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七話 『風来の、猫』
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「ああ、あの猫?もう一週間前くらいからいるよ」
「え」
「悠なんかすっかり可愛がってるしね。名前もつけてたよ」
「ど、どんな?」
今日のお客さんはほどほど。
夕食の時間も早く、19時には私と母は食器洗いの仕事につけていた。
調理場は大人数の洗い物や調理にも対応できるよう、底の深い流し台が二つ隣接している。
母が洗剤で洗い、私がそれを受け取ってすすぎ、食器置き場に置く。その作業を繰り返しながら、私は先ほど外にいた猫の話を母に振ってみていた。
返ってきた言葉は、意外だった。
どうやら私はタイミングが悪かったらしく、あの白猫に出会わないまま一週間過ごしていたワケだ。
「ポン」
「ポン、て……。なんでそんな名前?」
「呼びやすいからだってさ。悠らしいネーミングセンスだね」
「どっからとってきたのよ……」
私は乾いた笑いをしながら、母と洗い物を続ける。
「でもいいの?野良猫なんかウチに置いちゃって」
「ウチに置くもなにも、住み着いちゃったんだからしょうがないんじゃない?餌とかもあげてないし、飼ってるワケじゃないんだしさ」
「んー」
「追っ払うのも可哀想だしさ。ま、来るもの拒まず去るもの追わず。ウチのお客さんと同じようなもんだよ」
「お金払ってくれるんならいいんだけどね……」
しかし不思議な猫だ。
基本的にこの辺りの猫はヒトに懐かない。猫同士の喧嘩の絶えない、いわば民宿の周りは猫の修羅の国だというのに。
それに、ここを定住地にするのであればもっと幼い、子どもの時からであるのではないだろうか?
ポン、と悠が名付けた猫は見る限りではかなり年齢を重ねていた。白色の間にある黒模様の毛には白髪が混じっていたし、目には少し目ヤニがついていた。
どうしてウチに?どうして人慣れしている?どうしてあんな年齢で急に?
ポンに対する疑問は尽きなかった。
疑問を頭に巡らせているうちに、母が柔らかい口調で私に言う。
「基本的に民宿の方じゃなくて家の方の庭に居ついてるんだし、しばらくは様子見てあげようよ。悠も気に入ってるみたいだし、餌もあげない約束にしたから」
「んー。それなら大丈夫……かもね。ま、なんだかんだ私もカワイイと思うし」
「でしょ?お母さんもそう思うよ。あそこまで人慣れしてると年寄り猫でも可愛いもんだよね」
「あはは、わかる」
とにかく、あまり目くじらを立てないで、あの猫は放っておこうと思った。
元来、猫は気ままなものだ。そのうち飽きて、どこかに旅立つかもしれないし… ま、風来坊のお客さん、だとでも思っておこうかな。
――
21時には、民宿の仕事は終わった。明日の朝食のセッティングも終わったし、あとは早起きして作るだけ。いつもよりはかなり早い時間に仕事が終わり、私は満足そうに背伸びをした。
外は暗く、相変わらずカエルの鳴き声が遠くの方で絶えず響いている。
「……さ、早めに寝るかな」
民宿を後にして、私は家の方へと向かった。
「あ、柚子ちゃん」
玄関の前。家の灯りを背にして、悠が座り込んでいた。
その手の先には、白猫が一匹。悠は指先で顎をかき、猫はそれを仰向けで気持ちよさそうに受けている。完全になされるがままだ。
「悠。その猫、民宿に居ついてるんだって?」
「うん。柚子ちゃん、知らなかったの?」
「あはは……今日初めて会ったんだ。名前もつけたんだって?」
「ポンくん」
「……んー。こうしてみると、なんとなく絶妙な名前の気もするなあ」
「うなー」
のっぺりした顔。太り気味の身体つき。マイペースでおっとりした性格。
確かに『ポン』という感じかもしれない。
「どうするの?悠。その猫、飼うの?」
「飼わないよ。お母さんからも、野良猫に餌あげちゃダメだって」
「んー、そうだね。……でも、悠はいいの?それで」
「いいよ。だって、餌あげなくてもポンくんここにいるから。 いなくなっても……きっと猫って、そういうものだと思うから」
「……うーむ」
相変らず我が妹は達観しておるなあ。
私は腕組みをして目を瞑り深く頷き……そのあと、悠の頭を撫でる。
「偉いね、悠」
「?」
悠としてはきっと、普通のコトをしているつもりなんだろうが……年相応の感性であれば、きっとペットも飼いたい年頃だろう。
私が頭を撫でると悠は不思議そうな顔をして私を見上げた。
「柚子ちゃん、ポンくん、撫でたい?わたしもうそろそろ寝るから」
「あ、そっか。……んー」
私はポンの顔をチラッと見る。
悠の手が離れると「もうおわり?」と言うように仰向けの顔を少し上に上げて、細い目を開けて私を見る。
……。
「少しだけ、撫でてこうかな」
「わかった。それじゃ、おやすみ柚子ちゃん」
「おやすみ悠。手、ちゃんと洗いなよ?」
「わかった」
悠は少し私に笑顔を見せ、玄関から家に入っていった。
残ったのは、白猫と、私。
「なー」
「わかったわかった。……少しだけ、ね」
私はポンの顎を、先ほど悠がしていたように指で掻くように優しく撫でた。
ポンは気持ちよさそうに首をあげ、それを受け入れるだけの体勢になるのだった。
「あはは……なんなんだろうねえ、キミは」
私と、不思議な白猫は、そのまま数十分、月明りの下で戯れるのだった。
――
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