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(七章)姫様、王子と過ごす 下
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でも、気のせいだったみたいに、彼の肩から力が抜けたのを感じた。
そもそもサイラスとこうして座っているなんて、変な感じだ。
リリアは、ふと気付いて落ち着かなくなった。足を伸ばし、スカートのしわを手で払い、ぽふぽふとやって気をそらす。
「なぁ」
「何よ」
横顔を、サイラスが覗き込んでくる気配がした。リリアはつい、ぶっきらぼうな声を出して応える。
視線を返されないでいるサイラスは、少し考えてから、言った。
「その耳、触ってみてもいいか」
「は――はぁ!? だめに決まってるでしょっ、というか、やだ!」
少し遅れて質問内容を理解し、リリアは咄嗟に獣耳を押さえ、彼の顔をバッと見た。
やだ、という言葉を、サイラスが口の中で繰り返した。少しの間止まっていたかと思ったら、目をやや大きく開いたまま、ずいっとリリアの方に寄ってくる。
「なんだよ、減るもんじゃないだろ」
「減る! 確実にっ、私の精神的な部分が!」
「ふむ。もしかして弱点だったりするのか?」
「んな! ち、違うわよっ、弱点だったら普段から父様達に撫でさせてないしっ」
勢いで言った途端、リリアは『しまった』と思った。
サイラスが、どこか思案するようにしてじーっとこちらを見ている。考えが読めないけれど、ほぉ、だとか、へぇ、だとか思っていそうな気がした。
「あの、えっと、私は別に、甘えてるわけじゃないんだからね……? その、褒められて撫でられるなんて、普通にあることでしょ……?」
よその家事情は知らない。多分、うちとそんなに変わらないと思う。
でもやっぱり自信はなくて、頭からそろりと手を離しながら、リリアはびくびくして返事を待ってしまった。しかし、彼はやはり何か考えているようで黙ったままだ。
ややあってから、サイラスが思考を終えたように一つ頷いた。
「そうか。気持ち良かったりするのか」
「なんかその言い方嫌だっ」
事実だったから、リリアは咄嗟に距離を取って言い返してしまった。ただ、耳が一番敏感というだけである。
「別に、無理やり触ったりしないぞ」
「……そうなの?」
「それくらいの節度は持ってる」
彼の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
でも、ふと先程、父に言った台詞が思い出された。似合わないとも言えなくなってしまって、リリアは小さく笑った。
「ふふっ、変なの」
サイラスが、どこか少しほっとした様子で、不器用に口の端を引き上げた。
「そうか。俺が、『変』か」
文句ととられても不思議ではないのに、彼はちっとも怒らなかった。リリアも、それを悪い感じだと思っていない。
ああ、そうか。とくに理由がないから、文句も出てこないんだわ。
ふと気付いた。出会うたびにピリピリしていたけれど、あれは何かしら互いにきちんと理由があって、イラッとしたことを明確に伝え合っていた。だから、負けじと口喧嘩になる。
それは、ただただ悪く言いたいから声をかけてきた令嬢達とは、全然違った。
「そういえば、レイド伯爵夫人である『オウカ姫』には、たくさんの〝尾〟があると聞いた。お前はないのか?」
……とはいえ、相変わらず遠慮がない。
けれど、こうしてサイラスが、ずけずけ訊いてくるのも珍しい。いや、普段このように喧嘩以外で話すこともないから、リリアがそう感じてしまうのだろうか。
「私は人の姿では出ないわよ。あやかしの世界だと、十五歳はまだまだ全然仔狐だからだって言われたわ。でも、いきなりなんなのよ?」
「いや。耳がふわふわなら、尻尾はどうなのかと」
なんか、嫌な予感がする。
リリアは、自分を見据えているサイラスを前に、ごくりと唾を呑んでしまった。彼の見慣れない真面目な表情が、すごく気になってきた。
「…………まさか、耳じゃなくて、尻尾が本命なんじゃ」
思わず、おそるおそる確認してみた。
するとサイラスが、読めない顔をずいっと近付けてきた。
「ご想像にお任せする」
「何そのきちんとした言い方っ? 絶対考えてるでしょ! 尻尾を触りたいって!」
「俺は尻尾より――」
言い掛けた彼が、不意に口をつぐんだ。ハタと気付いたかのように、リリアからやや顔を離した。
「尻尾より、何よ?」
「いや、別に」
だから、別にって感じに見えないんだってば……。
リリアは、顔の下を手で押さえてよそを見ている彼を前に、そう思った。また何かしら考えているようだが、今のサイラスのことは予想が付かない。
でも、この気兼ねなく話せる感じ、なんかいいなぁ。
リリアは知らず知らず、サイラスの横顔をしげしげと眺めていた。そうしていると、彼が落ち着かない様子で、不意にガバリと立ち上がった。
「何、帰るの?」
ようやくかと思って、リリアは座り込んだまま尋ねた。
サイラスが、ちらりと肩ごしにこちらを見つめ返してくる。日差しの逆行で若干見えづらいが、なんか頬がちょっと赤いような――。
「帰って欲しくないというのなら、いるが?」
は……?
リリアは、考えていたことも頭の中から飛んだ。
自分は、彼に帰るのかと聞いた。それは、帰らないで、という風なニュアンスにも変換できることを、わざわざ指摘する形でサイラスは言い返してきたのか。
くそっ、台詞の揚げ足を取られた感じか!
瞬間、リリアは負けず嫌いを爆発させて放電していた。
「んなわけないでしょ――――っ!?」
やっぱりこいつは、嫌な王子である。
そんな思いが込められた特大級の雷撃が落ちる中、サイラスがひょいとよけ、移動魔法を展開して去って行った。
そもそもサイラスとこうして座っているなんて、変な感じだ。
リリアは、ふと気付いて落ち着かなくなった。足を伸ばし、スカートのしわを手で払い、ぽふぽふとやって気をそらす。
「なぁ」
「何よ」
横顔を、サイラスが覗き込んでくる気配がした。リリアはつい、ぶっきらぼうな声を出して応える。
視線を返されないでいるサイラスは、少し考えてから、言った。
「その耳、触ってみてもいいか」
「は――はぁ!? だめに決まってるでしょっ、というか、やだ!」
少し遅れて質問内容を理解し、リリアは咄嗟に獣耳を押さえ、彼の顔をバッと見た。
やだ、という言葉を、サイラスが口の中で繰り返した。少しの間止まっていたかと思ったら、目をやや大きく開いたまま、ずいっとリリアの方に寄ってくる。
「なんだよ、減るもんじゃないだろ」
「減る! 確実にっ、私の精神的な部分が!」
「ふむ。もしかして弱点だったりするのか?」
「んな! ち、違うわよっ、弱点だったら普段から父様達に撫でさせてないしっ」
勢いで言った途端、リリアは『しまった』と思った。
サイラスが、どこか思案するようにしてじーっとこちらを見ている。考えが読めないけれど、ほぉ、だとか、へぇ、だとか思っていそうな気がした。
「あの、えっと、私は別に、甘えてるわけじゃないんだからね……? その、褒められて撫でられるなんて、普通にあることでしょ……?」
よその家事情は知らない。多分、うちとそんなに変わらないと思う。
でもやっぱり自信はなくて、頭からそろりと手を離しながら、リリアはびくびくして返事を待ってしまった。しかし、彼はやはり何か考えているようで黙ったままだ。
ややあってから、サイラスが思考を終えたように一つ頷いた。
「そうか。気持ち良かったりするのか」
「なんかその言い方嫌だっ」
事実だったから、リリアは咄嗟に距離を取って言い返してしまった。ただ、耳が一番敏感というだけである。
「別に、無理やり触ったりしないぞ」
「……そうなの?」
「それくらいの節度は持ってる」
彼の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
でも、ふと先程、父に言った台詞が思い出された。似合わないとも言えなくなってしまって、リリアは小さく笑った。
「ふふっ、変なの」
サイラスが、どこか少しほっとした様子で、不器用に口の端を引き上げた。
「そうか。俺が、『変』か」
文句ととられても不思議ではないのに、彼はちっとも怒らなかった。リリアも、それを悪い感じだと思っていない。
ああ、そうか。とくに理由がないから、文句も出てこないんだわ。
ふと気付いた。出会うたびにピリピリしていたけれど、あれは何かしら互いにきちんと理由があって、イラッとしたことを明確に伝え合っていた。だから、負けじと口喧嘩になる。
それは、ただただ悪く言いたいから声をかけてきた令嬢達とは、全然違った。
「そういえば、レイド伯爵夫人である『オウカ姫』には、たくさんの〝尾〟があると聞いた。お前はないのか?」
……とはいえ、相変わらず遠慮がない。
けれど、こうしてサイラスが、ずけずけ訊いてくるのも珍しい。いや、普段このように喧嘩以外で話すこともないから、リリアがそう感じてしまうのだろうか。
「私は人の姿では出ないわよ。あやかしの世界だと、十五歳はまだまだ全然仔狐だからだって言われたわ。でも、いきなりなんなのよ?」
「いや。耳がふわふわなら、尻尾はどうなのかと」
なんか、嫌な予感がする。
リリアは、自分を見据えているサイラスを前に、ごくりと唾を呑んでしまった。彼の見慣れない真面目な表情が、すごく気になってきた。
「…………まさか、耳じゃなくて、尻尾が本命なんじゃ」
思わず、おそるおそる確認してみた。
するとサイラスが、読めない顔をずいっと近付けてきた。
「ご想像にお任せする」
「何そのきちんとした言い方っ? 絶対考えてるでしょ! 尻尾を触りたいって!」
「俺は尻尾より――」
言い掛けた彼が、不意に口をつぐんだ。ハタと気付いたかのように、リリアからやや顔を離した。
「尻尾より、何よ?」
「いや、別に」
だから、別にって感じに見えないんだってば……。
リリアは、顔の下を手で押さえてよそを見ている彼を前に、そう思った。また何かしら考えているようだが、今のサイラスのことは予想が付かない。
でも、この気兼ねなく話せる感じ、なんかいいなぁ。
リリアは知らず知らず、サイラスの横顔をしげしげと眺めていた。そうしていると、彼が落ち着かない様子で、不意にガバリと立ち上がった。
「何、帰るの?」
ようやくかと思って、リリアは座り込んだまま尋ねた。
サイラスが、ちらりと肩ごしにこちらを見つめ返してくる。日差しの逆行で若干見えづらいが、なんか頬がちょっと赤いような――。
「帰って欲しくないというのなら、いるが?」
は……?
リリアは、考えていたことも頭の中から飛んだ。
自分は、彼に帰るのかと聞いた。それは、帰らないで、という風なニュアンスにも変換できることを、わざわざ指摘する形でサイラスは言い返してきたのか。
くそっ、台詞の揚げ足を取られた感じか!
瞬間、リリアは負けず嫌いを爆発させて放電していた。
「んなわけないでしょ――――っ!?」
やっぱりこいつは、嫌な王子である。
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