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三話 『柚子、東京へゆく』
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「……結局コレかい」
私が入ったのは、地元でおそらく最も多く見かけるチェーン店のハンバーガー屋さんだった。
外食をあまりしたコトのない私が唯一と言っていいほど食べた経験があるお店。
私はハンバーガーを頬張りながら、呆れて頬杖をつく葵を見て照れ笑いする。
「ご、ごめん……。なんか、知らないお店入るの怖くて、つい……」
「……ま、適当に入って美味しくなかったっていうんじゃ今日が台無しになっちゃうしね。……にしても、もうちょっといいチョイスがあったと思うけど」
「あ、あははは……。でも美味しいよ、ハンバーガー」
※ 田舎者あるある その六 …… 結局東京での食事はチェーン店に落ち着く。
家族連れが多いが、さほど混んでいない事もこの店を選んだ理由だった。
なるべく人が多くなくて、落ち着ける場所… となると見知ったメニューと雰囲気のあるこのハンバーガーショップでどうしても落ち着きたかったのだ。
電車に乗った時から緊張していた気分が少しだけほぐれる。セットのメロンソーダを飲みながら私は一息ついた。
葵はウーロン茶を飲んで、私に話し掛ける。
「柚子は、卒業したら民宿継ぐの?」
「え?……んー、どうなんだろ」
「どうなんだろ、って……まだ決めてないの?」
「あはは……絶賛悩み中」
「ホント能天気だね……。っても、家が商売やってるんだからのんびりできるっていう強みがあるのか。羨ましいなー」
……確かに。心の奥底では、ギリギリまで悩んでいても結局は民宿の手伝いをすればいい、という頭がどこかにあるのかもしれない。
大学……就職…… 何をしたいか、何を目指したいか。考えようとしても、まるで考えに靄がかかって思考が止まってしまう。
「葵は……卒業したら、東京の大学行きたいんだっけ?」
「そ。って言っても、将来目指してるものとかも考え中なんだけどね。とりあえず田舎から出たいって感じかなー」
「吹奏楽は、やめちゃうの?」
「ああ、うん。一応ね。そっち方面の音楽学校とか行くと、本格的にプロ目指さなきゃかなーって思ってさ。アタシは……なんか、そういう器とか才能もないし。趣味程度だったから。プロ目指すのも失礼なのかなーって」
「……そうなんだ。なんか、勿体ないね」
「ま、いいのよ。自分の人生だもの。田舎出て、東京の大学でテキトーに学んで、遊んで、楽しんで……将来を決めてくってのが目標かな」
「東京、かあ」
……田舎から出て、東京に住む。
言い方を悪くすれば……故郷を、捨てる。
葵にとって、今住んでいる故郷は、居心地の悪いものなんだろうか?
自分をがんじがらめに縛る枷にしかなっていないのだろうか?
「……葵は、今住んでる所、嫌いなの?」
言うつもりはなかったが、つい聞きたくて口から嫌な質問が出てしまった。
慌てて「ごめん」と言うが葵は気にせず笑顔のまま私の質問に答えてくれる。
「んーん。全然嫌いじゃないよ。田舎者、ってバカにされてもアタシは自分の住んでるところが好きだし、居心地もいい」
「じゃあ、なんで東京に出るの?」
「……広い世界に出てみたいから、かな」
格好つけてフッと笑う葵に、私は思わず吹き出しそうになった。
「なにそれ」
「田舎ってさ。土地は無駄に広くて、広大じゃん。でもさ、見えてる景色って、東京よりずっと狭いと思うのよアタシは」
「見えてる、景色……」
「アタシ達が知ってる景色って、自分の家の周りと、学校と……あとせいぜい、買い物に行くお店の周りくらいしかないんだと思うの。土地は東京よりずっと広くてずっと見渡せるのに……見えている景色はきっと、小さい時から変わらない」
「……それは、そう、かも……」
「知っている人間も同じ。近所の人はみんな知り合いだし、名前も、家族構成も知ってる。中学までは全員が顔見知りだったし、友達だった。高校に入って少し視野は広がったけど…結局は見えている景色が少し広がっただけ」
「……そう、だね」
葵の言う事に納得してしまう。
土地も、視野も、ずっと広いはずなのに。この東京の駅の地下より、私の知っている世界は、ひょっとしたら狭いのかもしれない。
「それが悪いコトとは言わないよ。むしろアタシは近所の人にみんなよくしてもらってるし、嫌な友達もいないし。人付き合いだって嫌いなほうじゃないからさ。
……このまま居心地のいい世界にずっと籠っていて、その世界の中で幸せに暮らすのもきっととてもいい事なんだと思う。
でも……アタシ、知らない人と話したり知らない場所を探検するの、昔から大好きでさ。…どうしても、東京に出てみたくなっちゃうんだよね」
「……」
「東京で暮らすって、どんな感じなんだろう、ってさ。一人で、東京で暮らすって……怖いコトも沢山あるんだろうけどさ。楽しいコトもたくさんありそうじゃん?
大学にどんな人がいて、どんな話が出来るんだろう、とか。住むアパートとか決めたらさ、家の周りを探検してみたりして。オシャレなカフェとか、カワイイ洋服売ってるとことか見つけられたり。
美味しいお店見つけて、そこで夕飯食べて電車で帰るー……みたいな。普通だけど、田舎じゃまず考えられないでしょ?」
「……確かに」
住んでいる場所を抜け出して、新しい場所へ。
新しい家。新しい街。新しい人々。……新しい暮らし。
怖いけれど、きっとそれ以上に楽しいコトが沢山あるのだろう。
将来のコトはまるで考えてないけれど……なんとなくそれは、少し羨ましいコトだな、と思った。
「っと、長話しちゃったね。さ、次のところ行こ、柚子」
「……うーん」
「あー、ごめんごめん。考え込むような事言わなきゃよかったね。ほら、とにかく行こう!」
葵に手をとられて、私はムズカシイ表情をしながら、ハンバーガーショップを後にした。
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