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三話 『柚子、東京へゆく』
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「んー!チョコバナナ、久しぶりに食べたー。やっぱりお祭りやってたんだね、道理で人が多いと思ったー」
「いやいや……あそこ、いつも屋台出てるから」
私は公園の中で屋台を見つけ、そこを物色し懐かしのチョコバナナを頬張る。その様子を葵はやれやれという感じで見ている。
夕日の光が差し込む公園だが、とにかく人が多い。そしてその前に、公園というにはここは広すぎた。
私達田舎民が想像する公園とは、野球グラウンドのようなだだっ広い中に点々と遊具がある……というイメージがある。
だが、この公園は全国でも有名な桜の名所。今は散ってはいるが、毎年花見客の多さやマナーに関するニュースを春に見かけるだけあり、シーズンでなくても人は多い。
公園、というよりレジャースポットというべき場所だろう。
私と葵は、その中を行く当てもなく散策していた。
散った桜。大道芸人に集まる人々。屋台で食べ物を買う親子連れ。ハトに餌をやるおじいさん。散り際の桜を撮るカメラマン……。
なにもかもが、初めて見るような光景だった。
「……不思議だねー」
「なにが?」
「なんか、同じ日本の中とは思えない。……私、小さい頃にさ、夜寝る時に怖がってたコトあったんだ」
「怖がる?柚子が?どうして?」
「寝付けない時とかさ。この地球の中で、今起きてるのは私だけなんじゃないかって。……でも、地球ってこんなに人が住んでたんだねー。改めて実感した」
「あはは……。確かにね」
「これだけ人がいるのなら、起きてるのが私だけなんてコト絶対ないんだなー……ってさ。小さい頃の私に教えてあげたいよ……」
「タイムマシンの完成が待ち遠しいねぇ」
「……なんか、バカにしてるでしょ葵。もー、これでもホントに感心してるんだからね」
「分かってる分かってる。柚子は純粋でカワイイってコトがよーく分かったよ」
「なんだよそれー」
「アハハハハ」
そんな会話をしながら、私達は公園の中をどんどん進む。
気が付けば、大きな池に出ていた。
池というにはあまりに大きいその場所には、ボートの貸し出し所まであるくらいに広い。
何組かのカップルがオールでその中を優雅にデートし、子どもの漕ぐスワンボートが爆走している。
周りにはベンチがあり、私はそこに座ってぼんやりと人々を見ていた。
そこに、席を外していた葵が戻ってくる。見ると、両手には冷えた緑茶のペットボトルを二つ持っていた。
「ほら。トイレ行ってくるついでに買ってきたよ。歩きまわって喉乾いたでしょ」
「わ。ありがと、葵。お金出すよ」
「いーって。とっときな」
葵の、たまに出るこういう頼りがいのある男の子っぽいところが好きだ。
私は葵から差し出されたお茶を受け取り、喉を潤す。
私の横に座った葵が、微笑んで私の顔を覗き込んだ。
「どうだった?柚子。久しぶりの東京見物は」
「……。楽しかった」
「……それだけ?小学生じゃないんだし、もっと感想ちょうだいよー」
「……んー。なんか久しぶりすぎてさ。色々なコト、忘れてたんだな、って。電車乗ったのも、オシャレな人がたくさんいるのも、こんなに人が多いのも…。全部、テレビの中じゃなくて私の住んでる日本のコトなんだなーって」
「まあねぇ。ずっと田舎にいると、それが当たり前になるからね。逆に都会の人から見たら、田舎の方が現実感ないんだろうしさ」
「……そうなのかな」
私は……さっきした質問を、葵にもう一度してみる事にした。
「ねえ、葵。葵は……東京と、地元と……どっちが好き?」
「あー。お昼の話の続き?なんでそんなに気にするのさ?」
「……」
心の靄を、晴らしたいから。
葵は大切な友達だ。そしてその友達は、高校卒業と同時に上京する事を考えている。
きっとそれは……広い世界を見たいからなのだろう。それは理解できる。
でも…なんだかそれは、田舎に嫌気がさして、離れたいから東京に行ってしまうような、そんな感じがどうしてもしてしまう。
そしてそれは、なんだか私の事を嫌いになられたような……そんな感じがして。違うとは、分かっているはずなんだけれど。
私の視線に葵は気付き、フッと笑った。
「地元のが好きだよ。あの緑色がやたらと多い田舎の方が、多分好き」
「……」
「でも、だからこそ東京に行きたいのよ。それで、確かめてみたいの。アタシの住んでいる田舎がどれだけステキで、暖かい場所なのかをさ」
「……葵……」
「東京で、色々勉強するつもりだよ。でもアタシはきっと…地元に戻ってくる。そんな気がする。未来の事なんて分からないけれど……きっとアタシは、あの田舎がたまらなく好きなんだと思うからさ」
「……ありがとう、葵。……ごめんね」
「アハハハ、なんで泣いて謝るのよ柚子はー」
「うううう……だって、ぇ……」
「ほら、いい子いい子。卒業しても、ちょいちょい遊ぼうねー、親友ー」
「うぇぇぇ……!そ、そういう事言うから泣くんじゃんわだしぃ……!」
「アハハハハ」
私と葵は、しばらくそうしてベンチに座り、少し暗くなるまでお喋りをしていた。
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