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八話 『民宿小話』
(4)客人:伴野 美月
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「……ってなコトがあったんですよー」
「ほほー。随分変わった猫がいるもんだな。浮気性の猫、か」
「いや、ホントに。住み着いているワケではないんですけれど、どうも民宿を根城の一つにされてしまったような感じで……」
「宿賃しっかり請求しとけよ。そのうち人間に化けて恩返ししてくれるかもしれないし」
「あはは、機織り機でも置いておきますかね」
夜。
部屋の窓の網戸からは心地の良い涼風が吹き、お風呂上りの私の髪を乾かしていく。
昼間の暑さが強くなってはきたが、山の夜はまだまだ涼しい。真夏になれば流石にココも蒸し暑くなるのだが、まだまだ扇風機だけでも凌げそうだ。
右耳に当てたスマホからは、少し前に聞いた声が聞こえてきていた。
それは、先日民宿に泊まりにきていた、伴野美月さんからの電話だった。
民宿のお客さんで来ていた人と雑談で電話をするのもどうか、と思ったが……他ならぬ伴野さんから、少し話したいとメッセージアプリでお誘いを受け、私達は電話をしている。
伴野さんが泊まりに来た、あの日。その後に連絡先を交換し、こうして一度、話をしてみたいと伴野さんから言ってきたのだ。
本人曰く、「民宿であった面白い話とかないかな」という小説のインタビューのような内容のお誘いだったので私はそれを受ける事にしたのだ。
自分の宿の事を話すのは好きだし、伴野さんの話を聞くのも好きだ。お客様ではなく、一人の友人……と、言うには少し歳が離れているけれども。
尊敬する人生の先輩と、お話をしてみたかった。
私と伴野さんは、会話を続けている。
「民宿にも色々な客がくるものなんだな」
「そうですねー……。お客さんありきの商売なのは分かりますけれど、まさか猫まで来るとは」
「変わった客とか、他にいないのか?包帯グルグル巻きのいかにもな何かの犯人っぽい客とか」
「……ウチの民宿、殺人事件の現場になっちゃいますね」
そんな話をしているうちに、私は思い出した事があり、伴野さんに言った。
「そういえば!読みましたよ、伴野さんの小説!まだ途中ですけれど」
「あ。調べるなって言ったろ。恥ずかしいから」
「あはは、そうでしたっけ。……すいません。でも伴野さん、本当に小説家さんだったんですねー……びっくりしました」
「本当に、ってどういう事だ。嘘だとでも思ったか」
「半分冗談かと思ってました」
「段々私に対して遠慮が無くなってきたな、柚子」
伴野さんの小説。「悠久の月の下で」というタイトルのその物語は、本屋さんの児童文学コーナーに何冊か置いてあった。
伴野さんは照れ隠しに『小説家』とだけ言っていたが、専門は小学校高学年~中学生あたりをターゲットにした児童文学らしい。スマホで調べて分かったことだった。
その『悠久の月の下で』という小説は、伴野さんが初めて出した児童文学の本らしい。
しっかり者だが憶病な性格の『キョウコ』、お調子者でミーハーだけれど勇気のある『マユ』の2人の女の子が、都会の小学校を舞台に様々な『不思議』と出会うホラー冒険小説。
王道の学園七不思議ものもあれば、学校近くのちょっと不思議な事に首を突っ込んだり、実際に幽霊と出くわしたり……笑いもあれば涙もある、一話完結のオムニバス形式の作品だ。
児童文学とはいえしっかりと話が作り込まれていて、高校生の私でも楽しく読める内容になっている。
特段、主人公の2人は霊感があるとか幽霊が見えるという話ではなく、あくまで興味本位で怪異に触れる事となる。
普段は目に見えない怪奇現象に、『見えない』二人が触れようとする。そこには様々な理由があり、そこから生まれ育つドラマがある。キョウコとマユ、2人の成長していく心情も魅力的な作品だった。
「やー、綺麗な作品ですよねー。私ホラーものとか結構苦手だったんですけれど、怖さも控えめで読みやすいんですよ、伴野さんの小説。ハマってます」
「やめろってんだろ。自分の書いたものの批評とか嫌いなんだよ」
「そうなんですか?小説家の人って批評受けてナンボのものかと思ってましたけれど……」
「普通はな。私は書きたいもの書いてるだけで、あんまり意見とか求めないタイプなんだよ。だから感想とかいらないから、ホントに」
「んー……とりあえず原稿用紙にまとめて今度お泊りになった時にお渡ししますね。感想文」
「なんだ。私がお前に何か嫌な事したか、なあ。こちとら宿泊客だったんだぞ」
「あはははは」
伴野さんと私は、すっかり少し歳の離れた先輩と後輩になっていた。
今まで目立って部活動に取り組まなかったりした事もあり、私は伴野さんのようなお姉さん気質の先輩に憧れていたようで……こうして話す冗談交じりの会話がとても好きだった。
お互いにからかいあっても、許せる間柄。あくまでお客さんと民宿の娘という関係は忘れないけれど……憧れていた先輩と話す時間は、楽しい時間だ。
――
数十分。
私と伴野さんはそんな会話を続けていた。
時刻はそろそろ22時をまわろうかというところ。先に、大人である伴野さんから言葉がきた。
「そろそろ寝ないと学業に差し支えるぞ柚子」
「あ、そうですね。宿題も済ませないと」
「忙しいもんだな。民宿の手伝いに、勉強に。学生の身分も辛いだろうに」
「んー……。でもまあ、のらりくらりやってますよ」
「高校三年だろ。のらりくらりでいいのかオマエ」
「う」
ストレートにその言葉が胸に突き刺さる。
「柚子は、進路はどうするんだ?高校出たら、民宿継ぐのか?」
「うー……悩み中です。大学行く事も考えてはいるんですけれど……」
「近場の?都会の?オープンキャンパスくらいは行ってるんだろうな」
「や、やめてくださいよ……。担任の先生と進路指導の先生に毎日それ聞かれてて、伴野さんまで……」
「そりゃこの時期なんだし、そろそろ決めとかないとだろ。お小言言われるのも、お前の身を心配してるからだぞ、みんな」
「……うううううう」
そう言われると、ぐうの音も出ない。
……決断するのは、私自身。他の何者でもない。高校生という子どもから、大人への一歩を踏み出す、今の時期。進学か、就職か……周りの同級生たちも次々と進路を決めてきている。
……ふと思った事を、私は伴野さんに聞いてみる事にした。
「伴野さんは、どうして小説家になろうとしたんですか?」
「ん?私か?」
「はい。結構勇気のある決断だったんじゃないかな、と思って。聞いてみたいんです」
「勇気、ねぇ。そんな大それた事じゃなかったんだけどな」
電話の向こうで、照れて頭を掻いている伴野さんが想像できる。
少し考えるように間を置いて、伴野さんは話し始めた。
「自分が体験してきた事を、自分の中だけにしまっておきたくなかったから、かな」
「体験……?」
「今までの人生で、自分が触れてきた事。人だったり、経験だったり、その時に感じた思いだったり。自分が見て、触れて、感じてきた事って、所詮自分の中でしか味わえない事なんだよ。
例えば、すごく美味しい料理があったとするだろ。それが美味しいと感じるのはあくまで自分だけれど、料理の場合は周りに友達や家族がいれば、一緒にその『美味しい』を共有できるんだ」
「……」
「『体験』の場合は中々難しい。料理には『味』があるけれど、体験に明確な指標はない。
自分が楽しいと思った事でも、他人には全く楽しめなかった事だったりする事もある。逆も然りだな。
だから、体験をして感じた『思い』は自分の中に閉じ込めておく事しか結局は出来ないんだ。
……でも、なんとなくそれを、伝えたくなってさ」
「思いを、伝える……」
「泊まった時に話したろ。大切な友達がいたって。
その時に感じた感情や思いを、私の中だけに閉じ込めていくのが嫌だったんだ。
その友達に対する手向け……というワケではないんだが、少なからずそういう思いがあったんだろう。
友達と一緒に過ごした時間、その時に感じた思いを、文章に残して、不特定多数の誰かに伝える事で……その友達に対する思いが天の上まで届くような気がしてな。
小説家を目指したのは、そんな動機かな」
「……素敵、ですね」
思いを、誰かに伝え、共有してもらう。何かを生み出し、発信する人でないと出来ない特別な事だ。
私に文才なんてものはないからそんな事は出来ないけれど……。人はきっと、価値観を共有したいから、頑張って生きているのかもしれない。
その夢を、伴野さんは形にしているんだ。そういう面で、私はこの人生の先輩に深い憧れを抱いていたのだった。
「柚子。案外、民宿の仕事も似たようなものかもしれないんだぞ」
「……え?」
「思いを共有するっていう面ではさ。
村の素朴な民宿に癒されて、美味しい料理を食べて嬉しくなって、暖かい布団でぐっすり寝て、柚子や女将さん達の笑顔に送りだされて、民宿を出ていく。
それはきっと、お客さんも柚子達も、双方で嬉しい事の筈だ。
小説家も民宿も、案外似たような事なのかもしれないって事だよ
もし私の事を素敵だ、って思うのなら……民宿でなくても、そういう気持ちが持てる仕事を目指した方がいいのかもな。人生の先輩からのアドバイスだ」
……。
伴野さんのその言葉に、私は嬉しくなる。
私も、誰かに、何かを伝える事ができる。
伴野さんみたいに、特別な力がなくても。私でも。
そうやって、感情を伝える方法が、存在するのかもしれないんだ。
「……ありがとうございます、伴野さんっ。進路、頑張って決めてみます!」
「ま、私も人にアドバイスできるような人生送ってきてないけどな。話半分に覚えといてくれ」
「いえいえ!鵜呑みにしますから、私!」
「オマエ、言葉のチョイス合ってると思うか?」
「はい!」
その後も、少しだけ私と伴野さんの電話は続いた。
高校三年生にして出来た、センパイとの会話は、とても嬉しいものだった。
お客さんだった伴野さんと、民宿の娘だった、私。
二人の関係性が縮まった事が嬉しかったし、何より歳が近い先輩からのアドバイスはとても身に染みるものだ。
だから、民宿の仕事は楽しいのかもしれない。
人と出会い、発信し、受け取ってもらう。
そしてそのやりとりは、こうして人と人との暖かな交流となる。
うまくいかないこともたくさんあるけれど……きっと、少しでも思いは、届いてくれる。
だから私は、民宿の手伝いを続けているんだな。
それを改めて心に感じた、夏の夜だった。
――
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