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ろうでい

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六話 『好きなものは、好き』

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――

何日か経った。

放課後になってから大分経ち、部活を終えた部員たちは次々と重いバッグを持って帰路についていく。
7月の空はすっかり暗くなり、陸上部の部室にはアタシと、後輩だけが残っている。

無機質な灰色のコンクリートの部室が、余計に暗く見える。
蛍光灯の灯りだけがアタシと後輩を照らし、外からはカエルの鳴き声が遠くに聞こえていた。

人の気配がなくなっていくのを感じ、アタシはスゥ、と息を吸い込んで、後輩に話し掛けた。

「えっと……その。この前の手紙の件なんだけど……」

「……はい」

後輩は、赤い顔で俯き、目には少し涙を浮かべている。

例の、告白について。
アタシは答えを後輩に告げようとしていた。

今のアタシに、恋愛という感情はあまりない。それが男性に対してでも、女性に対してでも。
……あくまで、好きだと思う気持ちは… 存在しない存在にのみ向けられているのだ。

それでも。
アタシは、彼女を傷つけたくない。

後輩は、なんとなくアタシを好きになって、テキトーに手紙を送ったのではない。
その前にはきっと、死ぬほど思い悩んで、どうしようかと苦しんで……それでも、思いを告げようとした『決心』があったはずなのだ。
その勇気に対して、まるで刑罰の執行のように無慈悲にNOという返事を叩き付けるのは……止めたい。

好きになったものは、好きなのだ。
その思いが成就しない辛さは……今のアタシなら、きっと分かるはずだから。

……だから。

「……ごめん。ちょっと、今は……付き合うとかは、考えられないんだ。女同士とか、そういう事じゃなくて……。キミはとっても大切な後輩なんだ。だから……」

「……」

アタシの言葉に、後輩は顔を見せないように俯く。
きっと、止めていた涙が溢れ出てしまったのだろう。
しかし、彼女は強かった。その涙をアタシに見せないようにサッと拭くと、赤い顔のまま、にっこりと微笑んだ。

「……分かりました!……ごめんなさい、センパイ。迷惑かけちゃって……。 あの、忘れてください!アタシの気持ちのコトとか……アタシのコトとか……っ」

また涙が出てこないうちに、後輩は部室のベンチに置いてある自分の荷物をサッと掴むと、急いで部室から出ようとする。

「それじゃ、お疲れ様で……!」

「待ってくれ!」

アタシはその後輩の腕を掴んで、引き留めた。


「……え?」

驚いた顔で、後輩はアタシを見つめる。

「……今は。今はどうしても、その……感情が、分からないんだ。……だから……少しだけ、考えてさせてくれないかな」

「…かんがえ、る?」

「そう。……キミは、まだ一年生。アタシは二年生だ。……来年、アタシは卒業する」

アタシは……後輩と同じように、ずっと悩んで、考えた『答え』を伝える事にした。お互いに傷つけ合わない、必死に絞りだした『答え』を。

「アタシが卒業する時まで……もし、その時までずっと、その、好きだという感情が消えてなかったら。その時は……もう一度、考えさせてくれ」

「……考え、させる?」

「そう。その時……アタシが、キミの事をどう思っているか。ずっとずっとアタシの事を好きでいてくれたキミの事をどう思うか。……アタシには、まだ、自分の事が分からないんだ」

「……!」

「だから……卒業する時まで、お互いに待ってみないかな。その時まで、ずっと好きでいてくれたら……もう一度、返事をしたいんだ」

「もう、一回……」

「その時にアタシの事をどう思っていようと、アタシは、真剣に考える。だから、時間を置いてくれないかな。絶対にキミの事を、無下にしたりしない」

「……」

後輩は、アタシを少し睨むように言う。

「それって……わたしがセンパイが卒業するまでに絶対諦めるだろうと思って言ってます?遠まわしに断ってるんじゃないですか?」

アタシはその言葉をきっぱり否定する。

「いや。そこまで好いてくれているのなら……きっとアタシの心も、動いているのかなと、そう思ったんだ。だから……時間を置いてみたいんだ」

「本気で?」

「ああ、本気だ」

……アタシも、真剣に考えた答えだ。
好きという気持ちを、ずっとずっと、大切にしてくれていたのなら。アタシもその気持ちを、きっと大切に応えられるのではないか。……そう思ったのだ。

その気持ちは、痛いほどに分かるのだから。

後輩の顔は、睨むような目つきから、涙を浮かべながらにっこりと微笑んでいた。

「……わたし、絶対諦めませんよ。……何年あろうと、ずっとセンパイのコト、好きですから!」

「……ああ」

「絶対に、卒業の時にもう一回告白しますからね!……絶対ですよ!」

「……あ、ああ」

あまりそう決めつけないで欲しいのだが……。まあ、この後輩はきっと、そうするのかもしれないな。ここまで熱心な目を向けてくるのだから。

後輩は、今度は笑顔で、一歩アタシから離れて言う。

「……分かりました!……それじゃあ、保留、ってコトでお願いします! でも、センパイのコト、ホントに諦めませんからね!」

「分かった。その……だから、部活を辞めたりとか、今までの関係がギクシャクしたりするのは、お互いにナシにしないかな」

「勿論です!センパイの近くで、今まで通りずっと陸上やりたいですから!大好きな人の近くで!」

「……」

なんだか、色々と部活に雑念が入りそうだけど……まあ、これがアタシの出した答えだ。後悔しないようにしよう。

後輩は深くアタシにお辞儀をして、部室のドアを開けた。

「それじゃ、失礼します!センパイ、ありがとうございました!一緒に部活、がんばりましょーね!」

「ああ。お互いにな」

「はいっ!」

元気よく、後輩は部室をあとにした。


一人きりになった部室で、憔悴したアタシはベンチに腰掛けてボーッと天井を眺めた。

なんだかこれから色々と変わるようで、変わらないようで……でも、真剣に考えた後輩の気持ちに対する答えを告げられた。

後悔するよりまず、希望をもってみようと思う。アタシの出した答えが、いつか、どんな形でもアタシの気持ちを動かしてくれると信じて。

「……ふう」

何故だか、安堵の笑顔が自然と浮かんできた。

……さ、アタシも帰ろう。
もう少しで、待望の日曜日だ。

「さあ……ジンバまでもう少し! がんばるぞー!」

アタシは両手を大きく天井に伸ばして背伸びをしながら、近い未来にいるヒーローの事を想い、小さく叫んだ。

アタシの横に置かれている自分のバッグには……ジンバのキーホルダーが、きらりと輝いていた。

――
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