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九章 予定よりも早く、あなたと別れを
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翌日も、取っている授業分があったので、リリアは学院へときた。
選択している授業を受け、空き時間は、ちらちらと向けられる人目から逃れるべく、建物の屋根の上で休憩した。
少し横になって、ポカポカと日差しを浴びて仮眠を取る姿を、別棟の階上の窓から目撃した生徒達が、「ごほっ」と咽たのには気付かなかった。
「あやかし令嬢、めっちゃ気持ち良さそうだな……」
「いかん。羨ましい、とか思ってしまった……」
「小テストが続いているもんな……ああやって気分転換できたら、集中力も戻って最高だろうな」
あと数ヶ月で卒業組の同学年生達の一部は、もう見慣れた〝彼女の不思議な力〟でもあったので、普通にそんなことを話しながら歩いていったのだった。
本日の授業も、残すところあと二つになった。
リリアは次の時間までの暇潰しを考え、学院内を歩く。
「あいつ、今日は来ないみたいね」
ふと、あちらへ目を向けて気付いた。
向こうにある休憩用のサロンには、令嬢達の姿が少なかった。彼女達は「見目麗しい第二王子」を眺めるために、よく立ち寄る。
思い返せば、今日は遠目からもサイラスを見掛けていなかった。
また魔法部隊の仕事か、王子としての公務でも入っているのだろう。
才能と実力があり、最年少で『最強の魔法使い』の称号を得た。当時から彼は既に、大人と肩を並べて仕事をしていたから、学院生となった頃には両立状態だった。
「もう少し長く、子供として過ごしても良かったと思うんだけど」
せめて十五、十六歳まで勉学などに集中させてもらえれば、こんなに多忙でバタバタ行き来することもなかったのではないか。
その時、廊下の向こうを歩いている令息数人に手を振られて、リリアはハタとする。
振り返ってみると、見覚えのない同学年らしき少年が三人いた。
「昨日は、図書委員会のお手伝いをありがとうございましたーっ」
ああ、なるほど。後輩からその話を聞いたのか。自分達が不在の間に起こったことの件で、律儀に礼を言ってきているらしい。
別にいいのよ。そう答えるように、リリアもぎこちないながら、ひらひらと手を振り返した。慣れない友好的な挨拶だったが、悪い気はしなかった。
これから置かれるという、例の小説の搬入がとても楽しみである。
そう思いながら、向こうの少年達がぺこっとしてきた会釈を見て、リリアもつられて同じようにやって歩き過ぎた。
廊下を曲がったところで、もう一つの休憩サロンが見えてきた。そこは、次にリリアが受ける授業に近い場所でもあった。
その時、その向かいの外テラスの休憩席に、令嬢達が座っているのに気付いた。一人がこちらを見るなり、「来ましたわっ」と同席していた子達に声をかける。
立ち上がったのは、公爵令嬢アグスティーナ達だった。
相変わらず、授業を受けにきたのか美しさを自慢しにきたのか分からない、飾り立てた格好をしていた。
わざわざ待ち構えてでもいたのか。アグスティーナを筆頭に、背筋を伸ばして向かってくる彼女達は臨戦態勢と言わんばかりだ。
先日の一件が思い起こされて、なんだかそれだけでリリアは嫌な気持ちが込み上げた。
「ごきげんよう、リリア様」
自己紹介をして名乗り合った覚えもないのに、自分の名前くらいはご存知だろう、と言わんばかりの目線でアグスティーナが言ってきた。
社交界で知らない者はいない、という姿勢が鼻についた。
「ええ、ごきげんよう」
リリアは伯爵令嬢として、同じく作法を守って返した。だが、コンラッドに聞くまで知らなかったわよ、という思いを込めて名前は呼ばなかった。
「何かご用かしら。まるで待たれていたように思えるのですけれど?」
リリアが先にそう言ってやると、後ろの令嬢達がちょっと動揺を見せた。そんな度胸もないのに、公爵令嬢が付いているから大丈夫、みたいに来たわけ?
ますますリリアは顔を顰めてしまう。
けれどアグスティーナは平然としていた。レディの嗜みと言わんばかりに、ドレスのスカートの前で手を合わせ顎を少し上げて述べる。
「それはリリア様の勘違いですわ。ただ、〝殿下のご婚約者様として〟放っておけないことがありましたので、お声をかけさせて頂いたまでです」
強調された部分も、嫌な言い方である。
「昨日の図書館でのことは、婚約者様としていかがなものかと思いましたわ」
唐突に、そんなことを言われた。
「図書館?」
「男性の前ではしたなくズボンを見せて飛び、下の者がする作業にまで加わったとか。婚約者がいる身なのに、まるで媚びでも売るみたいにボディタッチまでされて――」
だらだらと続くアグスティーナの言い分は、簡単にまとめると『婚約者としての振る舞いとしていかがなものか』ということであるらしい。
「未来の妻として、善行を見せるのは良いことです。しかし、少々考えなしすぎるのでは?」
「困っていたから、手伝っただけです」
「手伝う相手と状況を、お考えになるべきです。それは第二王子殿下のご婚約者様がするべき範囲内ではありません。リリア様も満足そうだった、というお噂は聞きました。なので、もしかしてリリア様は、そこまでして殿方に感謝されたいのかと、わたくし思ってしまいましたわ。まさか、そんなことあるはずがございませんけれど」
つらつらと一方的に述べた彼女が、そこで「ねぇ」と後ろの令嬢達にひそっとした感じで言った。彼女達がひそひそ声で、何やら一言、二言を言ってくる。
今、私と話しているのに、そこで後ろの子達に振る意味、ある?
なんだか神経を逆撫でされた。図書館の件を言ってきたかと思ったら、殿方にチヤホヤされたいのか、などと言われて、リリアは大変ムカムカしてきた。
言い返そうとした時、またしてもアグスティーナが言ってきた。
「そこまでして、リリア様は殿下と結婚までしたいのかしら」
その声には、ハッキリとした嫌悪感が滲んでいた。ジロリと睨みつけられた目。とうとうアグスティーナの本性が出たのを見た気がした。
リリアは「は?」と喧嘩っぽい声を、口の中にもらしてしまう。
先程から聞いていれば、図書館の件関係なくない?というくらい、好き勝手言われているだけの気がする。
翌日も、取っている授業分があったので、リリアは学院へときた。
選択している授業を受け、空き時間は、ちらちらと向けられる人目から逃れるべく、建物の屋根の上で休憩した。
少し横になって、ポカポカと日差しを浴びて仮眠を取る姿を、別棟の階上の窓から目撃した生徒達が、「ごほっ」と咽たのには気付かなかった。
「あやかし令嬢、めっちゃ気持ち良さそうだな……」
「いかん。羨ましい、とか思ってしまった……」
「小テストが続いているもんな……ああやって気分転換できたら、集中力も戻って最高だろうな」
あと数ヶ月で卒業組の同学年生達の一部は、もう見慣れた〝彼女の不思議な力〟でもあったので、普通にそんなことを話しながら歩いていったのだった。
本日の授業も、残すところあと二つになった。
リリアは次の時間までの暇潰しを考え、学院内を歩く。
「あいつ、今日は来ないみたいね」
ふと、あちらへ目を向けて気付いた。
向こうにある休憩用のサロンには、令嬢達の姿が少なかった。彼女達は「見目麗しい第二王子」を眺めるために、よく立ち寄る。
思い返せば、今日は遠目からもサイラスを見掛けていなかった。
また魔法部隊の仕事か、王子としての公務でも入っているのだろう。
才能と実力があり、最年少で『最強の魔法使い』の称号を得た。当時から彼は既に、大人と肩を並べて仕事をしていたから、学院生となった頃には両立状態だった。
「もう少し長く、子供として過ごしても良かったと思うんだけど」
せめて十五、十六歳まで勉学などに集中させてもらえれば、こんなに多忙でバタバタ行き来することもなかったのではないか。
その時、廊下の向こうを歩いている令息数人に手を振られて、リリアはハタとする。
振り返ってみると、見覚えのない同学年らしき少年が三人いた。
「昨日は、図書委員会のお手伝いをありがとうございましたーっ」
ああ、なるほど。後輩からその話を聞いたのか。自分達が不在の間に起こったことの件で、律儀に礼を言ってきているらしい。
別にいいのよ。そう答えるように、リリアもぎこちないながら、ひらひらと手を振り返した。慣れない友好的な挨拶だったが、悪い気はしなかった。
これから置かれるという、例の小説の搬入がとても楽しみである。
そう思いながら、向こうの少年達がぺこっとしてきた会釈を見て、リリアもつられて同じようにやって歩き過ぎた。
廊下を曲がったところで、もう一つの休憩サロンが見えてきた。そこは、次にリリアが受ける授業に近い場所でもあった。
その時、その向かいの外テラスの休憩席に、令嬢達が座っているのに気付いた。一人がこちらを見るなり、「来ましたわっ」と同席していた子達に声をかける。
立ち上がったのは、公爵令嬢アグスティーナ達だった。
相変わらず、授業を受けにきたのか美しさを自慢しにきたのか分からない、飾り立てた格好をしていた。
わざわざ待ち構えてでもいたのか。アグスティーナを筆頭に、背筋を伸ばして向かってくる彼女達は臨戦態勢と言わんばかりだ。
先日の一件が思い起こされて、なんだかそれだけでリリアは嫌な気持ちが込み上げた。
「ごきげんよう、リリア様」
自己紹介をして名乗り合った覚えもないのに、自分の名前くらいはご存知だろう、と言わんばかりの目線でアグスティーナが言ってきた。
社交界で知らない者はいない、という姿勢が鼻についた。
「ええ、ごきげんよう」
リリアは伯爵令嬢として、同じく作法を守って返した。だが、コンラッドに聞くまで知らなかったわよ、という思いを込めて名前は呼ばなかった。
「何かご用かしら。まるで待たれていたように思えるのですけれど?」
リリアが先にそう言ってやると、後ろの令嬢達がちょっと動揺を見せた。そんな度胸もないのに、公爵令嬢が付いているから大丈夫、みたいに来たわけ?
ますますリリアは顔を顰めてしまう。
けれどアグスティーナは平然としていた。レディの嗜みと言わんばかりに、ドレスのスカートの前で手を合わせ顎を少し上げて述べる。
「それはリリア様の勘違いですわ。ただ、〝殿下のご婚約者様として〟放っておけないことがありましたので、お声をかけさせて頂いたまでです」
強調された部分も、嫌な言い方である。
「昨日の図書館でのことは、婚約者様としていかがなものかと思いましたわ」
唐突に、そんなことを言われた。
「図書館?」
「男性の前ではしたなくズボンを見せて飛び、下の者がする作業にまで加わったとか。婚約者がいる身なのに、まるで媚びでも売るみたいにボディタッチまでされて――」
だらだらと続くアグスティーナの言い分は、簡単にまとめると『婚約者としての振る舞いとしていかがなものか』ということであるらしい。
「未来の妻として、善行を見せるのは良いことです。しかし、少々考えなしすぎるのでは?」
「困っていたから、手伝っただけです」
「手伝う相手と状況を、お考えになるべきです。それは第二王子殿下のご婚約者様がするべき範囲内ではありません。リリア様も満足そうだった、というお噂は聞きました。なので、もしかしてリリア様は、そこまでして殿方に感謝されたいのかと、わたくし思ってしまいましたわ。まさか、そんなことあるはずがございませんけれど」
つらつらと一方的に述べた彼女が、そこで「ねぇ」と後ろの令嬢達にひそっとした感じで言った。彼女達がひそひそ声で、何やら一言、二言を言ってくる。
今、私と話しているのに、そこで後ろの子達に振る意味、ある?
なんだか神経を逆撫でされた。図書館の件を言ってきたかと思ったら、殿方にチヤホヤされたいのか、などと言われて、リリアは大変ムカムカしてきた。
言い返そうとした時、またしてもアグスティーナが言ってきた。
「そこまでして、リリア様は殿下と結婚までしたいのかしら」
その声には、ハッキリとした嫌悪感が滲んでいた。ジロリと睨みつけられた目。とうとうアグスティーナの本性が出たのを見た気がした。
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