけでも一緒に回れればと思っていたのだ。ここで僅かでも距離感を近づけられたら、と期待して考えていただけに、予測が掴めない彼女の行動力の強さには、頭を抱えてもいる。
それに、彼女が心配なのだ。ここはホノワ村ではない。
在住者が少ないザイードのような町では、他人の環境や立場を平気で非難する人間も多くいる。共に王都と王宮を少し出歩いた際、まるで毛嫌うような視線の多さには改めて『悪魔の金色』という迷信の根強さを知って、心配を覚えたほどだ。
差別の眼差しや言葉を投げられてしまう状況から、彼女の心が傷ついてしまわないよう守りたいと思ってしまうのは、いけない事だろうか。
その時、ヴァンが吸う癖がある煙草の匂いが鼻先を掠めて、セドリックは顔を向けた。
ジンが後輩のテトに話を聞かせるそばで、更にその先輩としてたびたび助言するサーバルをそこに残して、第三騎士団では年長組である大柄なヴァンが、往来の人々の様子を眺めつつ歩み寄ってきた。
「たいした商人町っすね」
そう言いながら、チラリと視線を寄越された。
「チビ獣師、心強い相棒がいるとはいえ、一人にして大丈夫ですか?」
不真面目そうな彼が、実のところ後輩達の面倒見がいいのは知っているものの、気遣うような配慮を見せるのは珍しい。そう感じたセドリックに、真っすぐ見つめられたヴァンは、通りへと視線を戻して癖のある固い頭髪をかいて言葉を続けた。
「厄介な迷信があるもんだと、この歳になってから思いましてね。俺ぁ神様も精霊も奇跡も信じてない男なんで、聖堂の前でだって煙草も酒もやれますけど」
「神職者に怒られそうな台詞だなぁ」
セドリックが思わず空元気で笑い返すと、彼が建物の壁に背をもたれて、何気ない風で煙草の煙を吐き出した。
「この前、ちょっと不思議に思っちまいましてね。どうしてうちの国は、金髪金目がダメだなんて迷信が蔓延してんのかって」
「聖書に書かれている事も、関係しているのかもしれないな」
「うへぇ、『聖なる教え』が差別って……んなの有りなんすか? 貴族は百パーセント洗礼と教えを受けていて、うちの国じゃ庶民の九割以上は信仰者っすよね?」
「遠い言い回しで記述されている程度で、それが人間であると記述されているわけではなんだ」
「ははぁ、なるほど。そりゃ、どこか悪意も感じる狡賢いやり方っすね」
人の姿をしても悪魔は金の瞳を隠せない、神の子は悪魔と戦ったのだ、というような内容が聖書には示されていた。それに加えて、昔から『悪魔の色』として語り継がれてる話も多く存在するため、人々の抵抗意識は強い。
災いが起こる前触れである。不幸を招く。同胞だと思った悪魔が迎えにくる、だから巻き添えで周りのモノ全てが地獄に引き落とされるのだ、と。
「――昔、そういった話を、兄が調べていた事があったんです」
副隊長としてではなく、セドリックは一人の青年としてそう呟いた。ヴァンが横目でこちらを見て「へぇ?」と好奇心が滲む声で話の先を促す。
「別邸には古い本も沢山あって、その中の一つは体験記だったのですが、昔ある地方の村に金色の瞳の子供が生まれ疫病が起こったそうです。気が触れる者が出て一晩の間に村人が惨殺され、最後は全員死んでしまった――という話だったのを覚えています」
その金色の瞳を持った子供は喜怒哀楽を持たず、まるで中身が大人のようで異様だったという。村内で不穏な事が起こった時、必ず近くに現れてはじっと見つめている姿が目撃され、最後はふらりといなくなってしまったのだとか。
話を聞いたヴァンが、「ホラーな三流劇みてぇだな」と口角を引き攣らせた。
「全員死んだってんなら、その話が残るというのも変な感じがしますがね」
「かなり古い文献なので、通りがてらの旅人が記録を取ったのかさえ不明です。別の本では、その子供が『悪魔そのものだったのではないか』と憶測されている話も、少なからず残ってはいるそうです」
信仰心が強いこの国では、残されている伝説や迷信を信じている人も多く、物心付いた頃から震え上がるようなお伽噺を誰もが聞かされて育つため、血生臭い文献まで残されていては、もし金髪や金目が目の前に現れたとしたら、恐れてしまうだろう。
早く眠らないと金色の災厄がくるかもしれませんよ、というのも、親が眠らない幼い我が子に聞かせる台詞としても定着していた。
ラビと出会ったのは物心付いた頃で、セドリックは当時、ちょっとしたお伽噺の他は知らなかった。父が「綺麗な髪と目だ」「愛らしい娘だ」と心の底から告げる姿が、とても印象的に目に焼き付いたのを覚えている。
父に抱き上げられた幼い彼女は、ちょっと恥ずかしそうにしていて、彼女の母に丁寧に整えられた長い髪が、キラキラとしているのも印象的だった。とても仲の良い家族だった。
けれど大雨の日、馬車の事故が起こって彼女の両親が他界した。
この国では埋葬が一般的だったが、古い地方では火葬のあとに山に遺灰をまいて来世を祈る習慣があって、ひっそりとそれが行われた。お墓は持てないからだと、幼い女の子が我慢する顔で告げる姿は痛々しかった。
どうしてラビが火葬の習慣を知っていたのか、当時は疑問に思う者はいなかった。薬草師と調合を行っていた彼女の両親は、ホノワ村に来るまでは隣町で店をやっていたという他は、出身地さえ知られていなかったせいもある。
多分、『他の人間には見えない親友』に相談したのだろう。そして、その親友であるノエルは、彼女にその方法を教えたのだ。
「――……昔は、長い髪をしていたんです」
当時を思い返していたセドリックは、思わずユリシスを待っているという状況を少し忘れて、ぽつりとそう口にしてしまっていた。
特に強い反応を見せないまま、ヴァンはふぅっと煙草の煙を吐いた。意識的に冷静さを装うように煙草をゆっくり口に咥え直しながら、「スカートを履いていた頃もあったんすか」と尋ね返す。
「彼女の両親が生きていた頃には、ありましたね」
「とすると、髪は、やっぱりアレが原因ですか」
明確に言葉にはせずに訊かれて、セドリックは「きちんとした理由を教えられた事はないので、どうなのかは分かりません」と言って続けた。
「ただ、両親と死に別れた後、彼女は剣でバッサリ自分の髪を切り落としてしまったんです」
あの日以来、ラビが髪を伸ばす事はなかった。まるで過去にあった女の子らしい姿を全部否定するように、村の男の子たちよりも少年らしい衣服に身を包み、可愛らしいと呼ばさないかのように普段から顰め面で歩くようになった。
髪が長い時、いつもやっていたリボンを、彼女はどうしたのだろう。
似合うなぁ、可愛いなぁ、とこっそりいつも見ていて、空色のリボンも似合うのではないだろうかと、そんな事を自分は思っ――
その時、元気な老婆の声が聞こえて、セドリックとヴァンは揃ってビクリとした。うっかり真面目に話してしまっていたと気付いて、見も知らぬ他人に聞かれたのかとギクリとして、セドリックは声の聞こえた方へ目を走らせた。
「こんにちは、あんたらが『騎士様』かい?」
そこには、一人の小さな老婆が立っていた。彼女は役場の出入り口から外に踏み出したところで足を止めているので、恐らくは用事を済ませて出て来たところなのだろう。
ヴァンは老体に障るだろうと、咄嗟に短くなった煙草の火を消して、持ち歩いているケースに吸い殻を押し込んだ。それを見た老婆が、どこか楽しそうに笑った。
「あんた、見た目は怖いけど、随分優しい人なんだねぇ。騎士ってのは、ふてぶてしいやつが多いイメージがあったけど見直したよ」
「ははは……」
王宮の騎士は体力作りに悪影響ということで、一部煙草が禁止されているところもある。奴らはああ見えて、俺よりも礼儀正しいところもあるんすよ――とヴァンはぎこちなくフォローを入れておいた。
この国では葉巻を楽しむ者は多いが、煙草というのは庶民の何割かが嗜好している程度だ。第三騎士団では、唯一ヴァンだけが喫煙者である。
二人が老婆に声を掛けられたと気付いて、出入り口の向こうの日陰で休んでいたジンとテトとサーバルが、何かあったのだろうかとこちらに目を向けてきた。セドリックは彼らに、問題事ではないと視線で待機命令を出し、老婆に優しく尋ねた。
「僕らに何かご用ですか?」
「金色の髪の子と行動しているんだろう? 出てきたら、話しているのが聞こえてね、それで声を掛けたんだよ」
そう言って、老婆が微笑む。
どうして声を掛けたのか、という意図の分からない回答だ。セドリックは、先程まで話していた部下とつい視線を絡めた。ここで上司を動かすのもなぁ、とまたしても珍しく空気を読んだヴァンが、一つの可能性をもとに口を開く。
「お婆さん、もしかして騒ぎを見ていらしたんすか……?」
「そうだよ、子供が上から降ってきた時に近くにいてね。どうやら騎士と行動しているらしいと噂を聞いたんだけど、本当だったんだねぇ」
とても面白いものを見せてもらった、と老婆は愉快そうに言った。近くの村から商品を売りにきた息子に付いてきたのだが、正解だったと、セドリック達が想像していたのとは違う反応を見せた。
ジン達が、何気ない仕草で近くまで寄ってきた。老婆との話しを邪魔しないよう、少し離れた位置で足を止める。
「あたしゃ迷信なんてのは、あまり信じていないんだけどね。金色の髪なんて本当にあるもんだと、ビックリしちまったよ」
やはりその件か、とセドリックは少し落胆してしまった。
彼女が他者に好き勝手色々と言われているのを聞くのは慣れないな、と視線を落としてしまった時――
「綺麗だと思うよ、まるで精霊の化身みたいじゃないか」
老婆が続けた言葉を聞いた瞬間、素早く顔を上げて見つめ返してしまった。こちらを見た老婆が「おや」と茶化すように瞳を輝かせる。
「どうして珍しそうな顔をしているんだい、シャキっとしな。誰に聞かれようが、あたしは断言するよ。あの子は綺麗さ。横顔から覗いた金色の瞳も、とても素敵だったよ」
「――そう、言ってくださると、助かります」
一瞬言葉に詰まり、数秒の間を置いて、セドリックはどうにか微笑んで見せた。村にいた人達が、ラビに向かってどれだけ冷たい態度で、どんなにひどい事を言ったのか、その光景を覚えているからこそ涙腺が緩みそうになった。
困ったように微笑むセドリックの表情から察したのか、老婆は「そうかい」と労うように優しく言った。
「あんた、あの子とは随分長い付き合いなんだねぇ。色々と苦労があって、それを間近で見て、色々と思う所もあったんだろう」
優しい子だね、と老婆は微笑を浮かべたまま、自分に言い聞かせるような口調でそう呟いた。かなり高齢のようだが、しっかりとした足取りで歩きだす。
しかし不意に、彼女は「ああ、これが本題だったのに、忘れていた」とこちらを振り返った。
「ここは余所(よそ)からの出入りも多いからね、荒くれ者がいないとは限らないし、もとから商売している連中の中には、煩いやつらもいる。その金髪の子供が、巻き込まれなければいいけどね」
「そうですか、ご忠告ありがとうございます」
セドリックは、心から感謝をして老婆を見送った。
老婆が親切に教えてくれた言葉を聞いて、ジンとテトが顔を見合わせた。ヴァンは、心配するサーバルの視線に気付かない振りをして、じっくりと考えるように新しい煙草を取り出した。
街の中心地近くにある役場内に設けられたそこは、大人数で入るには広さがなく、防犯のためローブや顔を隠すような帽子等を外す決まりも設けられているので、この人数だと騎士服姿もあって目立ってしまう事も避けたい考えがあった。
セドリックは、この知らせが後日届くであろう事を想像して、深々と溜息をこぼした。
第三騎士団の隊長は、グリセン・ハイマーズといい、セドリックよりも一回り年上の侯爵家の人間だった。軍人家系ではない学問肌の一族から異例の入隊を果たした彼は、特に軍事戦略に長けていた事で最年少で隊長の地位に就いた男だ。
軍人として高い評価を得ている傍ら、グリセンはかなり胃が弱い事でも知られていた。先日に起こった氷狼の件では、何度か意識を飛ばしていたし、王都に帰還した直後には重なった精神的な苦労がぶり返して、三日間寝こんだのである。おかげで、書類仕事が溜まって大変な事になった。
今回の騒ぎに関しては、たまたま居合わせた第三騎士団の臨時班が、窃盗の現行犯確保に協力した事になっている。これで上司の胃へのダメージが、少しでも減ってくれるといいのだが……。
とはいえ、セドリックは別件の事で頭がいっぱいにもなっていた。上司であるグリセンの事を考えてすぐ、またしても悩ましげな思考が戻ってきて、鈍い頭痛まで覚えて額を押さえ小さく項垂れた。
「間接的とはいえ、まさかヴァンに先を越されるとは……」
自分だって、ラビの頭をぐりぐりしてみたい。
改めて口にすると、どこか変態チックにも聞こえる。セドリックは口の中で呟いた直後、なんて女々しいんだ、と両手で顔を覆って静かに震えた。
これまで、こうして共に行動出来る機会は滅多になかった。だから本当は、ザイードの町を歩きがてら、ラビと二人きりで少しだけでも一緒に回れればと思っていたのだ。ここで僅かでも距離感を近づけられたら、と期待して考えていただけに、予測が掴めない彼女の行動力の強さには、頭を抱えてもいる。
それに、彼女が心配なのだ。ここはホノワ村ではない。
在住者が少ないザイードのような町では、他人の環境や立場を平気で非難する人間も多くいる。共に王都と王宮を少し出歩いた際、まるで毛嫌うような視線の多さには改めて『悪魔の金色』という迷信の根強さを知って、心配を覚えたほどだ。
差別の眼差しや言葉を投げられてしまう状況から、彼女の心が傷ついてしまわないよう守りたいと思ってしまうのは、いけない事だろうか。
その時、ヴァンが吸う癖がある煙草の匂いが鼻先を掠めて、セドリックは顔を向けた。
ジンが後輩のテトに話を聞かせるそばで、更にその先輩としてたびたび助言するサーバルをそこに残して、第三騎士団では年長組である大柄なヴァンが、往来の人々の様子を眺めつつ歩み寄ってきた。
「たいした商人町っすね」
そう言いながら、チラリと視線を寄越された。
「チビ獣師、心強い相棒がいるとはいえ、一人にして大丈夫ですか?」
不真面目そうな彼が、実のところ後輩達の面倒見がいいのは知っているものの、気遣うような配慮を見せるのは珍しい。そう感じたセドリックに、真っすぐ見つめられたヴァンは、通りへと視線を戻して癖のある固い頭髪をかいて言葉を続けた。
「厄介な迷信があるもんだと、この歳になってから思いましてね。俺ぁ神様も精霊も奇跡も信じてない男なんで、聖堂の前でだって煙草も酒もやれますけど」
「神職者に怒られそうな台詞だなぁ」
セドリックが思わず空元気で笑い返すと、彼が建物の壁に背をもたれて、何気ない風で煙草の煙を吐き出した。
「この前、ちょっと不思議に思っちまいましてね。どうしてうちの国は、金髪金目がダメだなんて迷信が蔓延してんのかって」
「聖書に書かれている事も、関係しているのかもしれないな」
「うへぇ、『聖なる教え』が差別って……んなの有りなんすか? 貴族は百パーセント洗礼と教えを受けていて、うちの国じゃ庶民の九割以上は信仰者っすよね?」
「遠い言い回しで記述されている程度で、それが人間であると記述されているわけではなんだ」
「ははぁ、なるほど。そりゃ、どこか悪意も感じる狡賢いやり方っすね」
人の姿をしても悪魔は金の瞳を隠せない、神の子は悪魔と戦ったのだ、というような内容が聖書には示されていた。それに加えて、昔から『悪魔の色』として語り継がれてる話も多く存在するため、人々の抵抗意識は強い。
災いが起こる前触れである。不幸を招く。同胞だと思った悪魔が迎えにくる、だから巻き添えで周りのモノ全てが地獄に引き落とされるのだ、と。
「――昔、そういった話を、兄が調べていた事があったんです」
副隊長としてではなく、セドリックは一人の青年としてそう呟いた。ヴァンが横目でこちらを見て「へぇ?」と好奇心が滲む声で話の先を促す。
「別邸には古い本も沢山あって、その中の一つは体験記だったのですが、昔ある地方の村に金色の瞳の子供が生まれ疫病が起こったそうです。気が触れる者が出て一晩の間に村人が惨殺され、最後は全員死んでしまった――という話だったのを覚えています」
その金色の瞳を持った子供は喜怒哀楽を持たず、まるで中身が大人のようで異様だったという。村内で不穏な事が起こった時、必ず近くに現れてはじっと見つめている姿が目撃され、最後はふらりといなくなってしまったのだとか。
話を聞いたヴァンが、「ホラーな三流劇みてぇだな」と口角を引き攣らせた。
「全員死んだってんなら、その話が残るというのも変な感じがしますがね」
「かなり古い文献なので、通りがてらの旅人が記録を取ったのかさえ不明です。別の本では、その子供が『悪魔そのものだったのではないか』と憶測されている話も、少なからず残ってはいるそうです」
信仰心が強いこの国では、残されている伝説や迷信を信じている人も多く、物心付いた頃から震え上がるようなお伽噺を誰もが聞かされて育つため、血生臭い文献まで残されていては、もし金髪や金目が目の前に現れたとしたら、恐れてしまうだろう。
早く眠らないと金色の災厄がくるかもしれませんよ、というのも、親が眠らない幼い我が子に聞かせる台詞としても定着していた。
ラビと出会ったのは物心付いた頃で、セドリックは当時、ちょっとしたお伽噺の他は知らなかった。父が「綺麗な髪と目だ」「愛らしい娘だ」と心の底から告げる姿が、とても印象的に目に焼き付いたのを覚えている。
父に抱き上げられた幼い彼女は、ちょっと恥ずかしそうにしていて、彼女の母に丁寧に整えられた長い髪が、キラキラとしているのも印象的だった。とても仲の良い家族だった。
けれど大雨の日、馬車の事故が起こって彼女の両親が他界した。
この国では埋葬が一般的だったが、古い地方では火葬のあとに山に遺灰をまいて来世を祈る習慣があって、ひっそりとそれが行われた。お墓は持てないからだと、幼い女の子が我慢する顔で告げる姿は痛々しかった。
どうしてラビが火葬の習慣を知っていたのか、当時は疑問に思う者はいなかった。薬草師と調合を行っていた彼女の両親は、ホノワ村に来るまでは隣町で店をやっていたという他は、出身地さえ知られていなかったせいもある。
多分、『他の人間には見えない親友』に相談したのだろう。そして、その親友であるノエルは、彼女にその方法を教えたのだ。
「――……昔は、長い髪をしていたんです」
当時を思い返していたセドリックは、思わずユリシスを待っているという状況を少し忘れて、ぽつりとそう口にしてしまっていた。
特に強い反応を見せないまま、ヴァンはふぅっと煙草の煙を吐いた。意識的に冷静さを装うように煙草をゆっくり口に咥え直しながら、「スカートを履いていた頃もあったんすか」と尋ね返す。
「彼女の両親が生きていた頃には、ありましたね」
「とすると、髪は、やっぱりアレが原因ですか」
明確に言葉にはせずに訊かれて、セドリックは「きちんとした理由を教えられた事はないので、どうなのかは分かりません」と言って続けた。
「ただ、両親と死に別れた後、彼女は剣でバッサリ自分の髪を切り落としてしまったんです」
あの日以来、ラビが髪を伸ばす事はなかった。まるで過去にあった女の子らしい姿を全部否定するように、村の男の子たちよりも少年らしい衣服に身を包み、可愛らしいと呼ばさないかのように普段から顰め面で歩くようになった。
髪が長い時、いつもやっていたリボンを、彼女はどうしたのだろう。
似合うなぁ、可愛いなぁ、とこっそりいつも見ていて、空色のリボンも似合うのではないだろうかと、そんな事を自分は思っ――
その時、元気な老婆の声が聞こえて、セドリックとヴァンは揃ってビクリとした。うっかり真面目に話してしまっていたと気付いて、見も知らぬ他人に聞かれたのかとギクリとして、セドリックは声の聞こえた方へ目を走らせた。
「こんにちは、あんたらが『騎士様』かい?」
そこには、一人の小さな老婆が立っていた。彼女は役場の出入り口から外に踏み出したところで足を止めているので、恐らくは用事を済ませて出て来たところなのだろう。
ヴァンは老体に障るだろうと、咄嗟に短くなった煙草の火を消して、持ち歩いているケースに吸い殻を押し込んだ。それを見た老婆が、どこか楽しそうに笑った。
「あんた、見た目は怖いけど、随分優しい人なんだねぇ。騎士ってのは、ふてぶてしいやつが多いイメージがあったけど見直したよ」
「ははは……」
王宮の騎士は体力作りに悪影響ということで、一部煙草が禁止されているところもある。奴らはああ見えて、俺よりも礼儀正しいところもあるんすよ――とヴァンはぎこちなくフォローを入れておいた。
この国では葉巻を楽しむ者は多いが、煙草というのは庶民の何割かが嗜好している程度だ。第三騎士団では、唯一ヴァンだけが喫煙者である。
二人が老婆に声を掛けられたと気付いて、出入り口の向こうの日陰で休んでいたジンとテトとサーバルが、何かあったのだろうかとこちらに目を向けてきた。セドリックは彼らに、問題事ではないと視線で待機命令を出し、老婆に優しく尋ねた。
「僕らに何かご用ですか?」
「金色の髪の子と行動しているんだろう? 出てきたら、話しているのが聞こえてね、それで声を掛けたんだよ」
そう言って、老婆が微笑む。
どうして声を掛けたのか、という意図の分からない回答だ。セドリックは、先程まで話していた部下とつい視線を絡めた。ここで上司を動かすのもなぁ、とまたしても珍しく空気を読んだヴァンが、一つの可能性をもとに口を開く。
「お婆さん、もしかして騒ぎを見ていらしたんすか……?」
「そうだよ、子供が上から降ってきた時に近くにいてね。どうやら騎士と行動しているらしいと噂を聞いたんだけど、本当だったんだねぇ」
とても面白いものを見せてもらった、と老婆は愉快そうに言った。近くの村から商品を売りにきた息子に付いてきたのだが、正解だったと、セドリック達が想像していたのとは違う反応を見せた。
ジン達が、何気ない仕草で近くまで寄ってきた。老婆との話しを邪魔しないよう、少し離れた位置で足を止める。
「あたしゃ迷信なんてのは、あまり信じていないんだけどね。金色の髪なんて本当にあるもんだと、ビックリしちまったよ」
やはりその件か、とセドリックは少し落胆してしまった。
彼女が他者に好き勝手色々と言われているのを聞くのは慣れないな、と視線を落としてしまった時――
「綺麗だと思うよ、まるで精霊の化身みたいじゃないか」
老婆が続けた言葉を聞いた瞬間、素早く顔を上げて見つめ返してしまった。こちらを見た老婆が「おや」と茶化すように瞳を輝かせる。
「どうして珍しそうな顔をしているんだい、シャキっとしな。誰に聞かれようが、あたしは断言するよ。あの子は綺麗さ。横顔から覗いた金色の瞳も、とても素敵だったよ」
「――そう、言ってくださると、助かります」
一瞬言葉に詰まり、数秒の間を置いて、セドリックはどうにか微笑んで見せた。村にいた人達が、ラビに向かってどれだけ冷たい態度で、どんなにひどい事を言ったのか、その光景を覚えているからこそ涙腺が緩みそうになった。
困ったように微笑むセドリックの表情から察したのか、老婆は「そうかい」と労うように優しく言った。
「あんた、あの子とは随分長い付き合いなんだねぇ。色々と苦労があって、それを間近で見て、色々と思う所もあったんだろう」
優しい子だね、と老婆は微笑を浮かべたまま、自分に言い聞かせるような口調でそう呟いた。かなり高齢のようだが、しっかりとした足取りで歩きだす。
しかし不意に、彼女は「ああ、これが本題だったのに、忘れていた」とこちらを振り返った。
「ここは余所(よそ)からの出入りも多いからね、荒くれ者がいないとは限らないし、もとから商売している連中の中には、煩いやつらもいる。その金髪の子供が、巻き込まれなければいいけどね」
「そうですか、ご忠告ありがとうございます」
セドリックは、心から感謝をして老婆を見送った。
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この物語は、偶然の出会いから初恋の人と再会を果たしたラヴィリオラと自信を失い自分を無能だと思い込むディエントが互いの思いに気が付き、幸せをつかむまでの物語である。
全13話
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