3 / 9
3
しおりを挟む
アラタが大浜(おおはま)という男に出会ったのは、たびたび父と大学について電話越しで話すようになってから、一ヶ月半が過ぎた頃の七月の事だった。
「駅ですっかり迷子になっちゃってさあ。乗り間違えて大変だった」
初対面の日、大浜は妙な訛り口調でそう気軽に話しかけてきた。大学の保証人となってくれるらしいその男は、一見すると外人のような彫りの深い顔立ちをしていた。
「君がアラタ君だろ? 俺、大浜ナヅムってんだ」
待ち合わせ場所の駅で手を差し伸べられ、アラタは困惑混じりに手を握り返した。
その反応は、大浜にとって予想していた物と違ったらしい。格闘技の選手にも思える大柄な彼は、顎先の無精髭に手をやって「あれ?」と首を傾げた。
「お父さんから話は聞いてない? ほら、君のお父さんとは長い付き合いの大親友、大浜ナヅムだよ!」
そう言われて、アラタはますます困ってしまった。父からは、「古い友人の『大浜』という男だ」としか聞かされていなかったからだ。
そもそも、あちらこちらに流れて生活している父に、友人がいたという事実を先日の電話で初めて知った。長い付き合いの友人と自己紹介されても、大浜はどう見ても三十代後半ほどであるし、五十代半ばの父との関係性が想像出来ないでもいた。
「俺が保証人になるッ。どーんと任せとけ!」
人混みを気にすることなく、大浜は元気たっぷりに断言した。自分ペースの陽気な男のようで、ぺらぺらと聞き慣れない訛りで「大学に進学とは偉い」やら「地下鉄は迷路」やら「みんな歩くの速い」やらと話し出す。
父とタイプが違いすぎて、アラタが困惑してしまうほど表情が豊かだった。周りの目さえ気にせず野太い声で大笑いし、思いつくままに手振りを交えて喋り通した。
出会って二十分間ほど、一人で話していた彼が、唐突に真面目な表情を浮かべた。
「腹が減った」
「は……?」
思わず呆気に取られた。大浜が「まずメシにしよう」と提案したかと思ったら、勝手に歩き出してしまい、アラタは慌ててその後に続いた。
「俺は『ウミンチュ』なんだ」
駅を出たところで、入る飲食店を探しながら大浜が誇らしげに言った。
それが一体なんであるのか、アラタには分からなかった。つい気後れして質問出来ずにいると、彼が巨大ハンバーグと書かれた看板に気付いて「あそこにしようぜ」と誘ってきた。
昼食時間はとっくに過ぎていたので、広い店内に客は数える程度しかいなかった。少しレトロ風の店内は、どこかほっと落ち着ける優しい色合いをしていた。
「さっきも言ったけど、ほんと電車の乗り方が分からなくてさぁ。案内板と睨み合ってもちっとも理解出来ねぇし、バスも普段利用しないから見方もさっぱりだし、まいったもんだ」
大浜は、食事を豪快に食べ進めつつも、仕草や表情を交えて話し続けた。彼の前には巨大ハンバーグ定食、単品のエビグラタン、モッツァレラチーズのバジルピザが三切れ、小皿に入ったトマトサラダが並んでいて、お喋りだけでなく食事量も多かった。
アラタは適当に相槌を返しながら、彼の赤く日焼けした頭髪の逆立ち具合を眺めたりしていた。ハンバーグカレー定食だけで、お腹がいっぱいになった。
「それにしても、あいつも老けたよなぁ」
注文したメニューを全てペロリと完食した大浜が、爪楊枝で前歯をいじりながら、ふと思い出した様子で呟いた。
「お前の親父さんはさ、正義感が強くて熱血バカで、そのうえすぐにプッツンする奴だった。よく俺や近所の悪ガキ連中を、問答無用でまとめて海に放り投げていたもんだ」
「そんなことがあったんですか?」
「しょっちゅうだったよ。まぁ地元じゃ面倒見が良くて頼れる『近所の兄ちゃん』というか、それでいて結構頑固なところもあったからなぁ」
自分には長く暮らした地や、帰るべき故郷と呼べる場所もないせいだろうか。地元、という言葉に何故だか寂しさを覚えた。
これまで聞かされた事もない父の故郷の話をしていた大浜が、ふと思い出したように店内を見渡した。目が合った男性店員が食器を下げにきたついでに尋ねる。
「ここ、煙草は大丈夫っすかね?」
「はい。今の時間は大丈夫ですよ」
「なるほど、時間によって変わるわけね」
でもまぁ店内喫煙可能なのは助かるよ、と大浜は打ち解けた口調で言った。やっぱり独特の訛りが入っていて、それでも不思議と温かい印象がある。続けて「皿、ありがとう」「メシ美味かったよ」と伝えられた男性店員も、ずっとニコニコしていた。
「あ、煙草は大丈夫か?」
煙草を一本取り出した彼が、ジッポライターを用意したところで気付いたように目を向けてきた。アラタは、そんな事かと思って「別に構わない」という意思表示をした。
大浜は「ふうん」と呟いて火をつける。一口、二口と吹かせると、テーブルに頬杖をついて、どこか興味深そうにじっとアラタの顔を見つめた。
「なんですか。僕の顔に、何か?」
「お前、そうやって素の感じでいると、随分あいつに似てんなぁ。今の顔をチラッと顰めた時の表情とか、とくに目元。若い頃に見たあいつのまんまだ」
眉を顰めたアラタに、大浜が「あいつが俺より年下になったみたいで、変な感じ」と言って、ちょっと困ったように笑った。
「駅ですっかり迷子になっちゃってさあ。乗り間違えて大変だった」
初対面の日、大浜は妙な訛り口調でそう気軽に話しかけてきた。大学の保証人となってくれるらしいその男は、一見すると外人のような彫りの深い顔立ちをしていた。
「君がアラタ君だろ? 俺、大浜ナヅムってんだ」
待ち合わせ場所の駅で手を差し伸べられ、アラタは困惑混じりに手を握り返した。
その反応は、大浜にとって予想していた物と違ったらしい。格闘技の選手にも思える大柄な彼は、顎先の無精髭に手をやって「あれ?」と首を傾げた。
「お父さんから話は聞いてない? ほら、君のお父さんとは長い付き合いの大親友、大浜ナヅムだよ!」
そう言われて、アラタはますます困ってしまった。父からは、「古い友人の『大浜』という男だ」としか聞かされていなかったからだ。
そもそも、あちらこちらに流れて生活している父に、友人がいたという事実を先日の電話で初めて知った。長い付き合いの友人と自己紹介されても、大浜はどう見ても三十代後半ほどであるし、五十代半ばの父との関係性が想像出来ないでもいた。
「俺が保証人になるッ。どーんと任せとけ!」
人混みを気にすることなく、大浜は元気たっぷりに断言した。自分ペースの陽気な男のようで、ぺらぺらと聞き慣れない訛りで「大学に進学とは偉い」やら「地下鉄は迷路」やら「みんな歩くの速い」やらと話し出す。
父とタイプが違いすぎて、アラタが困惑してしまうほど表情が豊かだった。周りの目さえ気にせず野太い声で大笑いし、思いつくままに手振りを交えて喋り通した。
出会って二十分間ほど、一人で話していた彼が、唐突に真面目な表情を浮かべた。
「腹が減った」
「は……?」
思わず呆気に取られた。大浜が「まずメシにしよう」と提案したかと思ったら、勝手に歩き出してしまい、アラタは慌ててその後に続いた。
「俺は『ウミンチュ』なんだ」
駅を出たところで、入る飲食店を探しながら大浜が誇らしげに言った。
それが一体なんであるのか、アラタには分からなかった。つい気後れして質問出来ずにいると、彼が巨大ハンバーグと書かれた看板に気付いて「あそこにしようぜ」と誘ってきた。
昼食時間はとっくに過ぎていたので、広い店内に客は数える程度しかいなかった。少しレトロ風の店内は、どこかほっと落ち着ける優しい色合いをしていた。
「さっきも言ったけど、ほんと電車の乗り方が分からなくてさぁ。案内板と睨み合ってもちっとも理解出来ねぇし、バスも普段利用しないから見方もさっぱりだし、まいったもんだ」
大浜は、食事を豪快に食べ進めつつも、仕草や表情を交えて話し続けた。彼の前には巨大ハンバーグ定食、単品のエビグラタン、モッツァレラチーズのバジルピザが三切れ、小皿に入ったトマトサラダが並んでいて、お喋りだけでなく食事量も多かった。
アラタは適当に相槌を返しながら、彼の赤く日焼けした頭髪の逆立ち具合を眺めたりしていた。ハンバーグカレー定食だけで、お腹がいっぱいになった。
「それにしても、あいつも老けたよなぁ」
注文したメニューを全てペロリと完食した大浜が、爪楊枝で前歯をいじりながら、ふと思い出した様子で呟いた。
「お前の親父さんはさ、正義感が強くて熱血バカで、そのうえすぐにプッツンする奴だった。よく俺や近所の悪ガキ連中を、問答無用でまとめて海に放り投げていたもんだ」
「そんなことがあったんですか?」
「しょっちゅうだったよ。まぁ地元じゃ面倒見が良くて頼れる『近所の兄ちゃん』というか、それでいて結構頑固なところもあったからなぁ」
自分には長く暮らした地や、帰るべき故郷と呼べる場所もないせいだろうか。地元、という言葉に何故だか寂しさを覚えた。
これまで聞かされた事もない父の故郷の話をしていた大浜が、ふと思い出したように店内を見渡した。目が合った男性店員が食器を下げにきたついでに尋ねる。
「ここ、煙草は大丈夫っすかね?」
「はい。今の時間は大丈夫ですよ」
「なるほど、時間によって変わるわけね」
でもまぁ店内喫煙可能なのは助かるよ、と大浜は打ち解けた口調で言った。やっぱり独特の訛りが入っていて、それでも不思議と温かい印象がある。続けて「皿、ありがとう」「メシ美味かったよ」と伝えられた男性店員も、ずっとニコニコしていた。
「あ、煙草は大丈夫か?」
煙草を一本取り出した彼が、ジッポライターを用意したところで気付いたように目を向けてきた。アラタは、そんな事かと思って「別に構わない」という意思表示をした。
大浜は「ふうん」と呟いて火をつける。一口、二口と吹かせると、テーブルに頬杖をついて、どこか興味深そうにじっとアラタの顔を見つめた。
「なんですか。僕の顔に、何か?」
「お前、そうやって素の感じでいると、随分あいつに似てんなぁ。今の顔をチラッと顰めた時の表情とか、とくに目元。若い頃に見たあいつのまんまだ」
眉を顰めたアラタに、大浜が「あいつが俺より年下になったみたいで、変な感じ」と言って、ちょっと困ったように笑った。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる