刑事たちの余談

江木 三十四

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24.交差する3本のベクトル(ショートショート)

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 ここは町はずれにある、今は使われなくなったありふれた倉庫。
 刑事の益子君「この建物で間違いないんですね」
 通報してきた女性「はい、中から物音や人の声が聞こえてくるんです」
 益子君「分かりました。あとは警察に任せてください」
 刑事の福田君「あなたは安全な場所に避難してください」
 女性「はい、お願いします」
 女性がその場を離れると益子君が腕をまくる。
 「俺が中に入って見てくるよ」
 「お前ひとりで大丈夫か?」
 「こうしよう。もし、15分たって俺が出てこなかったらよ、応援を呼んでくれ」
 「映画みたいなセリフだな。カッコつけてないで、今呼んだ方が正解じゃないか」
 「いや、何にもないと思うんだよ。俺のカンではな」
 「でも、お前丸腰だろ」
 「心配ないって、見てくるだけだから」
 そう言うと、益子君はコッソリと壁伝いに進んでいく。

 それから10分後、その倉庫の中で益子君と警察署の上司である葛城係長が縛られ床に転がされている。
 お互いに相手の立場をいぶかしむ。
 「益子、お前なんで縛られてんだよ?警察が捜査するような事案があったか?」
 益子君、周囲を見回す。
 「はい、ここに男性が拉致されているらしいと女性から通報がありまして。俺が確認しに入って来たらつかまってしまいました」
 「もしかして、それって俺のことか?」
 「そうだったんですかね」
 「どんな、女性だったんだ?」
 「それが、マスクしてパーカーのフードをかぶってました?」
 「顔は分からなかったのか?」
 「『福島よし子』って名乗ってました」
 「その名前は知らんな。他に何か言ってたのか?」
 「その女性は『つかまっている人が、すぐにでも殺されてしまうかもしれない』って俺たちをせかすんです」
 「それで、ここに連れてこられたんだな」
 「はあ、一応署には『現場を確認してから連絡する』とは言っておいたんです」
 「それで、お前がやって来たと」
 「はい、なんか待ち伏せされてたんですかね。あっさりと」
 「つかまったんか。間抜けだな」
 二人してやれやれとため息をつく。
 「そもそも、その女性は怪しくなかったのか?」
 「今考えるとそうなんです」
 今度は、益子君が質問する。
 「ところで、葛城係長はなんでこんなところに囚われてんですか?」
 「僕はちょっと調べ事をしていたんだ」
 「仕事ですか?」
 「いやそれが、仕事抜きでな」
 「それは、個人的なことですか?」
 「うん、こんな状況だから言うけどさ。ぼくの妻が浮気してんじゃないかと疑ってたんだ」
 「係長の奥さんが?」
 「うん、前から色々と不審なところがあってね。それでまあ、仕事の合間にな。こつこつと」
 「それで、なんで拉致られたんですか?」
 「妻の相手を特定できそうだったんだ。それでまあ、2人がいるところをおさえてやろうと・・」
 「つけ回したと。ストーカーじゃないですか。それで、どうだったんですか?」
 「それがこの倉庫だったんだよ」
 「なるほど」
 「とはいえ、確実なところはまだな」
 「つまり、証拠がないんですね?」
 「お前、簡単に証拠って言うけどなデリケートなことだぞ」
 「係長も私生活では大変なんですね」
 「まあ、いろいろとな」
 係長は益子君の相棒のことを思い出した。
 「それで?福田も一緒か?」
 「はい。『俺が侵入すっから、おめえが連絡しろって』手筈です。それなんで15分たったから、今頃は福田が応援を要請しているはずです」
 そう言うと祈るように外に顔を向ける。
 「福田、頼むぜ。」
 「あいつが連絡するのか?」
 「はい、もうすぐ応援が来るはずです」
 「それはどうかな?」
 係長があごをしゃくると福田くんが連れてこられる。
 「すまん、捕まってしまった。あれ、係長、何やってんですか?」
 「ぼくのことは今はいいよ」
 「係長の件は、あとで俺から説明すっから」
 「何言ってんだよ。いいよ、ぼくが簡単に説明するよ。……とこういうことだ」
 「そうですか。係長も大変ですね」
 「しかし、益子これはあてが外れたな」
 「そうだ、お前何やってんだや」
 「ごめんね、ごめんね」
 「連絡はしたんだろな?」
 「それが、通報しようとしたら後ろから殴られた」
 益子君が、自分のことは棚に上げて相棒をなじる。
 「なんてドジ踏んだんだよ」
 「しかし、警官がこんな危機的な状況って、壊滅的なケースじゃないか?ふふふ」
 「福田、おめえなに笑ってんだよ」
 「いや、絶望すると笑いが込み上げてくるんだな」
 「そんなの、お前だけだ」
 「お前たちの内輪の話はそれくらいでいいよ」

 そんな3人の前に怖そうな男どもが現れる。その中のボスらしい男が3人に話しかける。
 「待たせたな、待ってたろ」
 「おまえだな。ぼくの見立て通りの男じゃないか。そうか、あいつはぼくに隠れてお前みたいな悪党と会っていたんだな」
 「係長、さめざめと泣かないでください」
 しかし、意外と早く係長は立ちなおる。
 「そうだ、今は仕事を優先しなければな」
 男が怪訝な顔をする。
 「おい、こいつは何を言ってるんだ」
 「こいつじゃない。警察だ。ぼくたちを開放しろ」
 係長の言葉に福田君が勢いづく。
 「そうだ、警官殺しは死刑だぞ」
 「そうなのか?初めて聞いたぞ」
 男も含めた全員に見られ、福田君が慌てて同意を求める。
 「そんなこと、聞いたことありませんか?」
 一同が首をふると男が説明してくれる。
 「お前たち、教えてやるよ、公務執行中ならそれなりに罪は重くなるんだってさ」
 「お前、詳しいな」
 係長が男に悔しそうに言う。
 「それは、自分のやってることの罪の重さ位は調べてるよ」
 「じゃ、不倫てのがどのくらい重い罪かも知ってるな?」
 「不倫てなんだよ」
 「お前、自分の胸に手をあててみろ」
 「なんのことだか、意味が分からんが殺しはしないよ。俺の用事が済んだら帰してやるよ」
 「誰と会うか知ってるぞ」
 「何を知ってんだよ。俺はなここで仕事をするんだよ」
 「仕事なんてうそ言うな!密会だな。やっぱりお前が妻の相手だな」
 「何、ごちゃごちゃ言ってんだ。俺はここであるものを密売するんだよ」
 「何だよ。それ?」
 「まあ、見てな。おっ、お待ちかねの相手が来たようだな」
 男は係長との会話を切り上げる。
 「ハロー」
 やって来たのは、これまたいかつい背の高い男たちだった。
 「英語話すやつかい」
 「これが、現金だ」
 男と相手はお互いに黒いスーツケースを交換する。
 「そっちは、これだな。確認させてもらうぜ」
 そう言うとスーツケースに入ったものを確認する。
 「係長、現金と何かの薬ですね」
 「うん、覚せい剤だな」
 外国人は男と握手する。
 「うん、間違いない」
 男の言葉に相手は笑顔を見せると仲間と帰っていく。
 「ずいぶん、簡単な取引だな」
 係長が言うと男が笑う。
 「ドラマでは一番の見せ場だろうが、現実はこんな風に淡々としてんだ」
 「じゃ、終わったんだな。僕たちにもう用はないだろう。開放しろ」
 「それがね、急に気が変わった」
 そう言うとあろうことかナイフを取り出す。
 「ちょ、ちょっと待て」
 「ここであったことは秘密にする。口外しない。誓う。だから縄を解け」
 「係長、それは警官にあるまじき発言ですよ」
 「係長、そんな本音を言ったらダメでしょう」
 益子君と福田君が口々に言う。
 犯人がナイフを振りかざす危機一発という状況で、パトカーのサイレン音が近づいてくる。
 動揺する男たち。一方で力づく係長たち。
 「お前たちもこれでおしまいだ。抵抗をするな」
 ところが、一旦は近づいたサイレンが遠ざかっていく。
   「行っちゃった」
 福田君があっけにとられる。
 「あれは、物理の法則のドップラー効果というもので、サイレン音が高くなるのは近づいている時で、低くなるのは遠ざかるからだ。つまり、今パトカーは遠ざかっているということだ」
 「係長、何を解説してんですか」
 再び二人の部下が言い含める。
 「そんなどうでもいい知識をひけらかすのはやめて下さい」
 「そもそもこれは、大変な事態ですよ。悠長なことを言ってる場合じゃないです」

 「残念だったな。お前たち。これが本当の最後だ」
 そこに、催涙弾、閃光弾が打ち込まれる。
 次いで怒号とともに武装した特殊部隊が倉庫内になだれ込んでくる。あっという間もなく犯人グループは制圧される。
 煙にむせて係長以下、全員目から涙と咳が止まらない。
 「ゲホ、ゲホ、ゲホン」
 「何で、一回通り過ぎたんだ」
 係長が特殊部隊の隊長を非難する。
 「犯人たちを油断させる作戦です」
 「しかし、一歩間違えばぼくらの命はなかったかもしれないぞ」
 「そう言っても、命令ですから」
 隊長は言葉を切ると自慢そうに続ける。
 「それに、安心してください。これは一般人が人質になった場合には採用されませんから」
 「ぼくたちは良いのか?」
 「文句があるなら本部長に言ってくださいよ」

 3人がむせながら外に出てくると係長が怒鳴る。
 「瑞穂、やっぱりお前だったか」
 「この女性です。我々をここに連れて来たのは」
 益子君が女性を指さすと女性がこたえる。
 「私、この人の妻なの」
 「やっぱり、お前は不倫をしていたんだな」
 「あなた、何言ってんの。第一、あたしがだれと不倫するのよ」
 「相手はさっきつかまったヤクの売人だろうが」
 「へっ?へえ?あははははは」
 「何が可笑しい」
 「これは笑えるもの。あなた、あたしを疑ってたの?」
 「お前の挙動を見れば当然だ」
 「バカみたい。いいわ。今説明したげる」
 妻の簡単な説明によると「探偵のバイトで不倫調査をしていた」とのことである。
 「あの犯人の男、浮気をしてたのよ。それで、あいつの奥さんから現場の証拠を見つけるように依頼を受けたの」
 「そしたら、あなたがつかまっちゃったじゃない。あたし、笑っちゃったわよ」
 「でもね、夫の危機でしょ。それで、あなたの部下に危急を知らせたの」
 さらに探偵になった動機を語る。
 「あたし、昔から探偵にあこがれてたのよ。それにあなたの安い給料じゃ生活が苦しいの。家のローンだって、子どもの教育費だって。私のバイト代が入れば生活費の足しになるでしょ」
 「おまえ、部下の前でそんな家庭の事情を話すな」
 「とにかく、お金が必要なの。ちょうど、友達が興信所をやってたからアルバイトで使ってもらったのよ」
 「だったら隠さないで、言えばいいじゃないか」
 「そんなこと言ったって、探偵の家族が警察官なんて人聞きが悪いでしょ」
 「俺の仕事ってそんなに世間体が悪いのか。それにその言い方は反対じゃないか」
 「『あなたのご主人、警官なんでしょ。フフ』って良く言われたもの」
 「だから、それのどこが恥ずかしいんだ?恥ずかしいどころか誇りに思うだろ。普通は」
 「だってさ、生活の苦しさは解消されないわ」
 部下たちの前で演じられた係長夫婦のけなし合いは堂々巡りだった。

 みさとさん「あなた、危なかったわね」
 福田君「間一髪だったよ」
 みさとさん「それで係長さん夫婦はどうなったの?」
 福田君「ずっと喧嘩してたよ」

おしまい
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