民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

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五話 『悠の、初夏』

(6)

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――

夕方の太陽は暮れ始め、辺りをオレンジ色に染めていく。
どこからか17時を告げる「七つの子」のパンザマストが、南桑村中に響いた。

「帰らなきゃ」

悠が、空を見上げて呟くように言った。

「……そっか、もう五時だもんね」

その声に、ナナも応えるように空を見上げて言う。
紫陽花が広がる山賀美家の畑の周辺には街灯はなく、少しでも暗くなれば道が分からなくなるような場所だ。
暗くなる前に帰らなければいけない事は、二人ともよく分かっているようだった。

「ナナちゃん、お家かえる?」

「……うん。そう、だね」

「お家、どこにあるの?」

「……ま、とりあえず悠の家まで行く。その後……自分の家に帰るわ」

「暗くなるけど大丈夫なの?」

悠が少し心配そうにナナを見つめる。

心配なのは、辺りが暗くなる事だけではない。
夜が近づくにつれて、あれだけ明るかったナナの表情や声のトーンが次第に暗く、重いものになっていく気がしていたのだった。

そんな悠の視線に気づいたナナは少し驚くが、悠を安心させるようにニッコリと笑ってみせた。

「平気よ。あたしの家、悠の家のすぐ近くだから」

「そうなんだ」

「さ、いきましょ。 かーらーすーがなーくから かえりましょー♪」

ナナは先陣を切り、パンザマストの音に合わせて明るく歌いながら歩いて行く。

その後を、悠はついていく。


民宿ヤマガミの周辺に民家はあるが、どの家も近所付き合いがあり、悠もどの家にどんな人が住んでいるのかは知っている。
そして……今日初めて知った、ナナという自分と同じくらいの年頃に見える女の子。
10年間。山賀美家に生まれて……ナナは初めて、この女の子の存在を知った。
……もし、ナナが本当に近所に住んでいるのだとしたら。自分が今までその存在を知らなかったなんて事は、ほとんど有り得ないのだ。
悠は、そのナナの嘘がなんとなく分かっていた。
そして、何故そんな嘘をつくのかも。

それはきっと……自分を、悲しませたくないから。そして、ナナ自身もきっと、たまらく寂しい思いをしているから。

だから彼女はきっと、自分にこんなにも無理矢理、明るく振る舞っているのだ。

それを悠は、察していた。


――


『民宿ヤマガミ』の看板には電飾が施されており、少しでも薄暗くなると感知して光るようになっている。
民家の灯りと少数の街灯しかない村のこの区域では、その看板は一際目立ち、安心するものだった。

看板の灯りと、自販機の灯りが照らす、民宿前の道。

その前で、二人の少女は向き合う。

「じゃ、わたし……家に帰るね」

先にそれを切りだしたのは、悠だった。

「……」

「ナナちゃんも、家に帰るんでしょ?」

「……」

先ほどまで無理矢理明るくしていたナナも、限界のようだった。
伏せた目線を時々悠の方に合わせては、また気まずそうに、時折悲しそうに、地面に視線を戻す。

その様子は、悠に何かを告げたくてたまらない。そんな様子だった。

「……」

「……」

しばしの、沈黙。

今日の民宿は客はおらず、辺りを通る人はいない。
風が近くの森をざわめかせる音と、虫の音色が静かに響き渡っていた。

そして……。

黙りきったナナに対して、悠は覚悟を決めたように、言う。

「ナナちゃん、嘘ついてるよね」

「……え……」

虚を衝かれたナナは、驚いて悠を見た。

「ナナちゃん、この近所の子じゃないよね。それで……たぶん、普通の女の子じゃない。ナナちゃんのコト……わたししか見えない、んだよね」

「あ……」

「だから他の人の目につきそうな所は行かなかったり、逃げてたりしたんでしょ。バレるのが、こわかったから」

「……」

「ちがう?」


「……うん」

しばらく間を置いて、ナナは頷いた。

「……怒ってるよね、悠。……ごめん。……あたし、嘘、ついてたの。……悠みたいに、普通の女の子じゃないから……」


「怒ってない」


「え……」

ナナの言葉を遮り、悠は強く言った。
それをしっかり、ナナに伝えたいから。

「怒ってない。 ナナちゃんきっと、わたしの事気遣って、嘘ついてくれてたんだよね。だからわたし、怒ってないよ」

「……」

「ナナちゃん、きっと……今日で、お別れしなきゃなんでしょ?だからそんなに、寂しそうなんでしょ?」

「……っ……どう、して……」

悠は、全て気づいていた。

ナナは、近所に住むごく普通の女の子ではないこと。
ナナが、自分にしか見えないこと。
そして……彼女とは、今日、お別れをしなくてはいけないこと。

今日一日過ごした『友達』のことが、悠にはよく分かっていたのだ。

悠は、驚いて自分を見つめる友達に対して、もう一度ハッキリと言った。


「怒ってない。 だから……聞かせて。 ナナちゃんのこと」


「――ッ……!ごめん……っ、ごめんね……はるか…!!うそ、ついて……あたし……っ、あたし……!!う、うぇぇ……!!う、くっ……!!」


白いワンピースの少女は、その場に泣き崩れる。

そして、悠は……その女の子の前にしゃがみ、綺麗なストレートの黒髪を、そっと撫でたのだった。


――
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