民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

文字の大きさ
45 / 67
六話 『好きなものは、好き』

(7)

しおりを挟む

――

何日か経った。

放課後になってから大分経ち、部活を終えた部員たちは次々と重いバッグを持って帰路についていく。
7月の空はすっかり暗くなり、陸上部の部室にはアタシと、後輩だけが残っている。

無機質な灰色のコンクリートの部室が、余計に暗く見える。
蛍光灯の灯りだけがアタシと後輩を照らし、外からはカエルの鳴き声が遠くに聞こえていた。

人の気配がなくなっていくのを感じ、アタシはスゥ、と息を吸い込んで、後輩に話し掛けた。

「えっと……その。この前の手紙の件なんだけど……」

「……はい」

後輩は、赤い顔で俯き、目には少し涙を浮かべている。

例の、告白について。
アタシは答えを後輩に告げようとしていた。

今のアタシに、恋愛という感情はあまりない。それが男性に対してでも、女性に対してでも。
……あくまで、好きだと思う気持ちは… 存在しない存在にのみ向けられているのだ。

それでも。
アタシは、彼女を傷つけたくない。

後輩は、なんとなくアタシを好きになって、テキトーに手紙を送ったのではない。
その前にはきっと、死ぬほど思い悩んで、どうしようかと苦しんで……それでも、思いを告げようとした『決心』があったはずなのだ。
その勇気に対して、まるで刑罰の執行のように無慈悲にNOという返事を叩き付けるのは……止めたい。

好きになったものは、好きなのだ。
その思いが成就しない辛さは……今のアタシなら、きっと分かるはずだから。

……だから。

「……ごめん。ちょっと、今は……付き合うとかは、考えられないんだ。女同士とか、そういう事じゃなくて……。キミはとっても大切な後輩なんだ。だから……」

「……」

アタシの言葉に、後輩は顔を見せないように俯く。
きっと、止めていた涙が溢れ出てしまったのだろう。
しかし、彼女は強かった。その涙をアタシに見せないようにサッと拭くと、赤い顔のまま、にっこりと微笑んだ。

「……分かりました!……ごめんなさい、センパイ。迷惑かけちゃって……。 あの、忘れてください!アタシの気持ちのコトとか……アタシのコトとか……っ」

また涙が出てこないうちに、後輩は部室のベンチに置いてある自分の荷物をサッと掴むと、急いで部室から出ようとする。

「それじゃ、お疲れ様で……!」

「待ってくれ!」

アタシはその後輩の腕を掴んで、引き留めた。


「……え?」

驚いた顔で、後輩はアタシを見つめる。

「……今は。今はどうしても、その……感情が、分からないんだ。……だから……少しだけ、考えてさせてくれないかな」

「…かんがえ、る?」

「そう。……キミは、まだ一年生。アタシは二年生だ。……来年、アタシは卒業する」

アタシは……後輩と同じように、ずっと悩んで、考えた『答え』を伝える事にした。お互いに傷つけ合わない、必死に絞りだした『答え』を。

「アタシが卒業する時まで……もし、その時までずっと、その、好きだという感情が消えてなかったら。その時は……もう一度、考えさせてくれ」

「……考え、させる?」

「そう。その時……アタシが、キミの事をどう思っているか。ずっとずっとアタシの事を好きでいてくれたキミの事をどう思うか。……アタシには、まだ、自分の事が分からないんだ」

「……!」

「だから……卒業する時まで、お互いに待ってみないかな。その時まで、ずっと好きでいてくれたら……もう一度、返事をしたいんだ」

「もう、一回……」

「その時にアタシの事をどう思っていようと、アタシは、真剣に考える。だから、時間を置いてくれないかな。絶対にキミの事を、無下にしたりしない」

「……」

後輩は、アタシを少し睨むように言う。

「それって……わたしがセンパイが卒業するまでに絶対諦めるだろうと思って言ってます?遠まわしに断ってるんじゃないですか?」

アタシはその言葉をきっぱり否定する。

「いや。そこまで好いてくれているのなら……きっとアタシの心も、動いているのかなと、そう思ったんだ。だから……時間を置いてみたいんだ」

「本気で?」

「ああ、本気だ」

……アタシも、真剣に考えた答えだ。
好きという気持ちを、ずっとずっと、大切にしてくれていたのなら。アタシもその気持ちを、きっと大切に応えられるのではないか。……そう思ったのだ。

その気持ちは、痛いほどに分かるのだから。

後輩の顔は、睨むような目つきから、涙を浮かべながらにっこりと微笑んでいた。

「……わたし、絶対諦めませんよ。……何年あろうと、ずっとセンパイのコト、好きですから!」

「……ああ」

「絶対に、卒業の時にもう一回告白しますからね!……絶対ですよ!」

「……あ、ああ」

あまりそう決めつけないで欲しいのだが……。まあ、この後輩はきっと、そうするのかもしれないな。ここまで熱心な目を向けてくるのだから。

後輩は、今度は笑顔で、一歩アタシから離れて言う。

「……分かりました!……それじゃあ、保留、ってコトでお願いします! でも、センパイのコト、ホントに諦めませんからね!」

「分かった。その……だから、部活を辞めたりとか、今までの関係がギクシャクしたりするのは、お互いにナシにしないかな」

「勿論です!センパイの近くで、今まで通りずっと陸上やりたいですから!大好きな人の近くで!」

「……」

なんだか、色々と部活に雑念が入りそうだけど……まあ、これがアタシの出した答えだ。後悔しないようにしよう。

後輩は深くアタシにお辞儀をして、部室のドアを開けた。

「それじゃ、失礼します!センパイ、ありがとうございました!一緒に部活、がんばりましょーね!」

「ああ。お互いにな」

「はいっ!」

元気よく、後輩は部室をあとにした。


一人きりになった部室で、憔悴したアタシはベンチに腰掛けてボーッと天井を眺めた。

なんだかこれから色々と変わるようで、変わらないようで……でも、真剣に考えた後輩の気持ちに対する答えを告げられた。

後悔するよりまず、希望をもってみようと思う。アタシの出した答えが、いつか、どんな形でもアタシの気持ちを動かしてくれると信じて。

「……ふう」

何故だか、安堵の笑顔が自然と浮かんできた。

……さ、アタシも帰ろう。
もう少しで、待望の日曜日だ。

「さあ……ジンバまでもう少し! がんばるぞー!」

アタシは両手を大きく天井に伸ばして背伸びをしながら、近い未来にいるヒーローの事を想い、小さく叫んだ。

アタシの横に置かれている自分のバッグには……ジンバのキーホルダーが、きらりと輝いていた。

――
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

処理中です...