16 / 111
15.チンパンジーとバナナ
しおりを挟む
ここは、とある地方都市のごく普通の動物園。
そこに働く調教師がチンパンジーに芸を仕込もうとしている。
実は、この調教師は自分が勤める動物園の上司に恨みを抱いていた。
日頃から「能無し」「役立たず」とパワハラを受けていたため、年内に殺してやろうと固く決意していたのである。
しかも、自分がつかまらないようにするための方策も2か月前に考え出していた。
調教師が仕込もうとしている芸こそ、チンパンジーに上司殺しの技術を身につけさせることだった。
では、なぜチンパンジーに殺し屋としての資質を見出したかというと、万が一捕まってもサルなら絶対口を割らないとの確信があったからである。
これは、サルの調教師として長年携わってきた経験とサルに対する高度な専門的かつ学術的な知識からだった。
こうして、調教師は上司を亡き者にするという目的と、その方法を同時に手に入れようとしていた。
しかし、すでに5日も経っていた。早く決行しないと時間が無くなってしまう。
なぜ時間が限られているかと言うと、調教師はもうすぐ定年になってしまうからだった。
次の段階は、どのようにサルに役目を果たさせるかだった。
これも、長年蓄積されたヤマカンと「ただ、お願いしただけではサルはやってくれない」という完璧な動物行動生態学の理論が役にたった。
だから、調教師が当然の帰結として思い至ったのは、サルに「殺しの方法」を学習させることだった。
「これだけ、手筈を整えればいいだろう」
ほぼ成功を手中におさめた調教師は、最後の段階に移ることにした。
彼がやったことは、文献を読み漁ることだった。
そのため、終業時間になると毎日、市内の図書館に通い詰めた。
資料を探すキーワードは「チンパンジー」「殺人」の二つにした。
そして、その答えが書いてある明治時代のポンチ絵を発見した。
そこには「バナナとナイフの関係を覚えさせることが重要」と記載されていた。
調教師はさっそく、ナイフで刺したバナナを食べさせることを教え始めた。
ところが、最初のサル・チン吉はバナナを食べる時に、誤って自分でナイフを口に刺して死んでしまった。
次のサル・パン吉は、食べたバナナの皮に転んで頭を打って死んでしまった。
調教師は焦った。チンパンジーを2頭もムダに死なせてしまい、上司から管理不行き届きとして手ひどく叱責され、給料も半分に減らされたからだ。
さらに、調教師は上司の次の言葉で、あとがなくなってしまったことを知る。
「今度、サルを死なせたらお前を調教師の担当から外して、ウサギのいきものがかりにしてやる」
この命令は非常に調教師を困らせるものだった。
(ウサギって、俺の上司を殺せるのか?)
3日ほどかけて得た結論は人生で初めて味わった挫折だった。
「ムリだ。ウサギの手ではナイフを持てない」
3頭目のチンパンジーを前にして「これが最後のサルだ。お前の名前はクン吉だ」と固く心に誓ってみせることにした。
固く誓って一晩考えた結論をクン吉に厳かに伝える。
「やはり、基本が大事だ」
チンパンジーも同意見のようだった。
このあと、繰り返しナイフで上司を刺すように教えることにした。
「継続は力なり」
これが男の口癖になった。
あまりにも繰り返して言うので、男がこの言葉を言うとチンパンジーはバナナをもらえると思って手を出すようになった。
しかし、肝心のナイフを使いこなすことは叶わなかった。
ムダに築かれたバナナの皮を見て男は悲しんだ。
「俺には、時間がないんだよ~」
そして、がけっぷちに追い詰められたときに、ついに完璧な方法を思いついた。
「そうだ、ナイフで刺すことを覚えたら、バナナをやれば良いんだ」
躍り上がって喜ぶ男を見て、クン吉も跳ね回った。
すでに両者は一心同体だった。
「継続は力なり」
試しにこのセリフを聞かせてみると案の定、チンパン君は手を出した。
男がおそるおそるナイフを出すとしっかりと握ってくれた。
あとは簡単だった。バナナをやらないでいると、怒り狂ったクン吉はナイフを振りかざして、手当たり次第に刺しまくった。(ものに当たり散らした)
なんと、偶然にもこの瞬間、すべての手筈が整った。
「絶対にこの1か月以内に殺してやる」
調教師は、定年がまじかに迫ってきたので、上司を殺す期限を大幅に早めることにした。
こうして、チンパンジーの健気な協力のもと計画は最終段階を迎えた。
クン吉は自分が殺人の片棒を担ぐなどとは考えず、恐ろしい芸を大好きなバナナ欲しさに磨いていった。
あとは実行あるのみだった。決行日は、自分の誕生日と決めた。
その日、上司の部屋の前にクン吉を連れて行くと例の言葉をささやいた。
「継続は力なり」
毛むくじゃらの手を出してくるチンパンにナイフを握らせ、上司の部屋のドアを少し開ける。
そして、とどめの一言そして二言。さらに念のため十言ささやくとクン吉を部屋に押し込んだ。
上司がチンパンを見てお愛想を言う。
「おっ、クン吉じゃないか、どうしたんだ?何か用かい?」
その後の、現場の状況は修羅場だった。
チンパンの怒り狂った叫びと騒音、上司の悲鳴。
(この状況はとても小学生の教科書には載せられないな)と男は吐息をもらした。
こうして、憎い上司を見事ナイフで刺し殺すことに成功する。
「ウキャ、ウキャ、ウキャー」
「よし、よし。良くやったぞ。今ごほうびをやるからな。ほらバナナだ。沢山食べていいぞ」
「おれは、ついに完全犯罪に成功したぞ」
「ウキャキャキャー」
「もっとくれってのか?もうないよ。終わり」
「ウギャーウギャー」
上司の血まみれの死体と胸にナイフが刺さった調教師の死体が発見されたのは翌朝だった。
刑事V「二人とも出血多量ですね。このナイフが凶器で、刺し殺されたんだな」
刑事W「メッタ刺しですよ。」
上司の刑事「犯人は誰だ?」
刑事W「他の職員の話では、事件のあった夜は殺された二人しか残っていなかったそうです」
刑事V「他にここに入った者もいないようです」
刑事W「係長、沢山バナナの皮が落ちてますが、何でしょうね」
上司「誰が食べたんだ?」
刑事V「この猿が食べたんですかね」
ここで捜査員はある仮説にたどり着く。
刑事W「このチンパンジーが二人を刺したんでしょうか?」
上司「サルが?まさか」
鑑識が報告する。
鑑識係「係長、ナイフについていたのはなんとこのサルの指紋でした」
上司「そうなると、チンパンジーが犯人か?」
刑事V「サルがですか……」
上司「よし、まさかと思うが、バナナとナイフを用意しろ」
すると上司の見立て通り、猿はバナナ欲しさにナイフで襲いかかってきた。
上司「犯人はこれではっきりしたが、サルの動機が分からないな」
刑事W「腹が減ってたんですかね?」
刑事V「凶暴なサルってことですかね?」
刑事W「それが結論でいいんじゃないですか」
上司「仕方ないな」
このようにして、おぞましい殺人事件は幕を閉じた。
この後、クン吉は天命を全うした。
おしまい
くだらない文章にお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
(江木三十四拝)
そこに働く調教師がチンパンジーに芸を仕込もうとしている。
実は、この調教師は自分が勤める動物園の上司に恨みを抱いていた。
日頃から「能無し」「役立たず」とパワハラを受けていたため、年内に殺してやろうと固く決意していたのである。
しかも、自分がつかまらないようにするための方策も2か月前に考え出していた。
調教師が仕込もうとしている芸こそ、チンパンジーに上司殺しの技術を身につけさせることだった。
では、なぜチンパンジーに殺し屋としての資質を見出したかというと、万が一捕まってもサルなら絶対口を割らないとの確信があったからである。
これは、サルの調教師として長年携わってきた経験とサルに対する高度な専門的かつ学術的な知識からだった。
こうして、調教師は上司を亡き者にするという目的と、その方法を同時に手に入れようとしていた。
しかし、すでに5日も経っていた。早く決行しないと時間が無くなってしまう。
なぜ時間が限られているかと言うと、調教師はもうすぐ定年になってしまうからだった。
次の段階は、どのようにサルに役目を果たさせるかだった。
これも、長年蓄積されたヤマカンと「ただ、お願いしただけではサルはやってくれない」という完璧な動物行動生態学の理論が役にたった。
だから、調教師が当然の帰結として思い至ったのは、サルに「殺しの方法」を学習させることだった。
「これだけ、手筈を整えればいいだろう」
ほぼ成功を手中におさめた調教師は、最後の段階に移ることにした。
彼がやったことは、文献を読み漁ることだった。
そのため、終業時間になると毎日、市内の図書館に通い詰めた。
資料を探すキーワードは「チンパンジー」「殺人」の二つにした。
そして、その答えが書いてある明治時代のポンチ絵を発見した。
そこには「バナナとナイフの関係を覚えさせることが重要」と記載されていた。
調教師はさっそく、ナイフで刺したバナナを食べさせることを教え始めた。
ところが、最初のサル・チン吉はバナナを食べる時に、誤って自分でナイフを口に刺して死んでしまった。
次のサル・パン吉は、食べたバナナの皮に転んで頭を打って死んでしまった。
調教師は焦った。チンパンジーを2頭もムダに死なせてしまい、上司から管理不行き届きとして手ひどく叱責され、給料も半分に減らされたからだ。
さらに、調教師は上司の次の言葉で、あとがなくなってしまったことを知る。
「今度、サルを死なせたらお前を調教師の担当から外して、ウサギのいきものがかりにしてやる」
この命令は非常に調教師を困らせるものだった。
(ウサギって、俺の上司を殺せるのか?)
3日ほどかけて得た結論は人生で初めて味わった挫折だった。
「ムリだ。ウサギの手ではナイフを持てない」
3頭目のチンパンジーを前にして「これが最後のサルだ。お前の名前はクン吉だ」と固く心に誓ってみせることにした。
固く誓って一晩考えた結論をクン吉に厳かに伝える。
「やはり、基本が大事だ」
チンパンジーも同意見のようだった。
このあと、繰り返しナイフで上司を刺すように教えることにした。
「継続は力なり」
これが男の口癖になった。
あまりにも繰り返して言うので、男がこの言葉を言うとチンパンジーはバナナをもらえると思って手を出すようになった。
しかし、肝心のナイフを使いこなすことは叶わなかった。
ムダに築かれたバナナの皮を見て男は悲しんだ。
「俺には、時間がないんだよ~」
そして、がけっぷちに追い詰められたときに、ついに完璧な方法を思いついた。
「そうだ、ナイフで刺すことを覚えたら、バナナをやれば良いんだ」
躍り上がって喜ぶ男を見て、クン吉も跳ね回った。
すでに両者は一心同体だった。
「継続は力なり」
試しにこのセリフを聞かせてみると案の定、チンパン君は手を出した。
男がおそるおそるナイフを出すとしっかりと握ってくれた。
あとは簡単だった。バナナをやらないでいると、怒り狂ったクン吉はナイフを振りかざして、手当たり次第に刺しまくった。(ものに当たり散らした)
なんと、偶然にもこの瞬間、すべての手筈が整った。
「絶対にこの1か月以内に殺してやる」
調教師は、定年がまじかに迫ってきたので、上司を殺す期限を大幅に早めることにした。
こうして、チンパンジーの健気な協力のもと計画は最終段階を迎えた。
クン吉は自分が殺人の片棒を担ぐなどとは考えず、恐ろしい芸を大好きなバナナ欲しさに磨いていった。
あとは実行あるのみだった。決行日は、自分の誕生日と決めた。
その日、上司の部屋の前にクン吉を連れて行くと例の言葉をささやいた。
「継続は力なり」
毛むくじゃらの手を出してくるチンパンにナイフを握らせ、上司の部屋のドアを少し開ける。
そして、とどめの一言そして二言。さらに念のため十言ささやくとクン吉を部屋に押し込んだ。
上司がチンパンを見てお愛想を言う。
「おっ、クン吉じゃないか、どうしたんだ?何か用かい?」
その後の、現場の状況は修羅場だった。
チンパンの怒り狂った叫びと騒音、上司の悲鳴。
(この状況はとても小学生の教科書には載せられないな)と男は吐息をもらした。
こうして、憎い上司を見事ナイフで刺し殺すことに成功する。
「ウキャ、ウキャ、ウキャー」
「よし、よし。良くやったぞ。今ごほうびをやるからな。ほらバナナだ。沢山食べていいぞ」
「おれは、ついに完全犯罪に成功したぞ」
「ウキャキャキャー」
「もっとくれってのか?もうないよ。終わり」
「ウギャーウギャー」
上司の血まみれの死体と胸にナイフが刺さった調教師の死体が発見されたのは翌朝だった。
刑事V「二人とも出血多量ですね。このナイフが凶器で、刺し殺されたんだな」
刑事W「メッタ刺しですよ。」
上司の刑事「犯人は誰だ?」
刑事W「他の職員の話では、事件のあった夜は殺された二人しか残っていなかったそうです」
刑事V「他にここに入った者もいないようです」
刑事W「係長、沢山バナナの皮が落ちてますが、何でしょうね」
上司「誰が食べたんだ?」
刑事V「この猿が食べたんですかね」
ここで捜査員はある仮説にたどり着く。
刑事W「このチンパンジーが二人を刺したんでしょうか?」
上司「サルが?まさか」
鑑識が報告する。
鑑識係「係長、ナイフについていたのはなんとこのサルの指紋でした」
上司「そうなると、チンパンジーが犯人か?」
刑事V「サルがですか……」
上司「よし、まさかと思うが、バナナとナイフを用意しろ」
すると上司の見立て通り、猿はバナナ欲しさにナイフで襲いかかってきた。
上司「犯人はこれではっきりしたが、サルの動機が分からないな」
刑事W「腹が減ってたんですかね?」
刑事V「凶暴なサルってことですかね?」
刑事W「それが結論でいいんじゃないですか」
上司「仕方ないな」
このようにして、おぞましい殺人事件は幕を閉じた。
この後、クン吉は天命を全うした。
おしまい
くだらない文章にお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
(江木三十四拝)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる