刑事たちの余談

江木 三十四

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15.チンパンジーとバナナ 

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ここは、とある地方都市のごく普通の動物園。
そこに働く調教師がチンパンジーに芸を仕込もうとしている。
実は、この調教師は自分が勤める動物園の上司に恨みを抱いていた。
日頃から「能無し」「役立たず」とパワハラを受けていたため、年内に殺してやろうと固く決意していたのである。
しかも、自分がつかまらないようにするための方策も2か月前に考え出していた。

調教師が仕込もうとしている芸こそ、チンパンジーに上司殺しの技術を身につけさせることだった。
では、なぜチンパンジーに殺し屋としての資質を見出したかというと、万が一捕まってもサルなら絶対口を割らないとの確信があったからである。
これは、サルの調教師として長年携わってきた経験とサルに対する高度な専門的かつ学術的な知識からだった。
こうして、調教師は上司を亡き者にするという目的と、その方法を同時に手に入れようとしていた。

しかし、すでに5日も経っていた。早く決行しないと時間が無くなってしまう。
なぜ時間が限られているかと言うと、調教師はもうすぐ定年になってしまうからだった。

次の段階は、どのようにサルに役目を果たさせるかだった。
これも、長年蓄積されたヤマカンと「ただ、」という完璧な動物行動生態学の理論が役にたった。
だから、調教師が当然の帰結として思い至ったのは、サルに「殺しの方法」を学習させることだった。
「これだけ、手筈を整えればいいだろう」
ほぼ成功を手中におさめた調教師は、最後の段階に移ることにした。
彼がやったことは、文献を読み漁ることだった。
そのため、終業時間になると毎日、市内の図書館に通い詰めた。
資料を探すキーワードは「チンパンジー」「殺人」の二つにした。
そして、その答えが書いてある明治時代のポンチ絵を発見した。
そこには「バナナとナイフの関係を覚えさせることが重要」と記載されていた。
調教師はさっそく、ナイフで刺したバナナを食べさせることを教え始めた。
ところが、最初のサル・チン吉はバナナを食べる時に、誤って自分でナイフを口に刺して死んでしまった。
次のサル・パン吉は、食べたバナナの皮に転んで頭を打って死んでしまった。
調教師は焦った。チンパンジーを2頭もムダに死なせてしまい、上司から管理不行き届きとして手ひどく叱責され、給料も半分に減らされたからだ。
さらに、調教師は上司の次の言葉で、あとがなくなってしまったことを知る。
「今度、サルを死なせたらお前を調教師の担当から外して、ウサギのいきものがかりにしてやる」
この命令は非常に調教師を困らせるものだった。
(ウサギって、俺の上司を殺せるのか?)
3日ほどかけて得た結論は人生で初めて味わった挫折だった。
「ムリだ。ウサギの手ではナイフを持てない」
3頭目のチンパンジーを前にして「これが最後のサルだ。お前の名前はクン吉だ」と固く心に誓ってみせることにした。

固く誓って一晩考えた結論をクン吉に厳かに伝える。
「やはり、基本が大事だ」
チンパンジーも同意見のようだった。
このあと、繰り返しナイフで上司を刺すように教えることにした。
「継続は力なり」
これが男の口癖になった。
あまりにも繰り返して言うので、男がこの言葉を言うとチンパンジーはバナナをもらえると思って手を出すようになった。
しかし、肝心のナイフを使いこなすことは叶わなかった。
ムダに築かれたバナナの皮を見て男は悲しんだ。
「俺には、時間がないんだよ~」
そして、がけっぷちに追い詰められたときに、ついに完璧な方法を思いついた。
「そうだ、ナイフで刺すことを覚えたら、バナナをやれば良いんだ」
躍り上がって喜ぶ男を見て、クン吉も跳ね回った。
すでに両者は一心同体バカどうしだった。
「継続は力なり」
試しにこのセリフを聞かせてみると案の定、チンパン君は手を出した。
男がおそるおそるナイフを出すとしっかりと握ってくれた。
あとは簡単だった。バナナをやらないでいると、怒り狂ったクン吉はナイフを振りかざして、手当たり次第に刺しまくった。(ものに当たり散らした)

なんと、偶然にもこの瞬間、すべての手筈が整った。

「絶対にこの1か月以内に殺してやる」
調教師は、定年がまじかに迫ってきたので、上司を殺す期限を大幅に早めることにした。

こうして、チンパンジーの健気な協力バナナほしさのもと計画は最終段階を迎えた。
クン吉は自分が殺人の片棒を担ぐなどとは考えず、恐ろしい芸ひとごろしを大好きなバナナ欲しさに磨いていった。

あとは実行あるのみだった。決行日は、自分の誕生日と決めた。
その日、上司の部屋の前にクン吉を連れて行くと例の言葉をささやいた。
「継続は力なり」
毛むくじゃらの手を出してくるチンパンにナイフを握らせ、上司の部屋のドアを少し開ける。
そして、とどめの一言そして二言。さらに念のため十言ささやくとクン吉を部屋に押し込んだ。
上司がチンパンを見てお愛想を言う。
「おっ、クン吉じゃないか、どうしたんだ?何か用かい?」
その後の、現場の状況は修羅場だった。
チンパンの怒り狂った叫びと騒音、上司の悲鳴。
(この状況はとても小学生の教科書には載せられないな)と男は吐息をもらした。

こうして、憎い上司を見事ナイフで刺し殺すことに成功する。  
「ウキャ、ウキャ、ウキャー」
「よし、よし。良くやったぞ。今ごほうびをやるからな。ほらバナナだ。沢山食べていいぞ」
「おれは、ついに完全犯罪に成功したぞ」
「ウキャキャキャー」
「もっとくれってのか?もうないよ。終わり」
「ウギャーウギャー」

上司の血まみれの死体と胸にナイフが刺さった調教師の死体が発見されたのは翌朝だった。
刑事V「二人とも出血多量ですね。このナイフが凶器で、刺し殺されたんだな」
刑事W「メッタ刺しですよ。」
上司の刑事「犯人は誰だ?」
刑事W「他の職員の話では、事件のあった夜は殺された二人しか残っていなかったそうです」
刑事V「他にここに入った者もいないようです」
刑事W「係長、沢山バナナの皮が落ちてますが、何でしょうね」
上司「誰が食べたんだ?」
刑事V「この猿が食べたんですかね」
ここで捜査員はある仮説にたどり着く。
刑事W「このチンパンジーが二人を刺したんでしょうか?」
上司「サルが?まさか」
鑑識が報告する。
鑑識係「係長、ナイフについていたのはなんとこのサルの指紋でした」
上司「そうなると、チンパンジーが犯人か?」
刑事V「サルがですか……」
上司「よし、まさかと思うが、バナナとナイフを用意しろ」
すると上司の見立て通り、猿はバナナ欲しさにナイフで襲いかかってきた。
上司「犯人はこれではっきりしたが、サルの動機が分からないな」
刑事W「腹が減ってたんですかね?」
刑事V「凶暴なサルってことですかね?」
刑事W「それが結論でいいんじゃないですか」
上司「仕方ないな」
このようにして、おぞましい殺人事件は幕を閉じた。
この後、クン吉は天命を全うした。

おしまい
  くだらない文章にお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
                          (江木三十四拝)
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