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(五章)来訪してきた王子 上
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翌日もリリアは、屋敷の庭の一つである原の方へと足を運んだ。アサギとカマルと一緒になって『逆さ草』を、妖力を込めながら結んでいく作業を続けた。
あと残りわずかだ。
父も村長との話で出払っているし、ちゃちゃっと進めてしまいたい。
料理長達にお願いして、昼食用に軽食のサンドイッチを作ってもらった。小腹がすいたらサンドイッチをもぐもぐとして、再び作業へ戻る。
やがて、アサギから『オーケー』という仕草が出た。
「やった――――っ! 完成!」
「やりましたね姫様!」
リリアとカマルは、もうこれ以上集中できないと言わんばかりに、手を叩いて喜び合った。続いて仕上げに、これまで作った『逆さ草』を一本にすべく、せっせと結ぶ。
「だから俺、言ったんですよ。姫様は集中力がないから、と」
アサギが、手元をさくさくと動かしていきながら言った。
「うっ、うるさいわね、私がんばったでしょ!?」
「途中、蝶々がひらひらと飛んで行くのを見て、そわそわしていましたけどね。よく我慢したと思いました。――そこの小物狸も同類でしたが」
「ひぇっ」
そもそもテメェが一番にやんなきゃダメだろ分かってんのか?と、アサギに無言の目を向けられたカマルが、ぞわぞわーっとして竦み上がる。
一見すると、立派な大人の執事が、村の少年Aを苛めているようにしか見えない。
その時、リリアは、にわかに屋敷の正面の方が騒がしいことに気付いた。
「何かしら?」
ぴくんっと獣耳を反応させて、振り返る。
直後、リリアは向こうから歩いてくる人物に、金色の目を見開いた。そこにいるのは間違いようもなく、あの第二王子サイラスだった。
え、なんであいつが来てんの?
今日は学院はお休みなので、魔法部隊軍か公務の仕事が入っているはずである。
案の定、サイラスは正装姿でマントまで付けていた。向かってくる彼の美しい顔には、かなり不機嫌そうな表情が浮かんでいる。
領地にはあやかしの結界が貼ってあるので、転移魔法は手前までしか効かない。
ここまで別の魔法手段で移動してきたの? わざわざ?
そう思っている間にも、彼がザッと足音を立てて目の前に立った。あまり機嫌はよくなさそうな顔だ。ジロリと見下ろされたリリアは、呆気に取られた。
「あの……え、暇なの?」
リリアはこんがらがってきて、思わずパッと浮かんだ本音の方が口からこぼれ出た。
「なわけないだろう。多忙だ」
サイラスが、口元をやや引き攣らせて答えた。
そのまま彼の目が、呑気なポーカーフェイスで心情が読み取れないアサギ、そして同じように原に直で座り込んでいるカマルへと移る。
「また、不似合いなオスを連れているな」
チラリと一瞥されたカマルが、狐のアサギに睨まれた以上にビクーッとして、身の危険すら覚えた様子で飛び上がった。
ビビった拍子に、うっかり術が解けて狸姿に戻った。
「なるほど。化け狸か」
すぅ、とサイラスの目が細められる。
威嚇するように彼の魔力量が跳ね上がった。ガタガタ震え始めたカマルを、リリアは腕でかばって、自分の妖力で彼の魔力の影響を弾き返した。
「ちょっと、いきなりきて威圧するのはやめて。カマルは弱いあやかしなのよ」
「たとえ世話役の執事だったとしても、それが妖怪国では小さい部類に入るあやかしであったとしても、――不愉快だ」
かなり辛辣な言葉である。
そういえば、彼は『人外』と呼ぶくらいに、あやかしを嫌っていた。
なんだそんなことかと、出会った当時を思い出して、リリアは彼の不機嫌の理由を納得する。そうすると、いよいよ彼がこんな遠いレイド伯爵領地まで来たのか分からない。
「不愉快って言うくらいなら、来なければよかったじゃない」
チラリと非難を込めて告げたら、サイラスが即言い返してくる。
「体調不良で休んでいた婚約者の様子を見にきて、何が悪い?」
つまりお見舞い?
でも自分達の婚約は、破棄前提のものだ。必要ないのでは?
リリアは、頭にある狐の耳ごと首を傾げた。アサギが時間を無駄にしないべく、紐状になった『逆さ草』を、長い一本へと仕上げる作業に戻っていた。
「それで? 成長期とやらだったらしいが、体調は問題ないのか」
「え? ああ、熱も下がったし、放電も落ち着いたわよ」
なぜかサイラスが、こちらを覗き込んでくる。唐突に体調を問われたリリアは、戸惑いぎみに小さな声で答えた。
ぶるぶる震えていたカマルが、そろりそろりとあとずさりして、リリアの後ろでポンッと人間に化け直す。
サイラスが改めて彼を目に留めた。何事もなかったかのように、長く連なった草同士を結んで更に長くしていっているアサギ。そして、同じくそれを手に持っているリリアへと目を戻してから、彼女に尋ねた。
「――一体、部屋で休みもせず、こんなところで何をしているのか、聞いても?」
遠回しで、ずる休みを疑われている気がする。
やはり彼は、王宮にいる誰かに説得されて嫌々ここへ来たのだろう。リリアは、屋敷の使用人に聞いても教えてもらえなかったのだと続けたサイラスを見て、そう思った。
サイラスがカマルをしつこく睨み続けているので、リリアは今回の経緯を教えた。
結婚の下りでようやく魔力を抑えた彼は、けれど地道なその草作業に呆れた様子だった。
「伯爵令嬢のお前が、草遊びか?」
「失礼ね、これはれっきとした術具作製なの!」
リリアは、狐の耳をぴーんっとさせて主張した。
「まぁ、今の時代の人間には、馴染みがないでしょうね。もっと昔の魔法使い達が、こうやって植物で治療にあたっていた時代も知らないでしょうし」
ちくちくと作業に徹するアサギが、しれっと言った。ふぅ、と顔も向けず溜息を続けた様子は、『これだから偉そうな若輩魔法使いは』と言いたげだった。
サイラスが、機嫌を損ねた様子で眉を寄せた。
けれど彼は文句は言い返さなかった。小さく「ふんっ」と鼻を鳴らしたかと思うと、そのまま品もなくしゃがみ込んできた。
「ちょっと、隣から覗き込まないでくれる? 気が散るじゃない」
「そういう庶民的なことを、やるイメージがなかった」
なんだ、嫌味か? 伯爵令嬢なのにどうとかいう、人間視点からの嫌味なのか?
まぁ彼も忙しいだろうし、早々に帰って行くだろう。そう思って、リリアは放っておくことにした。
――のだが、予想が外れた。
仕上がった『逆さ草』を、三人がかりで並んで抱え運んでいる間も、サイラスが後ろから付いてきたのだ。
翌日もリリアは、屋敷の庭の一つである原の方へと足を運んだ。アサギとカマルと一緒になって『逆さ草』を、妖力を込めながら結んでいく作業を続けた。
あと残りわずかだ。
父も村長との話で出払っているし、ちゃちゃっと進めてしまいたい。
料理長達にお願いして、昼食用に軽食のサンドイッチを作ってもらった。小腹がすいたらサンドイッチをもぐもぐとして、再び作業へ戻る。
やがて、アサギから『オーケー』という仕草が出た。
「やった――――っ! 完成!」
「やりましたね姫様!」
リリアとカマルは、もうこれ以上集中できないと言わんばかりに、手を叩いて喜び合った。続いて仕上げに、これまで作った『逆さ草』を一本にすべく、せっせと結ぶ。
「だから俺、言ったんですよ。姫様は集中力がないから、と」
アサギが、手元をさくさくと動かしていきながら言った。
「うっ、うるさいわね、私がんばったでしょ!?」
「途中、蝶々がひらひらと飛んで行くのを見て、そわそわしていましたけどね。よく我慢したと思いました。――そこの小物狸も同類でしたが」
「ひぇっ」
そもそもテメェが一番にやんなきゃダメだろ分かってんのか?と、アサギに無言の目を向けられたカマルが、ぞわぞわーっとして竦み上がる。
一見すると、立派な大人の執事が、村の少年Aを苛めているようにしか見えない。
その時、リリアは、にわかに屋敷の正面の方が騒がしいことに気付いた。
「何かしら?」
ぴくんっと獣耳を反応させて、振り返る。
直後、リリアは向こうから歩いてくる人物に、金色の目を見開いた。そこにいるのは間違いようもなく、あの第二王子サイラスだった。
え、なんであいつが来てんの?
今日は学院はお休みなので、魔法部隊軍か公務の仕事が入っているはずである。
案の定、サイラスは正装姿でマントまで付けていた。向かってくる彼の美しい顔には、かなり不機嫌そうな表情が浮かんでいる。
領地にはあやかしの結界が貼ってあるので、転移魔法は手前までしか効かない。
ここまで別の魔法手段で移動してきたの? わざわざ?
そう思っている間にも、彼がザッと足音を立てて目の前に立った。あまり機嫌はよくなさそうな顔だ。ジロリと見下ろされたリリアは、呆気に取られた。
「あの……え、暇なの?」
リリアはこんがらがってきて、思わずパッと浮かんだ本音の方が口からこぼれ出た。
「なわけないだろう。多忙だ」
サイラスが、口元をやや引き攣らせて答えた。
そのまま彼の目が、呑気なポーカーフェイスで心情が読み取れないアサギ、そして同じように原に直で座り込んでいるカマルへと移る。
「また、不似合いなオスを連れているな」
チラリと一瞥されたカマルが、狐のアサギに睨まれた以上にビクーッとして、身の危険すら覚えた様子で飛び上がった。
ビビった拍子に、うっかり術が解けて狸姿に戻った。
「なるほど。化け狸か」
すぅ、とサイラスの目が細められる。
威嚇するように彼の魔力量が跳ね上がった。ガタガタ震え始めたカマルを、リリアは腕でかばって、自分の妖力で彼の魔力の影響を弾き返した。
「ちょっと、いきなりきて威圧するのはやめて。カマルは弱いあやかしなのよ」
「たとえ世話役の執事だったとしても、それが妖怪国では小さい部類に入るあやかしであったとしても、――不愉快だ」
かなり辛辣な言葉である。
そういえば、彼は『人外』と呼ぶくらいに、あやかしを嫌っていた。
なんだそんなことかと、出会った当時を思い出して、リリアは彼の不機嫌の理由を納得する。そうすると、いよいよ彼がこんな遠いレイド伯爵領地まで来たのか分からない。
「不愉快って言うくらいなら、来なければよかったじゃない」
チラリと非難を込めて告げたら、サイラスが即言い返してくる。
「体調不良で休んでいた婚約者の様子を見にきて、何が悪い?」
つまりお見舞い?
でも自分達の婚約は、破棄前提のものだ。必要ないのでは?
リリアは、頭にある狐の耳ごと首を傾げた。アサギが時間を無駄にしないべく、紐状になった『逆さ草』を、長い一本へと仕上げる作業に戻っていた。
「それで? 成長期とやらだったらしいが、体調は問題ないのか」
「え? ああ、熱も下がったし、放電も落ち着いたわよ」
なぜかサイラスが、こちらを覗き込んでくる。唐突に体調を問われたリリアは、戸惑いぎみに小さな声で答えた。
ぶるぶる震えていたカマルが、そろりそろりとあとずさりして、リリアの後ろでポンッと人間に化け直す。
サイラスが改めて彼を目に留めた。何事もなかったかのように、長く連なった草同士を結んで更に長くしていっているアサギ。そして、同じくそれを手に持っているリリアへと目を戻してから、彼女に尋ねた。
「――一体、部屋で休みもせず、こんなところで何をしているのか、聞いても?」
遠回しで、ずる休みを疑われている気がする。
やはり彼は、王宮にいる誰かに説得されて嫌々ここへ来たのだろう。リリアは、屋敷の使用人に聞いても教えてもらえなかったのだと続けたサイラスを見て、そう思った。
サイラスがカマルをしつこく睨み続けているので、リリアは今回の経緯を教えた。
結婚の下りでようやく魔力を抑えた彼は、けれど地道なその草作業に呆れた様子だった。
「伯爵令嬢のお前が、草遊びか?」
「失礼ね、これはれっきとした術具作製なの!」
リリアは、狐の耳をぴーんっとさせて主張した。
「まぁ、今の時代の人間には、馴染みがないでしょうね。もっと昔の魔法使い達が、こうやって植物で治療にあたっていた時代も知らないでしょうし」
ちくちくと作業に徹するアサギが、しれっと言った。ふぅ、と顔も向けず溜息を続けた様子は、『これだから偉そうな若輩魔法使いは』と言いたげだった。
サイラスが、機嫌を損ねた様子で眉を寄せた。
けれど彼は文句は言い返さなかった。小さく「ふんっ」と鼻を鳴らしたかと思うと、そのまま品もなくしゃがみ込んできた。
「ちょっと、隣から覗き込まないでくれる? 気が散るじゃない」
「そういう庶民的なことを、やるイメージがなかった」
なんだ、嫌味か? 伯爵令嬢なのにどうとかいう、人間視点からの嫌味なのか?
まぁ彼も忙しいだろうし、早々に帰って行くだろう。そう思って、リリアは放っておくことにした。
――のだが、予想が外れた。
仕上がった『逆さ草』を、三人がかりで並んで抱え運んでいる間も、サイラスが後ろから付いてきたのだ。
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