半妖の狐耳付きあやかし令嬢の婚約事情 ~いずれ王子(最強魔法使い)に婚約破棄をつきつけます!~

百門一新

文字の大きさ
19 / 44

(四章)姫様、現場を確認する

しおりを挟む
             ※※※

 化け狸の里があるという場所は、濃い緑の植物が溢れていた。

 やや霧が降りていて、重々しい木々の葉には蔦が絡んでいる。岩の道の左右にも雑草がはえ、少し古い時代の風景の中に踏み込んだみたいだった。

「いくつか里があるんですけど、ここが大妖怪の化け大狸〝タヌマヌシ〟様の領地になります」

 先を案内しながら、カマルが言った。

 リリアは、木々の葉が、高い位置で不自然にアーチを作っているのを見上げる。

「まぁ、そうなんじゃないかなとは思ってた。道の左右へ、植物が寄っているものね」

 かなり大きな〝狸〟なのだろう、という姿が浮かぶ。

 付き添い歩きながら、アサギがリリアを見た。

「姫様、足元に気を付けて」
「あ、うん。分かってるわ」

 足元にごろごろとした石も転がっていたので、途中からリリアは浮いて移動した。転ばないか少し心配していたカマルが、安心して軽快な足取りで先を進み出す。

 しばらくもしないうちに、目の前の道が行き止まりになった。

 ――否、これが例の岩だ。

 それが壁のようになっているのだと気付き、リリアはまじまじと観察しながら、ゆっくりと見上げていった。

 大きな岩は、続く道をどーんと塞いでいる。

「かなり大きいわねぇ……」

 岩のてっぺんは、屋敷の二階の窓よりも高いだろう。

 これを素手で運んだ大妖怪の大きさを思うと、どれほどのデカさなのだろうな、という感想も過ぎる。アサギが『とても大きい』と述べていた理由が、分かった気がした。

「こんなのを、もふもふの小さな狸に押し付けるだなんて、ひどい狸親父ね」
「もふもふって……あの、俺、もふもふ枠なんですか? 姫様の方が尻尾もゴージャスでもふもふなのでは……いちおうオスなので、可愛いという感じで言われるのも、ちょっと複雑なんですが」

 カマルが、困った様子でもごもご口にした。

 すると横から、リリアと岩を見上げたままアサギが言う。

「あなたは人型の見た目まんまの、ミニマムキャラです」
「そうなの!? でも俺の一族、みんな背丈同じくらいですよ!?」
「人間界では、子供サイズです」

 ふっ、この未熟者め、と三百年の妖狐感でアサギが言った。ニヤニヤと優越感で見下ろしたのち、「さてと」と目を戻す。

「この程度の岩のあやかしだと、姫様が威圧したら、起きそうですけどね」
「そうは思わないけど。だって、かなり大きいわよ?」
「岩のあやかしも、小妖怪の一つですよ」

 そう告げたアサギが、指を一つ、また一つ立てて教える。

「岩のあやかしの眠りを覚ます方法は、先に申し上げた『力づくで起こす』。もしくは、魔力で強さを上回ることです。俺と姫様の妖力は、それを軽くこえています」
「ああ、だから『威圧』なんて言い方をしたのね」
「でもその方法は、どちらも彼には使えません。姫様も、妖力のぶつけ合いの練習で感覚を掴んでいるので、もう分かっていると思いますが――彼は、すごく弱い」

 バッサリ評価を口にされたカルマが、ずーんっと小さくなる。

 けれどアサギは、分かってやっているのか、まるでトドメでもさすかのようにリリアへ続ける。

「本来の狸姿でもお分かりでしょう。仔狐ですが、大妖怪らしく俺よりも大きくなった姫様に比べると、こーんなんですよ」

 ……そんな、指で小さいことを示さなくたって。

 リリアは、反応に困ってしまった。アサギはあやかし関係だと、格下に厳しいところでもあるのだろうか。

 リリアは滅多に狐姿にはならなかった。人型でいる方が力も抑えられるというのもあるけれど……馬や牛と並んでも目立つ大きさは、年頃の乙女としては恥じらいもある。

「小さなあやかしでも、目覚めさせて、どかせられる方法はないの?」

 じーっと見てくるカマルに気付いて、リリアはアサギに話を振った。

「そうですねぇ。力づくで動かして目覚めさせるとなると、ぶつける妖力は重さ以上の量が必要になります。ですから真っ向から重さと勝負するより、一時重さをなくせたのなら、うまい具合にいくかなと」

 うーんとアサギが思案顔で述べた。

「そんなことできるの?」
「岩のあやかしは、弱い妖力を何十倍もの重さにするんです。だからこっちは、妖力の効果が逆に作用するように向けてやる。その効果を過剰に出してやれば、本体分の重さも余分に軽くなるかと思います」

 アサギが、大きな岩に手を向けて説明する。話を聞くカマルは「なるほど!」と感心しきりだ。

「軽くなったところを、この彼がころんっとひっくり返してやれば、岩のあやかしも驚いて目覚めます」
「つまりカマルが、自分の手で『どかせられる』というわけね」
「はい。構図的に言えば、小さな化け狸にも可能な、至極簡単な方法です」

 リリアにアサギが頷くと、そばからカマルが言う。

「それなら、俺にでもできそうですね! 一体どうすればいいんですか?」
「その下準備が、地味に手間なので忍耐が必要です」
「忍耐、ですか?」
「とくに集中力のない姫様には、手伝えるのかどうか心配です」

 ふぅ、とアサギが思案顔で溜息をつく。

 失礼な。こうして目的ができてからは、勉強だってまぁまぁの集中力を発揮して、めきめき知識だって身につけているではないか。

「私はやるわよ! その下準備になら、妖力を貸してもいいんでしょう?」

 はいはい!とリリアは、浮いてアサギの目の前まで移動して主張した。

「姫様、そんなに可愛らしく視界いっぱいを遮らないでください。術の道具を作るのを察して言ってきたこと、撫で撫でして褒めたくなっちゃうじゃないですか」
「兄さん、俺との差がありすぎだね! 清々しくてすごいや! でも姫様には優しいんだなぁって安心しました――いったぁ!」

 叫んだ最後、ふぎゅっと断末魔をとぎらせて、カマルがアサギの足で地面に沈められる。

 リリアは、その様子に大きな目をパチパチさせてしまった。

「カマルって、慣れてくるとすごく話すのね……」
「元来、お喋り好きな種族ですよ。若ければ若いほど顕著なのですが、無駄にテンションが高いのが、俺は昔から性に合いません」
「そこ、アサギと似ているような気がす――」
「小さいあやかしでも使えるその方法ですが」

 アサギが、わざわざ手を打ってまでリリアの台詞を遮り、話を戻した。

「妖力で熱を加えれば冷たくなり、冷やすと熱くなる『逆さ草』という妖怪国の植物があります。実はそれ、我が屋敷の原の下に生えています」
「えっ、なんでそんなのがあるの!?」

 リリアはびっくりして、直前までの性格云々の下りも、頭の中から吹き飛んだ。

「ん? ……というか、下、って?」
「植物ではありますが、土の中で育って茂るんですよ。姫様の雷撃の吸収剤で植えてみたところ、この土地に濃く漂っている妖力で、すくすく育ちまして」

 なんだか、そうして聞くと、性質からして『へその曲がった草』みたいに思える。

 説明しながら足をどかされ、カマルがよいしょと立ち上がった。ひどい目に遭ったと服に付いた汚れをはたきつつ、話し続けているアサギを見る。

「その草に微力な妖力を加えながら、編んで繋げていきます。そして最終的には、あの大岩をぐるぐる巻けるくらいまでの長さを作ります」

 リリアは、え、と一瞬言葉を詰まらせてしまった。

 改めて見上げてみれば、大きな岩は建物の三階に相当する。一度、ふわりと飛んで上から眺めてみると、横幅だってかなりあった。

「……これを飾り付けるくらいの草を、編むの?」
「だから言ったでしょう。集中力が続くのか心配だ、と」

 追ってアサギに言われたリリアは、ハッとして首をぷるぷると左右に振ると、近くまでふわふわ降りながら意気込みを告げる。

「やるわ! どうせできないだろうと踏んで、カマルに提案してきた狸親父を、ぎゃふんと言わせるために!」

 それを聞いたカマルが、ぶわっと感激の表情をした。

「姫様っ、俺のために!?」
「あなたの理解力も心配になりましたが、姫様、趣旨が変わっていますよ」

 そもそもリリアは、花かんむりを作るのも苦手である。

 カマルと「よっしゃやるわよ!」と男同士の友情でも築いたみたいに、熱く握手を交わす様子を眺めながら、アサギはやれやれと歎息した。

「まぁ、ぶちっと千切れなければ、形は歪でも構わないんですけどね」

 ――その直後、気持ちが高ぶったリリアの妖力が反応して、カマルが三度目の派手な放電を受けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます

咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。 ​そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。 ​しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。 ​アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。 ​一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。 ​これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...