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(二章)最悪なお見合い 上
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恐らく、彼が第二王子だろう。そして隣の白髪が目立つ男は、手紙にあった宰相か。
そう観察していると、少年が、自分の背中を押してきたその男の手を払いのけた。挨拶をしたレイド伯爵をまず見つめ返すこともせず、不遜な表情で辺りを見回した。
と、少年の目がリリアへ向いた。その姿を認めた途端、同じ背丈の彼女を見下ろすようにして睨みつける。
――あ、やべ。こいつ気に食わねぇわ。
リリアは作り笑顔をたもっていたが、少年が威嚇するように魔力量を上げてきたのが、もう気に食わなかった。プライドにピキリときて、こちらも妖力量を上げて威圧し返す。
両者から不穏な空気を感じ取ったのか、少年の隣に立っていた中年男が「おっほん!」と大きな咳払いを一つして、早速切り出した。
「お初にお目にかかります、レイド伯爵。私は宰相のハイゼン・タック、爵位は侯爵です。こちらが、我が国の第二王子殿下となります」
ハイゼンと名乗った男は、そこで忙しなくチラチラと少年へ目配せした。
どうやら自己紹介するように促しているのだろう。本来であれば、身分が上である第二王子が、先に来訪の旨の挨拶をして代表として名乗るべきだ。
友好さはまるでない。社交的な愛想をする気も、彼にはさらさらなさそうだった。
つまるところ、今回のお見合いに関して政略的で、彼の意思は全く反映されていないのか。
そんなことを思って見つめていると、少年がしばらく続いた沈黙の空気を読んだのか、渋々といった様子で苛立ちを露に口を開いた。
「チッ…………俺は、第二王子サイラス・フォン・イルエマニエ」
くそッ、舌打ちしやがった。
ピシリ、と、リリアと彼の間に相性決裂の寒々とした空気が走る。第一印象から、更にマイナスポイントを更新した。
「……お初にお目にかかりますわ。わたくし、レイド伯爵の娘、リリアと申します」
リリアは、笑顔から温度をなくしてそう言い返した。社交辞令の「以後よろしく」の文言は付けず、言葉を切る。
その後、護衛代表として騎士団長らがそれぞれ自己紹介を行った。しかし、その挨拶はピリピリとしたリリアとサイラスの空気で、ぎこちない。
その時、リリアの頭を不躾にじろじろと見続けていたサイラスが、のんびりと見守っているアサギへ視線を移して「ふんッ」と鼻を鳴らした。
「そっちの執事は、人外か」
「あら、嫌ですわ殿下。人外は差別言葉ですわよ。――もっぺん社交辞令と常識を学習し直した方が、よろしいのではございませんこと?」
間髪を入れずリリアが言い放った瞬間、サイラス側の人間達が凍り付いた。
「あ?」
剣呑な声を上げたサイラスが、あからさまに表情にも出して嫌悪感をまとう。
十二歳の少年であるのに、馬が怯えるほどの殺気は見事としかいいようがない。しかし、生粋の人間令嬢ではないリリアは怖くもなかった。
むしろ、自分こそが強くて偉い、という彼の態度が不快である。
リリアとサイラスを中心に、不穏な空気が漂った。
アサギが、頬をかきつつ二人を見下ろした。笑顔のまま固まっているツヴァイツァーを横目に確認すると、考えが決まったように、にんまりと笑みを浮かべた。
「はいはい、俺が当家の執事です。〝人間の第二王子殿下〟様、自己紹介が遅れて申し訳ございません。俺は妖狐のアサギと申します。どうぞお見知りおきを」
ころころ笑うように挨拶したアサギを、サイラスがじろりと見やる。
「ふん。人外の名前など覚える気はない」
「わーお。それ、姫様がおっしゃったように差別言葉ですからね」
「あ?『姫』?」
胡乱げな眼差しを向けられ、アサギが「おっと」と素を腹の中に収める。
「いーえ、なんでもありません」
本当か嘘かも分からない笑顔で、彼がそう答えた。
まるで人間にしか見えないせいか、伯爵家執事があやかしとは思えなかったらしい。やりとりを聞いた王宮の魔法戦士部隊の男達が、静かな動揺を見せている。
リリアとだけでなく、今度は伯爵家の執事とまで睨み合いになりそうだ。
そうサイラスのことを推測したハイゼンが、先程よりも一際大きく「うぉっほん!」と耳障りな咳払いをした。
「ま、まぁ、殿下。可愛らしいご令嬢様ではございませんか。若い者同士の方が、話しも進むでしょうし、まずは場所を移動して二人で――」
「冗談だろう。俺は一度だって話したいなんて口にしてない。たかが伯爵家の令嬢の分際で、二年以上も顔を見せるのを渋られたうえ、期待以下の顔には腹も立つ」
サイラスが棘を隠しもせず言い放った瞬間、どうにか笑顔を張り付かせていたリリアのこめかみに、ピキリと青筋が立った。
見守っていたアサギが、口の中で「あーらら」と呟く。
彼女の長い髪が、溢れ出す妖力にふわりと揺れ始めた。大きな狐の耳が、ピクリと反応して殺気立ってやや逆立つ。
「――わたくしも、話したいとは、一度だって言っておりませんわ」
不意にリリアが、今にも笑顔崩壊寸前といった様子で切り出した。
「むしろしつこく『会いませんか?』の要求が続いたうえ、婚約だの見合いだのふざけた一方的な提案をされて、大変迷惑しておりました」
「なんだと? 半分人外混じりの癖に」
「えぇ。えぇ、そうですわ。わたくし、なので人間の価値観と美醜意識も、半分ぐらいしか理解しておりません」
もう我慢ならんっ、こいつ超むかくつわ!
リリアは、笑顔をやめた。その傲慢さを返すようにして、冷ややかにサイラスを見下ろして言う。
「たかが〝あなた程度の人間〟に、期待以下の顔とか言われたくないですし、そもそも、それならあなた様のお顔はどのレベルだとおっしゃりたいんですか? 中の上ですか? 並みですか? ハッ、その顔面、成長する過程で崩れてしまえっての」
「お前ッ、不敬――」
「お手紙で、あなたのお父様には『子供同士の話し合いだ』と前もって約束させました。……つまり私達は、好きなだけ言葉で殴り合えるってわけでしょ、性悪クソ王子」
右足を踏み出したリリアは、左手を腰に当て、右手の指の関節をゴキリと鳴らした。体の表面にパリパリッと雷が走り、高まった妖力に金色の瞳が怪しくも美しい光を灯す。
先程まで笑顔を浮かべて大人しくしていた、可愛らしい十二歳の令嬢の姿は、もうどこにもなかった。
――高潔にして、傲慢も似合うほどに美しい、冷徹な天狐の姫。
将来、成長するその姿の片鱗をその幼い表情に滲ませ、リリアは言い放つ。
「あなた、最強の魔法使い候補なんですって? ――じゃあ、〝半分人外の私〟が対等で殴り合っても、いいわけよね」
それを聞いたアサギが、うーんと嘘っぽい表情で困り込む。
「それはどうですかねぇ。所詮、人間の子供ですし。なので姫様、いったん少し落ち着きましょうか」
そう言って、アサギが歩み寄ろうとした直後だった。
邪魔されてたまるかと、リリアは怒りに染まった目で右手を上げた。
「雷、降臨!」
その瞬間、空気中にパリリッと走った雷が一点に集中した。そして普段の放電とは違い、まとった一つの攻撃魔法として大きく形作り、頭上からサイラスへと落とされた。
空から落ちるような衝撃波が起こり、一瞬視界が白く染まる。
周りにいたハイゼンや護衛達が「ぎゃっ」と声を上げて避難した。しかしサイラスは、防御魔法で雷を遮っていた。
――とはいえ、重い衝撃をこらえきれず転倒していたが。
「チッ、ちゃっかり防いでるじゃないの」
ほんの少しくらいは、ダメージになるんじゃないかと思っていた。でも無傷なのを見て、リリアはイラッとする。魔法使いとの、こうしたやり合いは初めてで加減も分からない。
その時、結界内で尻餅をついていたサイラスが、初めて屈辱を受けたと言わんばかりにカッと顔を赤らめた。
「貴様ッ、この無礼者め!」
ガバリと立ち上がると、リリアを睨み返した。
そう観察していると、少年が、自分の背中を押してきたその男の手を払いのけた。挨拶をしたレイド伯爵をまず見つめ返すこともせず、不遜な表情で辺りを見回した。
と、少年の目がリリアへ向いた。その姿を認めた途端、同じ背丈の彼女を見下ろすようにして睨みつける。
――あ、やべ。こいつ気に食わねぇわ。
リリアは作り笑顔をたもっていたが、少年が威嚇するように魔力量を上げてきたのが、もう気に食わなかった。プライドにピキリときて、こちらも妖力量を上げて威圧し返す。
両者から不穏な空気を感じ取ったのか、少年の隣に立っていた中年男が「おっほん!」と大きな咳払いを一つして、早速切り出した。
「お初にお目にかかります、レイド伯爵。私は宰相のハイゼン・タック、爵位は侯爵です。こちらが、我が国の第二王子殿下となります」
ハイゼンと名乗った男は、そこで忙しなくチラチラと少年へ目配せした。
どうやら自己紹介するように促しているのだろう。本来であれば、身分が上である第二王子が、先に来訪の旨の挨拶をして代表として名乗るべきだ。
友好さはまるでない。社交的な愛想をする気も、彼にはさらさらなさそうだった。
つまるところ、今回のお見合いに関して政略的で、彼の意思は全く反映されていないのか。
そんなことを思って見つめていると、少年がしばらく続いた沈黙の空気を読んだのか、渋々といった様子で苛立ちを露に口を開いた。
「チッ…………俺は、第二王子サイラス・フォン・イルエマニエ」
くそッ、舌打ちしやがった。
ピシリ、と、リリアと彼の間に相性決裂の寒々とした空気が走る。第一印象から、更にマイナスポイントを更新した。
「……お初にお目にかかりますわ。わたくし、レイド伯爵の娘、リリアと申します」
リリアは、笑顔から温度をなくしてそう言い返した。社交辞令の「以後よろしく」の文言は付けず、言葉を切る。
その後、護衛代表として騎士団長らがそれぞれ自己紹介を行った。しかし、その挨拶はピリピリとしたリリアとサイラスの空気で、ぎこちない。
その時、リリアの頭を不躾にじろじろと見続けていたサイラスが、のんびりと見守っているアサギへ視線を移して「ふんッ」と鼻を鳴らした。
「そっちの執事は、人外か」
「あら、嫌ですわ殿下。人外は差別言葉ですわよ。――もっぺん社交辞令と常識を学習し直した方が、よろしいのではございませんこと?」
間髪を入れずリリアが言い放った瞬間、サイラス側の人間達が凍り付いた。
「あ?」
剣呑な声を上げたサイラスが、あからさまに表情にも出して嫌悪感をまとう。
十二歳の少年であるのに、馬が怯えるほどの殺気は見事としかいいようがない。しかし、生粋の人間令嬢ではないリリアは怖くもなかった。
むしろ、自分こそが強くて偉い、という彼の態度が不快である。
リリアとサイラスを中心に、不穏な空気が漂った。
アサギが、頬をかきつつ二人を見下ろした。笑顔のまま固まっているツヴァイツァーを横目に確認すると、考えが決まったように、にんまりと笑みを浮かべた。
「はいはい、俺が当家の執事です。〝人間の第二王子殿下〟様、自己紹介が遅れて申し訳ございません。俺は妖狐のアサギと申します。どうぞお見知りおきを」
ころころ笑うように挨拶したアサギを、サイラスがじろりと見やる。
「ふん。人外の名前など覚える気はない」
「わーお。それ、姫様がおっしゃったように差別言葉ですからね」
「あ?『姫』?」
胡乱げな眼差しを向けられ、アサギが「おっと」と素を腹の中に収める。
「いーえ、なんでもありません」
本当か嘘かも分からない笑顔で、彼がそう答えた。
まるで人間にしか見えないせいか、伯爵家執事があやかしとは思えなかったらしい。やりとりを聞いた王宮の魔法戦士部隊の男達が、静かな動揺を見せている。
リリアとだけでなく、今度は伯爵家の執事とまで睨み合いになりそうだ。
そうサイラスのことを推測したハイゼンが、先程よりも一際大きく「うぉっほん!」と耳障りな咳払いをした。
「ま、まぁ、殿下。可愛らしいご令嬢様ではございませんか。若い者同士の方が、話しも進むでしょうし、まずは場所を移動して二人で――」
「冗談だろう。俺は一度だって話したいなんて口にしてない。たかが伯爵家の令嬢の分際で、二年以上も顔を見せるのを渋られたうえ、期待以下の顔には腹も立つ」
サイラスが棘を隠しもせず言い放った瞬間、どうにか笑顔を張り付かせていたリリアのこめかみに、ピキリと青筋が立った。
見守っていたアサギが、口の中で「あーらら」と呟く。
彼女の長い髪が、溢れ出す妖力にふわりと揺れ始めた。大きな狐の耳が、ピクリと反応して殺気立ってやや逆立つ。
「――わたくしも、話したいとは、一度だって言っておりませんわ」
不意にリリアが、今にも笑顔崩壊寸前といった様子で切り出した。
「むしろしつこく『会いませんか?』の要求が続いたうえ、婚約だの見合いだのふざけた一方的な提案をされて、大変迷惑しておりました」
「なんだと? 半分人外混じりの癖に」
「えぇ。えぇ、そうですわ。わたくし、なので人間の価値観と美醜意識も、半分ぐらいしか理解しておりません」
もう我慢ならんっ、こいつ超むかくつわ!
リリアは、笑顔をやめた。その傲慢さを返すようにして、冷ややかにサイラスを見下ろして言う。
「たかが〝あなた程度の人間〟に、期待以下の顔とか言われたくないですし、そもそも、それならあなた様のお顔はどのレベルだとおっしゃりたいんですか? 中の上ですか? 並みですか? ハッ、その顔面、成長する過程で崩れてしまえっての」
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先程まで笑顔を浮かべて大人しくしていた、可愛らしい十二歳の令嬢の姿は、もうどこにもなかった。
――高潔にして、傲慢も似合うほどに美しい、冷徹な天狐の姫。
将来、成長するその姿の片鱗をその幼い表情に滲ませ、リリアは言い放つ。
「あなた、最強の魔法使い候補なんですって? ――じゃあ、〝半分人外の私〟が対等で殴り合っても、いいわけよね」
それを聞いたアサギが、うーんと嘘っぽい表情で困り込む。
「それはどうですかねぇ。所詮、人間の子供ですし。なので姫様、いったん少し落ち着きましょうか」
そう言って、アサギが歩み寄ろうとした直後だった。
邪魔されてたまるかと、リリアは怒りに染まった目で右手を上げた。
「雷、降臨!」
その瞬間、空気中にパリリッと走った雷が一点に集中した。そして普段の放電とは違い、まとった一つの攻撃魔法として大きく形作り、頭上からサイラスへと落とされた。
空から落ちるような衝撃波が起こり、一瞬視界が白く染まる。
周りにいたハイゼンや護衛達が「ぎゃっ」と声を上げて避難した。しかしサイラスは、防御魔法で雷を遮っていた。
――とはいえ、重い衝撃をこらえきれず転倒していたが。
「チッ、ちゃっかり防いでるじゃないの」
ほんの少しくらいは、ダメージになるんじゃないかと思っていた。でも無傷なのを見て、リリアはイラッとする。魔法使いとの、こうしたやり合いは初めてで加減も分からない。
その時、結界内で尻餅をついていたサイラスが、初めて屈辱を受けたと言わんばかりにカッと顔を赤らめた。
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*「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。
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